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S.O.S!  作者: 如月 望深
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幾千の花 5

 花火が小休止に入る。眼下の花火会場ではナイアガラなどの仕掛け花火が行われているらしい。丁度そこへセレナが現れた。

「ごめんなさい、遅くなって」

「セレナさん。よく場所わかったね」

 凪が感心すると、「私、勘がいいの」とセレナは胸を張った。それから英知に目を向け、言葉には出さずに「どうだった?」と尋ねる。英知は頷いて見せ、「エルは日本の花火が気に入ったみたいだよ」と答えた。

「それは良かったわ。じゃあ、エル、私たちは行きましょうか」

「え?」

 戸惑うエリオットの手を掴んで、セレナは「こぶ付きデートなんて気を使うだけでしょうが。行くわよ」と引っ張って行く。「私まだ夜店も見てないのよ。久しぶりに楽しみたいから、エル、付き合ってよね」と、コンパスの長いエリオットを引き摺るセレナに英知も凪も呆然とする。

「英知くん、凪ちゃん、ありがとう。後は私が面倒みるから大丈夫よ」

 振り向いて手を振るセレナに、つられて英知も凪も手を振り返す。

「エーチ、ナギ、ありがとう。サイコーの花火でした。──会えてよかった」

 セレナに手を引かれながら、エリオットは二人に手を振った。最後の言葉が、誰に向けられたものなのか、一瞬英知は判断に迷ったが、深くは考えないことにした。エリオットの笑顔が、晴れ晴れとしたものだったから。

 あっ、と凪は声を上げた。

「エル、眼鏡しないで行っちゃったけど、大丈夫かな?」

 そういえば、夜だからかセレナもサングラスをしていなかった。エリオットはともかく、セレナはかなり面が割れている。

「…ま、大丈夫でしょ」

 セレナもエリオットも、テレビで見るよりずっと砕けた性格だ。イメージ通りの行動を取らない分、意外とバレないかもしれない。

 英知と凪は顔を見合わせて笑った。すると、再び花火が上がり始める。英知と凪は揃って夜空へと再び目を向けた。

 さっきから、凪の手はずっと英知の手の中にある。もしかしたら、セレナはこれを見て妙な気を遣ったのかもしれない。ただ、凪としては英知と二人で花火が見られることは単純に嬉しかった。英知が花火大会の誘いに応じてくれたことも。

「桜沢さん、ありがとう」

「ん?」

「花火大会、一緒に来てくれて」

「うん」

 顔を見なければ、これくらい素直に凪は気持ちを言えた。

「…さっき、エルに先を越されて言いそびれてたけど」

 英知の視線がちらりと凪に向く。

「浴衣、似合ってる。可愛いよ」

「…そ、それはどうも」

 照れくさいながらも嬉しくて、凪は英知のほうを向かないまま手をギュッと握り返すと、英知の指が動いて凪の指を絡めとる。深く合わされた手に照れながらも、凪は指先に力を込めて応える。

 不意に、隣で気配が動いて頬に何かが触れた。それが英知の唇だと理解するまでに数瞬かかり、その間に今度は額に唇が降りる。思わぬ英知の行動に、凪は英知を仰ぎ見る。空で色を変える花火の光に照らされた英知の顔も彩りを変え、その瞳に、普段とは違う英知を見てドキリとする。

「……な………」

 花火の音に掻き消されるようにして英知が誰かの名を呼んだ。その瞬間、ズキリと凪の胸に痛みが走る。


 ───誰のことを、呼んだの?


 凪を見つめていた英知の顔が、再び近付く。その意味を悟って、凪はぎゅっと目をつぶった。


 ───誰のことを、想ってるの?


「……っいや!」

 唇が触れる寸前に、凪は英知の胸を押し返した。少し驚いたように英知が凪を見下ろしていた。その瞳に映る自分の姿に、凪は顔を背ける。


 ───誰のことを、見てるの?


 この人が見てるのは、私じゃない。私の姿の向こうに、見ているのは誰? 私に触れながら、想うのは誰?

「……私は、直緒さんの代わりじゃない!」

 凪は英知の手を振り払うと、その場から逃げ出した。着慣れない浴衣が足にまとわりついて走りにくい。脱げそうになる草履も、あの足場の悪い坂を思えば脱いでしまったほうが楽かもしれない。

 だが、数メートルも行かないところで凪の足は止まってしまった。それどころか、掴まれた腕を引っ張られ、強引に引き戻される。気付けば凪の体は完全に捕えられ、英知の胸と腕に囲まれていた。

「俺は、佐原さんを直緒の代わりだなんて思ったことは、一度もない」

 普段よりも低い英知の声が凪の耳に直接響く。

「…桜沢、さん…?」

 腕に力を込めて凪を抱き込む英知に、凪は戸惑ったように声を上げた。花火が上がって夜空は明るく輝くのに、すぐ近くにある英知の顔は、近すぎて表情を見ることができない。

「……凪……」

 心臓を震わせるような花火の音の合間に、今度は自分の名を呼ぶ英知の声が耳朶じだを打つ。凪は抵抗を諦めて、素直に英知の胸に頭を預けた。



 ───直緒。

 エルと会わないと決めた彼女と同じように、君が俺に会わないと決めたのなら、それを、俺は都合よく受け取っても構わないだろうか?

 君を、思い出の奥底に閉じ込めて、君のいない人生を他の誰かと歩むことを許してくれるだろうか?



 後日、週刊誌やスポーツ新聞の紙面を賑わす記事が発表された。

『水戸セレナ、ハリウッド俳優エリオット・ニコルソンと熱愛!?』

 彼らが仲良く手を繋いで夜店を見て回っている写真まで載っている。二人とも何の変装もしていないという堂々っぷりだ。あまりに堂々としているので、世間ではさほど反感を買った様子はなかった。

 とはいえ、セレナもエリオットも事務所から大目玉をくらったらしいが、当の本人たちはケロリとしている。独身の男女が、オフの日に一緒に出かけたくらいで、何が悪いのかとセレナは愚痴っていた。

 帰国の際、空港に詰めかけた報道陣に記事のことを聞かれ、エリオットは「日本でできた新しい友人の一人ですよ」と答えた。

「でも、彼女はとても魅力的なので」

 そこまで言って、報道陣の輪から抜け、映画のキャンペーンの一環で見送りに来ていたセレナの元まで歩みよると、彼女の手を取ってその甲にキスして見せた。

「今度会う時は、口説くから覚悟してて」

 そう言ってウィンクするエリオットにセレナは絶句し、周りの女性や世の女性たちは顔を赤らめて悲鳴やら黄色い声やらをあげたとか。

 そんな情報を、夏休みの昼下がり、母が見ていたお昼のワイドショーで知った凪は、写真を撮られたのが自分たちと一緒の時でなくて本当に良かったと心から思った。セレナのこともエリオットのことも好きだが、知り合いだとわかればサインもらって攻撃に遭いそうだ。巻き込まれるのはごめんだ。

 それから、エリオットの新しい恋が上手くいくようにと、こっそり願った。

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