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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第一章 富ノ國
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悪者がいなくても悪いことは起きる

いつも読んでいただきありがとうございます!


 朝食に出されたベーコンマフィンの上のパンズを片手に持ったまま頬杖をついて、死ノ國のザルザンは物更けていた。


 無情にも、朝焼けに染まる街は穏やかであった。

 小鳥は戯れる様に歌い、夜の色は薄らぎ、青から紫に変わった。


 可愛げもない大きな蛾は、不安げな顔をして外に出た。

 翅が凍えてしまうかもしれないのに、己の住処にいては息が詰まると言いたげな顔をして、朝の挨拶を返した。


 背後から昇る太陽の居所も分からない死ノ國のザルザンは、影の傾きからその位置を把握した。

 瞳の奥で燃え盛ろうとするは小さな火。

 紙の端を燃やす様に、小さく火が弾ける音が聞こえる。


 死ノ國のザルザンは面白げもなく、口を尖らせる。


「きっちりと分量を計ればお菓子は美味しく作れるんだから、羨ましいね」


 計りという道具がある限り、例えばくしゃみをして小麦粉を多く入れてしまったとしても、多く入れた分量を取り除けば良いだけ。

 少ないなら足し、多いなら取り除く。


「何が足りず、何が多いのか。全く分からない」


 かぶりつくタイミングを逃したかのように、ぼんやりとマフィンを眺め続ける死ノ國のザルザンの様子をコウハタは黙って見ていた。小さな手には、死ノ國のザルザンと同様にマフィンが握られている。

 困り果てた様子のコウハタを見て、同じ席に座っていたスヤキが死ノ國のザルザンの肩を軽く叩いた。

 死ノ國のザルザンはマフィンから視線を外して「うん?」と気の抜けたような返事をしながらスヤキに視線を向ける。


『マフィンはしゃべらない』


 スヤキは死ノ國のザルザンの手を取り、硬い手の先で文字を書いた。

 すると、死ノ國のザルザンはハタと自分の行儀の悪さに気が付いたように驚き、頬杖をついていた体制を立て直し「ごめん」と言い、(ようや)く手に持ったままだったマフィンを一口(かじ)った。


 しかし、その断面を見つめながら死ノ國のザルザンの思考は再びぼんやりと旅を始める。


「この國に来る時に、喋る花に出会ったことがあった」

「花がお話をするの?」

「そうだ。歌うように喋るから、急ぎの要件がある時は酷く焦らされたよ」

「喋るお花かあ」


 コウハタは死ノ國のザルザンの視線を辿るように、天井を眺めるようにして見たこともない花の姿を思い浮かべた。


「あめが降るよ、めぐみの雨が。大きく花びらを広げて待ちましょう、恵みの雨を」


 か細く奏でるは、花が歌っていただろう歌。

 短いフレーズを歌い終えると死ノ國のザルザンは、もう一口マフィンを齧り「ご飯中は歌をうたってはいけません」と言って意地悪げにスヤキに向かって笑った。

 怒られる前に先手を打つあたり、死ノ國のザルザンは子供っぽい。コウハタは呆れたように片眉を上げた。


「死ノ國に喋る花はなかった。國を出て、初めてそんな花があると知ったんだ。もし、身近にそんな花が居たなら楽しそうだったろうになあ」

「ぼくもザルザンが教えてくれなかったら知らなかったよ。富ノ國にも、そんな花はないから」


 口に入れたマフィンを飲み込み、死ノ國のザルザンは可愛らしく口角をあげる。

 ぼんやりとしているが、機嫌は良いようだった。


「歌に(いざな)われてたどり着いたのは小さな丘だった。丘には色とりどりの花が咲いていて、みんな歌っていたよ」

「きれいだった?」

「あぁ。景色も抜群にきれいだったし、歌も美しいものだった」


 口元は笑みを浮かべているのに、死ノ國のザルザンの瞳は寂しげであった。


「肉体を失った者の花を不幸としなくてはいけないザルザンの名を持つ者にとって、幸せそうに歌う花を見ることは……いや、それは違うか」


 死ノ國のザルザンは笑みを浮かべたまま眉間を寄せて、自分の言葉を否定するように首を横に振った。


「なあ、コウハタ」

「なぁに?」

「女王さまは優しいか?」


 死ノ國のザルザンは様子を(うかが)うように、視線をゆっくりと上げてコウハタを見つめる。


「やさしいよ。ぼくは大好き」


 肯定するだけでは物足りないと感じたコウハタは、女王に対する想いも付け加えて伝える。


「誰もが自分の生まれや役割に納得して、整備された道を歩み続けてくれたなら良いのに……なんてね。私たちですら不可能なことを他者に期待するなど、まるで馬鹿だ」


 死ノ國のザルザンは手に持ったままのマフィンを視線を向けると、色々な角度からそのマフィンを見た。

 

「間違えていると知りながらも歩み続ける道だって、何処かにたどり着ける道だ。道は進む為に作られる。なら、その道を間違いだと誰が定義するのか。道はいくらあっても良い。誰かが新たに切り開く道だってある。私は、その道を否定したくないと思いながらも、一本道しか認めることができない。私は……私たちは、そういう存在だから」

「……ぼくらの帰り道は燃え落ちてしまったもんね」


 寂しげに揺れていた死ノ國のザルザンの瞳が固く閉じられたのを見て、コウハタは言ってはいけないことを言ってしまったかと後悔した。


「死ノ國の精霊が言っていた。愛で満たされた魂は(ようや)く自分を得られるんだと。……繰り返される魂だって自分である筈なのに、可笑しな言い方をするよな」


 ザルザンが、ザルザンの名の下に存在し続ける限り、歩み続ける道は正しいだろう。

 例え、目的地の名が記された看板がクルクルと回り続けていたとしても、決して(・・・)ザルザンは進むべき道を見誤ることはない。

 

「分かりにくいんだ、あの人の言い回し。結局、私たちが知っていることは、この世界の成り立ちと愛に満たされた者の向かう道筋だけ。……國を出ずに一生を終えることが出来たなら、自分が与えられた役割以外について考えなくても良かったのに、そうもいかなくなってしまった。……この國の外を知らない()が君らしく在るように、私だって私らしく在りたかった」


 死ノ國のザルザンは閉ざした目をゆっくりと開くと、コウハタを真っすぐに見つめる。そしえt小さく溜息を吐くと、水を一口飲んだ。


「振る舞いを変えるだけなら簡単なことだが、生き方を変えることは難しい。私と君が太陽から逃れられないのと同じように、精霊もまた、巡る輪からは逃れられない。……私は、それが悲しいと思うようになってしまった」

「悲しい?」

「そう、悲しいんだよ。君にとっての女王さまが、私にとっての死ノ國の精霊であるなら、このまま迎える未来は残酷なものとなるだろうからね」


 死ノ國のザルザンは大きく溜息を吐くと、残念そうに肩を落とす。


 コウハタは、自分がザルザンとして世界に求められていることを理解していた。しかし、死ノ國のザルザンの心にも、女王の心にも、まるで報える気がしなかった。だから、開きかけた口をグッと堪えるように閉じてしまった。


「……味わってるだけだって…………うそ、ごめんって」


 ベーコンマフィンを解体して”ちまちま”と少量ずつ食べる死ノ國のザルザンに業を煮やしたのか、スヤキが無言の圧力を掛けていた。




 重たげなドアにノックをすると中から「どうぞ」と聞こえ、コウハタは小さく深呼吸をしたあと部屋に入る。

 部屋の中は薄暗く、ベッドを囲む白いレースカーテンがぼんやりと部屋で浮かんでいた。


「女王さま」

「コウハタね?」


 コウハタがベッドに座っている人物をレースカーテンの外から呼ぶと、レースカーテンの向こうからコウハタの名を呼ぶ声が聞こえた。その人の声は優しげであるのに、コウハタは緊張したままだった。


「どうしたのですか?」

「カーテン、あけてもいい?」


 暗い部屋の空気はなんだか重たくて、コウハタはカーテンだけではなくて窓も開けて換気をしたかった。しかし、女王はしばらく沈黙したのち「あけないで、そのままに」と言った。

 そう返されることは予想していたが、コウハタはガッカリとした気分になった。


「今日もいい天気だよ」

「そう」

「ご飯はたべた?」

「えぇ、少しだけ」

「ベーコンマフィンおいしいよね」

「……そうね」


 コウハタは、死ノ國のザルザンなんて上のパンズを先に食べちゃったんだよ、と言いかけて口を閉じる。

 女王には死ノ國のザルザンの話をしない方が良い。コウハタは、口の端と眉間に力を入れる。


 ここ数日は死ノ國のザルザンに付いて歩いていたコウハタ。女王の部屋に訪れるのは久々であった。


「コウハタ、こちらにいらっしゃい」

「うん」


 コウハタは言われるがままにレースカーテンの切れ間から中に入ると、肌着のままベッドに腰を掛けている女王が小さく口角をあげて隣をポンポンと叩いていた。

 誘われるままに、コウハタは少し高さのあるベッドをよじ登り、ベッドに腰かけて女王を見上げる。


 女王の額で煌めく虹が舞う水晶を見つめながら、コウハタは悲しげに眉を八の字に下げた。

 死ノ國のザルザンに熱を持った視線を向ける女王の額に光る水晶とは、少しだけ形が違った。


 カーテンの隙間から差す僅かな光が、朧げに女王の凹凸に陰影をつけた。

 一層やつれて見えるのは窪んだ目元。

 コウハタには、その目が女王の心境を表しているように思えた。


 女王は悲しそうな症状を浮かべているコウハタの柔らかな頬を両手で包み込み、コウハタの目をよくよく覗き込んだ。


「もう少しでくっつきそうね」

「……女王さま、あの」

「どんな事が起きても、貴方は悪くない。悪いのは、この世界を作ったハヅキだから、ね」


 ゆっくりと女王の手がコウハタの背中に回る。

 女王はコウハタの耳元で何度も言い聞かせる。悪いのは誰か、と。


 コウハタはジワリと滲みそうになる目に力を入れて堪えたが、代わりに鼻の奥がツーンとしたのか、鼻の頭をクシャリとさせた。


「悪いのは流れる星。悪いのは、輝石なんぞを欲しがる者ども。……貴方がこうして不安を抱えるのは、招かれざる異國のザルザンのせい。死ノ國のザルザンのせい」


 女王が繰り返す言葉を聞いていると、コウハタの心は酷く荒んでいった。

 コウハタは身を捩るように、女王の肩口に額をすり寄せる。細すぎる女王の肩越しから見た景色は、あまりにも細くて心許なかった。


「……太陽はいつだって私を責めるのね」


 声を震わせる女王を誰が責められるのだろうか。コウハタには分からなかった。



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