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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
21/34

ビャクヘキさま


「おい、誰も落ちてはいないだろうな!」

「……なんとか! ……ミヨも無事です!」


 イグマは魚の手綱を強く握り、片手でスヤキを抱いて前を眇める。

 大きな声で後方にいるパフィリカと実与(みよ)に安否を確認するが、返答したのはパフィリカのみだった。しかし、パフィリカが付け加えた言葉を聞いて、イグマは振り向きそうになる衝動を抑えた。


「もう少しだからな! もう少し、耐えろ!」

「……はい!」


 イグマたちが乗っているのは、体の内側を百群(びゃくぐん)に輝かせる大きな透明の魚。

 魚の頭には、馬に装着するような頭絡部がつけられており、イグマたちはその手綱を離さまいと必死に握り締めた。


 恵みの精霊がいる城に向かうには、上部に向かう為の水路を通らなければならなかった。

 その水路は、イグマたちが乗っている魚が二匹並ぶことが出来るほどの幅で、水路を作る壁もまた水で出来ていた。

 まるで石造りのように水が波打っているのが、なんとも小賢しい。

 魚は背に乗る人を気にもせずに潜ろうとするが、手綱がそれを阻止していた。目をひん剥き、口を水の上辺に出す魚は酷く興奮し、苦しそうである。


「ぐっ……」


 魚は(のぼ)る、上る。

 清き水の飛沫を上げて、細い水路を上ってゆく。

 イグマたちが通り過ぎると共に水泡鏡が弾ける。

 ――パシャン

 ――パシャン

 城へやって来る者を追って、水泡鏡が割れる。


「もう直ぐ到着する! いいか、魚は着いた瞬間に水へ潜り、来た道を帰ろうとするからな! 転がるようにして地面に上がれ!」


 先頭をゆくイグマの前方には漸く床が見え始めた。

 イグマは鐙を踏みつけている足に力を入れ、僅かに腰を浮かす。


「良いか、お嬢ちゃんはなるべく俺に体をくっつけているんだぞ。頭や体は守ってやれるが、手放しに遊ばせると、床に当たって足や手が欠けちまうかもしれないからな」


 イグマは深く息を吸い込む。

 頷く代わりに、イグマの胸に顔を押し付けたスヤキを強く抱き寄せる。そして水路の壁にぶつからまいと勢いよく潜ろうとする魚に合わせて、膝をバネの様に使い、一気に地面に転がる。

 なるべく衝撃は自分が受けるように、イグマは地面に擦れるように体の回転をなんとか抑えた。

 床に滑る力を利用し、イグマは慌てて立ち上がりスヤキを横抱きにして端に駆けた。


「うっ……!」

「あう!」


 続いて、なんとか地面に体を投げ出すことに成功したパフィリカと実与が勢いよく転がり、水の壁に体を強く打ちつけた。

 くぐもったような声を出して、パフィリカと実与はヨロヨロと腕を両腕に力を入れて上半身を立てる。

 二人が無事に辿り着いたことに安堵したイグマは、横抱きにしていたスヤキを床に下ろす。


「ん?」

 

 実与たちの元に歩み寄ろうとしたイグマの腰を、スヤキは突いた。

 ぎこちない動きで首を傾げ、イグマを見上げるスヤキの意図を汲み取り、イグマはスヤキの頭をポンポンと優しく叩く。

 

「ああ、気にするな。俺と一緒なら、怖いこともなかっただろう?」


 イグマの言うことに、スヤキは小さく頷く。

 満足そうにしているスヤキを確認し、イグマは自分だけが付けていたゴーグルを首元に下げ、漸く床にへたり込んでいる二人の元に歩み寄った。


「ここを乗り越えたなら、後は安心していいぞ」

「……どっかの國と違って、護りが行き届いていることで」

「……ミヨ。要所要所に富ノ國を比較するのは止めて貰えますか」

「……ふん」


 ボタボタと水滴を落としながら、床に他をついている二人は小さな小競り合いを始めていた。

 そんな二人の姿を見てイグマは呆れたように溜息を吐き、二人の首根っこを掴んで無理やり立たせる。

 

「喧嘩をするな」

「……はい」


 素直にイグマに返事をするパフィリカと、だんまりの実与。

 そんな実与の顔をイグマが覗き込むように、僅かに腰を曲げる。

 しっかりとセンター分けにされていた前髪が目元を隠したままであったが、実与の口元は彼女の心境を告げるかのように尖がっていた。


「怖かったよな。もう大丈夫だ」


 何を拗ねているのか、とパフィリカは実与の様子を横目に見ていたが、イグマが実与の顔に張り付いている前髪を乱暴に退かし、頭を揺するように撫でてやるのを見て、眉間を寄せる。


「脳みそが揺れる」

「はいはい」

「ああ、お嬢ちゃんはちょっと待ってな」


 イグマはスヤキの足元で膝をつき、小さなその片足を持ち上げる。

 そして自分が持つ鞄の中に手を突っ込むと、巾着を取り出し、更にその中から乾いているタオルを取り出した。そのタオルを使って、イグマはスヤキの靴の裏を拭き始める。

 片方を拭き終えると、もう片方を持ち上げて拭く。


「転んだりしたら危ないからな」


 スヤキの靴の裏を拭き終えたイグマに、スヤキはまた頷くように僅かに首を傾げる。

 それをお礼と受け取っているのか、イグマは「いいってことよ」と言ってまたスヤキの頭を撫でた。


「……私からも。ありがとう」

「だから、いいって言ってるだろ?」

 

 イグマが礼を退けると、実与は僅かに眉間を寄せる。

 調子が戻って来た実与を見て、イグマは「ほら、行くぞ」と言って、スヤキの背中に手を添えて城の中に足を踏み入れて行った。

 ずぶ濡れの袖で、実与は目元を拭い、イグマが進んだ方を真っすぐに見つめた。


「イグマは、陶器人間の扱いに慣れているんだな」


 旅の途中でも似たようなことを呟いていた実与に、パフィリカは憂いの眼差しを向けた後、「はい」とだけ返した。

 物思いにふけるように一瞬だけ瞼を伏せた実与だったが、歩み始める。

 

「私たちも行こう」




 城の中には、街とは比にもならない程の魚が壁や床の中を泳ぎ回っていた。

 たまに、全容が見えない程に大きな魚の背が近づいては遠ざかっていくものだから、実与たちは床が動いているような錯覚を起こした。


 広い城内を進み、辿り着いたのはまさしく”水の扉”と呼ぶに相応しい、透き通った扉だった。

 目一杯に見上げて漸く、扉の高さを見ることが出来るほどの高さだ。

 横幅は、高さの割には狭い方で、一行四人が横並びになって少し余裕があるくらいであった。

 

「イグマ医師」


 透明であるのに部屋の中が見えないことを不思議に思い、実与とパフィリカは扉を凝視する。

 すると、一行の前にザパっと音を立てて地面から鎧姿の兵士が現れた。

 唐突な登場に、実与とパフィリカは驚き、身構えたり一歩下がったりした。

 

「拝謁の許可は下りていると思うのですが」


 敬語を使うイグマに思わず視線を向けたのは実与。それから直ぐに実与は城の兵士に視線を移す。


「話は聞いております。そちらの方が死ノ國のザルザンで間違いはありませんか?」

「そうです」

「では、こちらに貴女さまの武器をお入れください」


 そう言って兵士が見せたのは、水のブロック。何の容器にも入っていない水が、綺麗な正方形の形を保って兵士の手の上にあった。

 実与はその仕組みが不思議で、指で突いたりでもしてみたかったが、その衝動をグっと堪え、ベルトループに取り付けている斧が入ったポーチを手に持った。


「そのまま入れてください」

「刃物は水と相性が悪い。濡れたままにされると錆びる」

「そのような事はないように致します」

「……ウソをついたら、酷い目に遭うからな」

「承知いたしました」

「……半分冗談だよ」


 実与は二つの斧をポーチごと兵士が手に持っている水のブロックに入れる。

 兵士は斧を受け取ると、実与の戯れにそれ以上は付き合う気がないのか、水のブロックから手を離した。

 実与が驚く間もなく、ブロックは城の地面と融合するように姿を消し、実与の斧は床の中に納まってしまった。


「この兵士に会わなくても、タイミングが来たら魚でも誰かかしらがお前に斧を返しに来てくれる。だから心配するな」

「なるほどな。壁や床を経由して物を運べるのか。便利なこった」

「さ、立ち話は終わりにして。……頼みます」


 実与との会話を絶ち、イグマは兵士に視線を向ける。すると水飛沫を上げると共に別の兵士が地面から現れ、二人の兵士は水の扉に潜ると、扉の取っ手なる部分をグルグルと回った。

 兵士の下半身は魚の尾ひれであったが、よく見ると、実与は鱗の模様が描かれた陶器のようなものに見えた。


 異国の情緒に当てられたのか、パフィリカのこめかみには冷汗が伝っていた。


「開門!」


 水の中だと言うのに、兵士ははっきりと聞き取れる大きな声を出した。

 どうして、が頭を付き纏うが、実与とパフィリカ、そしてスヤキの三人はいちいち立ち止まっている暇はない。


 背筋を伸ばせ。

 真っすぐと前を見据ろ。

 精霊は臆する者を見透かすぞ。


 仰々しく開かれるは水の扉。

 解放されて露わになった玉座の間は、それこそ、この場所に辿り着くまでに見た光景とは比にならない程、”透明”であった。


 イグマが一歩前に出る。

 実与たちもその後ろについて歩み出す。


 床や壁なんて呼べる物じゃない。これは、水そのものだ。

 パフィリカは、硬い水の上を歩きながら下を見てそう思った。

 外がよく見えるその床は、この場所を訪れた者に空の上を歩いているような錯覚させた。


 パフィリカが下を見ているに気が付いたのか、実与はとんびコートを翻す様に手元を隠しながら、パフィリカの背中をそっと撫でる。

 実与の手に気が付いたパフィリカはハッとして視線を前に戻す。


 ――リリーン、……リリーン


 ザルザンのコートに取り付けられている小鈴が玉座の間に響いた。

 富ノ國で聴いた音とは変わり、水の中で反響する鈴の音は、些か優しく籠っていた。



 一行は玉座を前に立ち止まる。

 視線の遥か上に、ビャクヘキさま。……即ち、恵ノ國の精霊が鎮座していた。


 イグマが両膝をつき、顔を伏せるのを見た一行もそれに(なら)う。


「イグマ医師。久しいな」

「イグマ・ハシュルカーマ。先ほど帰還いたしました」

「そのようで。して、そちらが死ノ國のザルザンか。……そして、そちらが(ひいる)の妖精と陶器人間であるな?」

「はい」


 頭を垂れる実与は、真っすぐと床を見つめ、精霊とイグマの会話に耳を澄ませていた。


「顔をあげなさい」

「はい」


 精霊の一声で、イグマはゆっくりと顔を上げる。

 実与たちもイグマに倣い、顔を上げる。


 見上げた先に座るは水を司る精霊。知恵の象徴である。

 床を泳ぐ小魚が精霊の足元に集まり、そのまま精霊の足の中に取り込まれる。体全体が水槽のようであるとでも言うべきか。魚は精霊の足から頭上まで目一杯を使って泳いでいた。

 城や街の全体が水槽の役割を果たしているような國であったが、精霊自身もまた、國の姿そのものを象徴しているようであった。

 

 精霊は僅かに瞼を伏せていた。

 しかしどうにも、実与たちは全てを見透かされている気分になった。


「死ノ國の状況は我の耳にも届いている。しかし、死ノ國のザルザンの口から聞きたい」


 実与は精霊の言葉を意外に思ったが、直ぐに気持ちを切り替える。


「……死ノ國を収める精霊が死にました」


 まずは結論を述べる実与に、精霊はゆるりと頷き、先を催促する。


「外から何者かに襲撃を受けたと思われるのですが、当時、私と王は建物の中にいたので、原因を把握出来ていません」

「それでは、其方は如何様に考えているのだろうか。何者か、という言葉が出るということは、その考えに至る原因があるのでは?」

「はい。何故、私が人為的だと考えたかというと、街の至るところに火の立った矢が刺さっていたからです。……その火は、触れる者の皮膚を延々と焼き続ける火」

「倒景に与えられる火、であると」


 実与は「はい」と言って頷く。


「それで、その犯人を捜し回っている、というわけか」

「いいえ。私はザルザン。まずは精霊の花を探すことを第一と判断しました」


 精霊は一拍置くように考えた後、再び口を開く。

 

「では、その旅路の拠点に、この恵ノ國を使いたいと」

「その通りでございます」


 畏まった様子を見せる実与に、パフィリカは納得した。

 富ノ國の女王の影をしていた時の自分に対しては礼節も弁えない態度であった実与は、メラベルを前にすると畏まった。

 例えメラベルを討つべき精霊と見做しても、彼女の中にある精霊と妖精、精霊とその他に対する根本的な扱い方は、いくら平等を装っても、違うようであった。


「お前をこの國に招き入れることで、その”何者か”を招くことになるとしたらどうするんだ?」

「サンロッタ」


 水泡鏡を踏みつけるようにして実与たちの元にやって来たのは、街で出会った恵ノ國のザルザンであるサンロッタだった。

 先程とは服装が変わり、緑色の制服は黒色一色となっていた。


「礼儀は弁えていますよ、ビャクヘキさま。ちゃんと黒に着替えてきたんですから」


 サンロッタが話す、礼節を弁えているとはどういうことだ、とパフィリカは顔を顰め、実与を見る。

 実与はパフィリカの視線には気が付いていたが、話す許可を得ていない為、口を閉ざしたままだった。


「俺たちは如何なる時も喪に服す。いつ、どのタイミングであっても骨を船送りにする為な。だから死ノ國のザルザンとて、黒一色を纏っている。そうだろう?」

「その通り」


 自分の代わりに服装の色について説明をしたサンロッタに、実与は頷く。

 パフィリカはコウハタのことを思い出し、如何に富ノ國の均衡が崩れていたかを痛感した。


「それで、死ノ國のザルザン。俺の質問にはどう答えてくれるんだ?」


 実与は抑揚のない顔でサンロッタを見上げる。中々口を開かない実与に、ビャクヘキが「発言の許可を与える」と言った。


「この件に関しては、死ノ國のみが標的になっているとは考えていない」

「というと?」

「私は富ノ國にも行ったが、どうにも、この世界には異質な者が紛れ込んでいる様子。……恵ノ國のザルザンよ。貴様の武器はなんだ」


 サンロッタは水泡鏡から降りると、イグマたちの元に近づく。

 立ったままでいるサンロッタは、両膝をついている実与を見下ろし、ヤマネコの様に目元で弧を描いて笑った。


「俺を疑っているのか」

「絶えぬ火の痛みを与えられるは、我らザルザンのみ。私は、旅のついでに我が國を襲撃した何者かを探るのも良いと考えたのだ。して、お前の武器はなんだ」

「俺に与えられし武器は、これだ」


 サンロッタが片方の掌を構えると、水の床から勢いよく棒状の物が飛び出してきた。

 その正体は『(もり)』。サンロッタはパシッとその銛を掴み、実与を見下ろす。


「残念ながら、俺は死ノ國襲撃の首謀者ではない」

「……ならば警戒を解こう」

「よろしい」


 警戒を解くと言っても、実与の纏う雰囲気は重たいまま。

 ただ、小さく息を吐いたことで少しだけ肩の力が抜けたようではあった。


「死ノ國、そして富ノ國については後々話を聞かねばならないようだな」

「お時間を頂けますか」

「そのようにしよう」

「ありがとうございます」


 実与が深々と頭を下げると、パフィリカとスヤキも同じように頭を下げた。


「もう一つ、死ノ國のザルザンに問いたい」


 実与は視線を下げたまま、僅かに頭を上げる。

 一行の下では、巨大な魚が実与たちを見張るように、ぐるり、ぐるりと回るように泳いでいた。

 

「貴様は怒りに心を燃やしているのだろうか」


 精霊の問を受け、実与の瞳の奥で、絶えた筈の火が円を描くように燃えては消えた。

 同調するように、サンロッタの瞳の奥でも火が円を描いては消える。

 ザルザンの瞳の中で、火球は回り、灰とす。

 サンロッタは無表情に実与を見下ろし、銛を握る手に力を入れた。


「もしも、この世界の秩序を乱す者がいるのであれば、私は怒りましょう」

「それは、死の王が殺されたが故に湧き上がる怒りなのだろうか」

「それは違います。精霊とて、寿命の長さが決められている訳ではないことはご存じのはず。不慮の出来事によって死に絶えることもあり得ましょう。私は、この、『ハヅキが愛した星』を汚す者を許せないのです」


 この時になると、イグマはすっかり困り果ててしまっていた。

 イグマは、自身が知り得ない英知を精霊とザルザンは話しているのだと理解していた。だからこそ、この世界にまつわる話を、巡るだけの自分が聞いても良いのかと、恐ろしくなった。


 ”死ノ國を滅ぼした何者か”がいることを前提に話した実与に対して、精霊は小さく頷く。


「サンロッタよ。貴様に問う。貴様が同じ立場となったとして、怒りを抱くだろうか」


 サンロッタは首を横に振る。

 

「それはないでしょうね。我が名は水に輝く火、サンロッタ。誰が水に映る火に皮膚を焼く。何者が水に沈む火に身を焦がす。俺は、ただただ、骨を流すのみ」


 睨むようにサンロッタを見る実与を、サンロッタは冷たい眼差しで見下ろしたまま。

 コウハタを、ザルザン同士なのだからと言って可愛がっていた姿とは打って変わって、実与とサンロッタの相容れぬ様子に、パフィリカはハラハラとしていた。


「その通り。太陽は怒りに己を燃やさず。太陽は愛に身を焦がさず。太陽は悲しみに暮れることもない。火は偉大であればあるほど熱さを潜めるものだろう。私たちが誠実で在るなら、太陽は凪を染めるように穏やかなままである」


 イグマの顎を伝い落ちた汗が、玉座の間の水の床に波紋を作った。

 波紋は一行の下に広がり、サンロッタを通り過ぎていった。

 

「恵ノ國のザルザンは闘志を燃やさぬと申すか」

「何故、闘志を燃やさねばならぬのか。この世界は相変わらず巡るのみ。ハヅキの子らは、母の罪を背負い続ける。それだけのことではないのか」

「生きることは、絶えゆく火の生涯と同様である。瞬く星も(いず)れは灯りが失せる。輝いたなら、絶えるのだ。……精霊よ、ザルザンは尽きぬだろうが”我ら”は尽きる。それを見誤るな。我らの心とて、火に()べる何かはある。だから、私の瞳の奥で火は回るのだ」


 武器である斧が手元にないというのに、実与の態度は堂々としていた。


「死ノ國のザルザンは、随分と偉そうですな」

 

 サンロッタは呆れたように小さな溜息を吐きながら実与を見やった。

 

「良い。死ノ國のザルザンが言うことも間違いではないだろう」


 精霊は「問うた答えとは、僅かにズレてはいるがな」と言った。

 抱いた怒りの所在を尋ねられても、実与が実与自身の心の根を正しく理解し言語化出来るとは、精霊は端から考えていなかった。

 対立軸にない双方ではあるが、腹の内を明かすには、膨大な勇気が必要となるのだ。


「水の門を潜った時から、貴様ら一行は水槽の中にいるも同然。それを理解した上でこの國に留まりたいと申すなら、我は許可しよう」


 殺伐とした空気の中、精霊は突然、実与たちが滞在することを許可した。

 イグマは思わず「良いのですか?」と聞き返してしまう始末。


「良いと言った。我は死ノ國の王とは面識がある故。死ノ國のザルザンは貴様の職を全うし、早急に精霊の花を見つけよ」

「……ありがとうございます」

「あの、面識って?」


 精霊の真意を測ろうとして、顔を顰めた実与だったが、この場ではお礼を言うだけに留めた。

 しかし、空気を読まないパフィリカが顔を上げた。

 イグマは、そんなパフィリカに、バカ、とでも言いたげな顔をした。


「死の王は数多の光の行く先を指し示す。先陣を切るは、死の全てである死の精霊。そして、我は水を統べる精霊。雨の一粒か、或いは道すがらに生まれた水たまりですら、全ての水は導かれゆく尊き光を映すだろう。……その時々、我らとて人並みに会釈くらい交わす」


 意外な繋がりがあることを知った実与は、この時ばかりは心の中でパフィリカに感謝をした。

 精霊は、伏していた瞳をゆっくりと開き、「だからこそ、死の王の話を聞きたいのだ」と言って微笑み、そんな精霊の表情を見て、サンロッタは「へえ」と意外なものを見たような反応を見せた。



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