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BWV857 人は死ぬ

 死んだ祖父が、ぼくに語りかけてきた。

「おまえはきょうもなにもなさず、だれともわかりあえず、どこにもすすまず、ただだまって、くちをつぐんで、いきをひそめて、うすぐらいものかげにたちどまっているだけだったな」

 うん、そうだよ、とぼくは祖父に答える。とはいえ、祖父はこんなことを言いそうな人物ではなかった。死んだ祖父は、死んだことが特権であるかのように、口調も人格も変容していた。死者は年をとらないと俗に言う。そのとおりかもしれないが、死者は死者なりに変化する。ときには生者以上にかもしれない。

「おまえは、おれをとしおいたろうじんとしてこころにうかべているようだが、おれはろうじんとしてこのよにうまれたわけではないし、おまえがうまれたときにはおれはしぬときのおれよりももっとわかかったわけだが、それすらそざつなおまえのきおくのなかではいっしょくたになっているのだろう。おまえがしっているおれはほんのきれはしていどで、おまえにきこえるおれのこえも、ごくわずかなものだ」

 そうだろうね、とぼくは答える。ぼくが知っていた祖父は、祖父の断片だ。祖父の生きた時間の大半を、ぼくは知らない。そもそも饒舌な方ではなかったから、込み入った話をしたことすらない。とはいえ、それでも祖父の生きた時間は、ぼくの生きた時間とわずかではあっても重なり合い、関わり合ったわけだ。沈黙を共有し、こころにその死がこびりつく程度には。

「おまえはおれに、なにかききたいのか」

 どうだろう、とぼくは考え込む。死んだ祖父に訊きたいこと。ぱっと思い浮かんだのは、祖父にかぎらず、すべての死者に訊きたい、ありふれたつまらない質問だ。

 死ぬって、どういうことなの?

「しぬときのきぶんか? しぬことのいみか? しんだあとのなにかか?」

 すべてだよ、じいちゃん。それら諸々のすべて。

「おまえはよくばりで、かんがえなしで、とてつもなくおろかだ。ばかはしなないとなおらない」

 そうかもね、とぼくは答える。実際、馬鹿げた問いかけだ。死者に死のことについて訊くなんて。ぼくは生まれたことはあるけれど、生まれたときの気分や、生まれることの意味だとかを訊かれたって、わからない。死んでもわからないだろう。

「いつしぬんだ、おまえは」

 わからないよ、じいちゃん。わからない。ぼくが訊きたいくらいだよ。じいちゃんは知らないの?

「おまえのことを、なんでおれがしっているんだ」

 そのとおりだね、とぼくは答える。ぼくの死については、死ぬときのぼくしか知らないよ。いや、死ぬ瞬間のぼくか。死ぬ瞬間のぼく? でも、死んだらぼくはいない。死ぬ直前のぼくは、それでも死までの過程しか知らない。死という結果についてはやはりなにも知らない。ぼくの死を知っている者はだれもいない。ぼくの死体を眺める他人ならいるかもしれないが、死体を知ることは死を知ることなのか。他人の内面を実感できないように、死に内側から触れることはできない。

「おまえがしんだら、おまえはいないのか。しんだおれは、ここにいるのにか」

 じいちゃん、本当にそこにいるの? そこってどこなの? どこから、どんな姿で、どんな声で、どんなこころで、ぼくに語りかけているの? そこになんらかの光はあるの?

「そんなことは、おまえがじぶんでかんがえろ。おまえだって、いつかはしぬんだからな」

 そのとおりだ。人は死ぬ。だれだって死ぬ。ぼくは死ぬ。

 死んだ祖父が、どこからかなにゆえにか、いまこうやってぼくに語りかけることがあるように、死んだぼくが、どこからかなにゆえにか、死んでいないだれかに語りかけることもあるのだろうか。

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