第六話 貧乏領主フリードの借財
【領主着任:57日目。王都(マルガリータ商会)】
聞けばマルガリータ商会は、エルメンヒルト――当人曰く「ヒルトと呼んでください」とのこと――の祖父が行商人から始めた、都市間・多国間を結ぶ移動商人を取りまとめる、いわば総合商社のようなものであり、
「本店はあってなきようなものですねぇ。移動用の幌馬車と天幕が本店というか、まあそれだと商業ギルドに登録できないので、形だけ王都のココを拠点として登録していますけどぉ」
とのことであった。
宝石としてはエメラルドに並ぶ貴石として名高い真珠を取り扱うということで、個人的にも各国の王侯貴族に『マルガリータ商会』の名は知られているらしい。
俺のことも、事前に「もしかすると頼みごとをするかも知れん」と、代理人を通じて国王陛下から話があったとのこと。
「嫌な貴族だったら無視するつもりだったんですけどぉ、辺境伯様は見ず知らずの魔族の小娘にも、礼を尽くされる、とってもいい人だと思いましたぁ」
ということで、割と好感触を抱いて話をする気になったらしい。
とはいえ、さすがに道端で国王陛下の紹介状を出すわけにもいかず、
「倉庫は荷物でいっぱいで、とても人を――それもお貴族様をお招きするわけにはいきませんよぉ」
ということで、少し離れてはいるが、歩いていける場所にある労働者向けの小料理店に向かうことにした。
「――お嬢っ、こちらは……?」
と、蹄の音がしたと思ったら、まだ若い半人半馬族の若者がヒルトのところへやってきて、胡散臭い顔で俺とエリアス(の耳と冒険者証)を見比べて、値踏みするような視線を巡らせる。
身分証明書代わりに首からぶら下げられた冒険者証を見ると青銅色――Cランクということか。この若さで、なかなか優秀だな。
「これこれ、いかんよぉ、ケイ君。こちらは大事な商談相手で、しかもこの国の辺境伯閣下なんだから」
そう緩んだ口調で窘めるヒルトの言葉に、
「……ほう」
なおさら警戒と猜疑心に満ちた視線を強める半人半馬族の若者。
「あー、こっちは輸送部隊のリーダーをしている半人半馬族のケイローン君です。で、こちらがイラディエル辺境伯にして、凄腕の冒険者パーティ『銀翼の不死鳥』のリーダーでもある。ええと……」
「ジークフリート・ハルトヴィン・イラディエル……ま、一度は捨てた名前だし、俺自身もいまだにピンとこないんで、気楽に〝フリード”と呼んでくれ。こっちは『銀翼の不死鳥』のサブリーダーのエリアス。見ての通り半妖精族だ」
よろしく。と差し出した俺の右手を、罠を見る目で凝視しながらぶっきら棒に、
「ケイローン。マルガリータ商会の輸送部隊の隊長兼お嬢の護衛隊長をしている」
そのまま済ませようとしたが、「ほら、握手握手っ」と、エリアスに執拗に促されて、しぶしぶ右手を差し出してきた。
「よろしく。ふむ――」
「――ほう……」
当てつけか普通の人間なら手が潰れるほどの強さで思いっきり握ってきたので、俺も対抗して握り返す。
大したもんだ。片手でカボチャを握りつぶせる俺の握力にも平然と対抗できるんだから。
「強弓使い……それも相当にやるな。剣……いや、近接では曲刀をもそれなりといったところか?」
「そちらは剣を主に、槍でも弓でも使えるように鍛えた腕だな。面白い。後ろで指示するだけの、なまっちょろい貴族とは違うようだ」
俺の問いかけに、ニヤリと好戦的な笑みで応えるケイローン。
そんな俺たちの挨拶を、「やれやれ、男の子ですね~」と、エリアスが呆れたように眺め、ヒルトはわかっているんだかいないんだか、ニコニコしながら見守っていた。
とりあえず挨拶を済ませた俺たちは、ケイローンの背中を借りたヒルトの案内で、目的に小料理店へと向かうことにした。
◇
さて、小料理店についた俺たちは、テーブルに並んだタルトにミートパイ、そしてパンとポタージュ(野菜と豆と少量の肉を煮込んだ料理)、水代わりのエールとセルヴォワーズを注文して、
「どうぞ、食べながら用件を済ませましょう」
というヒルトの言葉に甘えて、喉の渇きと空腹を満たしながら(冒険者は食える時に食う習慣がある)、傍らでちびちびとタルトを食べながら、国王陛下の紹介状に開いて目を通す彼女を眺めていた。
が、最後まで読み終えたところで――。
「なんとまぁ……」
しばし上の空で手紙の内容に首ったけになっていたヒルトが、呆れたように手紙をしまって、一気にエールを飲み干してから、半ば自棄のようにもりもりと食事に没頭し始めた。
「――お嬢、国王からの手紙にはなんと?」
焦れた様子でケイローンが(座る椅子がないので立ち食いである)尋ねる。
俺もエリアスも気になっていたところなので、昼食を中断して耳を傾けた。
思いっきりパンをポタージュに浸して、狐というよりも栗鼠のように頬を膨らませ、ケイローンが差し出したセルヴォワーズで一気に嚥下したヒルト。
軽くため息をつきながら、俺の顔をちらりと見上げて答える。
「……十万と百六十金貨」
「?」
俺に向けて言われたものだよな? なんだその城でも建てるような金額は???
「それが現在、イラディエル辺境伯家が他の貴族や商人、王家に払うべき借財のすべてで、国王陛下はそれをすべて、マルガリータ商会で一本化して欲しいという要請……というか、すでに根回し済で、こちらのサインひとつで、即座に可能になるようになってますねぇ」
その言葉の内容と金額に、思わず俺とエリアスとケイローンは、一斉に食事なり麦芽飲料なりでむせ返った。
「なんだ、それは!? そんな馬鹿な話と金額、下手をすれば商会が潰れますよ!」
当然のように顔色を変えるケイローン。
いや、まったくだ。俺も同じ立場なら、まったく同じことを口にするだろう。
「……見返りとして、イラディエル辺境伯が認めれば領内におけるマルガリータ商会による独自の商業ギルドの新設を認めるとありますねぇ」
「むぅ……」
国王陛下がぶら下げたであろう飴玉に、ヒルトが苦笑いをして、ケイローンが険しい顔で押し黙った。
状況がいまいち掴めていない俺とエリアスに向かって、ヒルトが軽く肩をすくめて簡単に説明してくれた。
「私たちマルガリータ商会は、もともと祖父が内地では珍しい真珠を金持ちや貴族相手に売り捌いたことから利益を得たものですけど、亜人ということで――従業員にも亜人や魔族が多いですしね――それなりの売り上げがあるのですが、商業ギルドでは末端に甘んじているんですよぉ。他にもいろいろと問題があって、正直、自前の商業ギルドを持てるというのは悲願だったのですがぁ」
そこで考え込むヒルト。
こちらとしては借金が一本化するというなら、これから頭を下げに回る予定だった貴族や金貸しのところを巡る労苦が減るので、万々歳なのだが、さすがに金額が金額だけに(こちらの試算よりも一・四倍くらい多かった)即答はできないようである。
「……とはいえ、王様からの依頼書ですからねぇ。実質的に命令ですよねぇ」
「それならば逃げればいいのでは、お嬢? 別にこの国だけで商売をしているわけではないですし」
ケイローンの示唆に、これまた「う~~ん……」と煩悶していたヒルトだが、
「そうはいかないでしょうね~。王侯貴族の血縁関係の入り乱れ具合は、うちの交易網以上に入り組んでますからぁ。下手をしたら神殿を巻き込んで、二百年前の『魔族狩り』の再来になる可能性すらあります。実際、教皇庁は最近、また過激思想派が中枢を席巻したおかげで、ケイ君たちの故郷も……」
なにやら言いかけてから一転――。
「わかりました。イラディエル辺境伯家の借財、マルガリータ商会がすべて一本化して肩代わりいたしますぅ。その代わりきちんと借金の返済はすること。そして一度現地を確認させてください。そして、可能であれば移民――半人半馬族や、故郷を亡くした亜人や魔族を受け入れていただきたいのですぅ!」
「お嬢、それは――!」
口調こそ間延びしているものの、真剣な表情で懇願するヒルトと、それを遮ろうとして言葉を濁すケイローン。
おそらくは先に話題に出た聖太陽神殿が支配する国――教皇庁の行いに関係するものだろうが、迂闊に口外できないといったところか。
そもそも亜人や魔族を住人として受け入れるということは、ある意味聖太陽神殿に対する造反である。実行をすれば、下手をすれば破門宣告を受ける――すなわち死後の地獄行きが、太陽神の名において確定するという意味であり――普通なら王侯貴族でも絶対に避ける話である。
が――。
「あ、いいですよ。というか住人が増えるのは、こちらとしても諸手を上げて歓迎するところです」
「軽っ! 私が言うのもなんですけど、もうちょっと考えて答えたほうがいいのではぁ?」
即答した俺に、ヒルトが拍子抜けした口調で念を押した。
いや、別に。生きていても借金地獄だし、災難は次から次へと襲い掛かるし、神殿は何もしてくれないしね。だったら見知らぬ神よりも、見知った魔族のほうが百倍もマシってなものだ。
そう答えた俺の返事に、ヒルトとケイローンが呆然とし、エリアスが嬉しいような困ったような顔で苦笑いをして、俺としてはちょっとだけ溜飲が下がった。