その表情が感覚を失わせる
雪がより一層濃くなった。
流石に危ないと斎姫を連れ出した。
後ろ髪を引かれる思いだったが、
子供たちは幼くもわかっているのか、
「気を付けて」という言葉で見送った。
何も言わず歩いていく。
黒い外套すらも白く染まってしまいそうな大雪だ。
だが、彼女の凛とした雰囲気はそがれることが無い。
ただ、歩いているだけなのに。
「何故、何も聞かないのです。」
声すらも凛としている。
どんな自然の音にも負けないその声ははっきり聞こえた。
「何を聞けばいいのです?」
「知りたいことがあるから、ここにいるのでしょう?」
未だにわからない。
見た目は幼くとも、その喋り方も仕草も大人そのもの。
「ここにいるのは、あなたを守るためです。」
先を歩いていた彼女の前に立ち、行く手を阻んだ。
「ただ、あなたを守るためにあなたのことが知りたいとは思いますが。」
「…守る必要は無いと。」
「一つわかったのは、あなたを守るには、
胆たちも守らなくてはならないということです。」
「……………。」
「俺はここの人間ではない。
何をするべきかは、俺自身が決める。
そのために知りたいことは全て知る。」
そう言い終えると柳森は再び歩き出した。
今度は彼の後を斎姫がついていくかたちになった。
「………あの子たちの親は私に関わったがために殺されました。」
その言葉に「何故?」と柳森は歩きながらきいた。
「本来、誰も私と関わってはいけません。
城の人間は近づくことすら恐れます。
ですが、胆のご母堂は優しい人で、
城仕えの方でしたが、私にこっそり良くしてくださっていました。
寒いだろうと温かい食べ物や羽織を与えてくださり、
時間がある時には話し相手や、裁縫も教えてくださいました。
そして、門、麹、引、漿のご尊父やご母堂も同じく、
入れ替わり立ち代わりに私の様子をこっそり見てくださいました。
………ただ、それはこの国では犯してはならぬ決まり事。
そのことが国王たちに知られてしまい、処刑されました。」
この国の唯一の罰。
生きたまま、憎塊に食われる残虐な戒め。
「………胆たちは罰を受けることはありませんでした。
ですが、彼らの一族の怒りを買ってしまい、
一族の手によって街外に捨てられる形となりました。」
「憎塊に襲われないのですか?」
「憎塊は人の血に反応して襲ってくるのです。
血を流す事さえなければ襲われません。
この間は漿がこけて怪我をしたので襲われたのです。」
「……腕は大丈夫なのですか?」
「問題ありません。」
普段の動きを見ていても違和感はない。
けっこうひどい傷のように思えたのだが。
「柳森殿、あなたは知りたいと言いましたね?」
その言葉に、柳森は足を止めた。
「―――言いました。」
「それは、どれほどの覚悟で言っているのです?」
柳森は懐から小刀を取り出して彼女に見せた。
「何、を――――、」
小刀を腕に当てる。
その意味を理解した斎姫は叫ぶ。
「やめなさい!!」
柳森は己の腕に傷をつけた。
僅かだが、血が落ちる。
「柳森!!」
「離れないで。」
柳森が剣を鞘から抜くと同時にあの奇妙な鳴き声が聞こえた。
だが、別の奇妙な鳴き声も聞こえた。
飛んできたのは鳥の異形。
そして地を駆け抜けた獣の異形。
『一種類では無いのか。』
冷静にその異形を確認して剣で一斬した。
腕にぐっと力を込めて出血を止める。
そして手慣れたように布で傷口を縛る。
『………出血量の違いで来る数が違うのかもしれないな。』
他に異形の気配はない。
斎姫をあまり巻き込むわけにはいかない。
これ以上の実験はやめておこう。
そう考えていた。
片手で縛っていた布が他の力で縛られる。
視線を移せば斎姫が手伝ってくれていた。
「………どうして、こんな真似をなさるのです。」
微かにその手が震えているのに気が付いた。
「覚悟というものを証明するのに、
こういうことしか思い浮かばなくて…。」
「己の身を傷つけるなど、二度としてはなりません。」
「守るために己の身を投げうつ覚悟はあなたも知っているはず。」
初めて会った日、斎姫は漿を守るために腕を差し出したのだ。
斎姫は縛り終えると、じっと柳森を見つめた。
そして、あの日、異形に食いつかれた腕を柳森の前に出した。
その袖をまくり上げる。
「!?」
あれほど深く、出血までしていたはずの傷が無い。
傷が癒えたのかと思ったのだが、
傷跡すら無くなっている。
元からそこには傷など無かったかのように。
「柳森殿、私は“龍の呪い”を持って生まれた死の姫です。
普通の人間ではないのです。
だから、あなたに守られる必要はありません。」
袖を元に戻すと外套を深くかぶりなおす。
そして斎姫は歩き出した。
「………それと、“死”と何の因果があるのです。」
柳森の言葉に斎姫は振り返る。
彼は拳を握りしめ、どこか耐えているような気配を感じた。
「斎姫様の周りで“死”が多いからと言って、
何故、あなたが死の姫などと言われなばならない?
死に関わる人間がなぜそのような言われをせねばならないのです!?」
どこか、必死で苦しそうで、泣きそうな。
そんな表情の柳森に斎姫は一瞬驚いた。
この人には何かがあったのだろう。
だが、しかし、それはこれとは別の話だ。
斎姫は冷静に思考を巡らせ、答えを導き出した。
「柳森殿、私は己の母親を殺しました。」
「…な、に………。」
「自分の身可愛さ故に殺したのです。
今でも、血の温もりをはっきり覚えていますよ。」
その言葉に柳森は声が出なくなった。
「姉上にでも聞けば具体的に話してくださるでしょう。
あなたが何を抱えていようとも、
私自身が死を招くことには変わりがないのです。」
冷淡なその表情が感覚を失わせる。
「現実を見なさい。私にあなたは必要ありません。」
そう言って、斎姫は先に進んでいった。
言葉が出なかった。
その後ろ姿を見失っても足が動かず、
追いかけることが出来ずにいる。
『情けない。』
心の中でそう呟いた。
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「柳森!!」
城に帰るなり、大きな声が響き渡る。
面倒だと思わずため息をついた。
「………何の用だ、雲丞。」
「体が鈍っている。手合わせをしろ。」
「断る。姫たちの相手でもしていればいいだろう。」
「俺の性に合うとでも思っているのか!?」
「俺はせんぞ。」
「何故だ!?」
「領地内の争いは禁じられただろう。」
「別に争いではない。手合わせだ。」
「どうせ、本気で斬るつもりだろうに。」
「当たり前だ!本気でなくて何の意味がある!?」
「だから、俺は嫌だと―――――――!?」
「!?」
2人ははっきりと感じた。
何かが来る。
そして嗅いだことのある馴染みの深い臭いがする。
「窓を閉めろおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
ガンガンガンという合図の音だ。
近くの窓から外を見る。
「あれは何だ!?」
黒い塊が街外から飛んできている。
「あれが憎塊だ!!」
おまけに群れがこっちに向かってきている。
「急いで中に入れ!!!」
外にいた兵士たちに声をかける。
間に合うだろう。
だが、ハッと気づいた。
『斎姫の帰りを確認していない!!』
「柳森!!」
「四の姫を見てくる!!」
窓から飛び降りて柳森は全力でかけた。
「斎姫!!」
建物にたどり着き、中を見たがそこに姿は無い。
戻ってておかしくないはずだ。
「柳森殿?」
塀の上に斎姫を見つけた。
「急げ!!憎塊の群れだ!!」
え、と街外を確認しようとした斎姫に一瞬で近づき、
その腰を腕で抱えて塀から降ろす。
「柳森!!」
柳森はそのまま急いで建物内に入り、扉を閉めた。
次の瞬間。
―――ガガガガガガガガガガガガッ
建物に何かが擦れて当たっていく音が響いた。
小さく悲鳴をあげる斎姫の体を外套ごと抱え込んだ柳森。
小さな建物がまるで揺れているようだった。