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BWV856 声を食べる

 声を食べて、生きています。透明で、かたちもないですけど。

 漫画に吹き出し、ありますね。登場人物の台詞を表してる。あれを想像してもらったら、わかりやすいかもしれませんね。言葉の書かれた、白い泡みたいなやつ。あれを、おいしいビスケットと考えてください。それに群がり、それをむんです。おいしそうでしょう? 実際、とてもおいしいんです。

 だれかが声を出して、その場に響いて、やがて消えるでしょう。その声、食べられたんです。そこに含まれた感情と共に。栄養価とか滋養とか、違いはもちろんありますよ。でもね、すべておいしいんです。声は、おいしい。ハチミツをいっぱいかけたワッフルみたいに。その場合、言葉や感情がハチミツなんです。なんと神々しい。あなたが甘いものが苦手なら、ご愁傷さま。あなたのお好みでこの比喩は変えてください。

 声は、食べても食べても飽きません。声は、すべてが生きています。肉や野菜を食べるのが残酷なら、声を食べることも残酷でしょうか。でも、声は死を介在しないんです。肉は、死んだ動物です。野菜は、死んだ植物ですか? 植物はいつ死ぬのでしょう。どうあれ、食べられてしまえば、それは死んだといって差し支えないのかもしれませんね。食べられる声は、死んだ声ではありません。そして、食べられた後も、生きているんです。驚くべきことに。食べるとは、奪うことです、本来は。声は、食べられても、奪われないんです。

 声は食べられた後、どう生きるか? 記憶によってです。あなたが肉を食べても野菜を食べても、その肉を、野菜を、親しい友だちのように思い出したりはしないでしょう? 生前の姿を偲んだりはしないでしょう? 声は、食べられて、消えてしまっても、記憶のなかに響きつづけています。生きたまま、その声が発せられた時のまま。神がこの世界を創造したのだとしたら、それは遠い昔において為されたのではなく、いま、現在、ただいまにおいて、この世界は創造されているのだと、そう語る声もいつか食べました。その声の言うようなかたちで、いまもその声は響いているんです。琥珀に閉じ込められたワッフルみたいに。もとい、水晶に刻まれた音楽みたいに。

 あなたの産声うぶごえ、あなたの歌声、あなたの会話、あなたの独り言、あなたの抑えたすすり泣き。あなたも忘れたあなたの声。そのすべてがかつて食べられ、消えたと信じられ、そしていまも生きています。時間の波にさらわれない記憶によって。声を食べるものたちの。

 だから安心して、声をあげてください。言葉ではなくても大丈夫です。胸の内側においてでもかまいません。すべての声は、食べられます。必ず届きます。そしてなおもその声は生きています。

 やがてあらゆる声が消え去り、聞くものさえいない静寂がこの世界を覆っても、それでもなお、遠い昔においてではなく、いま、現在、ただいまにおいて、声はそこにあるのです。あなたの声も同様に。あなた、信じますか?

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