ギルドの掟 第21条 『喧嘩中の二人には近寄るべからず』
「エリス!貴様、今日という今日はもう許さん!」
「は?何言ってんの?」
長期任務から戻り、一人寂しくギルドの隅でお疲れ様の祝杯を上げていた僕の耳に聞こえたのは、このギルドで知らない人は居ないと言われている有名人の怒鳴り声だった。音を立てないようにそっとジョッキを置いた僕は、彼らを刺激しないようにそっと視線をそちらへと向ける。
夜も更けるこの時間帯、何時もならば騒がしい罵声や暴力が飛び交うギルドではあるが今日は珍しく静かな時が流れていたのだが……どうやらそれもここまでのようだ。
視線を向けたギルド中央付近にある丸テーブルの一つ、そこに居たのは案の定二人の男女。
一人は金髪の男、ルイ。永年使われている筈の白銀の鎧は、しかし高度な保護魔法によってとても美しく光り輝いており古の勇者が着ていたと云われているそれのレプリカだという。頭に被る兜は今は無造作に机の上に置かれており、彼のまるで芸術作品のような美しい顏が不快感に歪まれているのがここからでも分かる。
そんな彼が憎々しげに視線を向けるのは同じテーブルに座っている女、エリス。魔術師特有の黒いローブに身を包みながらも分かる美しいプロポーション。面倒臭げに肩肘を着く彼女の白銀の長い髪が、まるで星の川のようにローブに流れており一瞬で目を引く煌めきをそこに表していた。
そんな美男美女が何を話しているのかと言うと……
「お前!パン屋のアイラちゃんにまた色目を使ったんだろ!?俺狙ってたのに!」
「残念だったな。アイラは今や私に夢中……お前の出番は無い」
フッ……と彼女が笑った気配が、離れているここからでも分かる。それに更に怒りのボルテージを上げるルイ。どうやら彼が狙っていた娘を、エリスが横からかっさらったらしい。……何時もの流れだ。彼女の美しい見目だがその男らしい性格は、この街の年齢問わず女子達に非常に人気が高い。
ダンッと力強く机を叩いたルイは、「なんでお前ばっかりなんだぁあ!」と心からの叫び声を上げた。そのままテーブルに顔を埋める彼を冷たい空気を持ってして見下ろすエリス。
タイミングが悪いなぁと、僕はまたジョッキに口をつけた。ここで茶々を入れるとこちらにまで飛び火するのはこのギルド共通の認識だ。ジョッキの影から辺りを見回せば、いつの間にかここに居るのはあの二人と自分、そしてカウンターで面倒臭そうにグラスを拭いている受付嬢だけ。
面倒に巻き込まれる前にさっさとここを去ろうと、残り少ないエールで喉を焼きつつ飲みきった僕は猛獣達を刺激しないようにそっとテーブルを立ち金を払うために受付嬢の元へと足音を消して近寄った。ポケットに無造作に突っ込んでいた札をカウンターへ置いたその瞬間、顔スレスレを横切る飛来物。俊敏にサッとジョッキを避けた受付嬢は、奥に並んでいる樽へと当たり砕けたそれを冷めた目で見つめた後、嫌そうな顔をしつつジョッキが飛んできた方向へと顔を向けた。
「ちょっとアンタ達、痴話喧嘩するのは構わないけど備品を壊さないでよね」
ギロリと鋭い視線を向けた元SSランクの受付嬢が、豊満な胸の合間から抜き出した黒光りするピストルの安全装置を外しながらそう言えば、顔色を悪くした二人が声を揃えて「すみませんでしたっ!」と元気良く頭を下げた。「よろしい」と頷きつつまたその神秘の場所へと拳銃を仕舞う受付嬢が、僕の差し出した金を受け取り用はなくなったと言わんばかりにまたやる気なくグラスを拭き出した。いつの間にか砕け散ったジョッキは跡形もなく無くなっており、受付嬢の凄さを物語っていた。
内心冷や汗をかいた僕は、そそくさとギルドを後にする。その後ろで「お前のせいで怒られただろうが!」「あんたが勝手に投げたんだろうが。なんでもかんでも私のせいにするんじゃない」という二人のすったもんだが未だに聞こえる。いつもの流れであれば、あと数分で受付嬢に叩き出されるだろう。
エールで少し火照った身体に、優しい風が通り過ぎる。明るい室内と違い、夜も遅い続く帰り道は暗い。何となく夜空を見上げた僕は小さくそっと呟いた。
「……僕も彼女欲しい……」
その小さな小さな呟きは満点の星空の中へと吸い込まれて行ったのだった。
エリス
Sランク魔導師で、女子に人気のお姉様。
ルイの恋人と思われているが、片想い中。ルイが好きになった子をそれとなく自分に夢中にさせて失恋させている。今回も上手くいって良かったと内心安堵。この後受付嬢に追い出されて居酒屋にて酒勝負に入った。見事勝ったが、酔いつぶれた彼を見てお持ち帰りしてはいけないかと葛藤した。なんとか欲望に打ち勝った。
ルイ
Sランク剣士で、恋多き男。
エリスの恋人と思われているが、その気は無い。昔いい女と思って声をかけたが返り討ちにあってからは(一方的な)犬猿の仲。また好きな子を彼女に取られて大変ご立腹。受付嬢に追い出された後、勝負を持ちかけて居酒屋にて酒勝負をしたが気がついたら道の端で寝ていた。唇に柔らかい感触が残っているような気がして一人首を傾げた。
僕
Bランク傭兵で、彼女いない歴イコール年齢。
たまたま痴話喧嘩に居合わせた哀れなモブ。以前喧嘩に巻き込まれて腕を折られたことがあり、それ以降喧嘩している二人に近付かないようにしている。でも個人個人で話すのは大丈夫なので、そこらへんは長年傭兵をやっている度胸はある。受付嬢の豊満な所に飛び込みたいと夢見ているが、本人に話すと眉間に風穴が空くので絶対に言わない。