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第五話 貧乏領主フリードの密談

【領主着任:57日目。王都(冒険者ギルド→マルガリータ商会)】

 さて、貴族の屋敷で主人に次ぐ権威を持っているのは誰かと尋ねられたら、平民であれば「長男」あるいは、ちょっとものを知っている相手なら「執事(バトラー)」、「家令(スチュワード)」などと答えるかも知れない。

 だが違う。実際のところ「執事(バトラー)」よりも「家令(スチュワード)」さらに上位に「顧問弁護士」という存在が君臨しているのだ。


 あらゆる分野において絶対的な発言権と、主人の総代理人としての地位を持つ彼らこそ、屋敷のナンバー2と言えるだろう。


 うちにも前は代々にわたって王都で職務を代行してくれた弁護士がいたらしいが、親父たちが客死した後、早々に辞意を表明していまでは個人事務所を開いているらしい。

 気を見るに敏。ある意味、実に優秀な人材であったと言えるだろう。


 ともかくも、ギルド長と顧問弁護士。いきなり冒険者ギルドのトップ2と顔合わせをすることになった俺は、冒険者の支度で来たことを少々恥じながら、ギルド長室へと足を踏み入れた。


「まず最初に言っておくが、(わらわ)は純粋なドラゴンであるメリュジーヌではない。初代の血を引く四代目の人とドラゴンとの混血である」


 促されて、大きな樫でできた膝上テーブルを挟んでシュゼットと名乗ったギルド長と向かい合って座る俺。

 秘書官であるアルセリアが、やたら芳醇な香りを放つ紅茶を淹れてくれて――値段を聞くのが怖い代物である――俺とシュゼットの前に置いた後は、いかにも秘書然とした態度でシュゼットの背後に立った。

 座るように言われたエリアスだが、こちらは遠慮をしてか、俺の背後に立つ形で耳を傾ける形を選んだ。


「四代目……? ちなみに初代が人と婚姻を結んだのはいつ頃ですか?」

 天鵞絨(ビロード)のような口当たりの紅茶を口に運びながら、ふと気になって俺が尋ねると、

「うむ、伝承ではざっと二千四百年前と言われておるな」

 同じく紅茶を口に運びながら、シュゼットは何ということもない口調で答えた。


 二千四百年……それでまだ四代目ってことは、少なく見積もっても数百年から千年単位で生きてるってことだな、この一族は。

「……なるほど」

 見た目に騙されるわけにはいかない。妖精族(エルフ)を相手にするのと同じで、いくら若く見えても中身は老獪な古狸と心得ないと、いいように手玉に取られるだろう。


「そのメリュジーヌの血と名前を受け継ぐシュゼット嬢……殿が、王都の冒険者ギルド長をしているというのも、もちろん王家の意向があるのでしょうね?」


 なにしろ『水と鋼と豊穣を司る』ご利益があるのだ。人間至上主義の聖太陽神教会が幅を利かせるこの国で(というか普人(ヒト)族が支配する大多数の地で言えることだが)、上手いこと摂り込んで『権威』やら『責任』やらの目に見えない鎖をつなぐのに、冒険者ギルド長という肩書きと立場は最善というものだ。


「シュゼット嬢で構わんぞ。見た目はイラディエル辺境伯閣下の娘のようなものであるしのォ」

 ニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべて、言葉を選んだ俺の揚げ足を取るシュゼット。

「お戯れを。昨日今日、領主になった付け焼刃の辺境伯などよりも、長年(・・)、冒険者ギルドを切り盛りしてきたシュゼット殿のその手腕、誠にもって見習いたいものです」

 とりあえず、アンタの方が遥かに年上だろうと言下にやり返した。


「ふふふん。なかなか言うな。さすがはAランク冒険者といったところだな」

「Aランク? 私はBランク冒険者のままで、その後、特に実績も上げていませんが?」

 首を傾げる俺の困惑を見て、してやったりの表情を浮かべるシュゼット。

 ちらりと背後のアルセリアへ目くばせすると、

「失礼ながら」合図を受けて口を開くアルセリア。「新たなダンジョンの発見の報告。この功績をもって、冒険者フリード殿、及び貴下のパーティ『銀翼の(Silver Sky)不死鳥( Phoenix)』を本日付でAランク冒険者へ認める裁定が下されました」

 淡々としたその事務連絡に、背後でエリアスが息を呑んだ。


 俺はといえば、この手の肩書のバーゲンセールは慣れた……というか、感覚が麻痺したので軽く肩をすくめて、

「ご祝儀ですか? それとも何らかの見返りを期待されているのでしたら残念ですが、うちの貧乏領では何も返せるものはありませんよ。逆にこちらの方がお願いしたくて来たわけですから」

 そう明け透けに腹の内を明かした。


「知っておるよ。領地にダンジョンが発生したので、冒険者ギルド支部を誘致したい……ということであろう?」

 シュゼットがあっさりとこちらの目論見を口に出したかと思うと、

「だが無理じゃな」

 これまたあっさりと撥ねつけた。


「な――」

「なぜかといわれれば、メリットがない。もうちょっと王都に近ければ、多少の融通は利かせられるが、あまりにも僻地過ぎる。採算が取れん。せめてダンジョンの詳細と目玉になる魔物でもいれば別だが、聞いた限りではどこにでもあるオーソドックスなタイプのダンジョンのようであるしのォ」

 俺の疑問を制して、どこか面白がるように理由を口にするシュゼット。

「だいたい冒険者が行かんじゃろう? それでも冒険者ギルド支部を誘致したいというなら、最低でも近隣の領都と行き来できる街道の整備、そして()れモノ――土地と建物を、そちらで用意してもらいたい。これが絶対条件じゃな」

 半ば予想した返答に、俺は肩越しに振り返って背後のエリアスと目を合わせて嘆息した。


 そんな金があればわざわざ直談判になんぞ来ない。


「それに、イラディエル辺境伯領にはアレが居るからなァ……個人的に気が進まん」

 ついでのように付け加えられた一言に、外向けではないシュゼットの、うんざりとした本音が透けて見えた。

「アレ……というのは?」

 気になって問い返したが、返ってきたのは無言とアルカイックスマイルだけである。

「……しかし、イラディエル辺境伯閣下は妾を見ても動じないのォ」

 そしてふと、話題を変えたシュゼットの言葉に俺は首を傾げた。

「?」

 途端に機嫌良さそうにコロコロと笑い出すシュゼット。

「いや、普通なら隠していても好奇心や嫌悪感、警戒感を持って妾の角や尻尾を盗み見するものじゃが、閣下は首尾一貫して態度が変わらん。普人族を相手にしているのと同じじゃ」

「いや、冒険者仲間には角が生えているヤツも、尻尾が生えているヤツもいましたから」

 もっともそういう連中は昼日向の時間帯には町を歩かないで、ギルドに顔を出すのも明け方とか夕方の人気のない時間なので、今日は会うことはできなかったが。

「それでもじゃ。冒険者であっても亜人に隔意なく接することができる者は滅多におらんぞ」

 そういうものかな?

「言葉が通じて、理性があり、敵意がないのであればそれは人間を相手しているのと同じことだと思いますが?」

 むしろ言葉が通じているのに、会話が成立しない人間相手の方が面倒だぞ。


 そう口にすると、我慢できないとばかり噴き出すシュゼット。

 ひとしきり体を折り曲げて笑った後、

「これは思った以上の大器であるな。貴族なんぞにしておくのは惜しい……いや、途轍もない僥倖なのか? ともあれ妾は立場上、貴殿を優遇するわけにはいかん――が、ひとつふたつ助言をしておこう。もしもどうしようもなく困ったことがあれば、なるべく珍しい宝石をもって、貴殿の領内にある湖に投げ込むといい。それと領民以外の領民(・・・・・・・)と共存できるかが鍵となるぞ」

 そう笑いながらも、どこか真剣なまなざしで、謎かけ(リドル)のような助言を付け加えたのだった。


 ◇ ◆ ◇


「だいたい予想通りだったな」

 新しくなった金色の冒険者ギルド証を懐にしまいながら俺が隣のエリアスに同意を求めると、彼女もB級(プラス)と、Aランクの一つ下のランクに上がった銀色のギルド証に紐を通し直して、首から下げながら(亜人であるエリアスの場合、街中を歩く場合に身分証としてすぐに提示できるようにする必要がある)頷いた。

「そうですね。さすがに無条件で冒険者ギルドを誘致するのは無理でしたね」


 あの後、埒もない雑談をしてギルド長室を後にした俺たちは、アルセリアの案内で騒ぎにならないように裏口から冒険者ギルド本部を出たのだが、収穫といえばこの昇進と『街道の整備と箱物の準備』さえあれば、冒険者ギルド支部を誘致できる……という口約束だけだった。

 まあそれでも、まるっきり手ぶらで帰るよりかはマシであり、予想していた対応としては上から三番目くらいに好感触ではあったのだが、やはり全面的な支援を受けられないというのは厳しい状況である。


 個人的に冒険者を雇用する話もあったのだが、やはり遠隔地ということもあり、こちらが予想していた倍以上の報酬を提示されてしまった。

「もっとランクが低い冒険者ならそれなりの金額でも受諾は可能ですが……」

 交渉の途中でアルセリアがそう口にして言葉を濁した。

「……F級冒険者ですか」

「ええ。お薦めはしませんが……」


 彼女が言いたいことは即座に理解できた。通常、冒険者はE級から冒険者として登録されるが、それ以外、農村部の口減らしや貧困のために十代前半の少年少女が着の身着のままで町へ出てきて、とりあえず糊口をしのぐ為に冒険者になろうとする。

 だが、ろくな武器も持たない、やせ細った子供にできる仕事などたかが知れている。冒険者ギルドに登録するにも金がかかるし、都市で暮らせば市民税もかかる。

 そんな金があるわけもないので、自然と貧民街(スラム)に暮らすようになり、貧民街(スラム)にある非合法冒険者ギルドで仕事を得て、その日暮らしをする。それがF級冒険者なのだ。

 冒険者ギルドの中にいた、十代半ば頃の新人(ルーキー)はまだしも恵まれ――環境なり、腕力なり、コネなりがあった――スタートダッシュに成功した、幸運な一握りと言えるだろう(昔の俺のように)。


 無論、F級冒険者の中にも大成して本格的な冒険者になれる者や、魔術などの素質があって引き抜かれる者もいるが(うちではイネスがその最たる例に当たる)、ほとんどの子供は最初の洗礼として、討伐依頼を受けて命を落とすのが通例だ。

 そして、それに目を付けて悪辣なパーティは、

「お前のことを見込んで俺たちのパーティに入れてやる。しっかり働けよ」

 言葉巧みに騙して、少年少女たちを先頭に立てて、ダンジョンの罠や魔物の矢面に立たせて使い捨ての道具にするのだ。


 つまり、金がないならF級冒険者を大量に使い潰して、領内のどこが危険かしらみつぶしに当たらせればいいのではないか、というアルセリアの提案であった。


「検討する余地もない話ですね。領民の代わりに子供を犠牲にするなど本末転倒です」

 間髪入れずに話を一蹴した俺の返答に、アルセリアとエリアスがホッと安堵の吐息を漏らすのを眺めながら、

(ふむ、F級冒険者か……)

 俺は別な可能性を思って考えを巡らせていた。

 そんな俺の胸中を見越したかのように、シュゼットがニヤニヤと笑っていたのが、微妙に癪に障る……というかいいように転がされているようで、どうにも居心地が悪かった。


 ともあれ冒険者ギルドを出た俺たちは、次の目的地である『マルガリータ商会』を目指して、冒険者ギルドで書いてもらった地図を元に、乗合馬車を乗り継いで王都の外れ近くまで足を向けた。


「本当にここなんですか?」

 周囲に立ち並ぶ倉庫群を見回して小首を傾げるエリアス。

 このあたりは王都の内外から荷物を搬入搬出する拠点基地(ターミナル)のようで、人の往来と活気はあるものの、店舗自体を構える場所とは思えない。

「……ギルドで書いてもらった地図だとココのはずなんだが。店舗を持たないキャラバン主体の商人なのかも知れないな」


 俺ももらった地図を何度も確認しながら、ついでに通りがかりの何人かに『マルガリータ商会』の場所を尋ねたが、いずれも「知らないな」「聞いたこともない」「兄ちゃん、ここには店はないよ」と、判で捺したような返事であった。

 段々と不安を感じながら、ふと通りがかりの狐らしい獣人――いわゆる獣相は少なく――見た目は普人族と変わらないが、独特の耳と尻尾が生えている十代後半ほどに見える娘に、ちらりと意味ありげに見られたような気がしたので、ふと思い立って声をかけた。


 ちなみに法的には彼女のような種族は亜人に分類されるが、聖太陽神教会の教えでは獣相を持った種族は一様に『魔族』という扱いになる。


「すみません、ちょっと尋ねたいのですが、よろしいですか?」

 その途端、立ち止まって目を丸くする狐娘。

 大仰なその反応に逆に驚きながら、そこは年の甲で平静を務めながら質問を続ける。

「このあたりに『マルガリータ商会』という店があるはずなのですが、ご存じないでしょうか?」

「…………」

 暫時、黙りこくった彼女の態度に、これも外れかとあきらめかけたのだが、

「……あ、はい、知ってます。というか、ウチに(・・・)用があるということは、もしかして話題のイラディエル辺境伯様ですかぁ?」

 どこか唖然とした口調ながらも、しっかり頷く狐娘。

 どういう話題なのかは気になるところだが、聞き逃せない単語に思わず聞き返す。

「ウチ?」

「は、はい。『マルガリータ商会』代表取締役のエルメンヒルトと申しますぅ」

 間延びした口調は生来のものなのか、そう自己紹介をして深々と頭を下げる狐娘――エルメンヒルト。


 思いがけない邂逅と、これまた思いがけない見た目の相手に、俺とエリアスは今日何度目になるかわからない、困惑の視線を交わすのだった。

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