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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
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友達


「『サリア』は偉大な友でな。仕掛け棚なんて物を作って、図書館に入りきらなかった大量の本を収納してしまったのだ」

「本とは選別できる物ではありませんもんね」

「そうなんだよ。本を捨てるなど以ての外。國王もこればかりは感心し、感謝をしていた」


 恵ノ國の道案内をしながら、イグマの口は休憩を挟むことなく動き続けていた。

 初めの内は、実与は相槌を打ち、スヤキも頷いていたものだが、今ではパフィリカだけが反応を見せていた。


 イグマは、道なき道を迷うことなく進み続けていた。

 イグマが云うには、足元を泳いでいる魚は、波が向かう方向を知っているのだと。


「ザルザンは友達とか少なそうだよな」

「……どうしてそう思うんだ?」

「愛想がないから」


 突拍子もなく失礼なことを言い退けるイグマに、実与は眉間を寄せ、ジロリと横目にイグマを睨んだ。

 実与の怒りに冷汗をかいたのはパフィリカで、イグマは睨まれたことにさえ気づいていない。


「友達くらい、いるさ」

「でも多くないだろう?」

「失礼だな」


 ムッと、不機嫌そうに口を尖らせる実与の表情を見て、イグマは漸く実与が機嫌を損ねたことに気が付いた。

 顔を覗き込むようにすれば、やはり実与はイグマを睨んでいた。


「大谷の底にもいたし、死ノ國にもいる」

「へえ」


 イグマから始めた話であるのに、本人は大した興味を持たなかったようだった。


「大谷の底では何をして遊ぶんだ?」

「大陸と然程変わらないよ。……学校って分かるか?」

「勉学に励む場所だろう?」


 パフィリカは、『学校』という言葉を初めて聞いたのか、僅かに首を傾げた。

 不思議そうに目を丸めるパフィリカの反応に気が付いた実与は、少しだけ説明してやることにした。


「ある年齢になった子供が、大人になるまでに必要なことを学ぶ場所のことを学校というんだ。文字、言葉、言葉の成り立ち。数字、計算、立体などの面積の測り方。歴史、生物について。兎も角、色々なことを学ぶんだ」

「学校を知らないって言うなら、富ノ國ではそういったことを何処で学ぶんだ?」

「文字や言葉は各家庭で教わるものでした。数字なんかは働いている内に身に付くもので、歴史や生物については、定期的に集会が行われるので、その時に教わっていましたよ」


 学ぶ場所や名前は違えども、結局のところ子供の頃から学ぶべきことは何処も同じようであった。


「なら、このまま話を続けよう。……大谷の底では大人になるまで、学校に通うものだった。大人に近づくにつれて、将来なりたい分野の学びを自ら選び、資格などを取ったりするんだ」

「ザルザンは何か資格を取ったりはしたのか?」

「ああ。資格を取る為に試験を受けたりもしていたよ」

「結果は?」

「合格だった」


 ふっ、と笑った実与の反応が意外で、パフィリカは目を丸め、スヤキは実与を見上げた。


「で、何をしたかったんだよ」

「……教師だ」

「キョーシってなんだ?」

「知識を教える人のことをそう言うんだ。呼び方を変えるなら、先生」

「ザルザンが?」

「……なんだよ」

「いやあ、なんか意外だと思ってよ」


 イグマに同意するようにパフィリカも頷くものだから、実与は不満そうに両目を細めた。


「兄弟が多かったから、よく勉強を見てやったりもした。……尊敬する先生にも出会えたから、教師とはやり甲斐のある素晴らしい仕事だと思ったんだ」

「じゃあ、此処に来るまでは、何かしらの先生をやっていたのか」


 実与はふるふると首を横に振り、視線を地面に下げた。


「先生になる為の学校に行く前に、ザルザンに選ばれてしまったから」


 つま先を漕ぐように、少し大げさに踏み出して歩く姿は子供のようであった。

 イグマの周りをグルグルと回るようにして波に乗っていた小魚は、まるで励ますように実与の足元をグルグルと回り始めた。

 それを見た実与は小さく笑い「お前たちは優しいな」と呟く。

 

 「あー……、悪い」

 

 イグマは気まずげに頬を掻き、実与に謝った。


「どうして謝るんだ?」

「あまり話したくないことを聞いてしまっただろう?」

「別に。……ザルザンにとって大谷の底の話なんて、意味を持たない。それに、話しても良いと判断したのは私だ」


 だから気にするな、と顔をあげてイグマを見た実与は、少しだけ気遣うように笑った。


「それよりも、お前の友であるサリアとは、カラクリを考えるのが得意なのか?」

「ああ、サリアは何でも作れるぞ。……と、言っても、あとは空を飛べるもの、それと」

「それと?」


 友人の話に戻ったことで、再びイグマは誇らしげに話し始めたが、不自然に言葉を切った。

 不思議に思った実与とスヤキ、パフィリカの三人はイグマを見やり、首を傾げる。


「それと……、あー、生者が大谷に辿り着けるような船と、ハシゴを考えていた、な」

 

 イグマは言い淀んでいたが、実与は気にする素振りもなく「大谷の底に……」と呟く。

 夜を映す実与の瞳の奥で弾けた火花が円を描き、瞬く間に消えた。


「もしも、大谷の底とこちらの大陸が行き来出来るようになれば、ザルザンだって嬉しいよな?」

「どうして?」

「どうしてって。親や兄弟にも会えるし、友人にも会える。それに、先生になる為に学校にだって行けるだろ?」


 実与はイグマが等身大に自分を気遣っていることに気が付いていた。

 だからか、ゆるりと首を横に振りながらも、穏やかな表情で口を開いた。


「私はこの大陸を愛しているから、例え大谷の底に行き来できるようになったとしても、行かないよ」

「な、何故だ?」

「……憶えていないんだ」

「え?」

「兄弟の、名前。……顔も分からない。分かるのは、大好きだったってことだけ。ザルザンについては知っているだろう? 私は、兄妹のことが分からなくなってしまったんだよ。……もしも兄弟に取って私が良い姉であったのなら、そのままの記憶であって欲しいんだ。忘れているのは私の方だっていうのに、可笑しな話だろうけど……薄情な姉だと思われたくない」


 実与の足元を泳ぐ小魚は回るのを止めない。

 歩く度に波紋を産むように、実与の足が大地につく度に小魚は広がり、そして再び縮む。


「私の話は面白くないから」

「で、では、死ノ國では? 死ノ國の友とはどんな人だったんですか?」


 気まずい空気が流れ始め、パフィリカは慌てたように話題を変えようとしたが、イグマはその提案に頭を抱えたくなった。

 結局、今に至るまでにイグマは死ノ國について詳細を聞いていなかったが、ザルザンがこんな森にいるということが何よりもの異常事態を示していると考えていた。

 だから、死ノ國の話題も、実与にとっては前向きになれないものだったと思ったのだ。


「死ノ國は、本当に良い人ばかりがいるよ」


 先程とは少し変わり、声に明かりが差したのを感じて、パフィリカは安堵した。

 実与の目元も心なしか弧を描いていた。


「度胸試しというのが流行っていてね」

「度胸試し?」

「うん。夕暮れ時になると辺りの音が一切消えてしまう一本道があってな。要するに、人っ子一人いない場所なんだが、その先には『女のシミ岩』という岩があってな。名前の通り、岩には、女が生き倒れたようなシミが浮かんでいるんだ。そこに、家から持ってきた食べ物を置いてくる、という遊びが流行っていたんだよ」

「ふ、不謹慎では?」

「本当に、誰かがその岩の上で生き倒れていたらな。でも、これには裏話があるんだ」


 実与は手の甲で口元を隠し、可笑しそうに、クックック、と喉を鳴らして笑った。


「そのシミの原因となっている女っていうのはさ、『影の妖精』が昼寝をしている姿がそう見えるだけなんだよ」

「影の妖精、ですか」

「そう。姿を見つけられるのは極稀のことだけども、お前たちも知っているだろう?」

 

 影の妖精。

 その名の通り、影を司る妖精である。


「影があるところであれば棲みついているっていう妖精だろう?」

「そうだ。その影の妖精は特殊でな、ふふ……、どうにも、その女のシミ岩と言われることとなった岩を気に入っていたらしい。しかも、悪戯好きの子供が、寝ている間に食べ物を持ってくるときた。そりゃあ、快適に過ごせる場所だったんだろう」

「……でも、正体を知っているのなら度胸試しにはならないのでは?」

「知っているのは私だけだから」

「おいおい、まさか。お前さんの友達ってその影の妖精のことじゃあないだろうな」


 実与はニヤリと口角を上げ、イグマを見た。

 イグマは頭をポリポリと掻いて、げんなりとした顔をした。


「さっきも言っただろう? 度胸試しを一緒にする友達もいるんだよ。で、その他にも友達がいるってわけだ。これで分かっただろう? 私にはちゃんと友人がいるんだってことが」

「お前さんは、案外わるーい子だな」

「なあに、度胸試しなんて陳腐な遊びを楽しんでいるのは周りも同じことだったんだぞ? そもそも、アイツらは真実を知らずに、その悲劇の末に出来た名物岩を使って遊んでいるんだから、悪い子はアイツらの方だろう」


 ふん、と鼻を鳴らすも、その友人たちのことを思い出しているのか、実与の表情は柔らかであった。

 パフィリカは、実与が話す通りに友達と和気あいあいに楽しんでいる姿を思い浮かべようとするも、想像上の実与の姿はどれも違和感があった。


「影の妖精を恐れることはない」


 すっかり足元から顔を上げて、真っすぐと前を向いて歩く実与を見て、スヤキは安堵していた。

 実与の袖を握ろうにも、スヤキの手指は動かない。

 だから、暗がりに顔を伏せることもなく、前を向いている実与を見て、スヤキは安堵したのだ。


「いつだって影は私たちの傍にいてくれる。時には姿を誇張し見せ、時には心を暗がりに(いざな)っているようにも思えるが、影は何者よりも私たちの傍にいて、決して離れることはない。それを悲観的に思ってはいけないんだ。だって、影の妖精は、愛らしくて、優しいんだからさ」


 死ノ國にいるという、名物の影の妖精を思い出しているのか、実与は嬉しそうに笑っていた。

 パフィリカは、自分が振った話と言えど、離れた場所からも実与を笑顔に出来る影の妖精を、どうにも良く思えなくなってしまった。何より、それは影の妖精が、パフィリカと同じ妖精ということが理由なのかもしれない。

 モヤモヤした感情を抱くパフィリカの様子に気が付いたスヤキは、滑らかで美しくも動かない手で、少し強めにパフィリカの脇腹を押した。


「えぁ!」

「え?」

「どうした?」

「す、スヤキ。どうして突くんですか」


 ぐり、と脇腹を押されたパフィリカは、絶妙に痛かったのか、押された場所を手で押さえてスヤキを見た。

 スヤキは顔を逸らさず、真っすぐとパフィリカに顔を向けていた。


「な、なんですか?」


 スヤキに問いかけても返答は返ってこない。

 しかし、パフィリカの態度に満足がいかないのか、今度はパフィリカが庇っていない方の脇腹をスヤキは強めに押した。

 すると、やはりパフィリカは「いたい!」と声を上げ、若干の涙を浮かべてスヤキを見た。


「がっはっは! 恵ノ國についたら、いくらでも言葉に出来るからな」


 イグマは盛大に笑ったあと、音を持たないスヤキを想ってか、スヤキが被っているフードをポンポンと優しく叩いた。

 どうして突かれたのか、確証は得られないにしろ、影の妖精に向けた対抗心が晴れていることに気が付いたパフィリカは、スヤキを見て困ったように笑った。


「サリアといったか」

「あぁ」

「お前がそうまでして自慢するもんだから、気になってしまった。國についたら、ぜひ紹介してくれ」


 森を覆う霧は相変わらず濃いまま。

 実与の足元で円を描き続ける魚の群れの光を頼りに、一行は前に進み続ける。

 

「勿論だ」


 フィン・グ・ラリア―プルの申し子とも、精霊とも異なった存在であるザルザン。

 イグマは、恵ノ國の民である自分を差し置いて他國のザルザンに寄り添う陸の魚を見ながら、流石だな、と感心していた。


「……とはいえ、お前さんたちはまず先に、國王とザルザンに拝謁しなくちゃあならないだろうがな」



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