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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
17/34

魚を連れ歩く人


 波の上で寝ているように大地が揺れる。

 地面を下にしている体はみるみると凍えゆく。

 実与(ミヨ)は、まるで船の上にいるような感覚に襲われ、なかなか眠ることが出来ずにいた。


「おおーい、そうやって寝ていると体を冷やすぞ」


 夜に活動をする野の生物が立てる細やかな物音と、焚火が弾ける音しか聞こえない森に、聞きなれぬ声が聞こえた。

 実与が慌てて体を起こし声がした方を見やれば、無精ひげの中年の男が火の番をしていていたパフィリカを見下ろしていた。


「だ、誰ですか?」


 警戒心をむき出しにパフィリカが男に素性を訪ねると「旅人だよ」と、その男は答えた。


「陸だからと言ったって、ここは霧の森だぞ? 魚が泳いでるんだから冷たいだろ」


 そう言って男が自身の足元を指さす。

 三人は男の指がさす方を見て納得した。男の足元には金色や白色、緑青色といった色とりどりの”光る魚”が泳いでいた。

 小さな火を焚いたままだったとしても、男の顔がはっきりと見える訳がないのだが、魚が発する光は辺りの道を照らすほどには強いものだった。


「こういう時は、『フクラバ』を敷いて寝なくちゃなんねえ」

「フクラバ?」


 男は背負っていたカバンを地面に下ろすと、枝切バサミを取り出した。そして真っ暗な森の上空を見渡すと、「あった、あった」と呟き、取り出した枝切バサミを使って葉を落とした。

 そこそこの葉の数を落とすと、男は地面に落ちている一枚の葉を掴んで実与たちに見せた。


「これは袋状になっている葉っぱで、葉の根から空気を入れることが出来るんだ。すると、風船みたいに膨らむ」


 ほら、やってみろと言われて、実与とパフィリカは警戒しつつも、言われたとおりに地面に落ちている葉を手に持って葉に息を吹いてみた。すると、男が言った通りになったものだから、驚いた実与はスヤキに膨らんだ葉を見せてやった。実際には、スヤキも驚いたのか拍手をする動作をした。


「葉の中に空気が溜まると脈に熱が走るから、中の空気は暖かくなる。あ、空気を入れたら端を折れよ。それで、葉が広がらんように地面を掘って、膨らませた葉をその穴に引き詰めて眠れば寒さは(しの)げるだろうよ。ま、数が必要だから大変だろうが、霧の森で野宿をするなら必要だ。なんなら、温かいぞ~」

「あの、それで、貴方は何者なのですか?」


 火の番をしようにも、寝ようにも、寒くて仕方なかったのだから、有益な情報を与えられたことに感謝をしつつも、再度、パフィリカは男に素性を訪ねた。


「ああ、俺は『イグマ』という。さっきも言ったが、ただの旅人だ」

「何を目的に旅をしていたんだ? ……アンタ、恵ノ國の者だろう?」

「どうして分かったんだ?」

「魚を連れているのが何よりの証拠だ」


 一体、今が何時なのかは分からないが、すっかり眠る気が失せた実与は体に掛けていた毛布に包まり直しながら、イグマと名乗った男を見やった。

 男も男で居座る気なのか、実与たちと同じく焚火を囲むようにして、すっかり腰を下ろし、「利口なこった」と言った。

 男の足元を泳いでいた小魚は焚火が熱いのか、少し離れた場所に移動し、漂っていた。


「俺は友の病を治すために國を出た」

「病、ですか」

「ああ。……『ギョルド病』って知っているか? 人間の首に魚のエラのような傷が広がっていく病。……魚に成り損ねた陸の生き物ともいう」

「知らない」

「初めて聞きました」


 パフィリカとスヤキは首を横に振り、実与は眉間を寄せた。


「ギョルド病は後天性の病気で、この病に侵された生き物の殆どはエラ呼吸に適応できずに、最後は窒息死してしまう。魚でいう酸素欠乏死と同じような症状だ。それが恵ノ國では、時たま流行っていてな」

「友人がその病に掛かってしまった、と」

「あぁ。それで、その病を治す方法は、未だ一つしか解明されていないんだよ」

「どうしたら治るんだ」

「『星を得た真珠』って知っているか?」


 三人は、知らない、と首を横に振る。


「星を得た真珠は、たとえ姿を変えてしまうほどの病だったとしても、元の姿に治してくれんだとさ」


 男は小さな袋を取り出すと、その袋の口に今しがた落としたフクラバの根本に当てて握ったり、手の力を抜いたり繰り返した。するとフクラバは(たちまち)ち膨らんだ。

 その不思議な小さな袋に視線が釘付けとなっている三人を気にする様子もなく、男は話を続ける。


「流れ星は(はじめ)ノ國の辺りによく落ちるらしいのだが、そもそも真珠は死ノ國の辺りに多くあると聞く。そうなると、死ノ國で真珠を得て、それを持って一ノ國に行った方が良いのか。はたまた、死ノ國付近のハヅキの涙に潜って、星を得た真珠を探し続けた方が良いのか、俺は考えあぐねた。……で、どの方法にも可能性があるならと、一ノ國と死ノ國の辺りを行き来することにしたんだ」

「それで、見つかったのか」

「あぁ、見つかった。漸く見つかったんだ」


 淡々と話をしていた男は嬉しそうに目を弧を描き、口角を上げた。


「しかし、お前たちには見せてやれんぞ」

「それは賢明だな」

「俺たちは盗人などではないのですよ?」


 それは少し失礼ではないですか? なんて言いたげにパフィリカは実与に顔を向けるが、実与は鼻から息をゆっくりと吐き出したのち、腕を組んだ。


「とはいえ、アンタらは何をしでかしてくれるのかも分からん連中、そうとも言えるだろうよ。まあ、フクラバも敷かずに霧の森で野宿をしようとするなんて、間抜けな連中に奪われる訳もないんだがな」


 がっはっは! と笑うイグマに、パフィリカはジトっとした視線を向けた。

 心なしかスヤキの視線ですら冷ややかなもののようであった。


「悪いことを企てるヤツってのは、誰よりも親切なもんだ。特に、何としてでもやり遂げたいことがあるヤツに限っては、(へりくだ)ることも、道化を演じることも(いと)わない」


 実与が足元に転がっていた松ぼっくりを焚火に投げ入れると、火の勢いは僅かに増した。

 パフィリカは、実与の瞳に火が反射しているのを見て、どこか気まずさを感じて視線を焚火に移した。

 イグマは「分かってるじゃないか」と満足そうに言った。


「それで、アンタらはどっから来たんだ? 旅人なんて、珍しいどころじゃないぞ」


 遠くかで”ホー”と森の番人が鳴いていた。

 未だ、夜は深いようであった。

 

「私は死ノ國のザルザン。こちらは陶器人間のスヤキ」


 実与が視線をスヤキに移すと、スヤキの顔の表面は火をよく反射させていた。

 スヤキの口元も、目元も、寸分狂わずに相変わらずの笑顔が作られていた。


「俺は富ノ國でザルザンと出会い、訳があって旅を同行することにしました」


 実与に同行した理由を正直に話すのは恥ずかしかったのか、パフィリカは指の先で頬を掻きながら呟くように言った。


「ザルザンだと……? どうしてザルザンがこんなところに……、死ノ國、だって?」


 パフィリカのぎこちない反応など気にもせずに、イグマは体を前のめりにし、信じられないと言いたげに目を見開いて実与を見ていた。

 イグマの反応に察するものがあったのか、実与はゆるりとイグマに視線を向ける。


「死ノ國には立ち寄らなかったのか?」


 低く声を潜める実与の雰囲気は一変する。

 まるで、実与の質問に是と答えることを(はばか)るような、薄暗い空気だった。

 実与の纏う空気が変わったことにイグマも感じたのか、ふい、と背けるように焚火に視線を落とし、膝に肘を乗せたまま指を組んだ。


「俺は野宿をしていたからな。そもそも、他國の者とは歓迎されないものだろう。……しかし、どうしたってザルザンがこんな所にいるんだ」

「……こちらにも事情がある。それは、アンタの真珠と同じように、なりふり構わず話せることではない」


 実与は、死ノ國のことも、自身のことも、何もかもも特に隠すことでもないと思っていた。しかし、とりわけ死ノ國のザルザンは相手と対等でいたいと考える節があった。

 イグマが真珠を見せてやらないと言ったとき、既に実与の中では相手に踏み込ませても良い距離を測っていたのだろう。


「そっちも訳ありってことかい」

「訳ありだな。まあ、お互い信用に値するには及ばず、ということで良いんじゃないか?」


 実与は近くに落ちていた小枝で焚き火を突く。

 火の先は軽やかに弾けていた。


「なら、それで良しとしよう。あと、もう一つ確認したことがあるんだが」

「聞くだけ聞いてみようか」

「そのお嬢さんは、死ノ國の陶器人間かい?」


 焚火を見つめていたイグマは、今度はスヤキに視線を向ける。

 スヤキは喋らない。


「いいや、彼女とは旅の途中で出会った。それがなんだ?」

「あぁ、だから喋れないのかい」

「……土人間然り、陶器人間とは声を持てないと思うのだが?」

「そりゃあ時代遅れってもんだな。しかも、百年、二百年、もっと遅れてやがる」


 イグマは、姿勢を正したのち、己のカバンから小さな缶を取り出し、細々としたものを地面に撒いた。するとイグマの周りを泳いでいた小魚がパクパクと口を開閉させながら地面に顔を出した。

 どうやら撒いたものはエサだったようだ。


「陶器人間は話せるぞ」

「……まさか」

「本当さ」


 エサを巻き終え、イグマは再びカバンの中に缶をしまい、先程とは打って変わって、穏やかな表情を浮かべてスヤキに笑いかけた。

 スヤキは、細やかに首を傾けていた。

 イグマは、スヤキの反応を見ると「そーかい」と呟いた後、焚火に視線を向けた。


「富ノ國は蛾の女王が統治する國だったか」

「え、えぇ。そうですが」

「恵ノ國は魚、というよりも水を統べる精霊が統治している國だ。俺の足元にいる小魚は知識を蓄え、知恵を与えてくれる。これは精霊のご加護だ。……そうだなあ、お前たちは水笛って知っているかい? 土人間に施すには無理があるが、陶器人間ともなれば話す方法など幾らでもある」

「水笛って……、それを使った、新たな言語があるということか?」

「いいや。ちゃんとした言語だ。空気と水をうまく使えば、陶器にまでなっちまった人間も、俺たちと同じ言語を話すことが出来る。……まあ、実際に見てみないと信じられないか」


 イグマは(まば)らに生えている顎下の髭を擦りながら、星も見えぬ空に視線を漂わせる。そして、「そうだなあ」など呟いたのち、「しかし、だ」と、漂わせていた視線を実与に向け、実に自信に満ちたように笑みを作った。


「恵ノ國とは知を誇る國だぞ? 音の仕組みについて解明できたなら、そりゃあもう、お茶の子さいさい(・・・・・・・・)ってもんよ」


 実与は力むあまり手に持っていた小枝を親指の力で折ってしまった。

 弾ける火を映す実与の暗がりの瞳が、希望を持つように煌めく。

 

 スヤキは、ただただ静かに座って、実与に顔を向けていた。

 

「イグマ。アンタ、恵ノ國に帰るんだよな?」

「あぁ、帰るぞ」

「私たちは、もともと恵ノ國を目指していたんだ。……なあ、國に行ったらさ、その」


 次第に震えるように声がか細くなり、実与は緊張した面持ちで唾を飲み込んだ。


「いいぜ。お嬢さんも話せないのは辛かっただろう」


 最後まで言い切れなかった実与の言葉を汲んだイグマは、ニカ! と笑い、親指を立てた。


「……アンタ、なんでそんなに親切なんだ? フクラバについてもそうだったが」


 イグマに向ける視線には、相変わらず輝きを潜めている実与だが、沈めた声は警戒を怠っていないことを証明していた。


 ――悪いことを企てるヤツってのは、誰よりも親切なもんだ。


 パフィリカは、先程の会話を思い出していた。


「道案内だってしてやるよ」

「何か、他に目的があるんじゃないのか?」

「ああ、あるぞ。そもそもお前たちに話しかけたのは、元よりこっちが本命だった」


 やはり、と思った実与とパフィリカは身構える。

 しかし、イグマの態度は相変わらず、まるで根明そのものであった。


「パンか何か持っていないか? いい加減に果実ばかり食っているのは飽きてな」


 そう言って、がはは! と笑ったイグマに、どんな条件を突きつけられるのかと緊張していた実与とパフィリカは拍子抜けした。


「……パンならある。好きなものを選んでくれ」


 実与は、地面に置いていた自身のカバンを膝に乗せ、中から食料袋を取り出す。

 タマゴサンドやハムサンド。クッキーなんかも取り出してイグマに見せると「『ホフア・ネペンテス』も貸してやるからな!」と言って、フクラバを膨らませるのに使っていた小袋を掲げならがら、やはり豪快に笑ったのだった。



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