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3.莉子の笑顔


 そして僕達は夢中になって森の麓にある川まで走って行った。重太が一足早く到着した。重太はあまり息切れを起こしてなく、まだまだ余裕の表情であった。

 僕はサッカーを辞めて何年か経ったからか、とても汗を掻き、息切れまでした。


「到着! 俺の勝ちだな、暁! お前、遅くなったな」

「はぁ……はぁ。十分に遅くなっちゃったよ。重太は何か部活やってるっけ?」

「俺か? 俺は帰宅部だけど?」

「帰宅部なのに、足速くないか……」

「部活なんて、威張った先輩や口うるさい先生に指導されてやるなんて窮屈な事やってられるかっての。毎朝走ってるんだよ。この村を何周もね。俺独自で色々と鍛えてんだよ」


 そりゃあ、元気も体力もある訳だと理解したがもう疲れ果てて言う気にも起きなかった。


「二人共速いって!!」

「あ、莉子を忘れてた……」


 僕と重太が走っていて莉子を完全に忘れていた。莉子も息を切らしながらこちらに走って来た。


「ふぅ、いきなり走るからびっくり──うわっ!」


 莉子が僕らの側に到着し、走る速度を落とした瞬間、地面に石に躓き、体勢を崩した。


「莉子危ない!」


 僕は昔の出来事が頭に過り、咄嗟に行動に出た。

 倒れそうになる莉子の元に駆け寄り、抱きついて押さえた。


「大丈夫か、莉子?」

「う、うん……私は、平気……」


 この時、僕は普通に莉子に抱きついている事にやっと気づいた。莉子の激しく稼働している心臓が、直接伝わって来た。僕はすぐに莉子を優しく離して頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!」

「い、いや……ありがとう。助けてくれて」


 莉子も震えた声をしており、顔を伺いたいが怖くて伺えなかった。


「……うん」


 顔をゆっくり上げると、目の前には腕を組んでちょっと怒った表情の重太がいた。


「ど、どうしたの?」

「お前って奴は本当に……莉子の事も考えてあげろよ」


 重太は呆れた表情で川へと向かった。僕にはあまり理解が出来なかった。

 すると、笑顔の表情に戻った莉子が僕の手を握って、僕を引っ張った。


「今はとにかく楽しみましょう暁!」

「うん」


 到着したのは丸い石がゴロゴロと転がっている川。都会の川に比べて、ゴミは全く浮いておらず、濁っている訳でもなく、寧ろ綺麗に潤っていた。

 よぉく見ると小さな魚が泳いでおり、心地良さそうにいた。

 僕が川に夢中で見つめていると莉子は到着するなり、サンダルを脱ぎ捨てて躊躇いもなく川に足を入れた。


「やっぱり夏の川って最高よねぇ! 気持ちぃ〜!」

「だよな! 俺も!」


 重太もサンダルを投げ捨てて、川へと大胆にジャンプして飛び込んだ。水を撒き散らし、重太自身もずぶ濡れになったが、本人は大笑いしながらに川を堪能していた。


「冷てぇな!! 暁も入れよ!」

「そうよ暁! 貴方も入って来なさいよ!」


 はっきり言って、こんなにも綺麗な水とはいえバイ菌とか考えると入るのを躊躇ってしまう。昔は何も考えずに入っていたが、今は何故か無理になっている。

 でも莉子が楽しそうに歩いているのを見ると、自分も入らないといけないと言う罪悪感が湧いてきた。


「う、うん……」


 僕は勇気を出して静かに頷き、靴と靴下を脱いで、ズボンをめくり上げて川へと入った。

 入った感想は一つ──冷たくて気持ちいの一言だった。


「うわ……冷たい。でも、気持ちいいな」

「だろ。市民プールとはまた違った良さがあるだろ!」

「凄い。プールでもこんな冷たいのはないよ」


 プールは冷たいと言ってもある程度温度は調整されているし、人工的に流れるプールを作っている。でも、この川は自然の冷たさと自然の流れによって生み出された産物である。

 莉子が心配そうに声をかけてくれた。


「暁、冷たいのは慣れた?」

「……うん、もう慣れたよ」


 冷たいのはすぐに慣れて、川を見ながら歩き始めた。昔はよく魚を取ろうと必死だったけど、今はそんな歳じゃない。けど、やはり近くを素通りすると、取りたくなってしまう。

 思わず魚に寄って水に手を突っ込んだが、魚は颯爽と逃げていった。

 残念そうにしていると、僕に莉子が水を掛けてきた。


「それっ!」

「うわっ!」


 服が濡れた僕も莉子に反撃し、水を掛け応戦した。とても楽しい。その事だけが、頭に宿った。

 僕はあの時の罪悪感が忘れてしまうほど、何分も水を掛け合った。


「くぅ〜、青春だねぇ!!俺も混ぜろ!」

「うわっ!口に入った!!」

「そんなもんで人は死なん!!」


 重太もスマホをそこら辺の岩の上に置いて僕らの中に混ざり、大混戦となり、僕の元に走ろうとした重太は思いっきり川に転んでずぶ濡れになった。全員楽しくなり、時間もさを忘れて気づいたら夕方になっていた。

 気づいたら、莉子や重太同様、僕は無意識に笑顔になっていた。


「暁、楽しかった?」

「た、たまにはこうゆう所で遊ぶのも悪くないね」

「良かった」


 そして重太が濡れたままスマホを触り、時間を見た。


「もうこんな時間か」

「濡れた手で触るのはちょっと……」

「んなもん大丈夫だよ。そんな簡単に壊れねぇよ」


 機械は水とかにデリケートだ。今のスマホは水の対策とかは多少はされていると思うが、それでも僕にはそんな扱いがとっても考えられないのであった。

 そして重太が日が落ちていくのを見ながら、僕に告げた。


「ちょっとやりたいところがあるんだがいいか?」

「ん?どこに?」

「都会育ちのお前を鍛え直す場所だ」

「……嫌な予感がするなぁ」


 重太に言われるがまま僕らは濡れた状態でとある場所へと連れて行った。

 森の奥に連れて行かれ、日が当たらない場所へと案内された。そこに到着すると、重太は一本の木の前に立ち、何かを探し始めた。


「何してるの?」

「おっ、いたいた。この時間だとあんまりいないけど、上等な大きさだな」

「え?」


 僕の話を無視して探し続ける重太は何かを掴み取り、僕に見せて来た。


「ほれ!」

「まさか、カブトムシ!?」


 重太が見せつけて来たのは立派な大きさをしたカブトムシであり、デパートなどで売っているカブトムシとか比較にならないほど大きなサイズだ。

 あんまり僕は虫が触れるタイプではない、むしろ苦手な方である。それを知ってこそ、重太はワザと僕に見せているのだ。


「お前、昔っから触らなかったよな。確か軍手とかして触ってたよな。

「まぁ……」

「こんなにも可愛らしいのにぃ」

「い、いやだって──」

「ほれほれ」


 いやらしく見せてつけ、僕に近づけてくる重太が嫌になると、莉子が軽々と捕まえて真剣な顔で僕の目の前に突き出した。

 そのクネクネと動く無数の手足が僕は苦手であり、その見た目も苦手であり、目の前に突き出されて身体中から冷や汗が流れ出した。


「嫌な事する重太もダメだけど、暁も暁よ。少しは虫に慣れなきゃ。家でゴキブリが出たらどうするの?いつまでも怯えてちゃダメよ」

「……」

「虫だって生きてるんだし、第一カブトムシは無害な虫よ」

「う、うん……」

「背中だけでも触ってみようよ。一歩が大事だから」


 莉子が普通に持っている事に驚くが、莉子の言う事ももっともだ。僕だって男だ。勇気を持ってカブトムシの背中に触れた。ツルツルしており、ツノも触れた。ビクっと動き驚いたが、それでも生きている生物だと実感した。

 僕が触ると莉子の顔に笑顔が戻った。


「ツルツルしてる……」

「でしょ。虫だって見慣れれば可愛いもんよ!」

「それは……どうかな?」


 そして重太も高笑いをしながら、僕の肩を叩いて来た。


「はっはっは!これで一件落着!!」

「え?」

「お前の為に来たんだよ。虫が苦手なのを少しでも克服しようとな!」

「……お陰様で少しは慣れたよ。蚊にいっぱい刺されたけど」

「はっはっは!!これぞ、夏男よ!!」


 全員が笑い、濡れている事も忘れて談笑しながら各自家へと帰って行った。


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