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龍に翼~双龍伝~  作者: クレト
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囁くように言葉を伝えた

「こちらの先の扉の向こうがお住まいになられます。」


そう言った兵士はそそくさと消えていった。

あまり近寄りたくないのだろうか。

連れてこられた場所も随分遠い気がした。


『一段と薄暗い廊下だな…。』


明かり一つないそこを闇に慣れている柳森は歩く。


「死に何の用じゃ、勇ましい者よ。」

「!?」


剣を抜いて声の方向に向ける。

だが、そこには何もない。


「この先は、死を呼ぶとされておる方の住まう場所じゃ。」


背後だった。

振り返ると一人の翁が座り込んでいた。


『気配が無かった…。』


手練れのはずの柳森が察知することのできない存在。

だが、翁の四肢は枝のように細く。

一見、生きているのかも怪しいほどだ。


「何者だ。」

「ただの爺じゃ…それで、お主は何用でここにおる?」

「四の姫の護衛を賜った。

 だから、挨拶に行くところだが…。」


ほっほっほ、と翁は笑う。

ここにいるということは城の関係者だろうか。


「さて、あの子はどうするかの………。」


翁が指を指す。

その方向に向けると小さな扉が見えた。


「あそこに―――!?」


視線を戻すと、そこに翁の姿は無かった。

辺りを見渡すが、どこにも気配すらなく、

かといってこの廊下に扉はどこにもない。

ぞっとした柳森だったが、とりあえず進むことにした。


『この国に来てから奇妙なことばかり起こる…。』


半ば、苛ついていたが。


小さな扉に手をかけ押す。

とても重い。

柳森がぐっと力を込めて押さねば開かないほどだ。


『これは…向こうから開けられないようにしているのか?』


姫と呼ばれるような女性が開けられるようなものではない。

重厚な扉はぎぎぎと鈍い音をして開かれた。

だが、閉まる時はすんなりぱたんとしまった。

まるで風に吹かれて閉まるように勢いよく。


『益々、奇妙な………。』


めんどくささが倍に感じた。


だが、それどころでは無くなった。

扉の向こうはほぼ外だった。

雪が空から容赦なく落ちてくる。


高い塀に囲まれたそれほど広くない空間。

その中央には簡素で小さな建物がぽつんと建っていた。

扉からそこまでは石でできた細い道があるだけ。

塀に沿うように木々が並んでいる。


離れと呼ぶにはあまりに質素。

何かの倉庫のような建物にかたまった。


仮にも、国王の娘がこのような場所にいるのかと。


雪がどんどん地面を白く染めていく。

まるでここは異世界。

放っておけばありとあらゆるものが真っ白に染まっていく。


時間が止まったような静寂が訪れた。


「そこにいるのは誰だ!?」


白い世界に呑み込まれかけた時。

その声は聞こえた。

小さな建物から出てくる一人の姿。


漆黒の髪に、雪よりも白い肌。

この静寂の中に浮かび上がる綺麗な赤い唇。

顔半分を覆うその革が誰かを教えてくれた。


「………斎姫殿…………?」

「あなたは………柳森殿……何故、ここに?」


お互いに驚きを隠せなかった。

だが、我に返った柳森が慌てて膝をついた。


「傭兵、柳森。吏王の命により四の姫様の護衛を賜りました。

 なので、ご挨拶に伺ったしだいでございます。」


まさか、斎姫が死姫だったとは。

しかし、一国の姫がなぜ危険な街外に居たのだ?

それに街の人間が関わってはならない、ならず者と?

いや、それよりも彼女が死の姫とはどういう意味だ?


一瞬の間に様々な考えが過る。


「………こちらに。」


斎姫に呼ばれ彼女に近づく。

建物の反対側に小さな椅子が設けられていた。

そこに彼女が座ると、すぐ隣に柳森を呼んだ。

彼はその場所で膝をついた。


「私に護衛は必要ありません。

 私はここから離れてはならぬ故。

 どこぞに行くことも許されてはおりません。」


ということは、あの場所にいたのは許されない事。

そのことを察した。


「斎姫と言う名はここではお使いにならぬよう。」

「申し訳ありません。

 四の姫様が斎姫という女性に似ておりましたので、

 思わず勘違いをしてしまいました。」


柳森の返しに驚いた顔をする斎姫。

その様子にふっと笑みがこぼれたが、柳森は気を引き締めて、

辺りの様子を伺う。


「一応、近くに人間の気配はありませんが……。」

「誰もここには近づきません。

 私が何と呼ばれているかはご存じですか?」

「出来れば斎姫様とお呼びしたいですか。」

「使うなと言ったばかりではありませんか。」


思わず突っ込んだ。

この男はわかっているのかわかっていないのか。


「だからと言って、不穏な名前で呼びたくはないのですが…。

 折角なので聞いてもよろしいですか?」

「何をです?」

『この男、遠慮と言うものが無いのか。』

「なぜ、ここで斎姫という名を使ってはいけないのです?」

「………あの子たちが私と関わっていると知られれば、

 あの子たちの身がただでは済まされません。

 斎姫と言う名は彼らしか使っていない名前ですから。」


そんな危険があると知って居ながら彼らと関わるのか。

それにどんな意味があるのかを知りたかった。

だが、


「もうお行きください。」

「え?」

「大方、姉上たちの相手をすることになるでしょうから。

 ここに来る必要はなにもありません。」

「ちょ、」


斎姫はすっと立ち上がり、

さっさと建物に入ると扉を閉めて鍵をかけた。

窓が無いその建物の内部を伺うことは出来ず、

ため息をついた柳森は仕方なくその場を離れることにした。


*********************


「お食事をお持ちいたしました。」


翌朝の事だった。

斎姫が建物から出ると、目の前に柳森が立っていた。


「あっ、あなたはどこから!」


あの扉が開くたびに音がする。

今日はその音が聞こえていなかった。


「あの扉は一々開くのが面倒なので外の塀を渡りました。」


彼の手には斎姫の食事があった。


「私の食事はあの扉の受け取り口で受け取っております。

 あなたが運ぶ必要はありません。」

「護衛を賜ったからには、姫の体調も確認をさせていただかねば。」

「何故です?」

「あなたを守る。

 それは傷をつけさせないということだけではありません。

 姫が健やかであられることが、守る意味でございます。」


その言葉に斎姫は固まった。

柳森は食事を椅子に置くと、斎姫の右手を掴んだ。


「何をするのです!?」

「脈を診ています。異常は無いようですね。」

「私に触れないでください!!」


手を離そうと引っ張ろうとするが、全く適わない。

柳森は構わず、掴んでいた手を逆に引き寄せ、

指先に口づけを落とす。


「何を!!!」

「―――――あなたの事が知りたいだけだ。」


真っ直ぐに目を見つめ、

囁くように言葉を伝えた。


だが、


―――パシンッ


斎姫の空いていた左手が、

柳森の頬を力いっぱい叩いた。


「出ていきなさい!!!!!」


そう言って、室内へ消えていった。


『…予想はしていたが、やはりそういう女では無かったか。』


柳森なりの調査だった。

彼女がどんな人間であるかを知るための行動。


『大抵の女はあれでだいたい上手くいくのだがな…。』


ぽりぽりと頭を掻きながらあっさりと高い塀に上る。

そのまま室内に入れる場所まで歩いていく。

これからの行動を思案する。

どうもこれもまた“面倒”な案件らしい。


『ま、国王の娘に無礼を働いたのに、

 頬を叩かれただけで許されるなら軽いものだな。』


ふと空を見上げれば一羽の白い鳥が、

綺麗な鳴き声を響かせ飛んで消えた。


―――合図だ。


呼び出しの合図を確認し、柳森は城の入り口を目指すことにした。

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