魔王様はタンスから現れた野生の勇者を育てるため育休をとっています
寝室のタンスを開けたら・・・・・・少女がいた。
「あばばばば」
そして奇声を発していた。
自分の背と不釣り合いな ―恐らく大人用の剣だろうけど― 大きな剣を構えている。全身震えていて、剣先からは見逃してくださいという心の声がそこから痛いほど伝わってきて、もう見てられない。
「ちっちがんです〜」
てか、その剣って勇者の剣じゃないの?最近人族の動きが活発になって来たと思えば、だとしたら自分の立場的に少女というのは可愛すぎる表現か、正すなら勇者だろう。少女の弱弱しい表情とただならぬ震えで気が付かなかったが、しっかり人族が勇者にだけ装備させる防具まで着ている。
「やばい、こんな弱そうな勇者初めて見た」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ怪しいものではございません」
「しかし勇者よ、ワシを殺しに来たのだろ?」
セリフに殺気を含ませて手の平に魔力を溜めたその時、勇者は更に激しく震えて剣を手から落とし、おそらく無害だと言いたいのだろう両手を上げ始めた。なんだろう、こっちが一方的に子供を虐めてるみたいで、いちおう魔王だが良心が痛む。てか魔王に武器を捨てて両手を上げる勇者とか生まれて初めて見たよ。
「ちちちちちちちちちちちち違いますぅ」
「あー分かったよ、ワシが悪かったからとりあえず落ち着いて、ほら、そこに椅子があるからお茶をして落ち着こう」
そう言うやいなや「ああ見えて勇者ですよ、小さな女の子だからって優しくしてはなりません、殺しましょう、至急、早急、今すぐに、殺しましょう」なんて隣に居たメイドのヒルダが耳打ちをする。
「お前はワシよりも魔王だな、位を交換しない?ねぇ、交換しよ?、こんな子を相手にするのとか無理なんだけど」
「ご主人様ならこんな小娘、剣で一振りでしょ」
血も涙もないなぁ、そんなやり取りをしていたら、背の高い椅子によじ登り座る勇者の姿が視界に入った。もうほんと、ただの素直で良い子やん。
てか可愛すぎ!!
「まぁあの子も椅子に座ってるから、無駄な血を流させたくないし、ね?いい子だから、お茶を入れてきて?」
彼女は舌打ちをするなり、殺気だつ眼差しで睨みながら部屋を出ていった。
「ごめんね~あのおねえさんこわかったよね~、でもどうしておしろにはいったのかな~」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!伝説の剣とか防具とか差し上げますから!死んでください!国とか正直どーでもいいんです、わわわわわわわわわわ私の為に死んでください!!」
「いや!逆に何があったの!?てか服を着て!!」
全裸になってテーブルの上で、絵に描いたようなどけ座をしている必死な少女を見ていると、手絡なしで帰るとどんなことが起きるのかが、容易に目蓋裏に浮かぶ。いや、この想像が合っていると思いたくないが。
「まあまあ、おちついておはなししようか」
一向にテーブルから降りない彼女をどうにかして椅子に座らせようとしている時だった。
「うわ、十代前半の少女に全裸どけ座とか、魔王キモすぎて草超えて森なんですけど」
後ろから、勇者の剣ではなく、メイドの言葉が後方から心を抉る。なんか彼女の発言を聞いていると、城内の者たちが陰でワシをどう思っているのか想像がつく。思い返してみると目線が皆冷たい、そういや魔王っぽい事してないからかな・・・・・・最近
「ねえヒルダちゃん、今日はどうしちゃったの?何か嫌なことでもあった?とりあえず勇者の君も服を着なさい!」
「すすすすすすすみません」
テーブルから降りるなり、椅子の足に小指をぶつけて、痛さのあまりにかがんだ少女はおでこをテーブルの角にぶつける。どう見ても村のドジっ子娘が遊んでいたらたまたまワシの城に迷い込んだとしか思えん。まぁいくら人族の大陸と隣同士と言っても子供の足でここまで来るのは無理に近いがな。
「んで?どーしておしろにきちゃったのかなあ?」
「ああああああああの、たまたま勇者の剣を抜いてしまって、王様に魔王を殺してこいと命令されてしまって」
「ママはとめなかったのかなぁ?」
「ママは、お金の為に死んででも殺してこいと」
えーーーー!?怖い、人族怖い、魔族でも子供にそんな事させないよ?、てか今の人族って平気で小さい女の子を戦わせちゃうの?一億万歩譲って男の子だろ。
「そ、そうなんだ」
「ご主人様、もう殺しちゃいましょ?」
お茶を2人に出しつつどさくさ紛れにこちらを睨む。さっきからこのメイドの方が魔王に相応しいと思うのはワシだけだろうか。
「まおうさまもいたいのきらいだからな~、ゆうしゃちゃんはこのままかえるとどうなっちゃうのかなぁ?」
聞いた瞬間、「帰るのやだ、殺される殺される殺される!」そう椅子がギシギシと悲鳴にも似た軋む音を鳴らす程に、激しく震えだし彼女の顔が青ざめた。
「良くてママに奴隷商へ売られる、最悪死刑」
聞かなきゃよかった。
「だからお願いします死んでください」
だからお願いします死んでくださいってどんな言葉⁉
「いやあ、ワシとて生き物だから、死ぬの怖いし」
「じゃあどうすれば死んでくれますか?お金?住所を教えればいいですか?」
「いや、殺す人に住所教えてどうするのよ」
「あばばばばばばば」
いくら人族に冷血の魔王と呼ばれていても、実際の魔王は戦いを好まないし慈悲の心もある。だからそんな事を聞かされるとどうにかしたくなってしまうのだ。
手に持つカップの水面に揺らぐ自分の困り顔を眺め、沈黙が3人を包み込んだ。
「ご主人様が殺さないのなら私が殺します」
「こらこら~」
ヒルダさんは目を見開き今にもこの小さな子を殺そうとしているし、ゆっくり考える暇もないという訳か。
「じゃあワシの角を片方やろう、それで死んだと伝えろ」
ナイスアイディーア!ワシ偉い!!・・・・・・なんて言ったそばから「馬鹿じゃないんですか?」なんて言葉のアッパーが顎を砕く。
「馬鹿じゃないんですか?」
「二回も言わなくても」
「角は魔王である印、それを無くすなんて、自分から魔王という座を降りるのと同じですよ?」
「いや、魔王なんてやりたくないしワシ」
「他の方法で」
メイドの冷徹でいて圧力を感じる言葉に、向かい合って座っている勇者はすでにピクリとも動いていなかった。
「待・ち・な・さ・い!いい案を絞り出すから、ね?」
身体の代わりに視線が宙を右往左往し何かないかと室内を舞う。寝る前に何をしてるんだと思う、てかだいたいなんで勇者が寝室に居るの?え?寝込みを襲おうとしたん?勇者って、朝か昼の間に、正々堂々と正面から挑んでくるものじゃないの?
「ねえ君、君はどうやってお城に入ってきたの?」
「くぁwせdftgplこふ・・・・・・」
「ごめん、魔大陸語でヨロ」
「きっ、木箱に入って来ました・・・・・・」
いやそれアサシンって言うんだよ!勇者がこそこそ移動してどうすんの⁉
「あと私ユーサ、ユーサ=ベーグマン」
「あぁこれはご丁寧に、ワシはアルポ=リュハネンって言います」
困った、人族は差別意識が強く己の保身しか考えていない種族だと思っていたが、なんだこの良い子は・・・・・・
ため息を吐きつつ、あーでもないこーでもないと視線を右往左往させていると勇者が出てきたタンスに視線が止まった。
これだ!
「ヒルダよ、茶菓子を持ってきなさい」
「こんな時間にお菓子は駄目ですよ」
そのとおりでございます、でももうこの方法しかないんです。
「良いんです!今は接客しているんですから、お菓子を持ってきなさい!」
彼女は勢いに負けたのか、「接客って勇者じゃん」なんてブツブツと呆れた表情で静かに部屋出ていった。
「ユーちゃん良く聞きなさい、ワシの今着ている魔王の服を一式あげるから、これをその王に持っていって、こう言うのです"魔王が全裸で土下座したから服と引き換えに命だけは見逃してやった"と、優しいユーちゃんに免じて王様は許してくれるでしょう
その後、これとその剣を適当に売り払ってお金にすればママも喜ぶよ」
自分で言っていて、勇者に何教えてるんだろうと思うが、この子とワシの両立場を考えたらこの提案は必然だろう。
ユーちゃんもこの案が気に入ったのか、残像を残す速さで震えていた身体がピタリと止まり、表情が明るくなった。
これでいい、これでいいんだ。正直この服は気に入っていたが仕方あるまい。
「叔父さん良い人!」
「はいはい、もう来るんじゃないよ成り行き勇者ちゃん」
下着以外の衣類と少量の金貨を渡すと、彼女は再び木箱に入りカサカサと虫の如く部屋を去っていった。
「これでめでたしめでたし!」
・・・・・・なーんて思っていたが。
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●
「あびゃびゃびゃびゃ」
1ヶ月後再びユーちゃんが現れた。
「なんでまた来てるの?」
勇者は去っていったとヒルダに伝えたが故に、ユーちゃんの姿を見た瞬間に背筋が凍る。勇者ではなくヒルダに殺されかねない。
「今度は慈悲なんてかけず殺せと」
「また自分の意見も言わずに成り行きかい?」
「・・・・・・はい」
「ママは?」
「大金が手に入った瞬間に、私を捨ててどっか行っちゃいました」
なんだろ、勇者の扱い雑じゃね?てか勇者ってこんな恵まれないものなの?
このほっとけない気持ちは何なんだろうかと思った瞬間、幼い時の自分の後ろ姿を思い出した。そうか、言われるがままに行動する彼女は自分に似てるのか。
「帰るところはないの?」
ユーちゃんは返答の代わりに声を上げ泣き始める。彼女がどれだけショックだったのかがその声量で十分なほど伝わって来た。てかうるさ!
「そうかいそうかい、辛かったね」
運がよくヒルダは居らず部屋には二人きり・・・・・・横槍を入れられることがないのなら、次のセリフは一択ではないか?お互い平和的に解決できる方法だ。
「ならば勇者よ、魔王の子になれ」
「こんな私でいいんなら」
「え?本当に良いの?」
予想外の即答に驚いたが、こうして勇者こと、ユーサ=ベーグマンは一緒に生活をすることになった。
この物語は成り行きで勇者になった少女がいろんな人物に出会い魔王になる物語である。
マジで向こうの国でどんな扱いをされていたんだか・・・・・・てか今思ったけど、どうやって城の皆に説明しよう
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○
「なんだジーク」
「あの勇者はしっかり魔王を殺しているでしょうか」
「あ~それな」
「やはり父譲りで洗脳はされにくい体質だから、今頃逃亡でもしているのでは?」
「それなそれな〜」
天井をボーと眺める王に「話し聞かれてます?」そう聞くと、間髪入れず「聞いとらん」と呑気に鼻をほじった。
「聞いとらんって・・・・・・」
「そういやユーサの父親には耳に入るように仕掛けたか?」
「一応この国全体に広告やポスターを貼りましたから、イヤでも確認ぐらいはしてるでしょう、でもあれで動きますかね、遊び人のチャラ男が」
この王は魔王を倒す気があるのだろうか、クジラみたく大あくびを1つする彼は「まあ焦るでない」なんて眠り目を擦る。
「勇者のユーサは父親を動かす道具に過ぎない、本物の勇者はアイツ以外居ないぞ」
「洗脳無しで魔王に対抗しようとしますかね」
「それな、そういやもう一つのプロジェクトは順調か?」
「いや、人族だとやはり器が持ちません、全員耐えられず全身から血を流し死亡しています」
渡された写真を見て「やはり傍観勢の魔法使いを媒体とすべきか」そう目を細めた。
「じゃあ一旦魔大陸の進行は中断しますか?」
「いや、魔法使いを敵に回すのはできるだけしたくない、研究員にはもっと頑張れと伝えておけ」
「御意!」
「このプロジェクトが成功すれば世界がワシの手に・・・・・・グフフ」