第九話 貧乏領主フリードの散策
【領主着任:57日目。王都(啄木鳥の巣穴亭)】
商売と雑用に戻ったエルメンヒルト(ヒルト)たち。ついでに連絡先を交換したヘルミと別れて、とりあえずエリアスとふたりで、商店街をぶらぶらしながら領地へ持って帰る土産を物色することにした俺たち。
予算は俺が冒険者ギルドで請け負った仕事の代金を充てるつもりだったのだが、エリアスが是が非でも「半分持ちます!」と、譲らなかったのでお互いに代金を出し合うことになった。
お陰で予算的に金貨三枚程度は使えることになり、当初の予定よりもケチケチせずに(貴族の買い物としては十分にケチだが)商品を物色することができるようになった。
「あ、飴を売っていますよ、リーダー。領地の子供たちは甘味に飢えていましたから、大目に買ってもいいですか?」
雑貨商で瓶に入った色とりどりの飴を見つけて歓声をあげるエリアス。
「ああ、腐るものでもないしな」
せっかく王都にいるのだから、自分のモノを優先して買ってもいいいと思うんだが、ウチの領民のことを第一に考えてくれる彼女には本当に頭が上がらない。
せっかくパーティとしてAランクに上がったのだから、あんな何もない田舎に帰る必要はない。他のメンバーと王都で活動すれば、二、三年で召使い付きの屋敷が持てるだろうに。
(……いつまでも好意には甘えていられんな)
他のメンバーにもいつまでも無理をさせるわけにはいかない。
とはいえ先立つものがない。どうしたもんかと思いながら、俺たちは王都の下町を散策するのだった。
夕方――。
思いがけずに大荷物になったので、運び屋に宿まで荷物を運んでもらうことにして、俺とエリアスは、昔ながらの行きつけの食事処である『啄木鳥の巣穴亭』という、馴染の飯屋に足を運ぶことにした。
表通りをちょっと離れた場所にあるこの料理屋は、俺を最初に誘ってくれた冒険者パーティのリーダーである、元B級上位冒険者だった夫妻(旦那が剣士で奥さんが祈祷師)が切り盛りしている店で、その関係で俺を筆頭にウチの冒険者パーティも馴染にしてもらっていたのだが、ここのところのゴタゴタでかれこれ三ヶ月ほどご無沙汰をしている。
王都を立つ前に一度挨拶をしておこうと思っていたので、ちょうどよい機会と思ってエリアスとふたりで顔を出すことにした。
迷路のような裏通りを進んだ先にあるこじんまりとした店。
料理の味は抜群なのだが、目立たない路地裏にある店ということで、知る人ぞ知る店……だが、亜人でも魔族でも差別なく門戸を開けているため、いつ行っても誰でも気兼ねなく入れる気軽さがあった。
夕食にはちょっと早いかな、という時間帯であったが、昼食がヘルミのお陰で中途半端で、おまけに精神的に消化不良になったため、結構なすきっ腹を抱えて前後に開閉するスイングドア状の扉を開けて店に入ると、
「いらっし――まあ、フリードさん! お、お父さ~んっ、フリードさんが来たよ! エリアスさんも一緒っ」
木製のトレーを持って給仕をしていた二十代半ばほどの愛想のいい女性が、大きく目を見開いたかと思うと、大慌てで厨房へ向かって声をかけた。
「――なにっ、本当か!?」
厨房から胴間声が響いてきたかと思うと、モヒカン刈りをして片目に黒のアイパッチをした、厳つい顔立ちの、五十歳前後と思えるやたら体格のいいオヤジさんが顔を出し、俺の顔を確認すると、パッと顔を綻ばせ――まあ、子供だと泣き出しそうな顔だが――軽く左足を引き摺りながら駆け寄ってきた。
「久しぶりだな、フリード! 元気そうじゃねえか! 風の噂にお貴族様になったって聞いたから、うちみたいな店には、もう来ないかと思ってたぞ!!」
呵々大笑しながら、バンバンと俺の肩を叩くオヤジさん。
引退して七年も経つっていうのに、相変わらずの馬鹿力である。なに喰って――まあ、店の料理だろうが――こんなに元気なんだ?
「いてて、そんなわけないよ、オヤジさん。貴族なんていっても、領地は辺境も辺境、財布の中身は素寒貧なんだ。使用人も含めて連日オートミールを食うのが精いっぱいさ。おまけにろくな飯屋もないし、この店がうちの領内にあったら、連日行列になるだろうね」
お世辞ではなく、そう本心から口に出す。
「ガハハハハハッ! 嬉しいことを言ってくれるじゃねーか! 店も娘夫婦に譲ったようなもんだし、なら、俺ら夫婦は老後の楽しみで、お前んところの領地に店を開こうかね」
まんざらでもない口調でそう言ってくれるオヤジさんだが、当然、冗談に決まっている。
そもそも七年前の事故――ダンジョン内で魔物に取り囲まれて危機一髪だった、知人のパーティを助けるため――により負った怪我がもとで一線では戦えなくなり(パーティメンバーで金を出し合って、神官に高いお布施を払って、なお後遺症が残った)、やむなく引退をして実家であるこの店を、サブリーダーであった奥さんと継いだのが七年前だ。
日常生活には不自由はないそうだが、ろくな街道もないうちの領地まで足を運ぶのは、物理的に不可能だろう。
「その時には目抜き通りに場所を提供しますので、ぜひお願いします」
とりあえず笑ってそう答えると、
「よーしよし! 約束したぞ!」
バンバンとなおさらどつかれて、肩が痛くなってきた。
「もう、お父さん。いくらフリードさんが来てくれたのが嬉しくても、出入り口で騒いでちゃ他のお客さんの邪魔だよ」
娘のカリナさん(二児の母)に注意されて、頭を掻きながら、
「おお、すまんすまん。ふたりとも飯を食いに来たんだろう? 今日は俺の奢りだ。腕によりをかけて作るんで、好きなだけ飲み食いしていってくれ!」
厨房へと戻って行く。
「いや、そういうわけには……」
「いいってことよ! うちの元メンバーが出世して故郷に錦を飾るんだ。元リーダーとして、せめてもの心づくしってこった。――ああ、あとでうちの家内にも挨拶をさせるから、ゆっくりしていってくれな」
そういなせに言って厨房へと消えた。
いくらなんでもそこまで好意に甘えるわけには……と、困惑する俺とエリアスをよそに、カリナさんも屈託のない笑顔で席へと案内してくれる。
「ささ、遠慮なんてしないの。お父さん、本当にフリードさんのことを喜んでたんだから。『俺がいま生きているのもフリードのお陰だ。アイツがダンジョン内で意識を失った俺を担いで、神殿まで運んでくれたんだからな』って、いつも言ってたくらいで。だから、さっきのも、割と本気だと思うよ」
椅子に腰かけながら、俺は首を横に振った。
「そんなことは当たり前のことさ。それに、それ以上に俺の方がオヤジさんの世話になっていたんだし」
「まあ、そこら辺のことはお互いさまにしても、あたしはお父さんを生きて連れ帰ってくれたフリードさんさんに、心から感謝しているよ」
そう言いながらサービスだろう果実水を、俺とエリアスのテーブルの前に置くカリナさん。
べた褒めされて面映ゆくなった俺は、さっそく果実水に口を付けた。
「本当にね~。お父さんもお母さんも残念がってたよ。『エリアスと付き合ってなきゃ、ウチの娘と結婚させたかったんだけどな』って」
「「ぶっ――!?!」」
思わず飲んでいた果実水を噴き出しかける、俺とエリアス。
「実をいうと、当時、憧れてたんだあたしもフリードさんに。あ、大丈夫だよ。いまは旦那一筋だから、安心してね、エリアスさん」
「い、いえ、その、べ、別に私とリーダーとは……とは、その……」
アタフタと狼狽するエリアスを横目に、この話に下手に触れると火傷するな、と思った俺は、とりあえず壁に貼ってあるメニューを端から読み進めることにした。
「そうなの? フリードさんもいい年なんだし、いい機会だから、ふたりとも一緒になればいいのに」
「そ、そんな――な、なにより、種族が違いますし……」
「いや、それ言ったら、純粋な普人族と妖精族の間に生まれたエリアスさんの存在を否定するようなもんだけど?」
「い、いえ、その、うちはただの平民の吟遊詩人だった父と、冒険者だった妖精族の母でしたから問題ないんですよ。だけど、貴族であるリーダーと亜人である半妖精族では、対外的にも……」
「あれ? 貴族とか妖精族や半妖精族を娶る例って多いって聞くけど?」
「それは妻ではない、非公式な関係ですね」
「ああ、お妾さんってことか。それは嫌だね~。ちゃんと正式な奥さんにしてもらわなきゃ」
「そ、そうですね。それに、貴族の結婚は国や神官の許可を得ないとならないので、いずれにしても無理です」
悄然と肩を落とすエリアスに対して、
「う~~ん、どっかに気にしないで取り持ってくれる神官とかいないかなぁ……」
そうポツリ呟いたカリナさんの何げない一言を受けて、
「「う……っ」」
俺の脳裏に「ひ、ひ、ひ、ひ、ひ……」と、薄ら笑いを浮かべる不健康そうな女司祭の姿がよぎった。
多分、エリアスも同じことを考えたのだろう。
ヘルミなら、種族とか関係なしに取り持ってくれるだろう。まず間違いなく。
奇しくも知り合えたことが幸運なのか不運なのか……。
思わずため息をついたところで、エリアスから微妙に何かを期待する視線を、ちらりと向けられたが、いや、マジでいま色恋沙汰で頭を悩ませてる余裕ないから。そういう問題を提起しないでくれ!
そんな俺の願いが通じたのか、
「よ~し、まずは前菜だ!」
オヤジさんが両手いっぱいの料理を持って厨房から出てきた。
それに合わせるかのように、入り口の扉を開けて、俺とも顔なじみの亜人や魔族の冒険者が、ドヤドヤと足音も荒く入ってくるなり、俺に気付いて目を丸くした。
「フリード! なんでこんなところにいるんだよ!?」
「こんなところで悪かったなっ! べらぼうめ!」
オヤジさんの怒号に首をすくめ、
「い、いや、フリードは貴族になったって聞いたから、てっきり俺らなんぞと同じ店にはもう来ないもんだと……」
小声で弁明する額に小さな角の生えた鬼人。
「んなわきゃねーだろう! 貴族になったって、フリードはフリードだ。変わらねえぜ!」
オヤジさんの怒鳴り声に合わせて、俺も立ち上がって、
「その通りだ。カルロ、ジャン、リーノ、ラウル、リコ、久しぶりだなぁ!」
ひとりひとりと握手をして旧交を温め合うのだった。
困惑した様子だった彼らも、どうやら俺が貴族になっても変わらないことを理解してくれたらしい。
満面の笑みを浮かべて、お互いに手を取って近況を語り合い、そしてなし崩しに夜通し宴会へと突入したのだった。
次回、やっと領地へ戻ります。
11/15 すみません、もう一話王都話追加します(;^_^A