この部屋はまるで別次元だ
城についてからもその違和感はずっと感じていた。
『とにかく兵士たちの覇気がない。』
鎧をその身にまとい、武器も手にしている。
だが、ただそこに存在しているだけのようで、
一言もしゃべらず、息もしているのかと思うほど静かだ。
目に光は無く、ただただ鎧の硬い音だけが聞こえる。
隣りの雲丞も同じことを考えているのか、
兵士を見る目が“つまらない”と明らかに浮かんでいる。
この国はまるで全てが死んでいるかのようだ。
だが、大広間に通された時、
視界が一変して初めての華やかさを感じた。
色とりどりかつ細やかで繊細な装飾。
『これはこれで違和感極まりないな。』
ここまで通ってきた城門から部屋の外まで、
まるで色の一つも無く、飾りと言う飾りも無い。
質素と言うべきか地味と言うべきか、
本当に灰色の世界を歩いて来たというのに、
この部屋はまるで別次元だ。
広間の奥の高い位置にこれまた豪華な玉座。
そこに座る、白髪混じりの深い皴を刻み込んだ初老の男。
目にはやはり光など感じさせないが、
その身に纏ういかにも上質な毛皮や衣装、間違いない。
―――厳寒の国王、吏王。
その横に玉座より劣るが、それなりに装飾がされた椅子に、
先ほど案内をした知姫が美しい姿勢で座る。
彼女を王で挟んだ反対側にも二人の艶やかな衣装の女。
知姫よりも少しだけ幼そうな瓜二つの顔。
先ほどからずっと聞こえていた弦の音色。
王に近い側の女が奏でている。
部屋の中央に二人が並ぶと、
その両側にそれぞれ一人ずつ男が姿を現した。
四人が揃い、ほぼ同時に膝をつく。
また、それと同時に音色も止んだ。
「西方の国より参りました、名を狗類と申します。」
左の男、短髪で顔に入れ墨の入った男、狗類。
すると次に右側の長髪を一つに括った男が口を開く。
「東方の島国よりはせ参じました、馬躓です。」
どちらの名前も柳森は聞いたことが無かった。
ほんの少し発音になまりが入っているようにも聞こえる。
体は人並み以上には鍛えてはいるようだが、
自分と雲丞よりはずいぶん若く感じる。
次に口を開いたのは柳森だった。
「流浪の傭兵、柳森ここに参りました。。」
そして、最後に口を開いたのは雲丞だった。
「古代の英雄、填清の“末裔”雲丞、祖先の地に戻りました。」
『なるほどな、そういうことだったのか。』
柳森の知る限り、雲丞という男はとにかく血の気が多い。
出会う場所は必ずどこかの戦場で、
このような静かな戦のない国で会うのが少し疑問に思っていたのだ。
形の無い伝承だとは思っていたが、
ここに受け継がれてきた血脈がある。
そして異形の存在。
あながち、龍とやらも架空ではなさそうだ。
そういえばと、視線を玉座に戻す。
空席の椅子が見当たらない。
死姫と呼ばれる四の姫は、
元より姿を現さない予定であったのだろうか。
それともその存在すらも怪しむべきか。
柳森の思考をよそに、吏王は口を開く。
「このような異端の地に、豪傑たちに集ってもらい感謝する。」
少ししゃがれた感じはするが、
重きを感じる深い声だ。
「そなたたちを呼んだのは、我が四人の姫の護衛を頼みたいからだ。」
その言葉に、英傑たちの緊張感が和らいだ。
それもそうであろう。
わざわざ、腕に覚えのある豪傑を呼び寄せたにもかかわらず、
内容が姫の護衛というなんとも静かな響きだ。
その空気を感じ取ったのか、知姫が口を開いた。
「この国の異形の生き物をご存じでしょうか?」
柳森は頷いたが、他の三名も同じく頷いた。
どうやらある程度の話は知っているらしい。
「この街をぐるりと高い塀が囲っております。
これは填清さまのお導きにより作られたものです。
そのためか、異形の生き物、憎塊は入ってくることが出来ませんでした。
……それが、先日一匹ではありますがこの城に入ってきたのです。」
緩くなった緊張感が一瞬にして戻る。
「長年の経過で填清様の加護も無くなりつつあるのかもしれません。
これから入ってくる数が増えるのかも予想が付きませぬ。
それ故、街外の調査もせねばなりません。
そこで、あなた方には護衛と調査を一緒にしていただきたい。
護衛と言っても日がな一日ついて回る必要はありません。
手が空き次第、交代で街外の調査に行っていただきたい。」
中を守りつつ、外を調べろ。
確かにここの兵士では外に出すのは頼りなかろう。
姫の護衛とやらはあくまで“名目”なのだろう。
と、柳森は理解をした。
吏王は静かに言った。
「ただ、娘たちにはそれぞれ一人ずつ直接ついてもらう。
一の娘には雲丞、
二の娘には狗類、
三の娘には馬躓、
………四の娘には柳森がついてもらう。」
四の娘、という単語が出ただけで、
今まで静寂だった兵士たちからざわめきが起こった。
柳森からしてみれば、願っても無い好機ではあるが。
よほど、恐れられているのだろうか。
生気のない人間がここまで反応するのだ。
とりあえず、四人は「賜りました」と返答をした。
知姫の表情は冷静そのまま変わることは無かったが、
音姫と舞姫は顔を見合わせて笑っている。
話が終わったのか、
吏王は何人かのお付きに連れられて部屋を後にする。
王が退出すると、音姫と舞姫は急いで、
椅子から降りて四人の元に駆け寄った。
可憐な動きで礼をすると顔をあげて、
「二の姫、音姫でございます。」
「三の姫、舞姫でございます!」
「これから皆様に歓迎の意を込めまして、
ささやかな軽食をご用意させております。」
「どうぞ!こちらにいらしてくださいな!」
音姫は雲丞と狗類の間で彼らの腕に引っ付き、
舞姫は柳森と馬躓の腕に引っ付いた。
だが、
「遠慮しておきます。」
舞姫は驚いていた。
間違いなくつかんだはずの柳森が、
いつの間に自分の背後に移動していたのだ。
「おいおい柳森!相変わらず硬ぇ奴だな!」
「四の姫の護衛を賜った。
挨拶ぐらい行ってこなければ。」
「それなら心配いりませんよ!」
「あの子は部屋から出てきませんし!
護衛って言っても、そこまで…。」
「顔も知らぬ人間の護衛が誰に務まりましょうか。」
そう言って柳森は部屋を後にしようとしたのだが、
「知姫様!!どうかお許しを!!!!!」
一人の兵士がそう叫びながら知姫の前にひれ伏した。
「この国の資源は限られています。
それをそなたの家族のために譲れと言いましたか?」
「いえ!そんなつもりはございません!!
た、ただ、薬が欲しくて、もし可能であればと!!!」
知姫が手で合図をする。
すると彼は他の兵士に両腕を掴まれて引き摺られる。
「知姫様!!!どうかお許しください!!!どうか!!!!」
叫び声が響きながら部屋の外へ連れていかれた。
それでも遠くなるまでその叫び声は聞こえている。
「柳森殿、妹の所へ行くのでしょう?ご案内いたします。」
知姫にそう言われ、彼女の後についていく。
「………先ほどの兵士はどうなるのですか?」
歩きがてら、知姫に聞いてみた。
「この国唯一の罰を受けることになります。」
「薬を欲しがっただけで?」
「………この国の財源は限られています。
決められたものを決められた分だけを使う。
それはこの国に生ける者全てが等しく受けられねばなりません。
外から来たあなた方には残酷のように見えるかもしれませんが、
我々、王族が厳しくなくては秩序が保たれない。」
彼女に連れてこられた場所、それは城の屋上。
どういうことだと、思えば彼女の指を指した先。
城のすぐ裏側。
そこは街塀のすぐ近くになっており、
しばらくすると何人かの兵が出てきた。
そこには叫び続ける兵士が丸太に括りつけられ運ばれていた。
嫌な予感がした。
彼は街塀の外に運ばれそこに立たされるように固定された。
そして、一人の兵士が彼を切りつけると、
運んできた兵士は急いで兵の内側へ戻った。
やめろ、と脳内で響く。
だが、
奇妙な鳴き声がいくつも聞こえだし、
羽ばたく音や獣の足音も聞こえだす。
何匹、いるだろうか。
それを数える間もなく、
縛られた男の姿はすぐに見えなくなった。
聞こえるのは残酷で悲痛な叫び声。
そして、その身を引きちぎり、食い荒らす無残な音。
流石の柳森も目をそらした。
なんという罰だ。
だが、知姫はその場面からちらりとも目を離さない。
『何なんだ、この女は………。』
ぞくりとも恐怖を感じるような悪寒が走る。
「私はいずれこの国の王となる人間の妻です。
その私がこれから目をそらすことはこの国を否定するも同じ。」
柳森を一度も見ることなく知姫はそう言った。
「柳森殿、これがこの国なのです。」
そう呟くと知姫は近くの兵士を呼んで、
柳森を四の姫の元まで案内するように命じた。
柳森が建物の入り口に入る頃もまだ知姫はその惨劇を見ていたようだった。