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ZARUZAN  作者: 遥々岬
第一章 富ノ國
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可愛いは無敵


「ちょっとぉ! 貴女が他國からやって来たっていうザルザン~?」

「……そうだが」

「そうだがって~、そんなワンピースを着て使う言葉じゃないでしょう?」


 栗毛の髪の毛を縦ルールに巻き、左右の頭上で二つ結びしている、所謂(いわゆる)ハーフツインと呼ばれる髪型をした女の子が声を掛けてきた。若干、声の大きさや話し方に圧倒されつつも同じ”臭い”を感じた死ノ國のザルザンは、女の子の相手することにしたらしく足を止めた。


「そっちの人も……人? まあいいわ。可愛いわね。お人形さんみたいだわ」

「彼女の可愛らしさが分かるのかい?」

「分かるも何もぉ。陶器人間は初めて見るけど、ドールそのままの見た目をしているんですもの。目を引くわよ~」


 うんうんと頷きながら、女の子は顎に手を当ててスヤキを無遠慮にマジマジと見つめる。

 対して、話題の渦中にあるスヤキは大して気にした様子もなかった。


「私は『ミラン』。この國で服飾を生業(なりわい)にしているの」

「ああ、だから可愛らしい格好をしているんだね。……それにしても、一見パーティーにでも行けそうな華美なデザインだけど、よく見ると可動しやすそうだね」

「そうでしょう、そうでしょう? 貴女、話が分かるわね〜」


 ミランが着ている衣服を例えるなら、惜しみなくフリフリのレースをあしらわれた作業服のような服であった。


「立ち話もなんだし、座って話さないかい?」

「えぇ、ぜひ!」


 死ノ國のザルザンが石畳の道に沿って設置されているベンチを指さすと、ミランはニッコリと笑って頷いた。

 三人で並んでベンチに座ると、死ノ國のザルザンはパン屋で買ったデニッシュ慎重に半分に割ってミランに差し出す。

 ミランは嵌めていた手袋を脱ぐと、死ノ國のザルザンからパンを受け取った。ミランが嵌めていた手袋はレースのもので、手の甲と人差し指、そして親指の先だけが革であった。


「その黄色い薔薇、かぎ編みで?」

「そうよ、良く分かったわねぇ。貴女も編み物をするの?」

「随分と昔に。今はしていないよ」


 レースと革で作られた手袋を見ながら、死ノ國のザルザンは僅かに頭を傾けると同時に小さく笑った。


「この子にはあげないのぉ?」

「陶器だからね、食べられないんだ」

「……そう」


 残念そうな表情を浮かべるミランを可愛く思ったのか、スヤキは触れるか触れないかの曖昧な加減でミランの肩をポンポンと叩き、頷く様に首を傾げた。

 まるで、気にしないで、と言っているようなその動作に、ミランは複雑な顔を浮かべた。


「私ねぇ、貴女に会ったら聞きたい事があったのよぉ」

「なに?」

「私たちって死んで船送りにして貰わなかったら花になるんでしょう? そーしたら何が困るの?」


 正午にはまだ少し早い時間だったが、通りは既に多くの人々で賑わっていた。

 死ノ國のザルザンは、行き交う人々の視線が次第に自分たちへと集まるのを感じていた。肩にのしかかるような注目に気づきながらも、気負うことなく、むしろ視線を集めることを当然のように受け止めている。


「人口が減り続けては、國はいずれ滅んでしまう」

「それは、子供を授かれる条件が決まってるからよねぇ? それだけの理由しかないの?」

「まあまあ重要なことだと思うけど……ミランは國がなくなってしまってもいいの?」

「う~ん」


 ミランは難しい顔をしながら、死ノ國のザルザンに貰ったデニッシュを小さな口で一口齧ると、通りの人を眺めた。


「私が死んだ後の世界って、私に関係ないかな~って思ってるのよねぇ」

「いつかの未来にミランのもとに子供を授けられても、そう言える?」

「どーかしら。その時は子供がどうにかするんじゃないかしら」

「しかし、子の未来を守ってやりたいと思うのが、その、自然な流れなのではないかな」

「どうして?」


 前を向いていたミランは死ノ國のザルザンに顔を向ける。

 その目は、純粋な子供の目と呼ぶには、あまりにも真っすぐであった。


「……私が未来の人にしてあげられる事は殆どないわよお。私にできるのは、素敵な服を作ること。それが残れば、それで十分。でもぉ、それって未来の人を想ってしていることじゃあないのよ。私は私の為に”私の歴史”を残しているだけなの。好きなことをしているだけに過ぎないわぁ」


 ミランは死ノ國のザルザンから視線を逸らし、今度は遠くの空を見つめた。

 ミランの柔らかな二つの髪束が風に揺れる。


「……そりゃあ、私に子供がいたら出来る限りを尽くして、沢山の愛情をあげるし、取り除ける困難は払ってやりたいと思うのかもしれないけど、今はそんな願望がないの。そんなんじゃあ、未来にの為にしてやりたい事なんて分かる訳ないじゃない? 私の毎日はね、次はどんな服を作ろうかな〜って考えることで忙しいんだから」


 死ノ國のザルザンは鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をして、ミランの横顔を見つめた。


「それなら、船送りを望むべきだよ」

「どうして?」


 ミランは、死ノ國のザルザンの言うことが心底分からないと言いたげに首を傾げる。


 死ノ國のザルザンは、真ん中で分けられた前髪が風に揺れると擽ったそうに目を細めた。


「新しい肉体を持って戻って来た人に、今までの記憶がない事は知っているかな?」

「えぇ、知っているわぁ」

「でもね、骨に染み付いた記憶ってのは自分が思っているよりも色濃いんだ。大好きだった歌、大好きだった色、大好きだった場所、大好きだった香り……。そして、大好きだった仕事なんてものも、案外、覚えているものなんだよ」

「じゃあ、ミランが死んでこの國に戻って来たとしたら、今の私と同じような生活をするかもしれないってことぉ?」

「そうだよ。もしかすると新たな人生を歩み始めたミランは、今の貴女が死ぬまでに作った服やアクセサリー、その資料を見て感銘を受けるかもしれない。こんなに素晴らしい物を作った人がいたのかと、感動するかもしれないよ。……その素敵な物を作ったのは貴女なのに、貴女は自分の偉業を目の当たりにして、心を打たれる。そんな未来があるかもしれないんだ」


 死ノ國のザルザンの話を聞いていたミランは、みるみると驚きに目を大きくした。

 

 己が作る物を素晴らしい作品だと自負している人間ほど、真っ新な状態で己の作品に出会いたいと思うだろう。

 何かを生み出せる者こそが、作品を一番に愛していると言えるだろうから。


「そして、貴女はミランについて良く調べるんだ」

「うん。うんうん」

「その仕事ぶりや作品に対する情熱、貴女自身の人生に想いを()せて言うんだ。……嗚呼、私もこんな人になりたい……って」

「ザルザン!」

「……う、うん?」


 ポケットから可愛らしいハンカチを膝の上に広げ、手に持っていたデニッシュを置いた後、ミランは両手で拳を握って前のめりになって死ノ國のザルザンを見上げた。

 

「それって、すっごく素敵なことじゃない!?」


 ミランは勢いよく死ノ國のザルザンに問いかけた。髪の束が彼女の動きに合わせてふわりと揺れ、握りしめた拳には熱意が込められている。その瞳は希望に満ちて輝き、二人の会話に耳を傾けていた人々の心にも熱が伝わるようだった。


 死ノ國のザルザンは少し面食らったように目を丸くする。ミランの笑顔から覗く八重歯が妙に印象的で、気づけば小さく微笑んでいた。


「だって〜、未来の私が……、ううん、”元”私が、この私の作品を見て感動するのでしょう? そして、この私を憧れにするって、それってぇ、それがずっと続くってことよね? 次の私が今の私からインスピレーションを受けて、この私が成し遂げられなかった領域に突き進む。そして、次の私の手が届かなかったデザインを更に次の私が完成させる、かもしれない! そういうことよね!?」

「うん、そうだよ」

「それって、それって……私、ずっと進化し続けられるってことよね!」


 目を閉じて高揚しながら、ミランは「素敵だわぁ!」と言って自身の肩を抱いた。

 ミランの勢いに押され気味だった死ノ國のザルザンだが、じんわりと頬が熱くなるのを感じた。そして、同時に胃の辺りが冷える感覚にも襲われた。

 

 死ノ國のザルザンがミランから視線を逸らすと、二人の話を聞いていた街の人々の表情が良く見えた。


 ミランと同じ顔をしている者。

 眉間を寄せている者。

 俯いている者。

 

 花の周りを優雅に飛ぶ虫は少ない。

 足元に視線を落とすも、小指にも満たない虫もまた、その歩みを見せなかった。


 死ノ國のザルザンは、己の瞳の奥で火が立つ音を聞いた。


「……ザルザン? どうしたの?」

「え?」

「なんだか、顔色が悪いわ? それに、冷や汗も掻いてる……」

「あ、ああ。なんでもないよ」


 死ノ國のザルザンが自分の額を触ってみると、ミランに言われた通り、じんわりと汗が滲んでいた。

 顔を上げてみると、酷く心配そうな顔をしたミランと目があった。


「もしかして、心配ごとでもあるのぉ?」

「心配ごとか……うぅん、どうだろう。ミランは船送りを希望してくれる?」

「ええ! 勿論よぉ」

「……なら良かった。でも他の人はどうだろうか。私は余所者だから、この國の民の理解を得られるような演説は出来ないだろうし。それに、私は口が悪い上に口下手だ」

「そうかしら、そうかしら……そうかもしれないわねぇ」


 死ノ國のザルザンは、何度か震える瞼を片手で隠すと、小さく深呼吸をした。

 三人の間を通り過ぎる風があまりにも穏やかで、この時の死ノ國のザルザンにとって、まつ毛に触れる風すら酷く残酷に感じた。


 目元に当てていた手を下ろすと、死ノ國のザルザンは項垂れるようにして視線を下げた。


「ミラン。少し、大切な話をしても良いかい?」

「勿論よ」

「……”私たち”は、死んだ人の骨を大谷に流すことしか出来ないんだよ。それが与えられた使命だからね。誰かの心や命を救うことは出来ないし、富や名声を与えることも出来ない。特別な力なんて大して持っていないんだ」


 死ノ國のザルザンの額に滲んでいた汗が、こめかみや顎を伝って落ちる。

 その顔色は、優れないままだった。


「出会ったばかりだけど、自分の考えを覆して船送りを素敵だと言ってくれたミランの服飾に対する熱意は、良く分かった気がする。貴女が費やした時間や努力は、私には想像することしか出来ないけど、それを貴女だけで終えるのは勿体ないと思った。だから、船送りについて前向きに考えてくれたこと、私はとても嬉しいよ」


 死ノ國のザルザンの様子は、嬉しいと言っている人間の表情ではなかっただろう。伏していた顔を上げて笑った目元には影が差していた。

 ミランは先ほどまでの勢いを萎ませ、不安そうげに「……ザルザン」と小さく呟やいた。


「死ノ國のザルザンさんや」

「……はい」


 死ノ國のザルザンになんて言って声を掛ければ良いか分からなくなってしまったミランの代わりに声を掛けたのは、腰が曲がった老婆であった。手にはパン屋の袋が握られていた。


「ザルザンとは、ずぅっと昔から、遥か昔から変わらずに在り続けていたのですねぇ」

「私たちの考えは至ってシンプルですから、変わりようがありません」

「では、やはり女王の意向によって國はこうなっているのですね?」


 死ノ國のザルザンは立ち上がると、老婆の問いには答えるよりも先にその手を取り、自分が座っていたベンチに老婆を座らせた。


「ありがとうねぇ」


 死ノ國のザルザンは目を伏せながら、何度か首を横に振った。老婆を見下ろさない為の配慮か、片膝をついて老婆を見上げる。


「それは分かりません。私は未だ女王にお会いすることが出来ずにいますので」

「……そう」

「お婆さま。貴女には、國が迎える未来が見えますか」


 死ノ國のザルザンは、玉座に座る女王の成りをしたパフェリカに(こうべ)も垂れなかった、街の老婆に敬称をつけた。

 その上、パフィリカを見つめる冷たい目とは打って変わり、老婆を見つめる瞳は悲しげであった。

 

「存じておりますとも。陽は私たちを創り、陽を(まと)うあなた方は私たちを"見守り"続ける。それが、この世界の巡りであり、定め。……瞼を伏せる太陽が我々を見つめた時、太陽を見た者の目は焼かれてしまう。私は、遥か昔から、よく覚えておりますよ」


 老婆は、嘆かわしいと言いたげな表情を浮かべながら死ノ國のザルザンの頬を包み込むと深く頷いた。

 

 死ノ國のザルザンの瞳の奥では、火が音を立てて燃えていた。

 

「火の輪が繋がりそうなのですね?」

「……はい」


 瞳を隠す様に、死ノ國のザルザンがゆっくりと瞬きをする。

 すると、落胆したように老婆の手は死ノ國のザルザンの頬から離れた。

 老婆と死ノ國のザルザンの悲しげな表情を見ていると、ミランは不安に駆られた。しかし、何を話しているかなど、聞ける様子ではなかった。


「異國のザルザン。貴女が選ぶのは、どちらなのでしょうか」

「……どんな振る舞いを見せようとも、私たちの言葉には重みがありません。ならば、言葉に頼らなければ良いのです。……それは、他國のことだから御座なりに考えている訳はなく、私に覚悟があるから選択できる事なのです」

「そうね。それこそが、ザルザンと呼べるわね」


 老婆は死ノ國のザルザンに対して感慨深げに頷くと、優しげに笑った。


「貴女、名前はなんて言うの?」

「……、……ザルザンです。私は死ノ國の民と生きてきた、ただのザルザン」


 老婆は、死ノ國のザルザンの目元を親指の腹を使って、何度も、何度も、優しく撫でる。

 

「國をこんな姿にしてしまった者になど、名前すら教えてくれないのですか?」

「あなた方がどうこうと言う訳ではありません。……ただ、せめて今だけでも、名など忘れていてやりたいのです」

「そう……貴女は優しい子ねぇ。……何もかも、私たちのように忘れてしまえたら楽でしょうに」


 老婆の手が目元から離れると、死ノ國のザルザンは少しだけ名残惜しそうに目を細める。


「……貴女たちだって、当事者ですよ」

「他人でもありますから」

「まあ……仰る通りです。私たちは貴女たちとは違って常に火元に置かれる身。海馬は深い部分を焼かれ、その上焦げてしまいました。しかし大切なものだったのです。心は忘れたくとも、忘れようがありません」

「頼りになれず、ごめんなさいね」

「……いえ」


 死ノ國のザルザンは老婆の手を柔らかい眼差しで見つめた後、立ち上がった。

 ミランが見上げた死ノ國のザルザンの顔は、相変わらず酷い有様であった。このままでは倒れてしまうんじゃないかと思うほど顔色は悪いだったのだ。


 スヤキもまた、そんな死ノ國のザルザンの表情を変えようのない顔で見上げていた。

 陶器人間が何を考えているかなど、死ノ國のザルザンでさえ分かる事ではなかった。


「まだ火は輪になりきれません。拝謁(はいえつ)すら許されていないのですから、私にはまだ頑張れることがある筈です」


 甘い香りを乗せた風が吹くと、夜空を流れる川の流れを見るように、死ノ國のザルザンのトンビコートが揺れた。

 

「ミラン、貴女と同じように船送りを望む人がいないか調べてくれないか?」

「え、えぇ。いいけどぉ」


 死ノ國のザルザンは立ち上がると、ミランを見下ろす。

 

「貴女の行動もまた、この國の主軸を揺るがすことになる。私たちのこの会話を立ち聞きしている者の行動も、全て。……あなた方は家に帰って家族に話すと良い。今を生きる者が覚えてなくとも、繰り返し使われ来た骨だけは覚えている筈だ」


 死ノ國のザルザンが周りを見渡す様にして目を動かすと、人々は気まずげな表情を浮かべ、ある者は俯き、ある者は会話の続きを話だし、ある者は漸く歩き出した。


「…………ミラン、お互い後悔がないようにしよう」

「わ、私〜、自分のお店のチラシとか作ってるから、貴女の話を刷って広めてみる。私ってぇなんでも出来るから、私のことを頼っていいわよ!」


 不安に襲われていたミランは、それを拭うように勢いよく立ち上がり、デニッシュを持ったままの手で自分の胸を強く叩いた。

 スヤキは、ミランが膝に敷いていたハンカチが落ちたのを見ると、両手を器用に使ってハンカチを拾ってやった。


「ありがとう。共に出来る限りを尽くそう」


 青ざめた表情をしていた死ノ國のザルザンは、先程と打って変わり、鼻を赤くし、鈍色(にびいろ)の月のように優しく笑った。


「あ」


 嬉しそうに笑った死ノ國のザルザンを見て、ミランは頬を赤める。

 ミランは可愛い物も、美しい物も、自分の手で作って来た。しかし、”素体”自身を美しいと思い、胸をときめかせる日が訪れようとは思いもしなかった。

 富ノ國を出たことがないミランは、この時、初めて異国情緒に触れた。


「任せなさい、ザルザン! なんて言ったって私は可愛いんだから! 可愛いはねぇ、な~んだって出来ちゃう無敵なのよ! きっとみんなも私の作るチラシを見てくれるわ」


 一瞬でも死ノ國のザルザンに見とれていたと悟られるのは恥ずかしいと感じたミランは、誤魔化す様に大きな声で協力宣言をした。

 ミランがあまりにも力んで言うものだから、死ノ國のザルザンは驚きに目を丸めた後、また笑った。



 火が揺らめく。

 ハヅキの涙を想うように、先を揺らして燃えていた。


 愉快なミランの姿を視界の端に移しながら、死ノ國のザルザンとスヤキは顔を見合わせる。

 そして死ノ國のザルザンは、上がっていた口角を下げると、城を見上げるようにして睨んだ。



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