8.時代を超えた意思
莉子が僕の元へと駆け寄った。
「暁……」
すると、骸の身体に斜めに切り裂いた切り傷が出来、大量の血が噴き出て膝をついて倒れた。
「見事だ」
「……」
骸は力なく立ち上がり、僕の元へと歩いてきた。僕はすぐに莉子を後ろに引かせて刀を握り締めた。
だが、骸からはあの黒く邪悪なオーラは一切感じなかった。
「ふん、我の負けだ。敗者にこれ以上戦う理由はない。切れ」
そう言って骸は僕の前に立つと、その場で背中を向けて力を抜いて胡座を掻いて座り込んだ。
何がしているのか分からず、僕は困惑した。
「え?」
「さぁ、敗者の首を討て。勝者のお前にはその義務がある」
「さっきも言ったけど、そんな昔の時代の決め方はとっくに消えたさ」
「何故、時代は変わると世界のルールそのものが変わるのだ?」
骸の質問に僕は骸の前に座り込み、静かに話し始めた。
「あの時代から世界の支配する者がコロコロと変わって、色々あったけど今は世界そのものが平和を目指そうと手を取り合っているんだ。時間はまだまだ掛かるだろうけど。でも、この日本はそんな力だけで屈服させる野蛮な国じゃなくなったんだ」
「……魔界とは大違いなのだ」
「魔界がどんなところか知らないけど、世界は人と人が繋がる場所となったんだ」
すると、骸が空を見上げながら話し始めた。
「火累丸は我と戦う時、"殿とこの町を守る"と言っていた。先程のお前のように覚悟を決めた勇気があった。だから、刻印は応えてくれたのだ」
「その勝負、どっちが勝ったの?」
「火累丸だ。だけど、あの時の火累丸も私を切る事は無かった。"お前から悪い力が感じられない。兵士達の傷を見れば分かる"と。奴にはお見通しだったな。奴の戦う姿からは何かを守ると決意した勇気があった。お前と同様にな」
優しく話す姿に違和感を感じるが、その声からはとても安心感も感じた。
「僕に勇気が……」
「あるさ、その姿から見えた火累丸の力と、その刻印が語ってくれている。火累丸の意思がお前にはある」
「……」
「戦い終わると火累丸と共に再戦を約束した。今度は普通の武士として勝負を挑むと。だが、時は経ち──火累丸はもう」
「うん、火累丸は戦国の世に従うように戦い、この地に散った……」
骸は少し悲しげな表情を浮かべた。
「そうか」
「でも、その勇姿は今もこの地に語り継がれているさ」
「ふっ、そうか。また戻ってくる理由が出来たな。この世界に」
「どうゆうこと?」
「我は強さを求めてこの世界にやって来た。日の本には名だたる強き者が集まると聞き、武士が己のために戦う時代があると聞いた。それが戦国の世だった。火累丸は強かった。奴から感じた闘志は魔界でもそうはいなかった」
そして僕は一つの疑問を聞いた。
「貴方みたいな人?が、何故町や世界を滅ぼそうと?」
「最初から、そんなつもりはない。さっき言った通り、強き者を求める為だ。切羽詰まった状態なら、その者の最大限の力を発揮する事が出来ると思ったからだ。それが火累丸と暁、お前達だった。お前も火累丸に負けないほどの武士であった。また眠りから覚める時が楽しみだ」
日が登り始め、僕が見惚れていると、骸の身体がゆっくりと粒子状になり消え始めた。
「どうしたの?」
「我はまた眠りに付く。何十年、何百年後かに我を起こす者が現れるのを待つ。その時代の者が武士の魂を捨ててないか確かめる為にな。その時もお前らのように力を試させてもらう」
「……絶対、この魂を捨てさせはしないよ! 僕らがあの話を次世代に繋げる! あの頃から今も火累丸の話が受け継がれたように! だから、次目覚めるまで楽しみに待っていてくれ!!」
「ふん、よかろう。そこの女」
次に骸は莉子に向けて声をかけた。
「は、はい!」
「良い男を手にしたな。次世代に繋ぐ子を共に産むんだ。我に挑む者として」
「う、産む!?」
莉子と僕は顔を真っ赤にして、お互いに顔を逸らしてしまった。
「さらばだ、現代の武士よ」
「うん!!」
その言葉を最後に集まった粒子は祠の中へと入って行き、ずっと感じていた寒々として感覚は消え去った。
僕は安心したのか、身体中の力を抜けて膝をついた。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫だ。それよりも気絶した重太を連れて戻ろう」
「暁は運べるの?怪我もしているけど」
「このくらい良いさ。戦った武士の証として、名誉の傷って奴だよ」
笑って言う僕に、莉子は涙を浮かべて笑っていた。
「……昔と同じね。その笑っている顔」
「そうかな?」
「えぇ、元気な暁が一番よ」
「ありがとう莉子」
僕達はお互いの顔を見つめ合った。だけど、それ以上お互いに何も言わずに重太を家まで運んで行った。
その後僕と莉子は別れて、ばあちゃん家に帰った。家に帰るとお婆ちゃんも両親も黒く染まり、ボロボロになった服や怪我まみれの身体を見て驚愕した。
「どうしたの暁!?」
「いやぁ、重太達とカブトムシ捕まえに行ったらこけちゃって、へへへ」
「へへへじゃないわよ!!血があちこちから!!」
お母さんはこれまで見たこともないぐらい慌てて、家の中を駆け巡った。
「ど、どうすればいいんだ。病院か救急車か!?うわぁぁぁ!!」
「そんなの必要ないよ。浅い傷だから」
父さんもどうすればいいのか分からず困惑していた。
そんな中、お婆ちゃんが近づいて来て、僕の傷痕を見て不思議そうに語りかけて来た。
「暁……お前、まさか?」
「ん?」
「いや、何でもないよ。早く怪我の手当てを──」
僕は病院に行く事もなく、絆創膏や包帯で軽く手当てをする程度で終わった。