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第二話 貧乏領主フリードの回想

【領主着任:三十日前】

 王都にある冒険者ギルド本部。

 ちょっとした貴族の町屋敷(タウンハウス)並み規模を誇る、三階建ての赤レンガの建物。そこの玄関(エントランス)ホールを右に行けばギルド受付が、左に行けば併設されている酒場があり、登録されている冒険者は三割引きで飲み食いできるとあって、酒場は夕方から早くも盛況であった。


「「「「「「乾杯(チアーズ)っ!!」」」」」」

 その一角で、勢いよくグラスやジョッキが、所狭しと料理が並んだテーブルの上で重なり合う。


「まあ、冒険者パーティの解散を祝して乾杯というのも、微妙なものだがな」

 苦笑しての俺の台詞に、赤毛の女戦士であるアルビーナが、エールのジョッキを一気飲みしてお代わりを追加しながら、莞爾(かんじ)と笑って盛大に俺の背中を叩く。

「いいじゃねえか、リーダー。湿っぽいのは柄じゃねーし、最後まで笑って後腐れなく別れようぜ!」


「そうそう、それにリーダーはこの後、領主貴族――伯爵様になられるのでしょう? その出世祝いだと思えば、その……お祝いする方の気も晴れますよ」

 サブリーダーで斥候でもある半妖精族(ハーフエルフ)のエリアスが、一見すると十九歳のアルビーナよりも年下に見える美貌を綻ばせ(ちなみに実年齢は二十八歳の俺と同年配だそうだが、細かい数字は最後まで「乙女の秘密☆」で、教えてもらえなかった)、かなり言葉を選びながらいつものように俺のフォローをしてくれた。


 ああ、この気の合った仲間との屈託のない軽口ができるのも、今日でお終いなんだな、と思うとこの年になっても柄にもなく、感慨深い感傷が胸にこみあげてくる。

 俺は仲間たちに気取られぬよう、ジョッキを煽ってエールといっしょにそれを嚥下(えんか)した。


「それにしても、まさか(わし)らの仲間からお貴族様が生まれるとはのぉ。いいところのボンボンらしいのは、気付いていたが、せいぜい騎士の次男か三男坊あたりが、厄介払いで冒険者になったのかと思っておったぞ、(わし)は」

 こちらもジョッキのエールを一瞬で飲み干し、代わりに葡萄地酒(ブランデー)を注文しながら歯に衣着せぬ物言いをするのは、洞矮族(ドワーフ)の戦士にしてパーティの鍛冶師でもあるグレンディルである。

 洞矮族(ドワーフ)らしく短躯で長い髭が特徴だが、当人曰く「若いうちに世間を見て回るために冒険者になった」らしいので、見かけよりも若いのかもしれない。


 グレンディルの正直な感想に俺は苦笑いを浮かべて、残ったエールを一気に煽って口を湿らせてから答える。

「貴族といっても王国の外れの辺境もいいところ。森と川と山以外は何もない……まあ、領地だけは広いのと、先祖代々歴史だけはあるのが唯一の取柄の貧乏貴族だからなぁ。あと、グレンディルの推測は一部正解な。俺は長男だったんだが死んだ親父が十五歳の時に、メイドを手籠めにして生まれた妾腹の子なので、最初っから家督を継げる立場にはなかったんだ。お袋も産後の肥立ちが悪くてすぐに鬼籍に入ったし」

 途端に気まずい沈黙がテーブルに落ちた。


「んじゃなんで、お貴族様になったわけよ?」

 十五歳と最年少の盗賊(シーフ)――あくまで職業としての名称で、迷宮で宝箱を開けたり。敵地の偵察などをするのが主な生業(なりわい)である――イネスが、伝法な口調で空気を読まずに口を挟む。

 彼女は一昨年に俺をカモだと思って、春を売るフリをして懐を狙ってきた正真正銘の掏摸(スリ)で、『ドブ板通り』と呼ばれる貧民窟(スラム)の出身のせいか、貴族や上流階級(ブルジョア)という人種に反感を持っているらしく、最後まで俺がパーティを解散して――別に解散せずサブリーダーのエリアスが繰り上がって、別な壁役(タンク)を勧誘すればいいと提案したのだが、エリアス曰く「このパーティはリーダーあってのパーティです」とのことで、本日付けてめでたく解散の運びとなった――領主貴族になるのを反対していた。


「まあ、俺も一月前までは欠片もそんな気はなかったんだが……」

 通りかかった給仕に追加のオーダーをしながら、いままであえて自分の身の上のことは話さないでいたが、どうせ最後なのだから腹蔵なく話してしまおう。そう思って一気呵成に続ける。

「まあ、妾腹とはいえ男だったからな。当時の領主だった祖父は一応、一族と認めて引き取り屋敷でそれ相応の暮らしと教育をさせてもらってたんだが、淫蕩親父がその後、次々と正妻や側室を娶って、そしてまたこれが狙ったかのように、全員男ばかりが生まれた……というわけで、どうにも屋敷に居場所がなくなり、十四歳の時に餞別代りに屋敷にあった古い剣と鎧と盾、あと幾ばくかの手切れ金を貰って、王都に出てきて冒険者になった。それで貴族生活とはおさらばしたつもりだったんだがなぁ」


 貴族の嗜み程度とはいえ正式な剣術を習っていた下地と、装備のお陰もあって普通の新人(ルーキー)に比べて安全マージンが高いこともあり、割とトントン拍子にギルドのランクも上がって、経験を積み七年前にはそれまでのパーティから独立して、自分のパーティを持つにいたり、いまでは一流と呼べるB級冒険者になり、もう半年もすればA級に手が届く……というところまできた。

 十四年。順風満帆どころか波乱万丈だったが、人生の半分を冒険者として過ごしてきたのだ。

 もうこのまま市井の冒険者として人生を終えるのだろうと、そう考えていた俺に降って湧いたのが、いきなり定宿にやってきた宮廷騎士団が携えてきた国王陛下からの、伯爵家を世襲することを許可した勅許状であった。


 ギョッとする宿屋の宿泊客同様、仰天しながら受け取って、そのまま半ば無理やり議会堂に連れて行かれて――お伽噺と違って、貴族の任命はすなわち貴族院議員の任命なので、叙爵式はお城ではなくて議会で行われる――馬車の中で、俺はやっと事情を聞かされる羽目になった。


 まあ要するに実家である伯爵家の祖父も馬鹿親父も異母弟どもも、突如発生した魔物の大量移動(スタンピード)に巻き込まれ、ものの見事に死に絶えてしまったとのこと(ちなみに大量発生した魔物は国軍が動いて殲滅したので、その分の費用は借金として加算されるらしい)。

 幸い(?)もともと縁戚にして、生まれてすぐに養女になった義理の妹に当たるセラフィーナと、古くからの使用人たちが協力して滞りなく葬儀などは終わらせたらしいが、そうなると俎上(そじょう)に上がってくるのは後継者問題だ。


 ちなみに俺には七人の異母弟がいたが、十四年ぶりに――別れた時に相手は三歳だったので、ほぼ初対面と言えるが――継承式のため田舎から出てきて再会した義妹のセラフィーナ曰く、

「一番上の義兄は理性に欠ける粗暴者で、二番目は怠惰な小心者、三番目は小狡いだけで器が足りず、四番目は夢想家で実行力のない無能、五番目は母親の操り人形、六番目は素直というか阿呆、七番目は義父に似た色狂い――まだ十二歳だったお陰で、子供がいなかったのは不幸中の幸いですわ」

 とのなかなか辛辣な評価であった。

「私も間もなく借金のカタに、義父の知人で類友の貴族……爵位は低いですが金だけは持っている、クズオブクズ、キングオブクズと有名な脂ぎった中年の元へ、八番目の側室として輿入れさせられるところでした」

 言外に『死んで清々した』という含みを持たせた言いように、俺は苦笑いを止めることができなかった。

「ですがお義兄様にお会いできて安心しました。子供の頃、こっそり野イチゴを食べさせてくれたり、肩車をして遊んでくれた、優しいお義兄様のままで変わらないでいてくださったようですので」

「! あんな子供の頃のことを覚えているのか!?」

 驚く俺に向かって、セラフィーナはそれはそれは美しい笑みを浮かべたのだった。

「勿論ですわ。私の大切な思い出の宝物ですもの」


 そこまで聞いたところで、イネスが焼いた鳥の腿を口に運びながら首を捻った。

「え? ならそのイモウトに継いでもらったほうがいいんじゃないの?」

「いや~、無理でしょう。王国法によれば『爵位と領地を継承できるのは、直系の男子のみ』となっていますから」

 ちびちびとワインを飲んでいた銀髪のボサボサ髪をした女魔術師――王国魔術学園を卒業したエリートだが、もともと庶民の出でコネがないため就職に失敗した――リーディアが、三つ年下のイネスにいつものマイペースな口調で言い添える。

「そういうことだ。んで、十四年前に出奔というか、放逐した妾腹の長男を慌てて探して担ぎ出した……というわけだ」

「えええっ、そんなのいまさらじゃない! つーか、そんな家に義理立てする必要なんてないじゃん! リーダーそんなに貴族に戻りたかったの!?」


 口を尖らせるイネスの忌憚のない意見に、心なしかテーブルに座っている全員が無言で同意したような気がした。


「まあ正直、俺もあの家にも身分にも未練はないんだが、領民や義妹が熱心に俺が戻ることを懇願している上に、実際問題かなり困っているらしいからな。ほっとくわけには行かん」

 言い訳するように俺はそう答えたが、実際のところは「熱心に懇願」や「かなり困っている」どころではない。


 セラフィーナと一緒に上京してきた町の町長は涙を流して俺の手を取って、

「フリード様。わしら町の者はフリード様こそ領主様に相応しいと、ずっと思っておりました。一日も早く領地においで下され。わしらは一日千秋の思いで待っておりますぞ! ところで奥方様は――まだいらっしゃらない?! むう、それはマズいですな。かといって領民から貴族の奥方を推挙するのは失礼……おおっ、そうじゃ! いっそセラフィーナお嬢様を娶られたらいかがでしょうか?」

 無茶苦茶なことを言いだしたので、

「お前は何を言っているのだ……」

 思わず窘めたところ、当のセラフィーナが目から鱗のような顔をして、

「……その手があったわね。一度養子を解約して誰かの養子に入り直せば、直接の兄妹ではないので法律上は問題ないはず」

 なにやら恐ろしいことを本気で思案し出した。


 で、そのまま半ば監禁されるようにゲストルームに留め置かれること一月余り。

 誘拐だと騒がれると一大事なので、さすがに仲間に一筆書く許可はもらって、来てくれたパーティの魔術師リーディアに――本来ならサブリーダーのエリアスに来てもらった方がいいのだが、国の重要な施設に亜人種は立ち入りができない規定があり、他の面子だと話を理解できるか不安だったため、この人選となった――事情を話して、しばし冒険者を休業することになったのだが、まさかそのままパーティ解散になるとは俺も思わなかった。


 で、どうにか叙爵式が終わった後のパーティで国王陛下から、

「いや~、助かった助かった。あんな辺境の地を好き好んで領地にしたがる貧乏籤――いや、奇特な貴族なんぞおらんからな。このまま一年経過して継承者不在で放棄なんてことになったら、直轄地ということになるが、あんな場所に予算や人員を割くくらいなら、いっそ放置した方がいいんじゃないかとの意見が多数派を占めていてな。八割方覚悟をしていたんじゃが、よくぞ戻ってくれた! 心から礼を言うぞ」

 あまりといえばあまりの言葉に、冒険者になってからの稼ぎの粗方を散財して、急遽作った礼服姿のまま呆然とする俺の肩を叩いて、

「まあそういうわけで、困ったことがあれば相談しに来い。穴埋めもするし、悪いようにはせんからな」

 そうにこやかな表情でのたまう国王陛下。


 国王陛下が一介の新米貴族に対して個人的に便宜を図るといえば異例のことで、或いは感動に打ち震える場面かも知れないが、俺は仕事柄お偉いさんや権力者の「後で穴埋めをするから、今回だけは」という台詞の信用できなさを嫌というほど知っていた。

 お陰様で俺のハートと財布には穴が開きっ放しで、埋められたことなどついぞない。


「……それなら国軍が魔物の大量移動(スタンピード)にかかった費用の負担金を帳消しにしていただきたいのですが?」

 なので俺は不敬を承知で咄嗟にそう口に出していた。


「それはそれだ。そこを曲げては他の貴族に示しがつかんからな」

 案の定、舌の音も乾かないうちに前言を翻された。

「とはいえ、そちらの財政も逼迫しているのはわかっている。ふむ、君は亜人に偏見は持っているかね?」

「そんな細かいことを気にしていたら冒険者なんてやってられませんよ」

 人間も亜人も信用できる奴、信用できない奴、どっちも同じくらいいた。

「結構。大いに結構。ならばもしもの時は城下にある『マルガリータ商会』を訪ねるがよかろう。後ほど紹介状を書いておく」

「――はあ、ご配慮ありがとうございます」


 適当に煙に巻かれた気分で、俺は一応謝意を口にした。というか、もう話は終わりという雰囲気を察して、引き下がるしかなかった。


「そーいうわけで、俺も義理と成り行きで領主になるしかなかったわけだ」

 こういうのも生まれの不幸って言うのかね?

「……ふーん、改めてリーダーの領地ってどんなところ?」

 二本目の鳥腿肉を頬張りながら、イネスが首を傾げる。

「さっきも言ったが、本当になーんにもない田舎だな。名物もない、名所もない、道すらロクにないから馬車も使えない、商人もほとんどこない、見事に自然だけは腐るほどある僻地だ」

「あら、素敵ですね」

 半妖精族(ハーフエルフ)であるエリアスが頬を緩ませる。

 妖精族(エルフ)の血を引くだけあって、町場よりも自然の豊かな場所の方が性に合うのだろう。


「じゃあさ、最後の見送りを兼ねて皆でリーダーの里帰りについて行こうよ!」

 ちらりとエリアスの表情を盗み見たイネスがそんなことを、突然提案した。

「ふむ、確かに。儂もパーティ解散後は故郷へ戻るかどうか思案中であったし、それもいいかも知れんな」

「あたしもパーティ解散後はしばらくソロでやるつもりだから、構わないさ」

「まあ、どうせ暇ですから~」

 グレンディルも葡萄地酒(ブランデー)を瓶でラッパ飲みしながら、あっさりとその提案に乗り、他の皆もそれに賛同するのだった。

「――皆、リーダーにご迷惑をおかけするのは……」

 エリアスだけが懸念を口出していたが、

「いや、皆が来たいのなら俺も道中が安全で助かる。それに一度領地の状態を確認してから、もう一度王都には戻るつもりでいたので、その時に改めて冒険者パーティの解散をギルドに届けてもいいだろう」

 俺も苦楽を共にした仲間たちと、別れがたい気持ちがあったので、所詮は先延ばしだとは思うがそう口に出していた。


「――だってさ、エリアス姉。そのまま奥さんとして居座っちゃえば?」

「イ、イネス! 貴女、冗談でもそ、そんなことを……」

 酔っ払ったのか本気で照れているのか、イネスの茶々をエリアスが真っ赤になって窘めて、他の仲間たちが微笑ましいものを見る目で爆笑をする。

 そんないつもと変わらない光景に、俺も自然と頬が緩むのだった。

10/24 誤字脱字修正しました。

×私→〇俺

×振って湧いた→〇降って湧いた

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