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S.O.S!  作者: 如月 望深
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ラスト・サマー 4

 翌日、英知と凪は鈴果の元彼、杉田すぎた 和義かずよしを研究室に訪れた。応対した杉田は鈴果の名前を出すと一瞬凍りついたような表情をしたが、英知が事情を話すと渋々研究室に招き入れた。杉田以外は研究室にはいないようだった。

 昨日、あの日鈴果と飲んでいたゼミ生たちに説明したように、ミス研の調査で鈴果の死の真相を探っていると話した。

「それは、俺が犯人だと言いたいのか?」

 憤慨したように杉田は言った。

「いえ、そういう訳ではありません」

 ゼミ生たちの時と同じように、英知は否定の言葉を口にした。

「もう、やめてくれ。鈴果が死んで、俺が犯人だとか俺に振られたのが原因だとか根も葉もない噂を立てられて、うんざりだ。事故だってわかって、やっと最近落ち着いてきたのに、今さら蒸し返すようなことしないでくれ」

 杉田は心底嫌そうな顔をして英知たちを拒絶した。

「失礼なことを聞いて申し訳ないのですが、安藤さんとの間でトラブルとかは? 別れ話でもめたとか」

「いや、お互い納得して別れたよ」

 杉田は渋々ながら答えた。答えなければ自分が疑われるのだ。杉田の話は嘘ではなさそうだ。昨日鈴果に確認したが、鈴果も別れ話でもめてはいないと言っていた。別れを切り出されて悲しかったが、話し合って別れたのだと。

「…でも、あんなことになるなら、別れるなんて言わなければよかった。今でも思い出す、あいつの泣き顔。最後に見たのが泣き顔なんて…」

 うつむいた杉田の表情は見えなかったが、彼が後悔しているのは本当のようだった。

 英知は、一応念のため、と断ってから事件当夜のアリバイを尋ねた。杉田は嫌そうな顔をしたが、答えはくれた。

「部屋に一人でいたよ」

 証人はいないけど、と自嘲気味に笑う。警察にも疑われたのだろうか。どうせ疑ってるんだろうというような態度だった。

「あの、ひとつ伺ってもいいですか?」

 話題を変えるように英知は切り出した。

「安藤さんは高所恐怖症だと聞きましたが、酔ったら平気になるとか、そういうことは?」

「ないよ。酔うともっとひどかった。家のベランダだって出られないんだぜ」

「そうですか。どうもありがとうございました」

 お忙しいところ、失礼なことを訊いてすみませんでした、と英知と凪は丁重に礼と詫びを言って、研究室をあとにした。

「アリバイなしじゃ、あの人も容疑者?」

「そうかもね」

 うーんと英知は考え込んだ。

「でも、彼女と別れた日に友達と遊んでてアリバイばっちりあります、みたいなのよりはマシな気がする」

 凪の言葉に「そうだね」と英知は頷いた。


 二人は昨日の松沢の研究室へ向かった。今日には帰ってきているはずである。

「松沢先生」

 人気のない廊下の曲がり角で英知は足を止めた。凪もそれに倣う。木部が松沢を呼び止めたのだ。立ち止まった男が松沢だろう。

佳乃よしの

 二人の様子を英知は壁に隠れるように見ていた。

 そこへ、教授らしき年配の男性が現れて松沢に声をかけた。学会はどうでした?という話題のようだ。木部は老教授に頭を下げて歩き去った。

「佐原さん、ちょっと頼みがあるんだけど」

 英知は凪に耳打ちした。いくつか頷いた凪は木部のあとを追いかけて行った。

 老教授が去ったのを見計らって英知は壁の影から出て行き松沢に声をかけた。

「松沢教授ですよね?」

「そうだが、何か?」

 見慣れぬ学生に声を掛けられた松沢は相手の名を思い出そうとしているようだった。

「W大の桜沢といいます。先生のゼミ生でいらした安藤鈴果さんのことでお聞きしたいことがあります」

 松沢は一瞬身構えたように体を硬くした。今まで話を聞いてきた人たちとほぼ同じ反応だった。松沢は硬い表情のまま、ここでは何だからと英知を研究室へと誘った。

 英知は今まで同様、ミステリー研究会のメンバーで廃ビルの幽霊の噂と鈴果の死の真相を探っていると説明した。

「あれは事故だったんじゃないのか?」

 やはり今までと同じ反応が返ってきた。

「でも、彼女は高所恐怖症なんです。あんなところに昇るなんて、考えられません」

「しかし、酔っていたならそういうことも有り得るんじゃないのか」

 だが、杉田の話が本当ならばそれは否定される。酔っていてもある程度は人間の行動パターンは通常を踏襲されるものだ。その日だけ高いところが平気になるなど有り得ない。

 しかも、事故でないことは本人が主張している。

「彼女は、事故死ではないと僕は考えています」

 英知の言葉に松沢は表情を硬くした。

「じゃあ、殺人だとでも?」

「その可能性が高いです」

「まさか、私を疑っているのか?」

 英知が話を聞きに行った全員が自分が疑われることが心外のように眉を顰めた。そうではないと英知は今まで同様断りを入れた。

「あの日一緒に飲んでいた皆さんが容疑者リストの上位にくるとは思いますが」

 念のためアリバイを教えて欲しいというと、中村が言っていたように二人で鈴果を送って行き、途中で鈴果と別れ、その後二人もすぐに別れて帰ったとのことだった。

「我々の中に犯人がいるなんて…」

 松沢はショックだというように考え込んだ。

「心当たりはありませんか? 彼女が恨みを買うような」

「いや、彼女はとてもいい子だったようだし、人の恨みを買ったりしないだろう」

 人間関係も良好だったように思うと松沢は評した。

「誰かの秘密を知ったとか?」

「秘密?」

「例えば、人には知られなくない秘密を彼女が知ってしまったとか」

「さあ、どうだろう。学生個人のことには詳しくないから」

 面目ないがね、と松沢は言ったが、学生と教授の関係なんて、そんなものだろう。英知も自分の大学の教授と親しいということは特にない。

「では、安藤さんに彼がいたことはご存知でしたか?」

「いや、知らなかったよ。あの日、フラれたと言っているのを聞くまで」

 そうですよね、と英知は頷いて席を立った。そしていとまを告げる前に思い出したように訊いた。

「事故に遭うのと、殺人事件に巻き込まれるのと、宝くじに当たるのって、どれが一番確率が高いんでしょうね?」

 唐突な英知の質問に松沢は面食らったようだが、

「まあ、宝くじじゃないのかな」

 と答えた。

「松沢教授は宝くじに当たったことは?」

「前にちょっとだけあるよ」

 そうですか、と英知は頷き、お忙しいところお時間いただきましてありがとうございました、と礼を言って松沢の研究室を辞した。

 小さな電子音が鳴って、英知の携帯電話にメールが入ったことを知らせた。携帯の画面を見て英知は足早に大学を出た。

「佐原さん」

 凪からメールで知らされた喫茶店に入ると、席を立って凪が英知に駆け寄った。

「どうだった?」

「うん。言ったとおりだった」

 凪は自分のいたテーブルをちらりと振り返った。英知も視線を同じくする。所在なげに座った木部がこちらを窺っている。英知は会釈して彼女の方へ歩き出し、凪もそれに続いた。

2009年初稿、2019年改稿。

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