第十二話 貧乏領主フリードの帰還
今日は短めです。
【領主着任:101日目。領都アウレアテッラ】
会議室の大テーブルに置かれた大雑把な地図に、殴り書きと付箋が山ほど書き連ねられていく。
「東の森のこのあたりでゴブリンの集落を確認。規模は五十前後」
「北の村があった外れの丘にコボルトの斥候らしい足跡を確認。およそ十匹前後で、行きも帰りも北東方向」
「西の草原で行き倒れになっていた一角鹿を確認。石器の鏃と殴打の後があったことから、道具を使う何者かに襲われて、逃げ出したものの息絶えたものと思われる」
エリアスとイネスを中心にした、レンジャーやシーフによる斥候チームが三チーム。
これは森の中や人の入らない山中の探査に当たってもらい、それなりの腕利き冒険者による混成チームがふたつ、地元の猟師などの案内で領内のふたつの村……正確には村だった場所の周辺を警戒に当たり。
最後にケイローンを中心にした半人半馬族が、西の草原を巡回した結果を持ち寄る。
その結果が着々と形になってきた。
「こうなると敵の本拠は東の森の奥、噂では古代の遺跡の残骸が散らばるという『黄昏の谷』にある可能性が高いな」
確実とはいえないが、ゴブリンやコボルトの目撃情報や痕跡から辿って、そこが一番蓋然性が高いという結論が導き出される。
そして、日を追うごとに連中の行動範囲が広くなっているのも、非常に嫌な事実であり、気がかりな要因だった。
会議室に集まった領内の主だった者たち――。
領主にしてA級冒険者の俺とエリアスを筆頭にしたうちのパーティ『銀翼の不死鳥』の面々。
俺の義妹にして領主代行でもあるセラフィーナと、その補佐役である執事のルイス。
いちおう領都ということになる、この町のドミンゴ町長。
前回と同じく、自警団の団長でパン屋のホルヘ。
領内にある――あった――二つの村の(元)村長たち。
マルガリータ商会代表取締役で、うちの借金を一括して握っているエルメンヒルトと、その護衛で半人半馬族のケイローン。
元B級冒険者で現在はウチの厨房を仕切っているオヤジさんこと、ダレルさん。
成り行きでついてきてくれた冒険者たちの代表である、鬼人族カルロ。
呼んだ覚えもないのに勝手に座っている(邪)神官のヘルミ・パーヴォライネンと、相変わらず黒死病除けのマスクで顔を隠して、ラリっているコーバ・バンニンク。
このうち荒事や修羅場に慣れていないドミンゴ町長やホルヘ自警団長、ふたりの元村長が、報告が上がってくるたびに、どんどんと顔色を悪くしていった。
「けけけけけけーけけけけけけけけけけけけっ! けけけけぇ?」
「き、『気分が悪いなら、ポーションを出すけど、ダウン系とアッパー系、どちらがいいか?』と、とと、聞いている」
そんな彼らに向かって、目の覚めるようなブルーの薬と目を疑うような暗黒の渦を巻いている薬の入ったフラスコを差し出すコーバと、その言葉を翻訳してくれるヘルミ。
親切で薦められた――ここまでの旅路で彼女の言動に悪意はないと、少なくとも俺は学習したのだが――初顔合わせの四人は、慌てて首を横に振って、別な意味で目前に迫る危機を前にして、気合を入れ直したようだった。
なお、二つの村の村長がこの場にいるのも、ゴブリン・コボルトの活動が活発になってきたことに由来する。
この通り、領内の二つの村の周辺でもゴブリンやコボルトの目撃情報や、畑を荒らされる被害が増えたことから、事前に危険を感じた場合、自発的に領主の館があるこの町に逃げてくるように周知しておいたのが功を奏し、比較的早い段階で村人たちが自主的に避難をしてきて、この町――アウレアテッラの規模が広がり、万一に備えて、防備を強化した……という経緯が、俺たちが領地を離れている間に行われていたらしい。
判断を下したのは領主代行である義妹であるセラフィーナで、作業の陣頭指揮に当たったのはウチのパーティの古参メンバーで、この手の作業に関しては専門家である洞矮族のグレンディルとのこと。各自が自分のできること、できないことをわきまえて分担できたことは、いまのところ領民にひとりの被害も出ていないのと同じくらい嬉しい報告だった。
とはいえこの先どうなるかは不鮮明である。
幸いにして思いがけなく使える人員も揃ったことだし、貴族院の報酬として金貨五百枚もある。
公私のケジメはつけるべきなので、知人とはいえ冒険者たちに支払う金もギリギリ足りる。
となれば、これ以上、魔物たちの勢力が増えないうちに早急に叩いておくべきだろう。
というわけで、俺たちは帰ってきてすぐに魔物の掃討作戦を開始したのだった。
「そうですね、いずれも東の森を中心に活動をしているようです。ただ、さすがに森の奥は、魔物の密度が高く、未知の領域ですので少人数での探索は危険と判断をして、足を踏み入れていませんが、周辺状況からオークが三十匹前後、ゴブリンが三百から五百匹、コボルトが千匹前後で集団を形成しているものと推測されます」
地図を眺めながらの俺の言葉に、エリアスが同意をして付け加えた。
「いや、下手に動いてこちらが相手の尻尾を掴んでいることを気付かれたらマズい。いい判断だ」
そういたわると、目に見えてホッとした様子で胸を撫でおろすエリアス。
「しかしまずいな、一般的に一つの集団が二千を越えると魔物の大量移動が起きるとも言われている。かなりギリギリじゃねーか」
報告を前に強面のオヤジさんが、唸るように現状を一言でまとめた。
「そうっすね。この規模ならゴブリンにも上位種のホブゴブリンが、オークにも下手をすればオークジェネラルが発生している可能性がありますね」
それに同意するカルロ。
単純な脅威度でいえば上位種は、通常種に比べてランクが二つ跳ね上がると言われている。
「とはいえ、所詮はオークじゃからなぁ。仮にオークキングが生まれておっても、うちのリーダーが遅れを取ることはあるまい」
洞矮族のグレンディルがそう気楽に太鼓判を捺して、俺の腕前を知っている面々が一様に頷いた。
「いや、そりゃ特殊個体ならともかく、通常のオークの上位種程度は問題がないけど、怖いのは数だな。集団が散り散りになって、取りこぼしが多ければ多いほど、今後の潜在的な脅威になって、領民が戦々恐々としなくちゃならないわけだし、可能な限り一網打尽にしたい」
俺の反論に他の一同も――「ひひひひひ……特殊個体……フラグ」「けけけけけけけっけけけけけけっ」という約二名を別にして――再度頷いた。
「となると、いまのこの機会しかないわけだ」
そうして、オヤジさんの結論に同意をして、俺たちは改めて魔物集団の掃討作戦の詳細を練る。
「いっそ森ごと焼いてしまえば」
「いや、それだとばらばらに逃げるから、人数の少ないこっちに不利だ」
「谷の向こう側は?」
「不明だが、あっち側の被害がないところを見ると行き止まりの可能性が――」
「こーいうときこそ、包囲殲滅陣をですね」
「お前、聞きかじりの知識で口に出しているだろう? この人数差でできるか!」
適当なことを口に出したカルロをぶん殴るオヤジさん。
ともかくも、金がないなら知恵を出せ、とばかりに喧々囂々と意見を出し合うのだった。
そして二時間後――。
結論。
俺が先頭に立ってひとりで突っ込んでいって蹴散らすので、他の連中は集まってきた有象無象を遠距離から攻撃する――というものに決まった。
いや、いいんだけど、一応は最高戦力を出し惜しみしない作戦で、いいとは思うんだけど、普通に考えて領主で辺境伯が矢面に立つってないような気がするんだが?
「リーダーなら大丈夫です」
「フリード様が先頭で戦われるのでしたら、終わったも同然ですじゃ」
「お義兄様の雄姿が見られるのですね!」
「さて、飯の支度をするか……」
「かあっ、俺らの出番を残しておいてくれよ、フリード!」
口々に好き勝手いう連中。
フリーダム過ぎるだろう、うちの領地の関係者は!