第一話 貧乏領主フリードの苦悩
こう、原稿を書いていると、無性に関係ない話を書きたくなる時ってあるんですよ、、、。
期末テスト症候群といって、なぜか勉強を棚上げして部屋の片づけや本棚の整理をしてしまう状態ですねw
【領主着任:当日】
俺は執務机の上に積みあがった帳簿と請求書、督促状、陳情書の山を前に頭を抱えていた。
「……つまり領内の財政は火の車どころか、既に破綻秒読み状態というわけか」
「はい。忌憚のない意見を言わせていただければ、これまで保ったのが奇跡でございますな」
俺の呻きに応えて、年齢を感じさせない姿勢の良さで、細かな説明をしていた執事のルイス――祖父の代から仕えている我が家に残った数少ない使用人だ――が、鹿爪らしい表情で同意する。
「ゴブリンの魔物の大量移動によってお亡くなりになられた先代様、先々代様、及び関係者の葬儀がございましたので、さすがに借金の取り立てを控えていたのと、当家の行く末が不透明だったことで、いままで出方を窺っていた……といったところでしょう」
そこへ曲がりなりにも直系の当主が出戻ったので、これ幸いにと畳みかけてきたということか。
「とりあえず売れる物は家宝だろうが屋敷のカーペットだろうが馬だろうが、一切合切売り払って、緊急性の高いモノだけに当てても、焼け石に水もいいところだぞ。つーか、なんだこの毎年の『雑費』のもの凄さは?! 領内の税収のほとんどが消えているとか、ありえないだろう!?」
この二十年以上前から右肩下がりに下がってきた税収に比較して、雨後の筍のごとく天井知らずに幅を利かせている使途不明金に、俺が文句をつけると、
「奥方様への被服、宝飾品、その他の贅沢品にかけた費用でございますな」
ルイスが沈鬱なため息とともにどこか遠い目で語った。
「……ちなみにその服や宝石などは?」
「旦那様と坊ちゃま方が亡くなられた後、さっさと離縁状を置いて実家にお戻りになられた皆様方が抱えて逃げました」
もはや夜逃げしたことを隠そうともしないルイス。
「…………。いまから追いかけて取り返せないものかな……?」
「無理でしょうな。法律上、個人の財産になっておりますので」
半ば以上本気で確認すると、予想通りのすげない答えが返ってきた。
「どーしたもんか……」
いっそ無駄に広い領地を売り払えるものなら売り払いたいが、貴族の領地というのは国王陛下から統治を委託されている国の土地である。勝手に売り買いすれば、下手をすれば国家反逆罪が適応されて俺はギロチンにかけられるだろう。
かといって現状はジリ貧……真綿で首を絞められている状態であった。
どうにか好意的な材料を探せば、いままで無駄に浪費していた義母たち――その昔、俺を散々いびってくれた、親父の正妻や側室が残らずいなくなって、今後は無駄な出費が抑えられたのと、いま残っている領民が俺に比較的好意的なことくらいなものだろう。
「とりあえず金を借りている商人や貴族のところへ挨拶回りをして、なんとか時間を稼ぐしかないな」
領主である俺がどうにかしないと領民がマジで困窮する。
そのためなら俺の頭なんぞ何度でも下げるし、要求されれば借金取りに土下座でも豚の真似でも足の裏でも舐めてみせよう。
「幸いにして税収はどうにか国庫に納めてギリギリ借金の返済ができる計算だ。無駄な出費さえなければ」
少なくとも領主が使う分はないが、まあそれはいいと心の中で付け加える。
どうせ中央とは関係ない没落した貧乏貴族の繰り上がり当主だ。
パーティだ社交界だなんてお誘いはないだろうから、食うだけなら自分で山や川に行って獲物を狩って来れば問題なかろう。
問題はこちらが予想しない出費が発生した時だ。
飢饉や疫病、戦争、魔物の大量移動……。
まあ最後の可能性は低いだろう。幸か不幸かつい先だって起こったばかりだから、統計的にも次回は十五~二十年は発生しない筈だ。
そうだ、ここまでとことんドン底状態なのだから、さすがにこれ以上底はないだろう。
ここが踏ん張りどころだ。
つーか、さらに奈落の底があったら怨むぞ神よ!
ともかくも優先順位をつけて挨拶回りをする相手の順番を、羽ペン片手に吟味していると、不意に廊下を慌てて走ってくる数人の足音が近づいてきた。
なんだろう、もの凄く嫌な予感がする。例えるならいままさに死神が扉の向こうでノックをしようと待ち構えているような……。
ほどなく十七歳ほどの簡素なドレスを着た美少女を筆頭に、数少ない使用人の女中頭であるミセス・マルティナと、俺の冒険者パーティのサブリーダーで半妖精族のエリアスが執務室に飛び込んできた。
そして開口一番――
「大変です、お義兄様。ここからさほど遠くない領内にダンジョンが発生しました!」
ノックどころか死神はドアを蹴破って入ってきやがった!!
ポロリと知らず手から羽ペンが落ちる。
たっぷり五回深呼吸をしてから、俺は現地を確認してきたであろうエリアスに確認をする。
「……マジで?」
「はい、一階は洞窟状になっていて、定番のスライムとゴブリン、吸血コウモリを確認しました」
沈鬱な顔で肯定するエリアスに、神に祈る気持ちで再度念を押す。
「ただ単に洞窟にゴブリンが巣を作った、とかじゃなくて?」
「ダンジョン特有のヒカリゴケの他に地下二階に下りる階段があり、こちらはゴブリンの上位種にコボルト、さらにスケルトンも混在していましたが、お互いに争うことなく住み分けがなされており、さらに地下三階へ下りる階段も確認して、ダンジョンだと確証を得たことから撤退をしました」
沈鬱ともいえる報告を前に、俺は椅子に座ったまま頭を掻きむしった。
ダンジョン!
俺にとっては馴染み深く、懐かしささえ覚えるその名称。
冒険者時代は何度となく足を運んだ職場とも言える場所である。
ああ、そこには危険と冒険、浪漫と野心が眠っていた。
人間と見るや襲って来る凶悪な魔物が溢れ返り、仕組みも定かでない罠や外界では考えられない神秘に満たされたこの世ならざる異境。
己の身と剣一本に人生を賭けて、夢みる冒険者たちの開拓地。
日常ではまずは目にすることができない伝説の魔物が徘徊し、同じく滅多に手に入れられない富と力が手に入る理想郷にして、血と汗と糞尿に塗れた戦場。
道半ばにして斃れた者たちは、ダンジョンに吸収され餌となる屠殺場。
誰が置いているのか不明な宝箱に眠るマジックアイテム。
国が管理する鉱山でも滅多に採れない鉱石が無造作に埋まった壁。
他では見られない、強力な薬効を秘めた薬剤の元になる薬草類。
高位魔獣を斃した際に手に入る、高性能の武器と高濃度な魔素による肉体・魔力の強化。
いやたとえ低位の魔物でも、その死骸から取れる肉、角、革、そして魔石は、武器や防具、マジックアイテムの材料になる。
そう、ダンジョンとは無限に湧き出す資源の宝庫と言えるだろう。
だが普通に考えればわかることだが、無限に魔物が湧き出すということは、放置しておけばどうなるのか?
答えは簡単、居場所がなくなったダンジョン産の魔物が外界に溢れ出てくることになる。
これはたとえダンジョンの出入り口を岩で塞いでも無駄なことで、すぐに近くに(場合によっては岩を貫通して)別な出入り口が生まれるだけだ。
そのため冒険者が魔物を狩ることで、適度な間引きを果たす循環を担う役割を果たしている。
ある意味、WIN=WINの関係と言えるだろう。
しかし、しかしとあえて言おう!
それが都市部や交通の便の良い場所であれば問題はない。
だが、鳥も通わぬ無人島や深山幽谷。そして、碌な定期馬車もない、宿もない、冒険者ギルドはおろか買取商人もいない、補充のポーションも治癒術を使える高位司祭のいる神殿もない、壊れた武器を直せる鍛冶屋もいないド田舎、辺境、僻地であればどうなるのか!?
誰も行くわけがない。
そんなわけで現在、野を徘徊している魔獣の大半は、そうしたダンジョンから溢れた魔獣の成れの果て、子孫だと言われている。
いや、無人島や深山幽谷ならまだましだ。人的被害も少なくて済むのだから。
だが、ウチのような金なし、人なし、商店なし、神殿なしのナイナイずくめの貧乏領地の中にダンジョンができればどうなるのか。
本来であれば領主の私兵や、冒険者を雇って間引きをするものだが、うちに関しては逆さに振ってもそんな予算はない。
当面の間は俺が間引きをしてもいいが、それでは借金の話が進まずに財政的に破綻するし、かといってダンジョンを放置して魔物が溢れた場合は、領主である俺の管理責任となって首が飛ぶ(具体的、物理的に)。
いや、俺の首ひとつで済むなら問題はないのだが、その前に大切な領民に犠牲が出るだろう。
それだけは看過できない。
子供の頃、屋敷に居場所がなくてブラブラしていた俺を、なにくれとなく気にかけて世話をしてくれた町の皆は家族のようなものである。
そんな彼らに犠牲になれなどと言えるわけはない。
とはいえ現状はほぼ詰んでいるわけで……。
「終わりだ……!」
そう嘆いたところで、ふとエリアスが非常に言いにくそうに、視線を俺と床と窓の外へ落ち着きなく動かしているのに気付いた。
「……エリアス。もしかして、他にも何かあるのか?」
「え、いえ、その……」
あからさまに口ごもって挙動不審になる彼女に、俺は毒喰らえば皿までの心境で再度尋ねる。
「エリアス。リーダーとしての命令だ。何があったのか説明しろ」
途端、エリアスが普段の冒険者モードに戻って、淀みなく答えた。
「はい。件のダンジョンから溢れ出したゴブリンが周辺の森に集落を作っていた形跡を発見しました。おそらくは以前に起きた魔物の大量移動は、この集落で繁殖したゴブリンの仕業だと思われます」
「まあ、そう考えるのだ妥当だろうな」
「ただ、私見ですが、ダンジョンの出入り口に微かにゴブリン以外のコボルトと、そしてオークの足跡を確認しました。つまりオークに率いられたゴブリンとコボルトの本隊が居て、今回の魔物の大量移動は、そこからあぶれて餌を求めたゴブリン集団ではなかったかと推測されるわけです」
「……つまり、領内のどっかにオークに統率されたゴブリンとコボルトの集団がいる……というわけか?」
「そうなります。一刻も早い山狩りが必要か……と」
「……それってどの程度の規模で?」
「時間が経っている上に、魔物の大量移動と、素人の国軍がゴブリンを掃討する際に周辺の痕跡を踏み荒らしてしまったので、少なくともCランクのレンジャーが二人一組で三組は必要かと思われます。まあ、ウチから一組は出せますから、二組といったところですね」
執務室に重苦しい沈黙が落ちる。
「――いや、普通、そうなる前に定期的に領主の私兵が巡回するものじゃないのか……?」
呻くようにそう口にしてから、俺は魔物や野盗対策のための兵士の巡回記録を、山積みの資料から見繕って確認をした。
結果――
「なんだこりゃ!? 先々代の時に巡回は年に三回、先代の時には〇回だとぉ!?!」
あり得ない数字に愕然とする。
するとルイスが周囲をはばかるように、
「また聞きですが、三代前のご当主様が大掛かりな山狩りをなされ、それ以後は魔物の被害がほとんどなく、先代様に至っては『前例にならえば魔物の被害は極わずかであるし、我が領のような僻地では盗賊も出ないゆえに無駄である』ということで……」
「まさか巡回そのものをやめたのか!?」
「左様でございます」
なにが前例だ、バカか!?
いや、それが巡り巡って一族をほぼ根絶やしにされる結果になったのだから、因果応報とも言えるが、負の遺産はいま現在の俺と領民に伸し掛かっている。
Cクラスの冒険者となると、日当と危険手当、諸経費を込みで最低でも、ひとり一日金貨一枚が相場である。最低二組四人として一日金貨四枚。勿論一日で終わるわけがない。
そして、オーク率いる魔物の集落を発見次第、これを殲滅しなければならないので、これまた数がいる。
どう考えても金貨百枚は吹っ飛ぶ計算である。
これはウチの領の年間税収の十分の一に当たる金額になる。
そしてもちろん、そんな金がプールされているわけがない。
「ああああああああああ……!」
どうやらどん底と思われた場所はまだ上げ底の上だったらしい。
今度こそ奈落の底に突き落とされ、万策尽きた俺は椅子から立ち上がって、両手を広げて天に向かって咆えた。
「神よっ、これはあんまりじゃないですか!?!」