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かいだん

作者: 京本葉一

 子どものころは、外で遊ぶことが多かった。

 鬼ごっことか、けいどろとか。

 そう、俺の地元では、けいどろ。

 場所は、小学校の近くにある公園で、あれは神社が管理する敷地だったのかな。大きな御神木があったことは、よく覚えてる。

 楽しかったよ。

 時間を忘れて走りまわるくらいには。

 子どもの遊びだけど、大人になったいまでも、けっこう楽しいかもな。

 体力的にきついから、やらないけどさ。

 気の合う連中とやるなら、きっとおもしろい。


 あのころは、クラスメイトが集まって遊んでいた。

 女の子も混じってた。

 小学生の、低学年の頃だから。

 俺たちのクラス、ほんとに仲が良かったんだよ。

 いじめとか、全然なし。

 男とか女とかも関係なし。

 体育が苦手なやつも、遊びになると活躍したりするしな。

 塾とか習い事とかで、全員集合とはならないけど、十人以上は集まる。

 それで、ある程度人数がそろったら、誰かがいうんだ。

 今日は何して遊ぶのかって。

 いろいろ意見が飛びかう。

 けいどろが多かったと思う。

 運動会が近いとき、大縄跳びが続いたときもあったな。

 種目別に特訓もやったような気がする。

 このあたりは、記憶が曖昧だ。

 思い出せないことも多いけど、はっきりと覚えていることが、ある。

 ひとつだけ。

 かくれんぼだけは、やらない。

 みんな、それだけは避けていた。


 はじめてかくれんぼで遊んだときは、女の子だった。

 最後に残ったひとり。

 鬼が降参して、みんなで探したのに、見つからない。

 暗くなってきて、帰る時間が迫ってきて、ようやく自分から出てきた。

 出てきたんだけどさ。

 その女の子をみたとき、なにか違う、って感じたんだよ。

 顔とか服装とか、声も話し方も同じなんだけど、なにか違うって。

 暗くなっていたから。

 疲れていたから。

 子どもながらにいろいろ考えて、気のせいだろうって片付けたんだけどさ。

 なにか違うって感じていたのは、俺だけじゃなかったらしい。


 かくれんぼだけなんだ。

 けいどろも隠れたりするけど、問題はなかった。

 かくれんぼで遊ぶと、だれかひとりだけ、見つからない。

 みんなで探してもみつからなくて、時間が迫ると、ひょいと出てくる。

 それで、なにかが違ってるんだ。

 なにがどう変わったのかは説明できないけど、違和感がある。


 二回目、三回目ともなると、周りの様子もみる。

 だから、みんな気づいてるってわかった。

 あいつ変だとか、なにかおかしいとか、そういう嫌なことをいうやつは、俺たちのクラスにはいなかった。

 俺も、誰とも相談はしていない。

 ちょっと違和感を抱いただけで、べつに悪いところはなにもなかったから。

 その後もふつうに遊んでた。

 かくれんぼをやろう、と提案するやつは、いなくなったけれど。





「で、その思い出とお化け屋敷に、どういう関係があるわけ?」

「お化け屋敷といえば、ほとんどかくれんぼじゃないか! お化け屋敷の九十八パーセントは、かくれんぼで構成されているようなものじゃないか!」


 アスファルトに横たわる、死にかけのアブラゼミを見るような視線が、俺に突き刺さる。


 俺の意見に微塵も心を揺さぶられないとはどういうわけだ?

 付き合いはじめて半年もたつのに、またしても理解できない部分を見つけてしまったらしい。

 せっかくの夏休みに、どうしてお化け屋敷に行きたがる?

 お金を払って恐怖体験を味わうとか、ほんと意味がわからない。


「はあ、しかたないな、もう。それじゃ代案を出しなさい。代案を」


 テーブルに置かれた「最恐ランキング」なる資料を横に置き、用意しておいた別の資料をのせた。


「夏といえば海だろう」

「……却下」

「とりあえず、理由を聞こうか」

「紫外線は、お肌の大敵」

「元ソフトボールプレイヤーさん」

「はい、なんでしょう」

「嘘偽りのない、真実を語っていただきたい」


 俺たちは、しばらく視線をぶつけあった。





 子どもの頃から、夢をみるの。

 同じ夢。

 幻想的でもあるけれど、怖い夢。


 夢のなかの私は、小さな島で生まれ育つ女の子。

 島民のほとんどは漁師で、父も同じ。

 漁師としては最高だったかもしれないけれど、夫としては最低だった。

 浮気なんて当たり前。

 酒に酔っては母を殴った。

 私は母が大好きだったから、だんだん父が嫌いになった。


 漁はいつも命懸け。

 だから漁に出るたびに、家族は船出を見守る。

 ある日、私はさけんだ。

 父ちゃんなんて、海のもずくになっちゃえ、って。

 漁に出る男たちは大声で笑っていたわ。

 父も笑っていたけれど、ちょっとだけ悲しそうな顔をみせた。

 それをみた私は、いい気味だとおもった。

 そのときは。

 その日の漁で、父は命を落とした。

 私の言葉は、呪いになった。


 私は夢をみる。

 夢の中で夢をみて、私は父になっていた。

 荒れ狂う海のなか、翻弄される漁船。

 父は必死になって仲間を助けて、海に投げ出され、命を落とした。

 海の藻屑となり、もずくになった。





「水底からながめる景色は、幻想的で美しくもあるけれど、やっぱり、どうしたって恐ろしいもの」

「そうかそうか、もずく嫌いには、そういう深そうな理由があったわけか」

「もずく、ダメ、ぜったい」


 俺ももずくは苦手だ。

 めかぶは好きで、それは彼女も同じ。

 俺と彼女の共通項。


「海がダメならプールでもいいけど?」

「プールなんて、ほとんど海と同じじゃない! 底にもずくとか生えてるかもしれないじゃない!」


 説得力は皆無だが、必死さは伝わる。

 しかし、そこまで嫌なのか。

 水着姿をさらすのが。

 口にはしないが、最近、たしかにふっくらしている。

 決して口には出さないが、体型が崩れてきている気がしないでもない。

 文句などひとつもありはしないが、カップアイスとか、毎日のように食べているわけで。


「はあ、しかたないな。お互いが納得、あるいは妥協できる別の案を探そう」


 水着姿の写真をみせつけるぐらい、スタイルに自信を持っていたからな。

 そのころと比較されるのが嫌なのかもしれない。


「ねえ」

「なに?」

「ちょっとスマホみせて」

「断る」

「隠すとためにならないよ?」

「やましいことはなにもない。ただ、素敵な写真を探しているだけだ」


 テレビのリモコンが飛んできた。





 カップアイスをやめるのは難しいそうなので、食事はひかえめに、りんごと納豆とめかぶですませた。

 俺も付き合う。

 気分はプチ断食。


「おやつ、ドリンク、ともに準備オーケー。じゃ、そろそろはじめましょうか」


 妥協案として、部屋でホラー映画を観ることになった。

 シリーズものらしい。

 シリーズものが、いくつもあるらしい。

 粘り強い交渉の結果、抱き枕の利用権は、俺が死守した。

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