懐かしいようなその響き
柳森が気が付くと、そこは森の中だった。
『ここはどこだ?』
明るい太陽の光が木々の間から差し込んでくる。
柔らかい風がふわりと緑の匂いを運んだ。
『斎姫!?』
辺りを見渡そうとしたが頭に激痛が走った。
手で触れると真っ赤な血がべったりとついた。
「大丈夫ですか?」
困惑していると声が降ってきた。
顔を上げると見知らぬ少女が屈みこみ、
こちらを覗き込んでいた。
斎姫と同じぐらいの年頃のようで、
どこか彼女に似ている気がした。
「あ、あぁ、大丈夫だ。」
『え?俺の声ではない?』
体が勝手に動く。
そして勝手にしゃべるのだ。
少女の手に引かれて立ち上がる。
「こちらにいらしてください。」
言われるがまま手を引かれついていくと、
小さいがそれでも立派な滝のある泉に着いた。
そこでその少女は布を濡らすと、
こちらに戻ってきて近くの岩に座らせ、
そして、ゆっくりと優しく傷口を拭いてくれる。
「綺麗な目をしているな。」
その言葉に彼女は目を丸くさせた。
変わった色の瞳が一際輝いて見える。
初めて見る、金に近い色の瞳だ。
「綺麗……ですか?」
「あぁ、初めて見るが美しい。」
頬を赤らめると、ふわりと笑みを浮かべる。
「ここらへんの者か?」
「……ここに住んでおります。」
「ここ?」
辺りを見渡すが家らしきものがどこにも無い。
「家が無いのか?」
「洞穴がありますので…。」
指を指された先、滝で隠れているが、
裏側にどうやらあるようだ。
「家族は?」
「あ……姉が一人おりますが、今はどこにいるのか……。」
「そうか、それは大変だったな……。」
優しく頭を撫でてやる。
少し驚くと再び照れたように笑みを浮かべた。
「では一緒に近くの村へ行こう。
ここら辺は龍が出る、危険だ。」
「いえ、私は……やめておきます。」
「何故だ?住まいなら一緒に探してやる。」
少しためらったが、少女は意を決して口を開いた。
「実は、“龍の呪い”にかかっているのです。」
「何だと?」
「この瞳の色は見たことがありませんでしょう?
生まれた時からこれなので、
その……私は恐れられてしまって………。
それで、その、ここに………いるのです。」
ここに隠れ住んでいるのだろうか。
「あのっ、でもっ、大丈夫なのですよ?
あそこで雨風は凌げますし、
ここは木の実や茸もたくさんありますので。
食べ物にも困っておりませんし!
それに、えっと、あの……えっと………。」
必死で何かを考えようとしているが、
思いつくものが何もなくなってしまったのだろう。
だが、その一生懸命に考える仕草が愛らしく感じた。
「そなたの名前は何と言うんだ?」
「名前……え、と…名前は………。」
家も家族も失っている少女だ。
名前すらも無くてもおかしくない時代。
「立金花。」
「え?」
「その瞳の美しい色に似た花の名前に立金花というものがある。
そんな名前はどうであろう?嫌だろうか?」
少女は少しだけ首を傾げたが、
ん…と考え込むようなしぐさを見せた後、
ふふふととても嬉しそうに笑った。
「りゅうきんか、です。ふふふ。」
無邪気な笑顔にどこか温かい気持ちになった。
「柳森!柳森!!」
急に声が聞こえる。
聞いたことのある声だ。
「いい加減に起きてください!!」
この声は、
「斎姫?」
「やっと起きました!?早くどいてください!!」
目を覚ます。
体に何やら弱い衝撃がぶつかってくる。
やっと覚醒した頭で状況を確認する。
いつの間にか寝てしまっていたようではあるのだが、
何故か寝台に横になっている。
両腕で抱えているものが温かくて動いている。
「柳森!!腕をどけてくれないと動けないのです!!」
「すまない!!」
がばっと勢いよく寝台から降りる。
斎姫を抱き締めて寝ていたらしい。
外は少し明るくなっていて朝の訪れを知らせていた。
寝た瞬間が全く思い出せない。
「あ、あなたという人はどうしてこういう!」
「いや、俺もよく覚えていなくて…、」
「覚えていないとはなんという無責任ですか!!」
「本当に面目ない。」
斎姫の色白の顔が真っ赤に染まっている。
それもそうだ、年頃の少女(女性?)をがっちりと、
抱き締めて同衾をしたのだ。
おまけに無意識と言うのだから尚の事質が悪い。
とにかく柳森は全力で謝罪するしかなかった。
だが、
彼女の左腕をしっかりと掴んだ。
きつく縛っていた布を解く。
腕は綺麗に元通りになっていた。
巻かれていた布にしみ込んだ血の色だけが、
昨日の惨劇が本当であったことを証明している。
思わず彼女の左手を両手で握りしめた。
「柳森っ、」
「すまない、守らねばならなかったのに、
逆に守られたどころか、酷い思いをさせた……。」
「柳森、私は別に………。」
「二度とさせない。
必ず、守って見せる。」
力強く握られる左手を振り払えない。
そんなことを言われたこと自体初めてで、
自分が罰を受けたことでこんなに、
辛そうな表情をされたのも初めてで、
正直、斎姫もどうしていいかわからなかった。
「斎姫、無茶はしてくれるな…。」
「無茶というわけではありません。」
「あんな………そういえば、あれは一体何なんだ?」
「あれと言うと?」
「音姫と舞姫の音色と舞で、
力を奪われたり思考がおかしくなりそうだった。
それに斎姫の歌で和らいだのは何か不思議な感覚だった。」
斎姫は少し考え込むとゆっくりと話し出す。
「私たちは“力”と呼んでおります。
原理自体はよくわかりませんが、
あのお二人の姉上が奏でて舞を踊ればどんな豪傑も、
立ち上がることすら出来なくなり、それどころか、
時に、命すらも奪いかねない力なのです。
あの場にいた兵士たちは皆、耳を塞いでおりましたから、
巻き込まれはしませんでしたけど。」
「斎姫は平気なのか?」
「………あの旋律や舞の効果は人間だけです。
憎塊のように“龍の呪い”にかかっているものには、
効果は一切ございません。
私も龍の呪いを受けた身です。
多少の効果は受けますが大したことはありません。」
「それで、あの“歌”は?」
「あれは“反歌”という…技法と言うか手法と言うか…、
とにかく、旋律の音を壊せるように違う音を返すのです。
そうすることで姉上の旋律が壊れて効果が弱まるのです。」
「そうか………。」
初めて見るものばかりだ。
握りしめた小さくて細い手。
触れているとどこか落ち着く。
『二度と………。』
傷つけないと心に誓う。
「…柳森!」
「あ。」
思わずその手に口づけたことに気が付く。
「本当にあなたと言う人は!!!!!」
――――ぱしんっ
強烈な一撃を頬にくらった。
「出ていきなさい!!!!!!」
返す言葉なく部屋を出る。
ばたんと勢いよく扉が閉まり鍵をかけられる。
『はぁ…どうしてこうも………。』
肝心なとこでしでかしてしまう。
とぼとぼと城内へ戻る。
「ほっほっほ、健気な女子じゃ。」
「またお前か。」
廊下に入ったところで、
あの翁がどこからともなく姿をあらわした。
「だからお前は一体何」
「夢を見たな。」
「は?夢?」
「近いのじゃ、だが、主は気づかぬ。」
「何の話だと。」
「あの子が教えてくれように…。」
吹雪が強く入ってきた。
一瞬目を瞑り、開けるとそこに翁の姿は無い。
「立金花…。」
ふと、名前を口ずさんだ。
どこかで懐かしいようなその響き。
「だが、誰だと言うんだ…?」
それが誰かは知らないのだ。




