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第十三話 貧乏領主フリードの戦闘

【領主着任:104日目。西の森】

 盾を使うまでもなく、手にした愛用の長剣が翻って、向かってきたホブゴブリン――ゴブリンの上位種で成人男性並みの背丈と類人猿並みの膂力を持つ魔物――の頭蓋を叩き割った。

「次は!?」

「いまので最後だな、リーダー」

 俺と並んで前衛をつとめているアルビーナの言葉に、俺は長剣を手首の返しでひと払いして、刀身にこびり付いた血と脂を振り払った。

 周辺にはホブゴブリンに率いられたゴブリンの群れが全滅している。

 ざっと三十匹といったところか、イネスが倒れているゴブリンの喉や脳天に突き刺さったままの、自分の投げナイフやエリアスの矢を回収していた。


 傍らでは比較的ランクの低い冒険者がせっせとゴブリンやホブゴブリンを腑分けして、魔石を回収しては、Fランク冒険者――貧民窟(スラム)出身の少年少女のうち比較的年齢が高い、今回の掃討作戦に参加を希望した者たち――相手に、魔石の位置とか取り方とかを教授しては、習うより慣れよで実際にやらせていた。

 ホブゴブリンならともかく、ゴブリンの魔石など、せいぜい生活用魔道具の念料(ねんりょう)にしかならないので、普段なら捨て置くのだが、それでも塵も積もれば山となるとばかり、せっせっと魔石や連中の装備を回収しては、子供たちに後方の安全地帯にいるマルガリータ商会、エルメンヒルトのいる買い取り天幕(テント)まで運ばせている。


「意外とホブゴブリンが多いな」

 ひとつの小集団が二十~三十ほどだが、それを率いるのは確実に上位種が一~三匹といったところだ。

 これがまだ前衛部隊程度なのだから、当初予想していた烏合の衆ではなく、ある程度敵の集団は組織化されていると見て間違いないだろう。

 俺がそう言うと、

「まあ、いまのところ奇襲が成功しての見敵必滅サーチアンドデストロイじゃから、サクサクと各個撃破できておるから問題ないんじゃが、さらに上位種が増えると中には目端の利く奴がいて、さっさと逃げる奴も出てくるじゃろう。これから先は取りこぼしが出てくるかも知れんな」

 若干物足りないとばかり金属鎧をまとったグレンディルが、愛用の斧を手に器用に肩をすくめた。

 

「まあ、そのために二重三重の包囲網を敷いているわけですが……」


 前衛組である俺とアルビーナ、グレンディルとちょっと離れた場所にいる後衛組を率いるサブリーダーのエリアスが、木立に囲まれた周囲にちらりと視線を巡らせる。

 ちなみに俺たちの周囲にはカルロを中心とした亜人で構成された冒険者グループが五人五組で、俺たちを中心に半球型に取りこぼしがないか追走をしてきて、さらにその後方には機動力を生かした、半人半馬族(ケンタウルス)の遊撃部隊が常に走り回っている構図だ。


 人数が少ないために完全な包囲陣とはいかない、せいぜい散兵線(さんぺいせん)を維持するのがやっとだが、事前にエリアスたち斥候部隊が相手の集団の居留地を確定してくれていたお陰で、先手先手を取れているため、確実にゴブリンやコボルトの集団を殲滅することができていた。

 なお、散兵というのは部隊を小分けにして個別に行動させる戦術のことで、基本的に一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)、もしくは敵陣に素早く浸透するために最適な陣形である。


「この人数ではこれが最適解です。難点は各個撃破される危険性が高いことですが、そこは相互の連携と、難敵と見たら即座に正面最強戦力であるお義兄様に、敵を擦り付ける形でお願いいたします」

 意外なことに軍師の才能があるのか、義妹のセラフィーナがこの作戦を立案して、俺を含めた全員の同意を取り付けたのだった。


 と、目の前でホブゴブリンの武器を苦労して運んでいる少年少女たちへ、

「ああ、待て待て、装備はともかく鉄製の武器の方は、商会ではなくどこかに積んでおいて、あとで屋敷に運ぶのじゃ。鋳溶かして釘やら鍬やらに使えるからのう」

 グレンディルが声をかけ、太い指でマルガリータ商会のある天幕(テント)のさら後方、ここからは見えない領主館を指す。

「そもそも装備品は嵩張るから、いまはまだ買い取ってもらえんじゃろう。人が増えれば鉄はいくらあっても足りないないが、領内では鉄がとれるかどうかわからんから、使えるものんは使うべきじゃろう」

 ま、それでも全然足りないのじゃがな、と続けるグレンディル。

「うえ~、面倒臭え」

 途端、顔をしかめる少年たちの代表であるエド。


 そんなエドの背後に素早く忍び寄ったイネスが、片手でその首を完全に極め(ホールドし)て、もう片手の拳でグリグリと、こめかみをえぐるように力を込める。

「あ・ん・た・が。文句言える立場だと思っているわけ!? 勝手にフリードに迷惑かけて、ドブ板通りのガキたちまで巻き込んで、あたしはいまだに怒ってるんだからね!」

(いで)っ、(いで)(いで)~~っ!! わ、わかった、悪かったよ、イネスの姉貴! もう文句は言わないから……(いで)~っ、死ぬ~~っ!!」


 ひとしきりお説教をして、まかり間違ってもコボルトやゴブリンを見つけても立ち向かったりしないで、すぐに大声を出して大人に助けを求めるように言い含めて、ようやく拘束を解くイネス。

 彼女なりに弟分たちがハッチャケないように気を配っているのだろう。


「まったく……にして、こいつらどっから鉄製の武器なんて持ってきたわけ?」

 気を変え話題を変えたイネスが、ボロボロに刃こぼれがしている粗悪なホブゴブリンの剣を手に首を傾げる。

「ま、ダンジョンのン中からじゃな。深い層に潜ればもっと貴重な鉱石などが見つかるかも知れん」

「ゴブリンやホブゴブリンが生息していたのは、確認した限りダンジョンの第二層までですからね、三層以降になれば、比較的コンスタントに鉄製の道具や鉱石が取れる可能性がありますね」

「ならば、この掃討が終わったら、鉄製品の回収のためにダンジョンに潜ったほうがいいかも知れませんねえ」

 エリアスの推測に合わせて、パーティの一番最後を歩くリーディアがそう提案してくれた。

「けけけけけけっ、ま、まだ、始めたばかりで、終わった後の話をするとか、ふ、ふ、不謹慎、フラグ……」

 そして、今回からいざという時のために同行するようになった――癒しの奇跡(当人曰く「ただの精霊術」)が使える神官がひとりいるといないとでは、パーティの安定度が天と地ほども違うため――ヘルミが、彼女なりに浮ついた気分を引き締めるためだろう、相変わらず微妙に焦点と会話が噛み合っていない目つきと口調で、そう窘める。


「確かに、その通りですね」

 意外とヘルミとも馬が合うらしいリーディアがあっさりと頷いた。 


「さて、残った集落を片づけて、今日中に敵の本陣のある『黄昏の谷』まで進行するぞ。時間にもよるだろうが、『黄昏の谷』の内部はまったくの未知の領域だ。連中の様子を確認して、一休みしつつ状況を確認する。あと、子供たちはここからは危険なので、離れているように言い含めておいてくれ」

「わかってるよ」

「了解っ」

 俺の指示に従って、アルビーナが愛用の両手剣を背中の鞘に戻し、グレンディルが無言で頷き、イネスが当然という口調で頷いて、その足で子供たちの方へと向かって行った。

 

 そうして、その後もしらみつぶしに敵の拠点に奇襲をかける俺たち。

 いまのところ全員の連携は悪くない。

 泥縄でパーティへ入れたヘルミのいる後衛組――エリアスとリーディアへは、いまのところ一匹も通していないし(イネスは遊撃手として前衛、後衛どちらにも行ったり来たりしている)、周囲にいる冒険者たちもひとりも欠けることなく追走してきては、たまに取りこぼしたり、一目散に逃げようとする魔物を葬っている。


 調子はいい。

 誰も息を切らせたり、疲れを見せている者もいない。

 ちょっとした怪我ならヘルミの治癒で治してもらっているし、念のために各自が持参しているコーバ特製の体力回復薬や魔力回復薬なども、幸か不幸か使うこともなく順調に進んでいる。


 しかしながら、奥に段々と魔物の密度が高くなって、なおかつ上位種が増えているようだ。

 ゴブリンも弓を構えたゴブリンアーチャーや、山犬に似た魔獣に乗ったゴブリンライダーなどが加わるようになり、危うく包囲網を抜けられそうになり、ギリギリ半人半馬族(ケンタウルス)の矢で追撃できたほどだ。


 俺もこの一団を統率していたワーウルフ相手に、初めて手傷を負わされた。

 当初、ゴブリンアーチャーがいるのを確認した俺は、

「ゴブリンやコボルトの混成部隊が二十~三十匹といったところか。うちアーチャーが五匹にライダーが三匹……ならエリアス、アーチャーの相手を頼む。アルビーナ、グレンディル、俺が突貫するから、開けた穴から敵の戦端を食い破る形で左右の掃討を頼む。イネスはリーディアたちの護衛をしながら後からこい」


「了解しました。ただ一撃で五匹のアーチャーをしとめることはできませんので、しばし流れ弾がリーダー目掛けて飛ぶかと思いますが……」

「問題ない」

 心配するエリアスに答えて盾を構え、合図を送って俺が真っ先に藪から飛び出した。


 慌てるゴブリンたちを尻目に、後方から弦を引く音が聞こえて、アタフタともたつくゴブリンアーチャーの二匹が首と頭に矢を受けて倒れた。

 さすがは半妖精族(ハーフエルフ)。俺の耳にも聞き分けられない間隔で、連射を行ったか。


 感心しながら俺は手近なゴブリンを一刀の下に斬り伏せる。

「グアァオ!?」

「ウグォッ!!」

 返す刀で粗末な槍を持ったコボルトを槍ごと逆袈裟に刈る。

 さらに当たるを幸いに軍相手に、剣を振るっていたところ、ようやく状況を理解したゴブリンたちが俺の周囲へ殺到する。

 同時に飛んできた矢を盾で弾いて、ついでにシールドバッシュで、周囲のゴブリン、コボルトの輪を殴り倒して無理やり包囲から脱出すると、その綻びへアルビーナとグレンディルが飛び込んできて、俺にばかり注意を払って背中がお留守になっていた、連中の輪を突き崩すのだった。


 耳障りな悲鳴が響く。


 一息で二匹、三匹とアルビーナの両手剣で両断されたゴブリンや、グレンディルの斧で脳天から二つにされたコボルトたちの悲鳴である。

 慌てて援護しようとするゴブリンライダーがまとめて炎に包まれた。

 リーディアの魔法だろうが、森の中ではちと危ないな。

 後で注意しようと心に留めて、ちらり様子を窺えば直撃を受けた一匹と一頭は黒焦げの消し炭と化し、もう一匹も大火傷で虫の息で、乗っていた騎獣である山犬が悲鳴をあげながら、明後日の方へ逃げて行った。


 これは無視しても構わないだろう、と思って一団を率いているらしい、他の魔物より頭一つ大きく強靭そうな肉体をしたワーウルフに向かい合って、闘志をぶつけると、相手の方も俺がこの集団の頭だと理解したのだろう。


「ウォオオオオオオオーーンッ!!!」


 咆哮と共にいまだ炎の残滓が残る地面を蹴って、アルビーナとグレンディルの頭越しに跳躍しつつ、俺へとまっしぐらに向かってきた。


「しもうた!」

「リーダー、すまない!」


 咄嗟のことで――背の足りないグレンディルはともかく、アルビーナはちょうど三匹のホブゴブリンを相手にしていたため、対応ができずに(ほぞ)を噛んだ声を張り上げた。

 後衛組もバラバラに逃げようとする雑魚の相手で手一杯で、こちらへ割く人手はないようだ。特に一組だけ残ったゴブリンライダーは、一刻も早くこの場から退避しようと一目散に踵を返して、『黄昏の谷』の方角へと逃げていく。


「俺は大丈夫だ! それよりもゴブリンライダーを逃がすな!」

 俺は体内魔力を(おこ)しながら――生憎と専門の魔術師のように、外部へまで魔力を浸透させられるほどの魔力は持たないが、自身の身体能力を強化させる程度の魔術は使える――ワーウルフを迎え撃とうとした。

 その刹那――。


「うわ~~~~っ!?!」

 思いがけない方向から子供の悲鳴が響いてくる。

 ハッとしてそちらを見れば、いつの間にか木立の向こう側に隠れて観戦していたのだろう、エドを筆頭としたFランク冒険者の少年たちが三人ほど、牙をむき出しに殺戮本能のまま襲い掛かる、さきほど騎手を焼かれて逃げ出した山犬を前に、蒼い顔で腰を抜かしていた。


「ちっ――!?」

 他の者は手が離せない。

 俺は目前のワーウルフを無視して背を向け、体内魔力を走行ベクトルへと変換させる。

 

 そのまま地面を滑るように走る。

 光技・瞬足縮地法


 一瞬で山犬の背後まで移動した俺はジャンプ一番。山犬の頭上を通過しながら、余剰ベクトルを攻撃に転化させて長剣を振るう。


 奥技・螺旋双竜殲戟


 山犬が一瞬で肉片に変わる。

 呆然とするエドたちの無事を確認してホッとしながら着地したのも束の間、背後に違和感を覚えて咄嗟に飛び退いた、俺の首のあった場所をワーウルフの手刀が薙いでいた。


 微かに躱し損ねたのだろう、ぬるりと首筋に滴る血潮を感じたがこの程度はかすり傷だ。

 俺はワーウルフの反射神経と膂力にものをいわせた雑な攻撃を無造作にさばいて、相手が焦ったその隙を見逃さずに盾で汚れた爪先を払いのけ、正確に胸を長剣で突き刺してから、念のために予備の中剣でその首を斬り落とした。


 集団のリーダー格であるワーウルフを討ち取られたことで、覿面に浮足立つ魔物の雑兵たち。


「好機だ。一気に決めろ!」 

「「「「「おうっ!」」」」」

 俺の檄を受けて、うちのパーティだけではなく、周辺に散っていた冒険者たちのパーティも合流して、残った敵を殲滅する。

 

 俺はとりあえず首のところにコーバ特製のポーションをぶちまけて、傷の手当てをしてから(見た目の割にほとんど一瞬で治った)、残敵の密度が高いところへと駆けていって、背後から斬り伏せるのだった。


 そうして気づけば、この場に立っているのは俺たちだけだった。

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