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第八話 貧乏領主フリードの勧誘

【領主着任:57日目。王都】

 世界の破滅を願う《破壊神信者》。いにしえの大魔王復活を目論む《魔王教団》。そして、既存の神々すべてを否定する《ヴェリタス教》。

 世界三大ヤバい宗教のひとつと謳われる宗教組織の女司祭を名乗ったヘルミ・パーヴォライネン(ヘルミ・パ、パ、パ、パーヴォライネンではないだろう、まさか)は、心なしかフードの奥でドヤ顔を浮かべてふんぞり返っているようだった。


 とはいえ(すが)れるものなら藁でも泥船でも縋りたいところだが。

「……ヴェリタス教とはまずいですよ、リーダー」

「確かにぃ、貧乏神ではないですが、疫病神を招き入れるようなものですねぇ」

 そんな俺の心情を忖度(そんたく)したのか、小声で警告を促すエリアスと、困ったように小首を傾げるヒルト。


「いや、でも、領内の政治、宗教の自由裁量権は俺にあるわけだし、そもそも国教の聖太陽神殿には真っ先に声をかけて鼻もひっかけられなかった以上、後からあーだこーだ言われるいわれはないだろう?」


 まあそんなもんは建前で、宗教と権力者は横紙破り、法を無視しての感情論による無理難題もデフォルトのようなもんであるから、絶対に後から文句を言われるだろう。

 だがしかし、明日にも飢え死にするかも知れないその時に、奇跡のように獲れた獲物を前にして、「この動物はどこぞの宗教では食うことはタブーだから食って駄目」と言われて食わない奴はいないだろう。

 知ったこっちゃないし、肉は肉である。


 そんな俺の説得に、

「「いやいやいやいや、そんなへ理屈が通じませんよ(ぉ)」」

 と、消極的なエリアスとヒルトの女性陣。

「魔族扱いされている私が言うのもなんですけど、これって悪魔が羊皮紙を携えて契約を迫っている案件ですよぉ!」

 さらにヒルトが追加のダメ出しをする。

 当然、こちらの会話は聞こえているのだろうが、ヘルミは気にした風もなく、ヘラヘラ笑いながらフラフラ揺れて突っ立っていた。


「いや、俺には一理あるように思えるが」

 一方で納得した様子なのは半人半馬族(ケンタウルス)のケイローンである。

 俺の視線を受けて、

「そもそも普人(ヒト)族の『神』という概念が、我ら半人半馬族(ケンタウルス)には理解できん。大地や水に感謝し、祖霊や精霊を敬うというならわかるが、普人(ヒト)族の説く『神』とやらは、いずれも普人(ヒト)族に似た姿をして、神界とやらに住まうとか。見たわけでも会ったわけでもないのだろう? ただの妄言にしか思えんが」

 かなりぶっちゃけた――各神殿の神官が聞いたら、目を三角にして口角泡を飛ばして「この不心得者が!」「所詮は異形の種は、神のご威光を理解できん化外(けがい)の民か」と、激高するような――ことを口にするケイローン。


 と――。

「ふ……ふひ……ふひ……ひっひっふー……」

 含み笑いをしたヘルミが、元いたテーブルに戻って食べかけの昼食と椅子を持ってきて、許可も得ずに勝手に俺の隣へ座った。

 ムッとするエリアスを差し置いて、くず肉の入ったマッシュポテトを頬張りながら、木製のスプーンを教鞭のように振る。

「いい……いい線……突いているいる……ね。じっ、じっ、じっ、実際、私たちの……教義の基本は『神など存在しない』だ、だ、だから、ね」

 ふむ、そういえばヴェリタス教については、邪教の一つで、(かかわ)るなと言われているだけで、その教義の内容とか聞いたこともなかったな。


 無言で続きを促す俺を横目で見て、口元をマッシュポテトで汚した顔のまま、ニタリと笑うヘルミ。


「そ、そもそも、神官と魔術師……祈祷師でもいいけど、違いってな……んだと思、思、思う?」

「それは、信仰によって神の力を借りるのと、魔霊や精霊の力を利用する……と、ギルドの教本には書いてあったが」

 俺の答えに「お、お、大雑把な、解釈だね」と、正解とも不正解ともいえぬ口調でコメントして、ビールをぐいっと飲むヘルミ。

 一息ついて、

「ぶ、ぶ、ぶっちゃけると、神官ってのは、治癒術が使えるか、使えないかの違いだよ」

 そう端的に答えた。


 まあ、確かにそれが最大の違いで、神殿が他を圧倒するアドバンテージを持っている理由でもあるわな。

 高位神官になると、千切れた手足をつなぐことも、死病を快癒させることも可能なのだから。

 どんな権力者でも金持ちでも、病気や怪我は等しく降りかかり死の恐怖は常にあるものだが、それが金を出せば遠ざけられるとなれば、青天井で神官の懐と権力は増大するというものだ。


「で、で、で、もって、し、し、し、神官はそれを、神の奇跡……とかいうけど。それって変じゃないかと思ったのが、ヴェリタス教の初代開祖マギ・マギナ師。だ、だってさ、そ、それが本当なら、け、け、敬虔な神の信徒は、み、み、皆、治癒術が使えないと‥…というか、そういうのぶっ飛ばして、か、か、神が直接、加護を与えればいいんじゃん」

「「「ふ~~む」」」

 意外とマトモというか、理性的な話である。見た目と邪教の司祭という肩書きから、相当に歪んだ思想に毒されているのかと思いきや、普段、誰もが変だと思いながら、あえて踏み込まない領域の話を堂々と開陳している。

 半ば俺たちは彼女の弁舌に呑まれてしまったのかも知れない。

「つ、つ、つーかさ、治癒術をつ、つ、使える奴って、べ、別に徳が高いとか、長い研鑽を積んだ……とかではなくて、わ、わ、割と無作為に、ポンとある日使えるようになる、なるんだよ。神、関係なくない?」

「あ~~……」

 俺は王都の神殿にいる三段腹の因業そうな神官たちを思って深く納得した。


 連中の教義によれば、太陽神は正義と秩序の守り神であるはずなので、だったら真っ先に連中の脳天に神罰が落ちるだろう。


「で、で、マギ・マギナ師は考えた。そもそも精霊使いとか、魔族ってのは、そこの半人半馬族(ケンタウルス)君が言ったように、祖霊や精霊を使役したり、人狼(ライカンスロープ)あたりが顕著だけど、魔霊を呼び込むことで肉体自体を変えたもする……ま、相性もあるけど、ど、ま、魔族ってのは、そういう連中の子孫だと考えられる」

 ピクリとヒルトが耳を神経質に動かし、ケイローンがチラリと気づかわし気に彼女を見た。


「そ、そ、そして、そっちの半妖精族(ハーフエルフ)のお姉さん。なら、なら知ってると思うけど、せ、精霊を使うのに違う属性の精霊って、つ、使えないよね」

 ヘルミに水を向けられたエリアスは考えるまでもなく頷く。

「精霊同士はよほど親和性が高くないと、お互いを拒絶しますから」

「つ、ついでに言うと、神官は魔術……せ、精霊と交感がで、できない。ゆ、ゆ、ゆえにマギ・マギナ師が打ち立てた仮説は、ひ、ひ、普人(ヒト)族にも、他種族のいう祖霊……め、明確には、普人(ヒト)族という種族に特有の元素霊(アーキソウル)が、あ、あるのではないか……?」

「「「元素霊(アーキソウル)?」」」

「そ、そ、その種族を決定づける魂の形みたいなもの。た、例えば、エ、エ、妖精族(エルフ)なら、その、の、の有様は植物に近い。ゆえに長命で、へ、変化を好まない」

「……確かに原初の妖精族(エルフ)は世界樹から生まれたとされていますが」

 思い当たる節があるのか、エリアスのヘルミに対する視線が、詐欺師を見るものから露店で叩き売りをしている香具師(やし)を見極めるような目に変わった。


「そ、そ、そして、普人(ヒト)族は元素霊(アーキソウル)は、きょ、きょ、強烈な生命力。ば、爆発するような、持続性には乏しいけれど、他を圧倒する生命力を持つと考えられる。ゆ、ゆえに神官というのは、その元素霊(アーキソウル)と無意識のうちに交感をして、他者の傷を癒したり、生命力を苦手とする死霊などを消滅させることができる。反面、ほ、他の精霊は近づかない」

「いや待て、神官が治癒術を使う時に口にする神への祈りとか神託とかはどうなるんだ?」

 俺の疑問にヘルミは軽く肩をすくめる。

「た、ただの自己催眠、もしくは権威付け。その証拠に、わ、私、別に祈らなくても治癒術を使える。そ、そ、もそも、太陽神を崇める神官が、日の届かないダンジョンで治癒術が使えることじたい矛盾。あと、神託というのも、し、調べた限り、百のうち当たったのは一個か二個、それも微妙なこじつけ、さ、詐欺師の常套しゅ、手段。ま、まあ、ヴェリタス教(うちら)の考えも、あ、あくまで仮説に過ぎないけど、ひひ、日々、検証は怠らない。そ、それが、他の宗教との違い。『神を疑うなかれ』ではなくて『事実を積み上げて真実(ヴェリタス)に至れ』がモットー……」


「「「「う~~む」」」」

 さっきとは別な意味でぐうの音も出なくなった俺たちは、同時に唸った。


「……つまり、そういうことを声を大にして言っていたので、他の宗教から邪教認定されたのか」

「そ、そ、そ、そ、そ、そ」

 俺の問いかけに壊れた人形みたいに何度も頷くヘルミ。


 それから俺は難しい顔で黙りこくったエリアス、ヒルト、ケイローンの顔を順に眺めた。

「俺としては前向きに検討してみてもいいんじゃないかと思う。けど、反対意見や、特に借金取り(スポンサー)様のご意向には逆らうつもりはない」

 そう先に自分のスタンスを明確にしてから、各自の意見を募る。

「私は……正直、迷う部分もありますが、リーダーの決定に従います」

 エリアスが真っ先にそう口火を切ったのをきっかけに、

普人(ヒト)族の宗教などどれもくだらんし、意味はない……が、俺はお嬢の決定を遵守するだけだ」

 ケイローンが、事実どうでも口調でそう口に出して、最後に残ったヒルトの反応を窺う。


「正直、反対ですぅ……けれど、私たちが拘るリスクを考えれば、ヴェリタス教が上乗せされても、たいして変わらないというかぁ……だったら、この際、沈む時も死なば諸共でいいと思いますぅ」

「「なにげに酷くね……?」」

 思わず俺とヘルミの声が重なった。


「とぅはいぇ、さすがに最初からヴェリタス教の司祭でした、と名乗られると対外的に問題なのでぇ、『旅の神官を雇ったら、あらびっくり実はヴェリタス教の司祭でした』という形でぇ、お願いします」

「あー……はいはい……普段から、だ、大体そんな感じなので、だ、だ、だ、大丈夫……」

 ヒルトの提案にヘルミが胸を叩いた。

「とりあえず、債務の移管手続きをこの後行って、準備ができ次第、行商がてらイラディエル辺境伯領へ行ってみたいと思いますのでぇ、よろしければ、皆さんで待ち合わせをしていきましょう」


 いや、たぶん現地人である俺が一緒に行かないと、一度通っただけの半妖精族(ハーフエルフ)のエリアスでも、迷う恐れがあるぞ。

 そう口に出して言った俺の言葉に、エリアスが沈痛な表情で頷いたのを見て、

「……どんな人跡未踏の秘境なんですか、イラディエル辺境伯領って!?」

 かなり本気でドン引きしているヒルトがいた。


 ともあれ、数日中に俺たちは行商人と怪しげな女司祭を引き連れて、懐かしの故郷へ帰ることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ日本でも日蓮が既存の他宗派を激しくディスって迫害されましたけど、仏教の一宗派として幾つも分派を出しながら存続してますからね。 ヴェリタス教も案外成長するかも(笑)。
[一言] 面白くなってきた ヴェリタス教が「宗教」の本質をついてて笑える。
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