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第三話 貧乏領主フリードの対策

【領主着任:半日目。領地→王都】

「オークに率いられた魔物の集団にダンジョンだと!? もうおしまいだーっ!」

「神よ、我らが何をしたというのですか!? 貧しくとも清く正しく生きてきた俺たちに、なぜこんな苦難を?!」


 50代と40代のオッサン二人が絶望を抱えて無意味に騒いでいた。

 俺の先ほどの醜態も、傍から見ればこんな感じで見苦しかったんだろうな。……と、ひとしきり悲観と憂鬱、不安と恐怖と絶望に首まで浸かって、一周回って冷静になった俺は思うのだった。


「町長、自警団長、嘆いていても事態は好転しない。我々には金はないが知恵はある。いまできる限りの対策を立てようではないか」


 そう宥めると、ふたりとも己の立場を思い出したのか、周囲の白けた視線に気づいたのか、ハッと我に返って取り繕った威厳を取り戻した。


「……し、失礼しました」

「……いささか取り乱してしまいました」


 今現在、屋敷――先祖が遺した無駄に広くて凝った造りの領主館(カントリーハウス)――にある会議室には、領内の主だった面々が集まっていた。

 といっても老人から赤子までかき集めても千人ちょっとの領内である、主だった面子(メンツ)といってもたかが知れている。


 領主である俺。

 とりあえず馬鹿親父たちが死んだあと、短期間とはいえ領主代行をしていた義妹のセラフィーナ。

 実質的に領内の管理をしていた執事(バトラー)のルイス。

 領内にある唯一の町のドミンゴ町長。

 自警団の団長でパン屋のホルヘ。

 そして、成り行きで俺についてきてくれた冒険者パーティのサブリーダーであるエリアス。


 領内には他にも小さな村は二つほどあるが、村長を呼ぶのに時間がかかる上(基本、移動は徒歩である)、いてもあまり役に立たないだろうとのセラ(セラフィーナ)と、ドミンゴ町長の判断でとりあえずはいまいる面子で迅速に話し合うことになった。


「――というか、うちのパーティメンバーは全員参加するものだと思っていたんだが?」

 もうちょっと詳しい現場の状況を知りたかったのだが、来たのはエリアスだけである。


「申し訳ありません。一応、連絡はしておいたのですが……」

 恐縮した風に頭を下げるエリアス。

「グレンディルは鍛冶ができることが町民に知られて、次々に壊れた鍋や包丁の鋳掛けを依頼され、順番待ちの状況でして……」

 ああ、まあどっからどう見ても洞矮族(ドワーフ)であるグレンディルだ。当然、鍛冶ができるだろうと思うのが当然で、またそう頼られたら断れないのも種族的にはやむを得ないだろうな。


「いや、そりゃ俺も助かるけど、鍛冶仕事ができる道具なんて持ってきてたのか、アイツは?」

「簡単な鍛冶ならできる道具は背負ってきたようです」

「……妙に荷物が重そうだと思ったら……」

 乗合馬車を乗り継いで半月、そこから獣道と変わらぬ道なき道をまた半月かけて、金床やハンマーを持って平然と歩いてきたのか。


「幸いに屋敷の離れに、蹄鉄などを設えるための簡単な鍛冶場もありましたので、そちらに籠り切りでいまは手が離せそうにないようでして……」

「……ああ、あそこですか。蹄鉄師の爺やが亡くなって十年以上、ほったらかしのままでしたが」

 懐かし気にセラが小首を傾げる。

「ええ、古くはなっていましたが、もともとの手入れが良かったので、ちょっと手を加えれば使えるとのことでした」

 エリアスの言葉に、「それは良かったですわ。道具は使ってこそですから」と嬉しそうにセラも頷いた。


「それは同感だが……それで、グレンディル以外の他の連中は?」

「アルビーナは腕が鈍らないようにと、ダンジョンへ行っています。リーディアは周辺の薬草や魔草の分布状態を確認するのに、イネスと一緒に町の周囲を一回りしてくると言って出かけました」

「リーディアとイネスはいいとして、アルビーナはひとりでダンジョンか?」

「ええ、一階、二階にいるゴブリンやコボルトなら、問題になりませんし、三階以降にはくれぐれも単騎で下りないように言い含めておきましたので、問題はないかと」


 まあ確かにアルビーナの腕なら、低層の魔物など歯牙にもかけない。それに魔物を間引きしてくれるのなら御の字だが、それでもなにがあるわからないのがダンジョンの怖いところなのだ。

 渋い顔をする俺の胸中を忖度して、エリアスが続ける。


「アルビーナはもともとソロで、王都近くのダンジョンの十四層目まで下りた経歴の持ち主ですし、メンバーを信頼するのもリーダーの務めですよ」

 ちなみに十五層目のボス攻略にあぐねていたところ、俺たち(当時は俺とエリアスとグレンディルの三人だった)が加勢して仲間になった経緯がある。

「……俺はもうリーダーを辞める予定だったんだけどなぁ」

「ままならないのが人生ですね。ふふふ、でも私たちは内心で喜んでいますよ。なし崩しでもパーティを解散しないで、リーダーの下で働けることに」

「とはいえ、実質的にいまはボランティア活動を強要している形だからなぁ」


 冒険者ギルドがあれば、これも仕事の一環として認められるし、ドロップアイテムも買い取ってもらえるんだが。


「可能なら冒険者ギルドの支部を誘致して、他の冒険者にもダンジョンの攻略を頼みたいところなんだが……」

「誘致はできないのですか? ダンジョンができたと知れば、冒険者も来そうなものですが?」


 すがるようなドミンゴ町長の言葉に、自警団長のホルヘも期待の眼差しを向けてくるが、

「そもそも冒険者が来ても泊まる宿がない。それに道具屋、武器屋に食料品店、薬屋、可能なら重傷でも治せる神殿か教会、あと暇つぶしができる酒場と女遊び――いや、まあ遊戯施設もあれば、冒険者も来るようになるだろうが、こんな街道も通っていない辺境の地へ、わざわざ足を運ぶ奇特な冒険者はいないだろうな」

 要するにもともと金があるところでなけりゃ、経済は回らないし、発展もしないということだ。

『金は寂しがり屋だから仲間がいるところにしか行かない』と言ったのは、実家が商売をしているという知り合いの冒険者の言葉だが、確かに至言ではある。


 俺の説明に意気消沈するドミンゴ町長とホルヘ団長。

 そう口にしながら俺は国王陛下から賜った、懐に入っている王都の『マルガリータ商会』への紹介状を意識していた。

 口に出して希望を与えて、何の役にも立ちませんでした……というオチになると、なおさら絶望が深いので、この場では存在を明かしていないが、唯一の蜘蛛の糸のようなコレにすがるしかないのは確かである。


「街道を通すのに近隣の住人の手を借りて……」

「その間、畑はどうする!? 余計な人手なんぞおらんぞ。せいぜい遊んでる子供くらいなもんだ」

「そうなると人足を雇ってとなるが、よそ者を受け入れられる余裕はないぞ」

「賃金と飯は出さんとならんだろうしなぁ」


 その後も喧々諤々の意見の交換があったが、最後に決まりきったように付け加えられるフレーズは一貫して、

「つまるところ金がない。人も足りない。ナイナイ尽くしだ」

 であった。


「ともあれ、まずは街道を整備しなけりゃ、人も来ない。魔物が襲ってきても、いざ逃げることもできん。これを一番最初にどうにかせにゃならないだろう」

 優先順位として、いまの獣道のような……地元の人間の先導でどうにか進める――半妖精族(ハーフエルフ)のエリアスや、盗賊(シーフ)のイネスでさえも「「え、これ人が歩く道!?!」」と仰天したくらいである――街道を整備するのが急務だろう。


「ダメ元で国王陛下に直訴してくる。ダンジョンの発生となれば、国も放置するわけにはいかないだろうからな。それと俺たちがいない時に魔物が襲ってきたら、とりあえずは町人は館に避難させて籠城するしかないだろう。その際にはエリアスの指示に従ってくれ」

「いえ、そういうことでしたら、私も王都へ同行します。冒険者ギルドで依頼を出せないか、それに知り合いの伝手を辿ってお願いできないか、やってみたいですから。後のことはグレンディルに任せますので」


 まあ、魔物も山や野原に獲物がいるうちは、そうそう人間を襲わないだろう。

 町や村の周りには、気休め程度とはいえ空堀や木枠で作ったバリケードもあることだし……。ただ増え過ぎると見境がなくなるが、さすがに今日明日ということはないはずである。

 そうして、最後に覚悟を決めて締め括った俺に合わせてエリアスも立ち上がった。


「大丈夫ですか、お義兄様。領地経営が失敗したとみなされ、お叱りを受けるのでは?」

 心配そうに俺を見詰めるセラに、半ばカラ元気で笑って答える。

「その時には爵位返上で、冒険者稼業に戻るだけだ。セラも一緒に来るか? 平民になるが、その代わり自由と気楽な生活が待っているぞ」

「それは素敵ですわね。どうぞ養って……なんでしたら嫁ぎますので、養ってくださいませ」

「!!」

 セラの冗談を本気にしたのか、息を呑むエリアス。


 苦笑した俺は、時間が惜しいのでその足で厩舎に一頭だけ残っていた駄馬を出して、後のことはセラと執事(バトラー)のルイスに任せて、俺とエリアスは冒険者時代の装備に身を固めて王都へとんぼ返りしたのだった。


 ◇ ◆ ◇


 そして二十日後、野宿をしながらエリアスと交互に馬を歩かせ、二日前に王都へたどり着き、国王陛下に面会を申し込んで、連絡が来るまでの間に馴染の宿に泊まって、ついでに冒険者ギルドでエリアスとともに仕事を請け負い――B級冒険者の威光で、たった一日でひとり金貨二枚になるんだから(手数料で二割取られてるが)、領主しているよりも遥かに儲かるんだよなぁ――世の理不尽さに釈然としない気分でいたところに、意外と早く国王陛下との面会が許可されたことを宮廷騎士団が伝えに来た。

 エリアスは引き続き残って、冒険者ギルドで知り合いに当たるということで、とりあえず俺は宿で一張羅の礼服に着替えて、金がもったいないので定期馬車に乗って、歩いて王城へ向かう。


 先日、面会を申し込んだとき同様、お供も付けず荷物も自分で持って、徒歩でやってきた貴族(貴族院議員バッチを付けているから間違い様もない)に、警備兵が妙な表情をしながらも用件を告げると門を開けてくれて、待機していたのだろう侍従の案内で国王陛下の私室へと案内された。


 俺以上に忙しいのだろう、執務机に腰かけて書類に次から次へとサインをしていた陛下の前に、促されて通された俺は、フワフワの――うちのすり減った代物とはまるで別物の――絨毯の上を歩いて、机の前に片膝を突いて頭を下げ、

「国王陛下にはご機嫌麗しく――」

「ああ、忙しいんでその手の挨拶は不要じゃ。なんでも領内にダンジョンが発生したそうじゃな」

「はっ、私の不徳の致す次第でございます。この上は我が爵位と領地を返上し、国王陛下の直轄領として――」

「いらん」

 王都にくるまでにつらつら考えていた策――ただ街道を作ってくれ、金をくれといっても無駄だろうと思ったことから、引き換えに爵位と領地を国に返上するという苦渋の決断――を、あっさりと一蹴する国王陛下。


「は……?」

「前にも言ったが、お前のところの領地とか丸っきりお荷物なんじゃ。くれるといっても『いらん』としか言えんわ」

「いえ、ですが、ダンジョンが発生してその結果、大規模な魔物の大量移動(スタンピード)が起これば、それは領内だけの問題ではございません!」


 あの時とは状況が違う、と力説する俺に対して面倒臭そうに書類にサインをしながら、国王陛下が答える。


「いや、実際に他の領に被害が出れば対策を練るが、お前んところの領地って無駄に広い上に僻地じゃろう? 魔物の大量移動(スタンピード)が起きたとしても、他のところへ飛び火する前に自然鎮火するんじゃないのか?」

「…………」

 かも知れない。うちの領地にはただでさえワイバーンの巣がある岩山や、エンシェントドラゴンが眠るという言い伝えのある湖があるくらいだ。増え過ぎた魔物も、適当に間引きしてくれるかも知れない――が、その前にうちの領民が残らず犠牲になるだろう。

 そして、たかだか千人ほどの平民が犠牲になったところで、王都の貴族や上級市民(ブルジョア)にとっては痛くもないし、わざわざ投資する価値もないだろう。

「では、せめて、せめて冒険者ギルドの誘致をお願いできないでしょうか!」


 そう必死に食らいつく俺の方をちらりと眺めた国王陛下は、

「おぬしは現役の冒険者でもあるので知っているだろうが、冒険者ギルドというのは半官半民組織じゃ」

「はい、存じ上げております」

 基本的に冒険者ギルドというのは、商業ギルドが自衛のための戦力を欲し、それに対して曲がりなりにも武装勢力を認めることに難色を示した国が、国家機関の下請けという形で妥協して生まれた産物である。

 そのためいざという時は戦争の予備兵力として扱われたり、優秀なものは騎士に取り立てられたりもする。何よりも設置に関しては、基本的に国家の承認が必要となるのだ。

「認めるのはやぶさかではないが、運営と財布を握っているのは民間じゃ。無理を通すとなると、それなりの代償が必要となるが、そうなると確実に反対意見が出る……つーか、儂も投資に見合った収益が得られるとは思えん」

「それはこれからの――」

「あ、将来性なんぞというもんは空手形の最たるものじゃ。まったくもって説得の材料にはならんぞ。これまでの実績がすべてじゃ」

「…………」


 いや、その実績の悪さはすべて馬鹿親父とその他大勢がやったことなんですけどねえ!

 と、言いたいが「だったらお前は何をした?」と言われたら返す言葉がない。なにしろ領主を継いで二月にも満たないド素人なのだから。


「とはいえ、『困ったことがあれば相談しに来い。穴埋めもするし、悪いようにはせん』と言った手前、このまま手ぶらで帰すのも、儂の沽券にかかわるからのぉ……ふむ、いっそ独立せんか?」

「――は……?」


 言われた意味がわからずに、思わず顔を上げてイタズラを思いついた悪餓鬼みたいな顔をしている国王陛下の顔を、まじまじと直視してしまった。


「ま、独立といっても自治領……独自に関税や軍事、宗教その他の自由が認められた立場になるということで、これならお主の裁量で冒険者ギルドを勧誘できるじゃろう」

「はああああああああああっ!?」

 思わず口から素っ頓狂な声が漏れていた。

「いやいや、待ってください! 私はしがない伯爵ですよ。自治領を持てるのは……」

「公爵か辺境伯じゃな。さすがに公爵は無理なので、辺境伯――文字通りの辺境を管理しておるし、ちょうどよかろう」


 勝手に納得した風の国王陛下が秘書官を手招きすると、最初から準備していたかのような――実際、していたのだろう――手際の良さで、何やら書類にサインをして、

「略式だが辺境伯に任じる。陞爵にあたっての式典は面倒だからいいじゃろう。細かな資料と説明は侍従長からさせるので、よろしく頼むぞ。ああ、あと特別に十年は税は免除するので、せめて十年は持たせるんじゃぞ」

 これで話は終わりとばかり、事務仕事に戻る国王陛下。


 呆然としつつも、俺は侍従に促されて陛下の私室から退室した。


「それと、帰る前に儂が渡したお守り(・・・)を使った方がいいぞ」

 出口で踵を返した俺の背中に、陛下の軽い声がかかる。


 こうして、なぜか俺は『イラディエル辺境伯』の爵位を賜ったのだった。

 普通なら他の貴族から反対や横槍が入るものだと思うのだが、内定から正式発表に至るまで、どこからも誰からも文句が出なかったところに、ウチの領地に関する関心の無さと、余計なことを言って火中の栗を掴まされてたまるかという、他の貴族の思惑が透けて見えて、密かに泣けるというか……。


 あと、『イラディエル辺境伯』という名称が、国王陛下による『いらねえ辺境伯』の当てつけに思えるのは、俺の被害妄想だろうか?

王国=イメージ的にはフランス並みの大国で平原が多い。

フリード領=江戸時代の北海道みたいな扱い。

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