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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第一章 富ノ國
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倒景


 一日の終わりは緋色。

 城下に住む人々は、互いに挨拶を交わし手を振って家に帰ってゆく。

 それを見下ろす二つの影が城にあった。

 その二つの影とか、死ノ國のザルザンと陶器人間のスヤキである。太陽とは、己の真正面を下る姿しか見えないものだが、今日も今日とて六つの太陽は一つとなり、”ハヅキの涙”に沈みゆく。


 ハズキの水面で踊るは水陽炎。

 煌めく水面を辿るようにして、太陽が岸に向かって伸びようとしていた。


「今日にでも、あの太陽がこちらに伸びてくるのか、それとも明日なのか。……全く以って分からない」


 死ノ國のザルザンが己の瞳の前に掌をかざすと、蝋燭の朧げな灯りが揺れるように光っていた。

 とうとう瞳の中に宿る火が完全な輪になろうとしていた。

 目の前にかざしていた手で拳を作り、死ノ國のザルザンは深い溜息をつく。


「情を捨てきれないのも、難儀なものだ」


 死ノ國のザルザンは眉を潜めると、こちらをに顔を向けていたスヤキから目を逸らそうとした。しかし、そんな死ノ國のザルザンの顎を、スヤキの硬くて冷たい指が逸らすのを阻止する。


「スヤキ?」


 スヤキは使っていない方の手を使って死ノ國のザルザンの瞼に優しく触れる。

 擽ったそうに片目を伏せた死ノ國のザルザンだったが、スヤキの行動の意図に気が付くとバチリと目を見開いた。


「まさか……」


 死ノ國のザルザンが夕日に顔を向けると、視線の先にある太陽は陸すら水面とするかのようにして、死ノ國のザルザンの下にゆらゆらと伸びていた。

 緋色の陽を視界に入れると、死ノ國のザルザンの瞳の縁を火が走った。


「スヤキは安全な場所にいて!」


 死ノ國のザルザンは、冷汗が額を伝って皮膚を離れるよりも先に走り出していた。


「コウハタ! 何処だ! コウハター!」


 死ノ國のザルザンが城内の隅々を確認しながら走り続けるも、探し人の姿は見当たらない。


「ザルザン!」


 必死にコウハタを探して走り回っていた死ノ國のザルザンだったが、名前を呼ばれて足を止める。

 振り向いた先には、息を切らしたパフィリカが立っていた。


 パフィリカは死ノ國のザルザンの近くまでやって来ると、華奢な両肩を力強く掴む。


「女王がいないんだ」


 パフィリカもまた、人探しをしていたらしい。

 死ノ國のザルザンは舌打ちをつきたい衝動を抑え、低い声で「コウハタはどこだ」とパフィリカを睨む。

 女王を探していたパフィリカは、コウハタの姿が見当たらないことに気が付いていなかったのか「え?」と言ったあと表情を険しくした。


「ザルザン…‥目が」

「最初で最後の説得だ。……失敗すれば、一方の詩の國のザルザンが死ぬか、精霊が死ぬ」


 死ノ國のザルザンの二つの火は、この世のありとあらゆる灯火よりも凶悪に燃えていた。

 見た者の目を焦がすそれは火などではなく、全てを灰とする炎。

 その炎が、死ノ國のザルザンの瞳に宿っていた。


「これはお前らを監視する火であり、我らを管理する目。太陽に許される時間は、過ぎてしまった。パフィリカ、お前、何処に向かう気でいたんだ?」

「私は玉座の間に向かう途中でした」

「なら私も同行しよう……急ぐぞ」


 探し人は異なるが、目的こそは似たような二人であった。意志を確かめ合うように頷き合うと、先に走り出したのは死ノ國のザルザンであった。

 死ノ國のザルザンが駆け出すと、パフィリカもそれに続くように走りだし、隣に並んだ。

 途中にすれ違った城の兵士はパフィリカを女王と呼んだが、彼は誰ひとりの呼びかけにも足を止めることはなかった。


 パフィリカは、着ているドレスが足に絡み走行を妨げる為、死ノ國のザルザンに置いて行かれそうになった。

 そんなパフィリカの様子に気が付いたのか、死ノ國のザルザンはドレスをたくし上げるパフィリカの片腕を掴む。


「転ぶなよ!」


 死ノ國のザルザンは乱れる息の合間に奥歯を食いしばる。

 

 腕を引かれながら必死に走るパフィリカは、暫く死ノ國のザルザンを見つめた後、思い切り顔を顰めて前方に視線を向けた。



 二人が玉座の間の大きな扉の前に辿り着くも、その場に就いている筈の兵士がいなかった。

 扉こそそんなに重たいものではないが、中々開かない扉を前に、急いでいる死ノ國のザルザンにとっては思わぬ足止めに感じた。

 

「……くっ、おも」


 パフィリカの力も加わり二人は煩わしそうに扉を開け放てば、玉座の間は茜色の光が窓のステンドグラスをすり抜けるように差していた。

 二人が中に視線を向けると、色とりどりの光の中に小さな影が一つ、そして玉座にもう1つの影があった。


「コウハタ……!」


 死ノ國のザルザンは慌ててコウハタの傍に駆け寄り、その小さな両肩を掴み瞳を覗き込む。

 コウハタの瞳の中にも、完全なる火の輪が燃えていた。


「コウハタ、おい、コウハタ!」


 死ノ國のザルザンが何度もコウハタの名前を呼んでみるも、コウハタの視線は玉座に向いていた。


「死ノ國のザルザン。お初にお目にかかります」

「……女王陛下」


 返事をしないコウハタから手を離し、死ノ國のザルザンは玉座を見上げる。

 死ノ國のザルザンを見下ろす切れ長の目は、冷ややかに弧を描いていた。

 そして、死ノ國のザルザンの後ろにいたはずのパフィリカは苦虫を嚙み潰したような顔をして、女王の傍らに立っていた。


「太陽は我らを縛る。繰り返すことをこの世界の巡りとし、跡形も残さず消えることを許さない。……死ノ國の王が死んだと聞きましたが、それが王の意志ではないと、何故、言い切れるのでしょうか」


 女王の声は美しきフルートの音を奏でるように玉座の間に響いた。


「世迷言を申されるな。死の王が死ノ國を滅ぼすなど有り得ない。王は貴女のように己の役割を履き違えることなく、最期まで民を心から愛していた」

「私も民を愛しています。だからこそ、この世界の呪縛から共に解かれようと掲示しているのです。己の命すら自由に出来ぬとは、どれほど不幸なことであるか。それを阻止しようなど、実に浅ましい。まして、貴女は他國のザルザンなのですよ。……もしや、貴女はこの世界の全てに関与することが出来るとお思いになっているおつもりですか?」

御託(ごたく)は宜しい。何故、富ノ國がこのような姿になっているのか。貴女は理解している筈だ。その口で、民を愛しているなど、良く言えたものだ。……そもそも、何に不満を持っておられるのか分からないが、今日に至るまでの原因は、貴女が誰とも対話を試みようとはしなかったからなのでは?」


 死ノ國のザルザンの瞳の縁は燃え続けていた。


「時期に”倒景(とうけい)”が現れる。……この際、独りよがりに貴女が死ぬのはどうだって良い」


 冷ややかに死ノ國のザルザンを睨む女王に、死ノ國のザルザンも負けじと女王を睨み返すも、女王の横に立つパフィリカが酷く傷ついたような顔をしたのを横目に捉えた。

 そして、今度こそ忌々しげに死ノ國のザルザンは舌打ちをした。


「しかし、民を貴女の心中に付き合わせるのは許しがたい。そんなに死にたければ、このまま独りで死にごもりでも何でもすれば良いじゃないか」

「……ふ……ふふふふ!」


 暗に自室に閉じこもって死ぬのを待てと言い放った死ノ國のザルザンの言葉に、女王は、心の底から可笑しいと言いたげに笑った。

 しかし愉快そうに見えたのも束の間、直ぐに悲しそうな顔を浮かべた。


「この状況が既に死にごもりのようなものなのに、可笑しなことを言うのですね。……貴女は私に國の為に子を産み、私の母と同じように子を残して死ねと言うのですか? 残された子供のことを考えもせずに、よくもそんなことを言えたものです」


 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えるように女王は眉間に深い皺を刻んだ。

 富の名の下に、美しき輝石の全てとなって世界の痛みを癒す美しき(ひいる)

 蛾の女王は嘆く。


 その声が痛々しいと、隣に立つ姉弟は唇を噛み耐えるように顔を俯かせた。


「タバタ流星群が降る夜。富の精霊は美しき”石”と共に沢山の子を産む。そして、その中の一人が次の女王となるのだ。私の母は体が弱かった。そんな母が出産を迎えたら、どうしたって生きられないことはこの城に従事している者も、民も、皆が分かっていたはず。しかし、母は子を成さねばならぬと、その定めに倣って私を産んだ。……結局、母は私を産んだあと、みるみる体調を崩し、死んでしまった。……そして、不幸は続くもので、父は母を愛していたから母の死に胸を痛め、まるで追うように病に伏せ、死んでしまった。……私は、世界の理であるが故に体の弱い母にその責務を押し付けた全てが憎い! ザルザンも、民も……。私たちは、共に在るべきだったのではないのか! ……先に見捨てたのは、お前たちだ!」


 先程とは打って変わって女王の口調は荒々しいものとなり、握りしめた拳は震えていた。

 蛾の女王は嘆いていた。

 今しがた、この國が辿ろうとしている運命は、女王の母親の時に迎えるべきであった、と。


 蛾の女王の悲痛な訴えを聞きながらも、小さな火花が視界の端で弾けるのを死ノ國のザルザンは目を擦って耐える。

 どんなに目を擦ろうが、強く瞼を瞑ろうが、その行動に意味がないことを死ノ國のザルザンは理解していた。しかし、視界の中で弾けるそれは、無意識にそうさせる程、死ノ國のザルザンの気を散らした。


「我が母上であろうが、其方であろうが、國の滅亡は見過ごせぬ」


 この場にいる者の声ではない、他の透き通った声が玉座の間に響いた。

 顔を顰めていた死ノ國のザルザンはハッと目を見開き、その声を辿るようにゆっくりと視線を向ける。


 玉座の間は、ステンドグラスの色をすり抜け、太陽の炎が死ノ國のザルザンたちの下に伸びていた。

 その揺らめく影から姿を見せたのは、コウハタよりも幼げな子供であった。

 子供の体には炎が燃え立ち、透けていた。


倒景(とうけい)……」


 死ノ國のザルザンが忌々しげにその名を呼ぶと、倒景と呼ばれた子供は愉快そうに笑みを浮かべる。


「お前が出る幕ではない」


 さっさと失せろと言いたげに死ノ國のザルザンが言い放つも、倒景は首を横に振る。

 夕暮れ時の薄暗い玉座の間で、倒景の在りとあらゆる影は不気味に燃えていた。


「いいや、今が出番だ。本当は、タバタ流星群が降る夜まで待ってやろうと思っていたんだがね。なんせ、お前(・・)がこの國にやって来た。ならば、都合が良いというもの。”同士討ち”をさせるなら、今しかなかろう」


 倒景は、小さな指で死ノ國のザルザンを指さした後、続いてゆっくりとコウハタを指さす。

 倒景は笑みを崩さない。

 精霊とも違った異質な存在の登場に、女王とパフィリカは固唾を飲んで会話を聞いていた。


「役割を果たさぬザルザンなど、無価値である。無能は早急に滅し、新たなザルザンを迎えるのが最善」


 死ノ國のザルザンが息をハッと吐けば、凍えるように白い息が靄となって消える。額には汗が滲み、あっという間に顎を伝って床に落ちた。

 それを忌々しげに感じながらも奥歯を噛みしめる。そして、倒景を睨みならがらも、握り締めていた拳が徐々に開かれ、腰につけている手斧に震える手が伸びた。


「討つはザルザン、討たれるもザルザン」


 倒景の言葉を合図に、先ほどまで一言も発する事なく、その場に立っているだけであったコウハタがピクリと動く。

 死ノ國のザルザンは必死に手斧に伸びようとする力に抗いながら、コウハタと距離を置くように、ゆっくりと後退った。


「討つはザルザン、討たれるもザルザン」


 倒景の言葉に倣うように、死ノ國のザルザンの口は同じ言葉を繰り返す。

 その表情は、酷く苦しそうであった。


「討つはザルザン」


 そしてコウハタも同様に倒景の言葉を繰り返す。


「討たれるはザルザン」


 この時すでに、討つも、討たれるも、どちらが役割を果たし、果されるか決まっているようであった。


 死ノ國のザルザンは「討つはザルザン」と繰り返す。

 そして、コウハタは「討たれるはザルザン」と繰り返した。


 これから始まろうとしている目の前の出来事が想定外だったのか、女王は止めようと口を開こうとした。しかし、目の前で起きようとしている恐ろしい光景を前に、無情にも息ははくはくと吐き出るだけであった。

 精霊は、倒景と呼ばれる子供を前に、酷く怯えていた。


「倒景と交わりし太陽の炎を貴様らに与えよう。我の炎は永久に触れた者の皮膚を燃やし続け、執行者の骨をも灰にす」

「くっ……」

「さあ、与えた武器を手に取れ」


 死ノ國のザルザンの意思と反し、倒景の言葉に従うように、死ノ國のザルザンは腰につけた革製のポーチから手斧を取り出す。

 ポーチから解き放たれた手斧はボッと音を立て炎を纏った。


 死ノ國のザルザンは手斧を手放さそうとするも、烈火の如く手斧は炎に包まれ、死ノ國のザルザンの手元に陽炎が登った。

 己の炎に熱は感じないようであった。


 討つはザルザン。

 討たれるはザルザン。


「五つの太陽は怠惰を許さず」


 倒景は繰り返す。

 討つはザルザン、討たれるもザルザン、と。


「五つの太陽は決めた。役割を全うしない國は、立て直さねばならぬ、と。ザルザンは、ザルザン以外の命を船送りにするのみに在らず、役割を全うしないザルザンを討つ力さえ持つ」



 暮れゆく太陽は、未だその成りを沈め切らない。

 街は紫色に染まり、火を纏う者は炎を焔に変え、裁きを与える。


「討たねばお前が討たれるぞ」

「黙っていろ……!」


 コウハタは、倒景の言葉を繰り返す他に口を開くことはなかった。

 そして、背中の服の内側に隠していただろう武器、彼の背中ほどのブーメランを取り出した。

 死ノ國のザルザンはコウハタの武器を見て、どうにか勝機を見出そうとするも、それは適わなかった。

 コウハタがブーメランを振る度にブーメランが纏う炎は、ひと回り、ふた回りと大きくなった。

 倒景が与えし炎は触れた者の皮膚を生涯燃やし続ける。ブーメランなど避ければ良いのだと、楽観視することは決して出来ない。

 加えて手斧とブーメランの相性といったら、それはそれは最悪とも言えるだろう。

 コウハタが取り出して直ぐの大きさであったなら、刃と持ち手の間に当てて叩き落すことも考えられたが、コウハタと同じくらいの大きさとなったブーメランを手斧の側面で受けたとして、手斧の刃が砕けないという保証がなかった。


 死ノ國のザルザンは唾を飲み込み、半歩、後ろに下がる。


「我は闘志の炎を与えん」


 倒景の言葉が合図となるように、コウハタは姿勢を低くし、ブーメランを後ろに構える。

 コウハタが持つブーメランの炎に比べ、死ノ國のザルザンの手斧が纏う炎のか弱さといったらない。

 まるで双方の炎は、持ち主の意志に反映しているようであった。



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