ツクモ紙受取人
ここは世界各国のゴミが捨てられるポロポロ村。
使い道さえ分からないゴミが捨てられることもよくあり、そのゴミを鑑定する人間がいる。
それが……
「トッカータ、これどういうゴミか分かる? 多分鏡だとは思うんだけど、鏡が三つも付いていて多いなって思って。全部別々に解体して売っちゃっていいかな?」
僕のお得意様の、リサイクルショップを経営しているリュウセイおじさんからの依頼だ。
その鏡は、真ん中から開けることが出来るカーテンのように蓋をされていて、開けると真ん中に大きな鏡、そして蓋をしていた部分の裏側にも鏡が付いている。
どうやら何か意味ありげなので、リュウセイおじさんが解体してしまう前に僕がモノの”手紙”を受け取らなければ。
僕は通称ツクモ紙受取人といって、モノから手紙を受け取ることが出来る特殊能力を持っている。
ペンと紙を持ち、ペンを持つ手とは逆の手で、そのモノを触れることにより、そのモノからの手紙を受け取る=書くことが出来る。
「出来た……!」
「で、どんなこと書いてあるんだ、トッカータ?」
リュウセイおじさんは文字が読めないので、僕が代読する。
「解体なんてやめて! 私は三面鏡といって、同時に自分の横側も見ることが出来る鏡なのっ! 三つあって意味があるの! というか女子ならすぐ気付くでしょ! 何も分からないおじさんは私に触れないで! ……だ、そうです」
「そうかそうか! ゴメンゴメン! ……じゃあリサイクルショップに持っていくのは、ネイちゃんに頼もうかな、おじさんが触れちゃダメだから、ね、ネイちゃん!」
そう言って、リュウセイおじさんは少しだらしない笑顔で、近くに立っていたネイの肩に触れた。
「キャッ! リュウセイさん! 私にだって気安く触らないで下さい!」
「おぉ、やっぱり分かるもんかね」
「分かるに決まってるじゃないですか! 私はただのアンドロイドじゃないんですから! 超高性能の天才アンドロイド・ネイちゃんですから! そして私はトッカータ君のお姉ちゃんですからねっ」
そう言いながら、僕の頭をポンポンと叩いてきたネイ。
いやそもそもネイを起こしたのは僕だから子供扱いされる筋合いは無いんだけども。
でも確かに僕は子供だ、まだ十四歳だ。
そしてネイをこのネイの形にしたのは、知り合いのメカニック・ジョーの趣味だ。
しかしネイからの手紙を受け取ってアンドロイドにしたのは僕。
つまり僕が産みの親みたいなところがあるのに。
「じゃあお姉ちゃんは三面鏡を持ってリサイクルショップまで行ってくるから、良い子にしているんだよぉ?」
語尾を甘くしつつ、三面鏡を右手で抱え、左手で手を振り、リュウセイおじさんと一緒に出掛けて行った。
ネイは元々緑色に光る謎の物体だった。
厳重そうな箱の中に入っていたのだが、その箱は僕が触れた瞬間に、宙に溶け込むように消えていき、中から出てきたモノがその緑色に光る謎の物体。
その謎の物体から手紙を受け取ったところ『私は人工知能、喋れるようにしてください』と書かれていた。
そして知り合いのメカニック・ジョーに手渡し、アンドロイドにしてもらったわけだ。
自分のことを最初からネイと呼ぶネイは、自分が何者なのかを手掛かりを探すためと、恩返しとして僕の手伝いをしている。
が、実際問題、手伝いらしいことは特にせず、ただただ僕に対してお姉さんぶるだけである。
お姉さんぶるだけで、掃除をしたり、料理を作ったりは一切してくれない、ただお姉さんぶるような発言をするだけ。
その感じが少し、いやかなり昔、まだ貴族のお抱えだった頃に会った年上の女性に似ていて、何だか懐かしいような恥ずかしいような、何とも言えない気分になるので、ネイのことは正直少し苦手だ。
でもネイには行くあても無く、背中に設置されたソーラーパネルのおかげで何か燃料を食うことも無く、そういった手間は無いので、今は僕の家に住まわせている。
リサイクルショップは目と鼻の先なので、すぐにネイは手を大きく振りながら戻ってきて、こう言った。
「何も無かったっ? 大丈夫?」
「いやこんな短時間で何かあるはずないでしょう」
「そっか! そっか! 私がいないとトッカータ君は何も出来ないから気になっちゃったっ!」
「いや家事全般一人で出来ているけども……」
「でも私が見守っていないと怖いでしょ?」
「むしろずっと見られていて何だか怖いんだけども」
「そんな怖がりさんにはハグ!」
飛びかかるように抱きつこうとしてきたネイをなんとかかわした僕。
「かわさないでよぉ! 私の体、ガムみたいにはなってないよ?」
「危ない粘着質のガムだと思って、かわしたわけじゃないよ……まあ確かに粘着質だけども」
「全然粘着質じゃないよ! こういうのは、もち肌って言うの!」
「性格が、だよ」
「性格がもち肌ってちょっと褒めすぎだよ、柔らかく可愛いってことでしょ?」
「ズレてるよ! いちいち! 性格が粘着質って言ったのっ!」
「性格は本当に天才、マジで天才という人格」
「天才って人格の説明で使わないよ!」
「あとはもち肌、ほらほら、ぷにぷにぃー」
ネイは人目をはばからず、自分の胸を揉んで柔らかさをアピールしている。
何だか見ちゃいけない気がして、目をそらす。
まあ人目をはばからずと言っても僕しかいないから……あっ。
「いつになったら終わりますか? イチャつき姉弟め」
客人。
二十歳くらいの女性だった。
「アンタ、ツクモ紙受取人だろ?」
僕は心臓がドキッと高鳴るくらいに驚いた。
確かに僕は”ツクモ紙受取人”だ。
しかし僕のことを”ツクモ紙受取人”として認識しているのは、この村ではネイとジョーくらいだ。
それ以外の人からは不思議な能力を持った人と言われ、僕の能力を言葉にする人はいない。
そこから察するに、この女性はどこかの国の貴族社会を知っている人ということだ。
僕は正直苦手だ。
貴族社会にいた人は皆どこか傲慢で、卑しい考えを持っているからだ。
しかしその固定概念に勝手に収めてしまってもいけないから、出来るだけ平等な目で見るつもりで女性と話し始めた。
「フツーさ、ツクモ紙受取人って貴族のお抱えじゃないの?」
やっぱり貴族社会を知っている人だ。
どう答えていけばいいだろうか、悩みながらも僕は本心を言った。
「僕は変わり者ですから」
「どういう意味?」
「貴方は口が堅いほうですか?」
「ケースバイケース、柔軟性があるほう」
「……だいぶ軽そうですね」
「機動力があるというイメージかな? で、変わり者ってどういう意味よ? フツーに考えて、ツクモ紙受取人なんて変わり者じゃない。変わり者が変わり者って、それはもはやフツーって感じ?」
「確かにそうかもしれませんね、僕はフツーなんです。というわけで貴方の道具をお見せ下さい」
「うわっ、するりと、かわそうとした! いやいや私、かなり追及するほうだから」
「分かりました、正直に申し上げます。確かにツクモ紙受取人の大半は貴族お抱えの特殊な職業です。貴族の暇潰しに応える言葉の大道芸人のような感じですね」
「暇潰しに応えるって、そんな卑下する必要は無いんじゃないの? モノの手紙を受け取ることが出来るってスゲェ面白い能力じゃん」
「いえ、暇潰しに応えるんです、応えないといけないんです」
「……応えるって何だよ」
「つまり、嘘をついてでも貴族が喜ぶような手紙を書かなければならない時があるんです」
「何それ! 詐欺師じゃん!」
「はい、まさにその通りで最近は本当に、ツクモ紙受取人の能力があるように見せかけて、実際は一切無い詐欺師もいるそうです」
「……じゃあアンタはそういう嘘をつきたくなくて辞めたってこと?」
「嘘をつかなかったので、辞めさせられたという話です」
「それが変わり者って、相当腐ってんね、まさに私の持って来た、この鍵のように!」
「やっと見せてくれましたね、それが依頼の鍵ですね」
内心ホッとした。ただ話をしに来ただけの人かと思ってしまったところもあったから。
「そうこれが依頼の鍵ね! もう先端が腐食して折れちゃってて、鍵としては絶対使えないんだけども、この鍵が何の鍵か捨てる前に知りたくてね」
「分かりました、では受け取りますね」
女性から直接鍵を手渡しで受け取ろうと思ったら、わざわざネイが仲介し、女性の鍵をネイが奪い、そしてネイから僕の手に鍵が渡った。
「アンタ何なの? 鍵を急に奪わないでよ」
「変な菌が移っちゃいけないので、一旦お姉ちゃんを経由するのです」
「いや仮に菌があったら経由するだけでは菌無くならないだろ」
「お姉ちゃんの除菌パワーを舐めないで下さい」
「いやネイ、依頼人さんが触っていたしさ」
「そうだけど一応!」
「一応ってなんなんだ、ネイには除菌パワー無いし」
「一応! 一応!」
僕とネイの言い合いを鼻で笑ってから依頼人の女性は続けた。
「まあこれは普通の鍵、腐食してるけど。じゃあ弟さん、よろしく」
弟ではないんだけどもなぁ、と思いながら僕は手紙を書いた。
「「これは……」」
僕と依頼人の女性の声がユニゾンした。つまり女性は文字が読めるわけだ。やはりポロポロ村の人ではないようだ。
『ツクモ紙受取人よ、私の最後の願いだ、箱の元へ連れてってくれ』
「鍵と箱はペアですからね! 私とトッカータ君のようにっ!」
そう言って後ろから抱きついてきたネイ、さすがにかわせなかった。
僕の頭にアゴを乗せたネイ、胸が僕の背中に当たっているが、そもそもジョーは何でこんなに胸の大きいアンドロイドにしたのだろうか。
ジョーごと嫌悪感を抱きつつ、僕はなんとかネイから離れ、依頼人の女性に話し掛けた。
「この鍵が言っている箱が何なのか分かりますか?」
「う~ん、そう言えば、鍵のかかった箱を昔、蔵のほうで見たような気がする」
僕と依頼人の女性で外へ出掛けようとした時、僕の袖を掴みながらネイが言った。
「でももうこの鍵は腐食してるし、行ったところで無駄足なんじゃないの?」
その言葉にすぐ反応したのは依頼人の女性だった。
「じゃあ箱に触ってもらって、箱の手紙を書いてもらえばいいじゃん。何かヒントが出るかも」
確かにその通りなので、僕は依頼人の女性と家の蔵へ行くことにした……ネイも一緒に。
ネイは僕と手を繋ぎながら、お出かけ気分で腕を前後にブンブン揺らしながら歩いていたので、正直腕が痛くなった。
利き手の文字を書くほうなので、ちゃんと書けるか少し不安だ。
依頼人の女性の家は、ポロポロ村のだいぶ外れにあった。
こんなところにも人が住んでいたんだと思うようなところ。
蔵の中に入ると、妙に整頓されていて、最近綺麗に掃除したような感じであった。
ネイは蔵に入るなり、いろんなところをペタペタ触っている。ネイには触り癖がある。
そんなネイのことは無視して依頼人の女性は前進し、箱を見つけたらしく、指を差した。
「あんまり蔵の中なんて入ったことないんだけども……あった、あった、あの箱だ」
棚の陰になっているものの、机の上にある程度目立つようにその箱はあった。
その箱の鍵穴は遠目から見ても分かるほどに腐食していて、多分鍵が無くても開くような感じだ。
「じゃあ触って最後の手紙を書いて下さい」
指を差したまま動かない依頼人の女性、わざわざ自分で箱のところへ行かないとダメなのか、面倒だなと思いつつ、蔵の奥へ歩みを進めたその時、
「待って! トッカータ君! 一旦蔵から出よう! 外にすごいデカい蝶々がいる!」
そのネイの台詞に依頼人の女性は、
「何だよデカい蝶々って、そんなことより箱を……おい! オマエ! ツクモ紙受取人! バカ姉弟! オマエもデカい蝶々を見に行くのか!」
僕はネイに、強く腕を引っ張られつつ、そのまま外に出て、蔵から離れた。
そしてネイからこっそり”耳打ち”された。
すると、依頼人の女性も外に出てきて、
「デカい蝶々くらい、後でいくらでも見られるだろ! んでこっそり話す必要もねぇ! 横取りしねぇから!」
と叫んだ。
それに対して僕は、
「後でね……あの箱に触ったら、きっと後なんてないでしょう、最後の手紙になってしまいますからね」
「……!」
僕は追及する。
「それとも触れた瞬間に爆発するんですか?」
それにネイも乗っかる。
「私天才だから分かるんだよ! あの蔵にあった段ボールの中! 全部カラだって!」
そうネイが言い切ると、依頼人の女性がイライラしながらこう言った。
「何で分かったんだよ!」
僕が説明をする。
「無視や虫、今回の場合は蝶々ですね、これは僕とネイの合図です。この言葉を言った時は”余計なことを言うな”の合図なんです。そしてネイには特殊な機能が備わっている。それは触れた物体の内部を知る機能です」
「クソ……」
「そもそも貴方は最初から怪しかった。わざわざ貴族社会の話を持ち出し、僕を探り、手紙の文字も分かっていた、箱の位置も分かりやすい。分からない鍵があればまず分からない箱とペアだと考えるはずです。それならば鍵と箱を持ってくるはずだ。しかし箱には触ろうとしもしない。つまりその箱は触れた瞬間に爆発でもするということですね」
「……」
「そもそもこの蔵も最近作ったものでしょう、全ては僕を始末するためのセット。フーガ卿の回し者だろう」
そう言うと依頼人の女性は一瞬俯き、すぐさま顔を上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
「ハッハッハッハ! じゃあ私が油断しているうちに拘束するべきだったなぁっ!」
「いや別に」
俊足、いや神速と言っていいだろう、確かに僕はネイがいないと何も出来ないかもしれない。
それぐらいネイの戦闘能力は圧倒的だ。
どうやら銃やらナイフを持っていたようだが、そんなものはお構いなしに、無かったことのように気絶させた。
「時折来るね、フーガ卿の回し者」
「ただまあどこにいてもやって来るからなぁ、僕は自分をしっかり持ってこの村で生きていくよ」
「じゃっ、後始末して帰ろうかっ」
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これは僕とネイの物語。
今後、どうなっていくかはまだ分からない。