根の張った花
蛾の女王は富ノ國のザルザンと共に民の前で、これまで胸に抱えていた気持ちを吐露した。
この國の精霊の在り方を、共に考えていきたいと訴えたのだ。
女王は、例え民に拒絶をされたとしても、もう自暴自棄になることはないと考えていた。
「うちの親父は、花になって枯れちまったんたぞ……」
「私のお母さんだって、そうよ!」
「女王である貴女が、國民を貶めたというのか……!」
「その上、精霊としての役割すら全うしないというのか!」
ある青年を始めに、漸く取り返しのつかない現状に陥っていると気がついた若者は次々と怒りをぶつけた。
女王は俯かないように奥歯を噛みしめ、震える唇を押しつけながら真っすぐ前を見据えていた。
しかし、次第に大きくなりつつある怒号に恐怖を抱くと、震える手を強く握り締めた。
後ろに控えているパフィリカとコウハタは女王を庇うことはできない。
例え糾弾が途切れることがないとしても、この場を収めるは、女王しかいないのだ。
「女王さま」
誰もが理性的な会話を試みようとせず、沈黙に陥る者と女王を責める者ばかりがいた。
すると、そんな中で老いた女性が手を上げながら一歩前に出る。
女王は、老女に気が付くと発言を許すように頷く。
「女王さま。胸の内を話してくださり、ありがとうございます」
その老女はミランと一緒にいた死ノ國のザルザンに話し掛けた腰の曲がった老女であった。
老女が話し始めると、周りの人々は徐々に口を閉ざし、話す権利を与えられた者の動向を見守った。
「女王さまが精霊としての振る舞いが恐ろしいというのならば、怖くないと思える時まで待つべきですわ。そして、心から愛したいと願った相手が現れたなら、その時に選択したら良いのです。私たちはこの世界の深い場所に充分と言えるほど縛り付けられています。ならばせめて、富ノ國の民は、皆が皆の幸せを願う自由を大切にしてゆく方が良いと思うのです。……勿論、その中にはメラベルさまと幼きザルザンもいるのです」
女性は胸の前で右手の甲を左手で握り、瞼をゆっくりと閉じた。
この場にいる年寄りも同じような動作をするも、納得がいかない者の姿も多く見えた。
沈黙にあった死ノ國のザルザンは、老女の後ろに立っている女王を責めていた人々の方に視線を向ける。
「……民であるお前たちは、女王を許さないと言うかもしれない。しかし、この國もお前たち民を許せないだろう」
悲しげに眉を寄せて、歪なまま肌がヒリヒリするようなこの場の空気に耐えていていた女王は、いつの間にか横に立っていた死ノ國のザルザンにハッと気が付くと、その横顔を見つめた。
「精霊が在る場所を國とし、民の還る場所を國とする。私は不思議でならない。何故、民は受け身ばかりでいられるのだろうか。……メラベルは、今に至るまでの時間を苦しんで過ごしていたというのに」
死ノ國のザルザンは顔を顰め、僅かに視線を落とす。
「そんなことでは精霊だって民を思い遣ることはできないだろう。國とは双方が思い遣って成立するものなんだ。花として消滅した民は悲惨だが、私はこの現状を王族だけに責任があるとは思わない。精霊にだって心がある。心の傷が癒えぬ内から精霊の役割を果たせなど、随分と傲慢な民なことだとは思わないだろうか」
グッと眉間に力を入れた死ノ國のザルザンは、ゆっくりと顔を上げる。
そして、民の顔を一人一人睨むように見渡した。
「確かに精霊は苦しみを伴う役割を果たさねばならない。しかし、それを強いることがどれほど無理があるのか、お前たちは分かっているのか? 良いか。もう一度、言うぞ。國とは、精霊と民の双方が思い遣らねば成り立たないのだ。たった一人の精霊に全ての決断を委ねた者も、口を閉ざした者も……そして、民を欺いた王族。お前たちの所為で多くの者が散ってしまった。人の心も、國のことも、花のことも……知る術が溢れているのに知ろうともしなかった者の末路とは、このように愚かしいことを招く。……その上で、お前たちは自分には非がないと言い張るのだろうか」
花は未だに揺れ続けていた。
風に散らされ、甘い香りを放ち、沈黙のまま太陽を見上げていた。
「このことは正しく”知らなかった”では済まされないことだ。誰がより不幸であったかなど、天秤ですら一方に傾くことができない。――富ノ國の惨状は、全ての者に責任がある」
老女に倣う者、呆然と立ち尽くす者、顔を背けるようにして俯く者。
群衆は、様々な反応を見せた。
「死ノ國のザルザンさまの仰る通りです。……もう、見誤りませぬ故、貴女さまもどうか御身を、この國を、我らを、愛してください。……我らが唯一の精霊、美しき蛾の女王陛下」
誇り高き女王に、尊敬や愛情の意を示す為に、富ノ國の殆どの民は、蛾の女王にこうべを垂れる。
しかし、一度生まれた歪を本来の姿に直すことは難しいだろう。
辺りを包み込む花の香りが、そう言わしめているようであった。
死ノ國のザルザンは、もう言うことはないといった様子で一歩下がり、静々と瞼を伏せた。
「ほらほら、ちゃっちゃか動いて」
「人使いが荒いなあ!」
「文句を言わない」
ザルザンたちは、國民総出で街中に根が張り詰めた花を掘り起こしていた。
文句を言う若年者に死ノ國のザルザンはビシリと厳しく注意をする。
「メラベルも! そんなんじゃ日が暮れるよ」
「女王さまになんて口の聞き方を」
「いい加減に髪を結んで、汚れてもいい服を着て、手を土に汚している奴が女王だって?」
ククク、と笑う死ノ國のザルザンを見てコウハタは呆れた顔をしていた。少し意地悪く見えるように振舞うのは死ノ國のザルザンの悪い癖だった。
死ノ國のザルザンは自分の軍手についた土をパンパンと叩きながら鼻を鳴らして笑う。
「今ここにいるのは、ただのメラベルだろ」
そう言って笑った死ノ國のザルザンの笑顔を少し離れた場所から見ていたのはパフィリカだった。
そして、赤く染まっている自身の頬に気づかないパフィリカを見て、老いた女性は「あらあら」と言いながら微笑んだ。
「しかし、根っこが頑丈だな」
「それに長いと来た」
額の汗を拭う屈強の男たちに、死ノ國のザルザンは「当たり前だろう」と言った。
男たちは不思議そうな顔をして死ノ國のザルザンに視線を向ける。
「死にたくないから、必死なんだよ。枯れたら永遠の死だ。だから枯れないように、根は頑丈に、長く、太くなる」
花は懸命に生きようとしていた。
例え花びらが落ちきってしまったとしても、根だけでも生き続けようと根を伸ばしているのだ。
汗を拭っていた男たちは、手に持っている花の根を見つめたのち、悲しげに眉を潜めた。
人数が人数だった為か、花を掘り起こす作業は半日で終わった。
ハヅキの涙には死ノ國のザルザンが用意した水の船が何隻も並んでいた。
民も女王さえもその光景に圧倒されつつも、死ノ國のザルザンに言われるがままに掘り起こした花を船に乗せてゆく。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
女王は花を乗せる時に、小さな声で繰り返し「ごめんなさい」と呟いていた。
そして民も同じように「ごめん」と「ごめんなさい」を繰り返し呟いていた。
誰もが他者を慰めることはできなかった。
花の姿をした大切な人たちは、もう、人としては戻っては来ることはできない。
その事実を、この場にいる誰もが背負って生きていかねばならない。
だからせめて、沢山のごめんなさいを花に添えた。
「コウハタ」
死ノ國のザルザンは、まるで我が子に寄り添う親のように膝をつき、コウハタの小さなその肩に手をソッと置いた。
空には様々な生き物が飛んでいた。
翅を持つ虫や、羽を持つ鳥が人々の様子を見にやって来たのだ。
鈍感なのは人間だけ。死ノ國のザルザンはそう言った。
他の生き物は命が流れゆくべき場所とタイミングというものを良く理解しているらしい。
「さ、大谷へ向かう人々に呪言を」
「ことほぎ?」
「花として芽吹くように、この旅路が少しでも穏やかなものであるようにと祝いの言葉を送ってあげるんだ」
船送りをしたことがないコウハタは戸惑った。こんな大勢の目に晒されながらやるには、あまりにも大役過ぎる。
コウハタの緊張が伝わったのか死ノ國のザルザンはコウハタの耳に口を寄せて「お前の言葉で良いんだよ」と安心させる。
「……あ」
コウハタはは富ノ國のザルザンである。
幼かろうが、ザルザンなのだ。
船送りの方法など、知って当たり前だった。
言葉を漏らしたコウハタを皆が皆、見守る。
「こんな姿になるまで、何もしないで……ごめんなさい」
船は水面と同様、清らかに透けていた。
ちゃぷりと揺れる船体がコウハタの言葉を待つように、船体が流れてしまわないように耐え忍ぶ。
「大谷の底の人も優しいから。だから、安心して向かってください。……貴方たちが帰ってきたら、今度こそ愛します。次の種をつけられるように、嵐からもまもります」
死ノ國のザルザンはコウハタの肩に触れていた手に僅かな力を込めると、真っすぐと大谷の底がある方向を見つめた。
「だから、真っすぐと、真っすぐと進んでください。迷うことなく、ぼくを信じて。ぼくはみんなを愛しつづけるから、だから、信じて進んで……!」
力強く言い放ったコウハタの言葉を合図に、その場に留まっていた船がゆっくりと進み始める。
一斉に離れゆく船を見て、コウハタの目からは涙が流れた。
今回ばかりは、泣くなと死ノ國のザルザンが言うことはなかった。
「真っすぐ、真っすぐだよ!」
「……真っすぐに行け!」
進み続ける船に叫ぶは、コウハタと死ノ國のザルザン。
死ノ國のザルザンの目元は赤かった。
祈るように船を見守る二人のザルザンの様子に、女王も感化されるようにして声を張り上げる。
「真っすぐに進んで!」
女王の声に続くは民の声。
人々は進み継ける船に叫び続けた。
進む船を見守るように、虫や鳥は同じ速度で着いてゆく。
小さき者が寄り添う姿は、まるで本来の姿を取り戻そうとしている國を祝福するようであった。
しかし、順調に進んでいた船は何隻か動きを止めて、死ノ國のザルザンたちがいる陸に向きを変えて戻り始める。
「……嗚呼、ダメだ」
それを見て死ノ國のザルザンが震える声で呟く。
そのか細い声を拾ったパフィリカは死ノ國のザルザンを振り返る。
「こっちに来るな。戻って来るな……頼むから、進んでくれ!」
悲痛な声で叫ぶ死ノ國のザルザンの声は一層大きく辺りに響き、船に向かって声を掛けていた人々も死ノ國のザルザンの様子を可笑しく思ったのか視線を向ける。
戻って来るな。そう言って叫ぶ死ノ國のザルザンは今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。
死ノ國のザルザンの隣に立っていたスヤキは、華奢な背中を抱きしめる。
「お願いだから、帰ってこないで」
奥歯を噛みしめて瞼を強く瞑った死ノ國のザルザンは絶望しているようであった。
その様子を見て、人々も「戻って来るな」と叫ぶ。
しかし、船はこちらに向かって進んでくる。
何隻かの船は真っすぐと進んだ果てに見えなくなったが、数隻が戻って来るのだ。
とうとう戻って来た船を見て、死ノ國のザルザンは誰に言うでもなく「戻ってきたら花は回収してくれ」と項垂れるように呟いた。
「わ、分かった」
人々は戸惑いながらも死ノ國のザルザンの言葉に従い、戻ってきた花を回収する。
役目を果たせなかった船は、花を奪われるとパシャリと音を立てて消えた。
「ザルザン……これは」
「土人間になりたいと願う者が帰って来てしまったんだ。…………土人間は、体温もない、声も出ない、泣くこともできない。雨ざらしになれば体は溶けてゆくだけ。それでも、コイツらは”人間”でいたいと願ってしまった。花の生を跳ね除けてまで人間として在りたいって思ったんだ」
コウハタの肩を支えていた死ノ國のザルザンの手が力なく落ちる。
深く俯く死ノ國のザルザンを見て、誰もが泣いているのかと思ったことだろう。しかし、顔を上げた死ノ國のザルザンの頬に涙の痕はなかった。
その代わり、目元が酷く赤らんでいた。
この時、パフィリカは漸く死ノ國のザルザンが泣くのを我慢していることに気が付いた。
目元に精一杯の力を込めて、涙を流さないように、耐えているのだと。
「花は風に揺れるだけだ。愛してくれる人に私も愛していると応えることもできない。愛している人が泣いていても、その涙を拭ってやることもできない。なら、せめて人のような体を得て見守りたいと思わないか? 体を持っているなら愛情を表現できる。泥を付けてしまうかもしれないけど、抱きしめることも、涙を拭ってやることができる。その涙のせいで少しだけ体が溶けてしまうかもしれないけど、慰めることはできるんだ。……それを、アイツらは望んだ。花として生きることが決まった時に、最後の選択をしたんだ。だから、”帰ってきてしまった”。……私は、アイツらのこれからを思うと、胸が痛い。……辛くなるよ」
花の一生を不幸だと思う者はいないだろう。
初めから花として生まれたなら、花もまた不幸とは思わないだろう。
しかし、この場にいる者は人間ばかりであった。
人々は愛を紡ぐ言葉を知っている。
人とは愛しい子が迷子にならない様に手を繋いであげることも、足腰が弱った老人が転ばないように手を貸すこともできる。
楽しいのならステップを踏んで共に踊り、悲しみの中で涙に暮れるのなら頭ごと抱きしめてやることができる。
人の姿はどんな生き物よりも愛情深くある為には便利であった。
その全てを失って、ただ綻んでいるだけの生を得るなど恐ろしいとは思わないだろうか。
大谷から戻って来た者は記憶がない。
巡る輪から逸れた体温を持たぬ者が生き続けるには、この世界は酷すぎる。
繊細な心を持つが故に、他の生き方を受け入れることは、あまりにも勇気がいることであった。
死ノ國のザルザンの背中を抱いていたスヤキは、項垂れる死ノ國のザルザンの頭を抱きしめて、その頭の上に自身の硬い頬を寄せる。
「……私の"愛しい人”。慰めてくれるんだね」
スヤキの硬くも少女のように華奢な胸に額を寄せて、死ノ國のザルザンは呟く。
死ノ國のザルザンとスヤキの姿は、これから富ノ人間が見せる姿そのものなのかもしれない。
「愛とは、愛するとは、どれ程に難しいことか」
ポツリと、しゃがれた声の老父が呟く。
「ある日、祖父母や親……死んでしまった人によく似た子供が、己のことなどすっかり忘れて戻って来る。関わることすら怖いと思うほどに、それは悲しいことだった。しかし、例え今度は家族になれずとも、私たちは初めましてと言う子供らを愛してしまうんだ。あまりにも悲しくて、辛くて、やり切れないことであるが、胸に苦しさを抱きながら、愛した人たちの面影を見る……そしていつしか、私たちは新たな出会いに感謝してしまうんだよ」
続いて老女が口を開く。
「私は……なんて残酷な巡り合わせかと、世界を恨めしく思う日もあったわ」
ぼつり、ぼつりと胸の内を吐露する老いた人たちは帰ってきたら花を見下ろしていた。
沈黙を貫いていた年寄りが、とうとう重たい口を開いた瞬間であった。
――フィン・グ・ラリアープルの申し子。
命が巡る。
血が巡る肉体を諦めても尚、愛に生きたいと願う。これこそが、この世界の命が得た祝呪なのである。
「ねぇ、ザルザン」
「うん?」
「どーしてザルザンは悪い人を演じていたの?」
死ノ國のザルザンとコウハタ、そしてスヤキの三人は、地面に座って全ての船の姿が消えたハヅキの水面を見つめていた。
土人間の為の体創りを終え、花に心臓の役割を与えた死ノ國のザルザンは酷く疲れていた。それに対してコウハタは、流石というべきか、幼さゆえなのか元気そうであった。
「演じるだって? いつ私がそんなことをした?」
「色んな人に怖いことを言っていたじゃない」
「私は嘘をつけないだけさ」
「本当にそれだけ? それだけなの? ザルザンは女王さまを庇っていたんじゃないの? 悪いことをしようとしている女王さまに気が付いて……それで代わりに……」
冗談っぽく笑った死ノ國のザルザンに対して、コウハタは気まずげに言い淀んだ。
「なあ、お前が言っている善し悪しってなんなんだ?」
「え?」
「女王は過去のトラウマから子を産まずに國と共に滅びたかった。民も女王と共にあることを望んだ。私はザルザンとしての役割を全うする為にそれを止めた。……結果として対立することになってしまったが、私はメラベルを悪だとは思っていない」
二人の目から、火は消え失せていた。
「悪だとは思わないが、役割を放棄することだけは許せなかった。命を巡らせることは、ザルザンが課せられた使命だから……それだけの理由だった。他に、庇う為にした事なんて一つもない」
「あとさ、もしも船送りをさせないようにする人が現れたら、ザルザンは本当に殺してしまえるの?」
「できるよ」
死ノ國のザルザンは水面を見つめていた視線をコウハタに移す。その視線に気が付いたコウハタも死ノ國のザルザンを見つめた。
ハヅキの近くは、僅かに塩気のある香りが漂っていた。
「魂を巡らせることは船送りを拒んだ人の為にもなる。なら、私は一時の我儘を受け入れたりはしないよ」
コウハタはギュッとズボンを握り、悲しそうに俯く。
そして、ゆっくりと瞬きを何度か繰り返し、一呼吸おいて再び口を開いた。
「ねえ、ザルザン。……本当は、名前あるんでしょう?」
コウハタは、死ノ國のザルザンが小さく息を飲んだことに気が付くと顔を顰めた。
「どうして、そう思うんだ」
「なんとなく。ザルザンは兄弟を抱っこした時に選ばれたって言ってたから、ぼくみたいに与えられる愛ではなくて、与えた愛を置いて来たんだと思ったの。それなら、貴女は自分のことを覚えてるんじゃないかなって……そう思ったの」
顔を上げて死ノ國のザルザンを見たコウハタの目のフチは、なんとも情けないことに赤くなっていた。
涙を堪えて顔を顰めているコウハタを見て、死ノ國のザルザンは心の中で溜息を吐く。
「……お前は賢いね」
死ノ國のザルザンは、コウハタの頭を褒めるように撫でる。
二人の声の他にハヅキの水が空気を含む音が、街からは人々の明るい声が聞こえた。
「私の名前は『実与』。果実のミに与えると書いてミヨ」
「……ぼく、漢字わからない」
「分からなくてもいいよ。……自分の為にコツコツと蓄えた実を、必要としている人に分け与えられる人になって欲しいと願われ、名付けられたらしい」
死ノ國のザルザンはそう言うと、大切そうに自身の胸に手を当てて瞼を閉じて僅かに口元に柔らかな笑みを浮かべた。
そんな死ノ國のザルザンの姿を見てコウハタは羨ましく思いつつ、膝を抱えている死ノ國のザルザンの腕にそっと手を乗せた。
死ノ國のザルザンが目を開けると、コウハタは穏やかな顔をして笑っていた。
「すごくあってるね」
「そうか?」
「うん。ぼくはザルザンからその実を受け取ったよ。きっと受け取ったんだよ。みんなも、女王さまも。みんなが」
自分の名前を持っていて、それを大切に想っているミヨをコウハタは羨んだ。しかし、それ以上に心が満たされるようだった。
当初、まるで冷酷な人物を演じようとしていた死ノ國のザルザンの印象は変わり、自身の名前を抱きしめた死ノ國のザルザンの姿が優しいものに見えた。だから、コウハタは嬉しかった。
この時になると、とうとうコウハタは確信した。
この世界は、慈悲深い人を選んだ、と。
「ぼくの為に、名前を隠してくれていたんだよね?」
「……どうだったかな」
嘘をつけないと言った死ノ國のザルザンは気まずげに言葉を濁す。死ノ國のザルザンは、その反応がコウハタの問いの答えだとは気づいていない。
「ありがとう、ミヨちゃん」
「………………ちゃん付けは止せ」
複雑な表情を見せる死ノ國のザルザン。
そんな死ノ國のザルザンを見つめるコウハタの表情は、実に楽しそうであった。
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