第153話 大豆と野菜の加工品
デコルの話を忘れていたので、1話書きました。
デコルから戻って来た男は頭を抱えていた。ここは、カシミロの街。その中心にそびえる城のような砦のような建物が、この街の主、カシミロ侯爵である。インゴニア王国からのお呼び出しでデコルに行ってきた彼は、急激に変わっているこの大陸の姿に愕然としていたのである。彼には本当の名前の他に対外的に名乗る名前があった。インゴニア王国には、対外的に名乗る名前である カイン・ド・カシミロを使っている。なので、カシミロ侯爵と呼ばれる。が、本当の名前は
カイン・ド・ゴンドア
そう、彼は、かつて、カシミの地を治めていたカシミ・ド・ゴンドアとシャルロット・ド・ゴンドアの子孫であったのである。街に呪いを掛ける際、北東の果てにある砦に脱出させられた2人の大事な一人息子であった。だが、カシミ・ド・ゴンドアと、シャルロット・ド・ゴンドアは、王家の争いが起こるのを嫌がり、息子の存在を隠していたため、シャールカも知らなかったのである。
溢れていた魔物がいなくなってからも、カシミの呪いがあるため、街に行けないことを知っていた彼らは、空港の反対側に広がる畑にカシミロの街を作った。インゴニア王国はアントラニア王国との街道を通行止めにしていたため、他国に行くニアはデコルから東周りでオスニア国に出る必要があったことから、街道の宿場町として街を維持していたのである。
昔は、豊富に採れた様々な野菜と豆類から、色々な加工食品を産出していたこの地方は、壊滅的な被害を受け、多くの作物の加工技術が失われていた。
醤油、ソース、ケチャップ・・・
何なのか想像も出来ないものが、初代カシミロ侯爵が残した昔の日記に書いてあった。再現できないかと悩む日々が日記につづられていた。
(何とかこれらを復活させて、ゴンドア中に売りさばきたい・・・)
カシミロ侯爵家の悲願であり、野望でもあった。
『なに!醤油の作り方の資料が見つかっただと!』
ネオたちが、カシミの呪いを解いた後、救出された冒険者たちは、カシミの街を捜索し、瓦礫の中から、貴重な資料を見つけ出したのである。この地方では、古代文字を読めるものが、一部ではあるが、代々受け継がれていたことも、見つかった資料が散失する前に、内容を確かめるために役だったのである。
結局、カシミにあった資料をかき集め、分析した結果、醤油、ソース、ケチャップの製法が判明した。が、ここで大きな問題が見つかった。
“大豆がない”
醤油の作り方に書いてあった、“大豆”という豆は、カシミロには残っていなかったのであった。
そんな中、シャールカ様がデコルを訪れ、何と、デコルの郊外に空港を作ると言い出したである。そして、ローベスから、“ダイズ”というまん丸の豆を見せられたことを聞いたのである。必死に、ローベスから聞き出したところ、どうやらシャールカ様は、インゴニア王国にこの“ダイズ”というまん丸の豆を作らせようと提案したそうである。インゴニア王国として断る理由がなかったのだが、まだ、ロディア国で試験栽培中とのことで、種が確保出来たらインゴニア王国に送られることになっていることをまで聞き出した。
(これは、何としてでも確保しなければ・・・)
ローベスとしては、デコルの西にある、水田に不向きな土地で栽培しようと考えていたのであるが、ローベスの本音は、アントラニア王国やロディア国で栽培実績のある、ジャガイモの生産をしたかった。実績のある方が上手くいく可能性が高いとみていたからである。そこで、デコルにいる間、カシミロ侯爵は陳情を繰り返し、カシミロで“大豆”を作らせてもらえるように画策したのである。
グルバードやローベスは、そのあまりの熱心さに疑問がわいたものの、当座の食料確保には、シャガイモの生産をしたいが、シャールカ様からのお話を断るわけにはいかないという彼らの意向とも合致したのであった。
・・・
『ついにこれを使う日が来た』
カシミロ侯爵は、先祖から預かった大事な紋章入りの勲章を取り出した。これは、カシミ・ド・ゴンドアが、シャルロット・ド・ゴンドアと結婚して王族になった際、ゴンドア王家から授かったものだと聞いている。インゴニア王国には秘匿していたカシミロ侯爵家の家宝であった。
彼は、勲章の入った箱を大事に抱えると、馬車に乗り込んだ。
・・・
『シャールカ様!』
サマランドの王宮に今日もセバスチャンの声が響いた。
『そんなに大きな声でなくても聞こえるぞ』
シャールカもすっかり慣れたのか、あまり驚かなくなっている。
『インゴニア王国のカシミロ侯爵が面会を求めてきております』
『ここにか?』
セバスチャンの言葉にシャールカは耳を疑った。カシミロは、旧カシミの隣に出来た街、いわば、大陸の北東部にある街である。サマランドは、大陸の北西にある。途中、ローラシア山脈があるので、陸路を移動するのであれば、一旦、南に出てから、大陸を東から西に移動し、ローラシア山脈の南を通過したのち、北西に向かって移動して、やっとサマランドにたどり着くのである。馬車だけなら、数ヶ月は掛かる長旅である。それが、どうやってかサマランドに来たという・・・。
(何の用であるかはともかく、会ってみるか)
シャールカはとりあえず会ってみることにしたのであった。
・・・
謁見の間ではなく、執務室に連れてくるようセバスチャンに指示した後、30分もしないうちにセバスチャンに連れられて、彼はやって来た。
『其方がカシミロ侯爵か』
シャールカの問いに
『はい、カシミロの領主をしている “カイン・ド・ゴンドア”と申します』
彼はそう言って、会釈をした。
(“カイン・ド・ゴンドア”・・・)
シャールカは、その言葉を聞いて、会釈する男をもう一度見た。だが、記憶に該当するものはなかった。
カイン・ド・ゴンドア・・・カシミロ侯爵は、大事に抱えてきた箱をセバスチャンに預け、何やら耳打ちした。セバスチャンは驚きながらも、それをもって、シャールカの所にやってくると、
『これが、カシミロ侯爵家の家宝だそうです』
と言って箱の蓋を開けた。思わず、覗き込むシャールカは、
『これは・・・』
この勲章がなんであるか悟ったのである。
・・・
『・・・ということなのです』
カシミロ侯爵は、彼の始祖である。カシミ・ド・ゴンドアとシャルロット・ド・ゴンドアの息子が、街に呪いを掛ける際、北東の果てにある砦に脱出した話をした。
『叔母上に息子がいたという話は聞いたことが無かったのだが・・・』
シャールカは思い出すように言った。
『はい。王家の争いに巻き込まれないようにするため、その存在は隠されたと日誌に書いてあります』
そう言って、カシミロ侯爵は、一冊の日誌を差し出した。パラパラとめくってみたシャールカは、
(確かに、この字は叔母上の夫、カシミ・ド・ゴンドアによく似ている)
どうやら、カシミロ侯爵は、オスニア国に向かい、そこでイパラ空港でサマランド行の飛行機に乗せてもらったらしい。なので、今は、従者1名しか同行していなかったのである。
(ということは、イパラ空港に行けば、はっきりするのか)
シャールカはセバスチャンを呼びつけた。
『今からイパラに行く、プリンセスシャールカ号に麦を積み込め!』
・・・
数時間後、カシミロ侯爵は、イパラ要塞に連れてこられていた。そして、何故か、目の前には短剣を手にしたアストラルがいる。
『シャールカ様。急に短剣を持ってイパラ要塞に来るようにとは何があったのでしょうか』
アストラルが不思議そうに言った。
『かつて、お前は、私が本物のシャールカであることを確かめるために、その短剣を使ったな』
シャールカの言葉を聞いて、
『はい。間違いありません。この短剣はゴンドア王家にのみ反応する短剣ですから』
アストラルは当然と言わんばかりに答えた。
『そこにいるカシミロ侯爵にその短剣を渡してみろ』
アストラルが大事に閉まっていた箱の蓋を開けると、綺麗な短剣が現れた。
『カシミロ侯爵。持ってみろ』
シャールカの言葉に、その意味を理解したカシミロ侯爵は、生唾を飲み込んだ
(万一、私がゴンドア王家のものでなければ・・・無事では済まないだろう)
何せ、先祖の言い伝えのみである。彼も、本当のところは解らなかったのである。
恐る恐る短剣を手に取るカシミロ侯爵。彼が、短剣を手に取った瞬間、柄の宝石が光りだした。
『おお・・・』
驚くアストラルに
『間違いないな』
シャールカは呟いた。
『カシミロ侯爵。疑ってすまなかった。あなたは、ゴンドア王家のものであることに間違いない。つまり伯母上の子孫なのだろう』
その言葉を聞いて、カシミロ侯爵はその場にへたり込んでしまうのだった。
(言い伝えが本当でよかった・・・)
・・・
ラオカ村で獲れた大豆は、プリンセスシャールカ号使ってカシミロに運ばれた。夜、密かにカシミの滑走路に着陸させたのである。大事な大豆の種はシャールカからカシミロ侯爵に手渡された。インゴニア王国へは、面目を保つために平行して種を送ることにしている。
『なに、古い倉庫から見つかったことにでもすればよい』
シャールカはそう言って、カシミロ侯爵の肩を叩いた。
(これで、大豆の調味料が・・・うふふ)
シャールカの顔はにやけていた。
何故、デコルに空港があったのか・・・。この大陸の調味料供給地だったというお話です。
だから、飛行訓練センターや管制施設にあった食堂などで使われていたのです。もっとも、材料があれば、ラオカ空港とイパラ空港の食堂で作れてしまうのですが・・・。あれは、ゴンドアのものではなく、異世界の神の仕業であるので・・・。