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第十一話 貧乏領主フリードの事情

【領主着任:94日目。領都アウレアテッラ】

 このたび独立自治領として認められた(見捨てられた?)イラディエル辺境伯領は、最初の入植が始まった段階で『黄金の大地(アウレアテッラ)』と呼ばれていたらしい。

 何かの冗談か皮肉か、開拓民を集めるための態のいい謳い文句だったかも知れないが、まあ当然ながら当時、伯爵だったご先祖様はこんな辺境領地になんぞ足を運ばずに、形だけの代官を置いて、もっぱら王都の町屋敷(タウンハウス)と、もっと近場にあった別の領地を行き来していたらしい。


 ちなみに、他国でも言えることだが、初期の貴族制度というのは、王族以外は分家筋の公爵と、腹心の侯爵、そして伯爵からなっていたらしい(ぶっちゃけ山賊、海賊、馬賊などの○賊がつく集団の親玉と、その手下である幹部級が豪族となり、さらに周辺の豪族を併呑して……というのが、そもそもの国の成り立ちと思われる)。

 その後、国が大きくなるにつれ整備されて、子爵や男爵、准男爵、騎士爵といった身分制度が確立していったらしい。

 ま、要するに伯爵家以上の上級貴族というのは、基本的に国の成り立ちから付き従っている、由緒ある家系ということになる(まあ、偉いのは御先祖様であって、その子孫は単なるオコボレと惰性で特権階級に居座っているだけだと思うが)。


 とはいえ、それも時代の趨勢と共に、我が家はどんどんと凋落していって、気が付けば残ったのはここの領地と借金だけになったわけだ。

 ちなみにここは面積だけだと無茶苦茶広い。広すぎて果てが見えない。一応、「こっから先はイラディエル辺境伯領」と認められているが、その先がかつては「魔境」「世界の果て」とまで呼ばれた場所であり、他の領地はおろか国家もないので、開墾次第では下手したら本国を上回る面積の土地を治めることもできるかも知れないが、無論、そんなことは夢のまた夢である。


 まずは目先の問題をなんとかしなければならない。

 ということで、基本徒歩で移動して、金がないので野宿を繰り返し、子供の足を考えて途中で川舟を使ってショートカットをして、どうにか一月ほどで領地にたどり着くことができた。


 そのあたりは精霊魔術で周囲の索敵をできるエリアスと、目がよくさらには機動力が半端ない半人半馬族(ケンタウルス)が警戒にあたっていたお陰もあるだろう。

 ついでに道中では食える魔物や動物を狩りとってくれたので、食べ盛りの子供を連れての大移動でも、比較的食糧には困らない道中だった。


 ◇ ◆ ◇


「……さすがはA級冒険者ですねぇ。まさか単騎でワイバーンを一刀の下に斬り落とすとは。ケイローンたちも感心してましたよ」


 途中で襲ってきたワイバーンを、とりあえず俺が一撃で首を刎ね、返す刀で両方の翼を切って落とし、しばらくタンパク質(にく)には困らなくなった日の夜。

 焚火を囲んでバーベキューに舌鼓を打ってバカ騒ぎをする一同からやや離れたところで、エリアスに合わせたスープと根菜類を中心にした、オヤジさん特製料理を肴に一杯やっていた俺のところに、エルメンヒルトが興味津々そう訪ねてきた。


「そうか? ワイバーンは繁殖期になると領内に襲来していたからなぁ。クソ親父や継母どもに『行って仕留めてこい』って無茶振りされたのが十二歳のときで、毎年、やらされてたからいまさらって感じだけど」

 怖かったのは最初の年だけで、次の年からは「空飛ぶ肉がやってきた」程度にしか思わなくものである。

 ワイバーンの竜田揚げを食べながらそう答える。


「ははぁ、道理で……っていうか、普通、十二歳の子供がワイバーンを(たお)せませんよぉ。もしかして、聖剣に選ばれた勇者とかの類ですかぁ?」

 エルメンヒルトの視線が、俺の腰に佩かれた長剣へ向かう。

「いや、それなりの値段の剣だけど、ただの丈夫なだけの剣で、なんのご利益もない。いちおうこれまで十本以上の聖剣の類と相性を確かめたけど、生憎と俺は勇者や英雄には程遠いらしい」

 苦笑して、腰に下げた剣を叩く。

 世の中には人知を超えた力を秘めた聖剣や魔剣の類があり、ごく選ばれた人間だけがその能力を引き出せることから、彼ら彼女らを神殿では『勇者』とか奉っているようだが、残念ながら俺には勇者や英雄の適性はなかったらしい。


 万一、そっちの適性があれば神殿公認の『勇者』として、かなりの優遇も受けられたのだが、とことん俺は神様や神殿とは相性が悪いようだ。


「せ、せ、聖剣も、ま、ま、魔剣も、先史魔学文明の遺産。た、た、ただの兵器。しゅ、しゅ、種族的には、いまの普人(ヒト)族と繋がるけど、ぶ、ぶ、文明的には別物なのは、遺跡や古代妖精族(ハイエルフ)の証言からも明らか。か、彼らの使う器具は、個人用の認証が、必要だから、元の持ち主と似た体質の人間なら、つ、使えるだけ。ゆ、勇者なんて、神殿の文字通り偶像、案山子(かかし)。あと、すごいのは剣の性能であって、あ、あ、アイツらじゃない」

 こちらもオヤジさんの飯のご相伴に預かっているヘルミが、口の周りを竜田揚げの油でテラテラに汚した顔で捲し立てる。

「だ、だいたい、せ、聖剣の能力はほとんど、は、判明しているから、そ、それを持っているとわかれば、敵対する側に更に強い武器や、た、対抗手段を用意する機会を……与、与、与えかねない。それに聖剣の力に頼ったが最後、そ、そ、そ、その武器が壊れた時や、効果がない敵に遭遇した時どうするのって、話になる。そ、それにメ、メンテにかかる費用も、た、大変だから、実質、神殿の飼い犬となるし……」


 なお、伝承では先史魔学文明人は、この世界に嫌気がさして、魔物や精霊、ダンジョンなどの存在しない、『(ことわり)の力』がより顕著な異世界に移住したとも言われている。

 もしかすると、いまごろは魔法も魔獣もいない世界で、普人(ヒト)族だけの文化を謳歌しているかも知れない(もっとも神官曰く「神不在の世界など地獄も同然、心のよりどころを失って堕落し、とうの昔に自滅していることでしょう」とのことだが、ヘルミという「カミサマ? なにそれおいしいの? 塩かけて食べられるの?」という聖職者の実例を見ると案外、したたかに生きているような気もする)。


「そうですね、実際、リーダーは二年前に無手で、地龍(ランドドラゴン)を斃した実績もありますし、単純な剣技や格闘戦の腕なら、勇者よりも確実に上ですからね」

 スープを飲みながらエリアスもしたり顔で頷いた。

 いや、あれはたまたま休暇中に地龍(ランドドラゴン)が襲ってきたので、周りの被害を最小限に抑えるため、やむなく時間稼ぎのつもりで戦って、七時間かけて、手持ちの上級ポーションを残らずがぶ飲みしながら仕留めたもので、俺としても二度とやりたくはない戦いのランキング上位なんだが……。


「噂にきいたのですがぁ、なんでも『剣聖ディートハルト』と『武神モーリッツ』の双方に弟子入りして、いずれも免許皆伝をお持ちだとかぁ?」

「どっちの師匠からも『お前には天賦の才はない』と言われたんで、シャカリキに努力してどうにか十年がかりで、しぶしぶくれた……って感じだな」

 師匠たち曰く、「お前は凡才だが、凡才が到達できる頂点にいると思え」「凡人が死に物狂いで天才に準じるくらいに追いすがった」と、『凡人どまりでその上には行けない』と断言されたわけなので、凄くもなんともない。

 実際、『選ばれた勇者様』の能力は絶大で、目の当たりにすると、ほとんど卑怯とも思える隔絶さを思い知らされたものだ。


「とはいえA級冒険者の九割以上が、聖剣に認められ勇者認定された特別な人材であることを思えば、イラディエル辺境伯閣下も十分に凄いと思いますけどぉ」

 まあ基本的に普人(ヒト)族の上限がB級といわれているので、A級というのは『人外』の証明でもあるが、ぶっちゃけ正真正銘、生まれながらの才能の化け物どもを知っている俺としては、彼ら彼女らと同一視されるのは、はなはだ身に余る重責でもある。

「ゆ、ゆぅ、勇者に落ちこぼれて、他の神殿から放逐された、ゆ、ゆう、勇者候補と、わ、わた、私が出会ったのも、ひとつの運命。割れ鍋に綴じ蓋、ひひひひひ、ひひ……」

 いや、その表現はいろいろと間違っている。

「……つーか、さっきからモリモリ肉を食っているんだが、普通、聖職者ってのは殺生や肉食を忌避するんじゃないのか?」

 えらい勢いで唐揚げの山を消費するヘルミに、そう辟易しながら尋ねるも、予想通りのへ理屈が返ってきた。

「ひひひひひひ、さ、菜食主義なんて、空論もいいところ。そっちの半妖精族(ハーフエルフ)の彼女のように、もともと消化器官と消化酵素が普人(ヒト)族と違う妖精族(エルフ)が、食物繊維を主食にするのは、のは、まあわかるけど、ひ、ひ、普人(ヒト)族の体には肉類が必須。実際、不殺生を標榜する神官たちも、隠れて肉や魚を食べているし、じょ、上層部も黙認している」

 まあいまさらの話なので軽く肩をすくめるだけにする。

「そ、そ、そもそも、生きているだけで水中の微生物を飲んで、足元のダニを潰している。植物だって、他の生き物の死骸を栄養にしている。よ、世の中、食って食われての連鎖。そ、それを無視して、自分は外れている、汚れていないなんていうのは自己満足もいいところ。だ、だ、だから、私は感謝を込めて食べる」

「なるほど……」


 最後まで聞くと意外と含蓄のある言葉に思えるから不思議だ。


 ◇ ◆ ◇


 ともかくも思いがけずにワイバーンの素材と魔石が手に入ったので、余分な肉ともども隣接する領地――もともとはどこぞの子爵領だったのだが、維持できずに国有地となり、現在は騎士上がりの男爵領となっている町に入って、挨拶かたがた不要なそれらを譲り渡すと、四十代に手が届くかと思われる男爵は非常に喜んでいた。


 なお領主が住む屋敷といっても、そこらへんの村の村長宅に毛が生えたような家だったので、俺とエリアスだけが屋敷で一晩寝泊まりをして、エルメンヒルトたちはいつものようにテントを張って寝泊まりをして――男爵は非常に恐縮していたが――ついでに、市場調査や今後の街道を敷くための下見なども行い、その結果をもとに軽く男爵と打ち合わせをしたおいた(といっても、いちおう仮にも上級貴族である辺境伯と、末端貴族である男爵となると、年齢差や年季の差があっても、ほとんどトップダウンからの命令に近くなるが)。

 とはいえ、ご近所付き合いは大事だからな、今後も定期的に訪問するようにしよう。


 無事に折り返し点を過ぎたので、そこからは領内の獣道を延々と進んで、屋敷と町が見えるところまで、順調に進むことができた。

 あと心配していた病気や怪我には、ヘルミとコーバとが、

「ひひひひひひ……痛くない痛くなぁい……痛いの痛いの飛んでゆけ……ふひひひひひ」

「けけけけけっけけけけけけけけっけけけけけけけけけけけけけけけけ!」

 協力してくれたおかげで大過なく過ごせた……というのもある。

「ひひ……『このポーションを飲むと眠いのも疲れたのも一発で吹き飛ぶ』……と、言っている。こ、こ、子供には、ちょっ、ちょっと強いので、う、う、う、う、薄めて飲むことをお薦めする」

「……毒じゃないのか?」

 旅も終盤になると大人はともかく、子供の疲れがピークになってきたので、荷物を背負子(しょいこ)で大人が背負い、牛や馬や驢馬に子供を乗せ、ついでに怪しげな紫色の液体を配ろうとしていたコーバがいたりしたが。

「だ、だ、大丈夫。こ、こ、この世に毒でない薬はないから……て、適量を守れば、も、も、もんだいない……多分」

 いろいろと危険だと判断して、子供には使わせずに志願者である、知人の冒険者デーヴィッド(ネコ科の目と髭が生えた男。二十四歳独身)に飲ませたところ、

「くあーっ、マジかよ、サイコーじゃん、うえーい! 悪魔も知らない禁断のジュース! これ飲まなきゃやってらんねーぜ! ドラック&トリップ! みんなテンション低いぜーっ! 一口飲んだら昇天三点バースト! だけど俺は不死身だ! なぜなら頭の上で天使がタンゴを踊っているからな、イェイ!!」

 明らかに逝っちゃった感じで、それから三日三晩騒ぎ通した後、地獄のようにダウナーになったのは、どうでもいい話である。


「けけけけけけーけけけけけけけけけけけけっ」

 そのポーションを原液で飲みながら、日がな一日笑っているコーバを横目に見ながら、

(イチかバチか、命がかかってるとき以外は世話にならないようにしよう)

 そう俺たちが心に誓ったのは言うまでもない。


 そうして一月あまり――往復と王都滞在期間を含めて二月強――留守にしていた俺たちの目に広がっていたのは、

「意外とぉ、人が多そうな町ですねー」

 というエルメンヒルトの感想通り、心なしか一・三倍程度に家(掘っ立て小屋)が増え、町の周囲を囲う柵も丈夫に、空堀も深くなった町の様子だった。

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[良い点] >「そ、そ、そもそも、生きているだけで水中の微生物を飲んで、足元のダニを潰している。植物だって、他の生き物の死骸を栄養にしている。よ、世の中、食って食われての連鎖。そ、それを無視して、自分…
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