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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第二章 恵ノ國
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霧の森


 富ノ國を出た三人は、恵ノ國を目指すべくして霧の森に立ち入ることとなった。



 第二章 恵ノ國

 霧の森



 死ノ國のザルザンである実与(ミヨ)は腕を組んでその場に立ち止まった。


「どうしたのですか?」

「道に迷った」


 陶器人間であるスヤキは首を傾げ、富ノ國の王子であるパフィリカは「え」と驚いた声を上げた。

 実与が手に持っていた地図を二人にも見えるように手を傾ける。

 地図は、先ほど見た時には確かに世界を描いていた筈なのに、紙の中には分厚い霧が漂い、線や文字を見えなくしてしまっていた。


「噂には聞いていたが、想像以上に厄介な場所だったな」

「方位磁石も使えないみたいですね」


 パフィリカがベルトループに装備していた方位磁石を確かめてみるも、方角を指し示す筈の針はグルグルと回っていた。


「何か方法はないのでしょうか……」

「恵ノ國に向かう方法はあるにはあるが、私たちの元にはない」

「その方法とは?」

「魚を連れる人に案内を頼めば良いんだ。魚を連れる人とは、恵ノ國の住人のことをいうのだが、そもそも國を出てここら辺をほっつき歩いている人なんていないだろうし」


 万事休止。

 三人の頭に、この言葉が過った。


「森から出る方法は後から考えるとして、まずはこの辺りを周知しておこう。食べる物に困らなければどうともなる。逆に、食べ物に飢えれば、我々の旅は此処までとなってしまうだろうよ」


 空も見えない森の中で実与は木々を見上げる。

 深緑の葉は分厚くも、果実らしきものを蓄えてはいなかった。


「果実の居場所なら、俺に任せてください」


 何処から探そうか、と考えあぐねていたザルザンに、パフィリカが得意げに自身の胸を叩いた。その様子を見るに、余程の自信があるようだった。


「甘い匂いには敏感なものでしてね。……うーん、こっちかな」


 目を閉じて深呼吸をした後、パフィリカはその”甘い香り”とやらに(いざな)われるようにして体を(ひるがえ)し、ゆるりとした足取りで進み始めた。

 実与とスヤキはパフィリカの言葉を信じて、その後ろをついて行く。


「例えば、ここら辺には……、ああ、やっぱり」


 パフィリカはガサガサと草わらに体を突っ込んで、その先で植物を千切った。そして暫くすると体を引き抜き、実与とスヤキに手に持ったものを見せた。


「サルナシ。疲労回復にも良いし、何より甘くて美味しいですよ」


 任せてくれと言ってから直ぐのことだったものだから、実与とスヤキは、パフィリカの特技を認めざるを得なかった。

 パフィリカは毒見をして見せるように自身の口にサルナシの果実を口に放り投げ、問題がなかったのか「どうぞ」と言ってパフィリカは手に持っている小さな果実を実与に勧めた。

 実与はその一つを手に取って小さく齧ってみる。

 スヤキは反応を伺うように実与を見上げていた。


「おいしい」

「でしょう? こればかり食べてはいれませんが、手持ちがなくなった時を考えて果実がなっている場所は覚えておきましょうか」


 内政が乱れていたにしろ、城の中でぬくぬくと生きていたとばかりに思っていたパフィリカを誤解していたと、実与は考え直し、そして関心した。


「存外、君は頼もしいね」


 その言葉は、実与が素直に持った感想だった。

 しかし、まさか褒めて貰えるとは思っていなかったパフィリカは驚き、頬を掻いた後、熱が集まり始めた自身の首裏を手で押さえた。


「兄弟も出来ることですけどね……」


 照れたように謙虚な態度を見せるパフィリカの様子を見て、実与は目を(すが)めて笑った。


 相変わらず霧は濃いまま。

 もう一つ、サルナシを貰いながら、どうしたものか、と実与は困った。

 一方のパフィリカは、自身が持つカバンの中からラタンで作られた小さなカゴを取り出し、それに布で包んだサルナシを入れていた。意外にも鷹揚(おうよう)の構えを見せるパフィリカに、実与は小さく頷いた。


「食料についてはパフィリカを頼るとして。霧の森を抜けるには、魚を連れる人を見つけることの他に、地面に立つ波を見極めよ、と文献に書いていた。波は気ままに流れているのではなくて、恵ノ國に向かって流れているのだそうだ」

「陸なのに波が立つ。なんとも摩訶不思議なことですね」

「恵ノ國は水の生き物を統べる精霊が統治しているからな。それに加えて知識を象徴としている。霧の森とて、他國からの接触を避ける為に装置されたものかもしれん」


 富ノ國は、小さき命を統べる精霊。(ひいる)の女王が國を統治していた。女王は癒しの象徴であり、その存在によって世界中の石に輝きを与え、生き物に治癒といった癒しを与える。

 世界には六人の精霊がいて、各々の國に君臨し、この世界で生きる全ての者に干渉する。

 フィン・グ・ラリアープルの申し子と呼ばれるこの世界の人々は、他者を傷つければ同じ傷が返って来る。その為、この世界では争いなどは起こらないと断言できた。

 しかし、國と國の間には友好の付き合いなどは存在せず、國とは、世界に及ぼす一つの力の群れ、として独立した存在とされていた。

 兵士が大した武器も持たずに客人を迎い入れた富ノ國とは違い、恵ノ國は、國としての意識が高いのかもしれないと、この霧の森を見るに伺えた。


「そろそろ日暮れの頃だ。陸の波を見つけることも容易いことではないだろうし、今日は大人しくここいらで野宿でもしよう」




 焚火を囲むように三人は座り、ぽつりぽつりと話をしていた。


「パフィリカは火を見ても飛び入らないんだな」


 少し心配だったんだ、と悪気もなく実与は言った。


「……俺が蛾だからといって、そこまで虫の性質に忠実ではありませんよ。そもそも半分は妖精なんですからね」


 パフィリカは実与の失礼極まりない言葉に心外だと意を唱え、それに実与は「ごめん」と謝った。

 実与は意外と素直な人で、パフィリカはその素直さに時々たじろいでしまう。


「ザルザンだって火を纏う人であるからといって水が苦手な訳ではないでしょう?」

「火を纏うというより、太陽から力を得ているだけなんだけどね。確かに、私は太陽と同じように朝に起床して、夜には就寝するのだから、太陽と同じ習性があると言えるのかもしれないな。しかし、太陽はハヅキの涙に沈むんだから、水が苦手ということには結びつかない。そもそも、ザルザンとは太陽を象徴するものではない」


 苦し紛れの反撃にまともな正論を唱えられて、パフィリカは口をモゴモゴとさせたあと項垂れた。

 パフィリカの様子を横目に、実与は小さく笑みを零し、焚火を小枝で突いた。

 焚火はパチリ、パチリと弾けていた。


「実与でいい」

「え?」

「名前。君を蛾の妖精と言ったり、富ノ國の王子と呼ぶのと同じように、ザルザンとは私が与えられた役職や種族の名前だ。私自身を指す名前は、実与。君をパフィリカと呼ぶのと同じように、私にも個の名前があるんだよ」


 そう言って、実与は火を突いていた枝を使って地面に『実与』と”漢字”で書き、コウハタに教えたように、自身の名前の由来をパフィリカに教えた。


「素敵な名前ですね」

「ありがとう。パフィリカの名前はどんな意味があるんだ?」


 名前を褒められた実与は照れ臭そうに眉間を寄せて笑い、それを誤魔化す様にパフィリカの名前の意味を聞いた。


「かつての富ノ國には、『パフィー・リリカ』という人がいましてね。その人は、俺と女王と同じ、虹が舞う水晶を額に持つ人でした。この額の水晶は、大地の病すらも癒す力を持っています」


 額を隠す様に巻かれた布の上から、パフィリカはソっと自身の水晶に手を添えた。


「額につけたままであれば、水晶の効果は絶大です。遥か昔、富ノ國は大地の病を患ってしまったのだそうです。作物は育たず、雨が降り、湿った土からは毒のようなものが漂い、人々を苦しめたのだと。病や傷を癒す石はいくらでも手に入りましたが、人々の生活は幸福とは程遠く、國は疲弊していったのだそうです。……それで、その状況を重く受け止めたパフィー・リリカは、己の身を人柱として捧げ、大地の病を治しました」

「人柱って……、何をしたんだ?」

「簡単に言ってしまえば、生き埋めになった、ということです」


 悲しい歴史の話に、実与は顔を顰めてパフィリカを見た。

 パフィリカは焚火を見つめていた。


「パフィー・リリカは初代王の側近。謂わば、兄弟だったんです。姉である女王と同じ水晶を持っているのは俺だけ。いざとなれば、女王の代わりにこの身を捧げることも厭わない。そんな存在であることを望まれたんです」

「身代わりになることが運命(さだめ)だと?」


 実与の声には怒りと悲しみが滲んでいた。

 パフィリカは、自身の為に怒ったり悲しんでいる実与に嬉しさを感じつつも、口元に笑みを浮かべてゆるりと首を横に振った。


「その意味も込められているだろう、といったところでしょうかね」


 パフィリカは「でもね、他にも意味があるんですよ」とにこりと笑った。

 その表情は、悲観しているようには見えず、なんなら嬉しげにも見えるのだから、実与は訝しげに顔を顰め、スヤキは不思議そうに首を傾げた。


「パフィー・リリカの名前から生まれたのがパフィリカといった言葉です。意味は、愛情深き人。パフィー・リリカの決断は、自己犠牲的なことには間違いがないですが、その行動は國を想っての行動でした。俺は両親と話した記憶がありませんから憶測になりますが、愛情深い人、そういった人になって欲しいと願いを込めて名付けてくれたのだと思っています。パフィー・リリカは富ノ國にとっては精霊に次ぐ尊い人とされています。この名前を与えられことは、光栄なことなんですよ」

「でも……、結局は身代わりをしなきゃいけないのは、君だけじゃないか」


 口を尖らせて、足元の地面をイジイジと小枝で掘っているザルザンの様子を見て、パフィリカは苦笑いをした。


「確かに、俺は女王の代わりを務めていていました。でも、家族を大切にしたい気持ちは、他の者が誰かを想っているものとなんら変わりはないんですよ。俺は、やせ細った、青白い姉に無理をして欲しくなかった。それだけなんですよ」


 女王が苦難に陥っていた時、パフィリカ自身だって苦難の中に在っただろう。しかし、パフィリカは『それだけ』のことだと言った。


「それに、姉はザルザンとの旅を承諾してくれました」


 カラリ、と明るい口調で話し続けるパフィリカの声に、地面を見つめていた実与は顔をあげて、焚火の向こうに座っているパフィリカをおずおずと見やった。


「これだって、姉なりに俺を想ってくれたからこそ出してくれた答えだと思っています。パフィー・リリカの最期は悲しい形となりましたが、俺は彼を不幸だとは思いません。人が人を思い遣ることは、必然であり、自然なことでしょう?」


 だから自身の名前は誇らしい、とパフィリカは笑い、一方の実与は自分の考えが実に偏狭であったと、恥じた。

 焚火の先に煌めく小さな火に眼球の表面を輝かせ、実与は無理やり口元に笑みを作り、パフィリカの問いに応えるべくして頷いた。


「名前」

「え?」

「……ザルザンじゃなくって、実与で良いって」


 気まずさを隠す様に、実与は”ザルザン”と呼んだパフィリカを注意する。

 無意識にザルザンと言っていたパフィリカは、指摘されたことによってそれに気が付き「あ」と小さく声を零した。


「分かりました。ミヨ」


 改めて名前を呼んでみると、思いの外に気恥ずかしかったのか、パフィリカは笑みを浮かべたまま人差し指で自身の頬を掻いて、目を背けた。


 霧の森では月の灯りすら届かない。

 夜を好む動物が立てる小さな音は焚火の弾ける音に消された。


「……なんだか照れますね」


 パフィリカの最後の一言が余計に感じた実与は、再び口を尖らせ、両目を眇めるようにして焚火を見つめる。

 スヤキは真っすぐと焚火を見つめ、二人の会話を静かに聞いていた。



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