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S.O.S!  作者: 如月 望深
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ラスト・サマー 2

 テニス部は夏休みを利用して強化練習をしている。大学生のコーチを招いてのハードな練習が続く。大学生たちはだいたい二人ずつ交代でコーチに来ていた。

 そして、今日から合宿に入っていた。通常、合宿というと学校を離れ、避暑地に宿泊しての練習、というのがイメージだが、彼女たちの合宿先は学校だった。校内に合宿に使用できる宿泊設備があるのだ。よそに行かない分、経費削減というのもある。

 合宿中は大学生たち4人全員がコーチに訪れた。午後の練習が終ると大学生たちは帰る。夕食後、夜の練習を1時間行い、それが終わったら自由時間だ。

 練習を終えたテニス部員のもとを大学生たちが訪れた。差し入れ持ってきたよ、と彼らは花火を持ってきた。皆で花火を楽しみ、その日の合宿は終了した。

 翌日もハードな練習を終え、自由時間には大学生たちに勉強を教わることになった。顧問が宿題をやるように命じたからだ。1時間も勉強したところで、女子高生たちは勉強に飽きてしまった。

「ねえ、大樹くん、ちょっと息抜きしたい」

「息抜きって?」

 キャプテンが従兄にねだる。

「キモダメシ、とか、どう?」

 いいね~と女子高生たちが乗る。中には怖がる子もいたので参加は自由になったが、大学生は強制参加だった。

「どこでやる?」

 学校にはいろんな怪談がつきものだ。しかし、校内は鍵が掛かって入れない。そこで、キャプテンは学校の近くの廃ビルを提案した。

「あそこって、非常階段のとこで事故があったでしょ。だから、出るって噂あるんだよ」

「俺、やだ」

 一人、英知が渋った。

「えー、何だよ、英知。ノリ悪いな」

「ほんとにお前、怖がりなんだな」

 ちゃかす友人達に英知は真顔で答える。

「だからそう言ったじゃん。やだよ、行きたくない」

 断固抵抗する英知を大樹は無理やり連れ出した。

「かわいい女子高生たちだけ行かせるわけにはいかないから、お前は強制参加」

 そして、沈黙していた凪も友人たちにせがまれて同行することになった。


 結局、キモダメシに参加したのは10人だけだった。大学生4人、女子高生6人である。大学生それぞれに1人ないしは2人の女子高生がついて一グループになる。大樹に二人、健吾に二人、雄太に一人、英知に一人という具合である。グループ分けはジャンケンで決められた。

 それぞれのグループが時間差で出発し、廃ビルを一周回ってくるというルールだ。まずは健吾グループが出発し、次に雄太グループ、そして英知グループ、大樹グループという順だ。

 英知は大樹の従妹、キャプテンの牧野 千早と組むことになった。乗り気だったわりには怖がって千早は英知の腕をしっかりと掴んでいた。

「きゃっ!」

「それはただの蛾」

 飛んできた蛾に怯える千早に英知は冷静に対応する。

「キャッ!」

「今のはコウモリ」

 物音が鳴るたびにいちいち驚く千早を宥めながら英知は平然と歩いていく。暗い中でも英知の足取りに怯える様子はない。

「英知くん、怖がりって、どこが?」

「暗いところは平気。そういうのは怖くない」

 英知は平然と答えて例の非常階段の下までやってきた。ここがだいたいコースの中盤だろう。

「牧野さん、階段の下、絶対見ないで」

 そう忠告して英知は自分が階段側を歩いて通り過ぎようとした。自分に触れている千早に万が一余計なものが見えては困る。ガサッという音がして「きゃあっ!」と千早が腕にしがみついた。

「大丈夫、ただの猫」

「猫、よかった…」

 千早は自分の前を横切る猫を目で追いかけ、見てはいけないと言われた階段下を見てしまった。

 そこに光る、暗い瞳。

「牧野さん、見ちゃだめだ!」

 英知が視界を遮ろうとしたが、既に遅かった。

「ひっ!」

 あまりの恐怖に千早は来た道を駆け戻っていった。

「牧野さん!」

 追いかけようとして、英知は見てしまった。彼女に見ることを禁じたその場所を。暗く光る瞳があるその階段下を。

 そこは、非常階段を登っていった先にあるドアの手前の踊り場の下。本来ならば、そこには何もない。物も置いてない空間だ。しかし、今、そこには重苦しい空気が澱んでいる。その、暗く澱んだ空気の原因は、暗く光る虚ろな眼。

「見ちゃ、だめだ…」

 そう心の中で自分に言い聞かせようとするものの、その瞳の暗さに眼を逸らすことができない。体が金縛りにあったように動かない。


 …どうして。

 どうして私はここにいるの?

 どうして私は、殺されなければならなかったの…?


 深く暗い声が頭の奥のほうに響く。


 …だめだ、引きずり込まれる。この闇のように深く暗い想いに…。


 えもいわれぬ恐怖が英知の背中を伝い落ちた。このままでは危険だ。深く暗い感情に引きずり込まれて戻れなくなる。

「ちょっと、大丈夫?」

 後ろから背中を叩かれて、英知は我に返った。

「…佐原さん…」

 やっと動かせるようになった体で凪を振り向いた。凪は英知の斜め後ろに立って英知を見上げていた。

「千早が泣きべそかいて走ってきたから、何事かと思って…」

 言いかけて、彼女は階段の下に視線を向けた。

「…なに、あれ?」

「見えるの?」

 自分と同じように凪はそこに暗いものを感じ取っているようだった。

「見えるわよ。気味の悪い暗い眼が」

 英知の隣に立って凪はその暗い場所を睨みつけた。どうやら凪は相手の暗い想いに引きずられないらしい。そして、凪の隣にいれば英知も相手の暗い感情に引きずり込まれずに済んだ。

 霊に影響されにくい体質、であるらしい。佐原 凪は。

「佐原さん、ちょっと傍にいてもらっていい?」

 英知は目を閉じ、左手首の数珠を触ってから両手を合わせた。そして経を唱え出す。英知を見遣った凪は、同じように階段の下に向けて手を合わせた。

 経を唱え終わると、階段下の暗い気配は消えた。そして、そこには一人の少女が立っていた。大学生くらいだろうか。

「…お願い、私の頼みを聞いて」

 彼女の声は先程までの暗く澱んだ恐ろしさはなかった。

「私は安藤あんどう 鈴果すずか。1年前、この非常階段で殺されたの」

「殺された…?」

「そう──殺されたの」

 彼女の暗い想いの理由は、そこにあった。

「お願い、私を殺した犯人を、捕まえて」

 安藤鈴果は大学3年の時に廃ビルの非常階段から転落して死んだ。彼女はその時大量のお酒を飲んでおり酔っていた。泥酔して階段の上から誤って落ちたのだろうと、警察は事故死として処理した。

 しかし、彼女は犯人を覚えていた。自分を非常階段から突き落としたということだけ。

「本当に酔ってたから記憶が明確ではないんだけど、間違いなく突き落とされたのよ」

 その日、彼女は彼氏にフラれ、ゼミ仲間との飲み会で自棄酒をした。アルコールに弱く普段はあまり酒を飲まない彼女は酩酊状態だった。だから警察は事故死としたわけだが、それでも彼女は自分を突き落とした人物がいることを知っている。

「第一、私、高所恐怖症なのよ。いくら酔ってたからって、あんなところ昇らないわ」

 警察は彼女が酔って非常階段に登り、踊り場から下を覗いて誤って転落したとしたが、高所恐怖症であれば立て付けの悪い廃ビルの非常階段など昇らない。しかも下を覗き込むことなどない。

 ただ、問題は、彼女が自分を突き落とした犯人の顔を見ていないことにある。犯人がいることはわかっているが、それが誰だかわからないのだ。

「…私、誰かに恨まれるようなことしたのかなぁ? 殺されなければならないような人生だったのかなぁ?」

 ボロボロと鈴果は涙をこぼした。霊になってまで自分の人生を認められないままなのだ。殺されるような人生を送ってきた自分を嘆き、彼女の想いは深く暗く沈殿していた。

「そんなことないよ。きっとあなたは悪くない。あなたを殺した奴なんかのために、あなたが苦しむことないよ」

 英知は鈴果に手を差し延べた。その手を鈴果がガシッと掴む。

「お願い! 犯人を探し出して!」

「…いや、それは、俺、別に探偵とかじゃないし…」

「見つけてくれなきゃ呪うから!」

 背筋の凍るような鈴果の脅しに、英知は茫然と掴まれた腕を見遣った。


「おい、英知、大丈夫か?」

 なかなか来ない次のグループを迎えに英知と凪は来た道を戻った。まだ怯える千早とともにその場に留まっていた大樹が訊いた。

「大丈夫って、何が? ただの猫だよ。ね、佐原さん」

 英知に同意を求められて凪は頷いた。

「何にもなかったけど、どうする? もうやめる?」

 何もないなら行こうと大樹が提案した。このまま自分たちがリタイアすれば、他のグループに何と言われるかわからない。そこで2グループ一緒になって歩き出した。グループの最後尾につけた英知は、隣の凪に小声で訊いた。

「もしかして、佐原さんて『見える』人?」

「まあ、時々見えたりするけど」

「でも、寄っては来ないんだ?」

「うん。どうせ私何言ってるか聞こえないしね。あれ、でも今日のはわかったな」

 いつもは凪は見えるだけで声は聞こえないらしい。

「ごめん。それ、たぶん俺のせい。佐原さんの感覚が俺に同調シンクロしちゃったんだと思う」

「シンクロ?」

「そう。俺の感覚を一時的に感じ取ったってこと」

「じゃ、あんたは声も聞こえるんだ」

 英知は頷いた。そして「ごめん、余計なもの聞かせたりして」と謝った。

「いいわよ。何にも聞こえないと逆に怖い時もあるし」

 ビルを一周して戻ると、待っていた2グループが心配したように駆け寄ってきた。なかなか戻ってこないので、見に行こうかと話していたところらしい。

2009年初稿、2019年改稿。

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