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S.O.S!  作者: 如月 望深
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ナイチンゲールの葬送 4

 井上が英知と共にセレナがレコーディングをしているというスタジオへ行くと、その前で後輩が待っていた。

「今はレコーディング中なので、会えないそうです」

 後輩はマネージャーの女性に邪険にされたそうで、うなだれたように報告した。

「ところで、この少年は?」

「ああ、…高校生探偵」

 後輩の質問に苦し紛れな回答をした井上に、英知は抗議の目を向けた。そもそも“高校生”の時点で違っている。「素人が探偵を気取られても困るんだよね」と単発二時間ドラマの探偵役の主人公が、それを煙たがる警察に言われるような台詞で後輩に迷惑そうに扱われたので、「ご迷惑なら、俺はこれで」と英知はあわよくば帰ろうとしたのだが、「セレナさんに会わせろって言ったのは君だろ」と井上に引き止められた。

「刑事さん、こんなところまで来られては困ります。セレナちゃんはデビュー前の大事な時期なんですよ」

 怒り心頭の様子で、スタジオから出て来たマネージャーが井上に詰め寄った。

「あの、セレナさんは『ナイチンゲール』って呼ばれているんですか?」

 英知の問いに、マネージャーはころっと表情を変えて答えた。

「よくご存じね。そうよ、クラブで歌ってた頃、セレナちゃんはあまりの美しさに小夜鳴鶯ナイチンゲールって言われていたの。私がスカウトして、敏腕プロデューサーの角田さんに引き会わせたんだから」

 ふんぞり返りそうな勢いで、マネージャーは自慢した。

 そうこうしているうちに、レコーディングを終えたセレナがスタジオから出て来た。井上は英知を伴ってセレナを人気の少ない休憩スペースへ促した。

「この人をご存知ですか?」

 井上がスーツ姿の男性の写真を差し出す。病院で会った小峰だ。

「いいえ」

 英知は注意深くセレナの様子を観察した。

「本当に、ご存知ありませんか?」

「知りません。姉の恋人を私が把握しているわけではありませんから」

「この人は、病院の関係者で、ご存知かどうかお訊きしただけです。それなのに、どうして恋人だなんて思ったんですか?」

 英知の問いに、セレナは動揺したように視線を彷徨わせた。

「…それは、あの、年が、姉に近かったので、そういう意味でお訊きになったのかと…」

「病院に、お姉さんと同年代の男性が何人いると思っているんですか?」

 セレナは視線を落として沈黙した。英知はさらに追及する。

「本当は、この人をご存知なんじゃないですか? 実際会ったわけではないとしても、例えば、写真で見た、とか」

 セレナは息を飲んだ。

「ご存知、なんですよね?」

 英知の声はあくまでも穏やかだが、セレナは諦めたように頷いた。

「実際に、会ったことはありません。でも、姉の部屋に写真がありました。姉は、その写真を処分するように私に頼んだんです」

 セレナはバッグから一通の手紙を取り出して、井上と英知に向けた。

「姉の遺書です。いえ、遺言というべきかもしれません」

 乱れた字で「セレナへ」と書き綴られていた。

「姉は、自分の死を悟って、私に手紙を書いたんです」

 そこには、彼女が流産した子の父親のこと、その彼に体調が回復するビタミン剤だと言われて飲んだ薬のせいで自分が死ぬであろうことが書かれていた。そして、彼はきっと自分を殺そうとしたわけではないので、彼を責めないで欲しいと。彼のことを誰にも知られたくないので、彼の写真が入った箱は処分して欲しい、とセレナへの頼みが綴られていた。

「あの日、すぐに来て欲しいと、姉から私に苦しそうな声で電話がありました。急いで私が姉の家を訪ねた時、姉はもう亡くなっていて、傍らにこの手紙がありました。姉は、最後の力を振り絞って書いたんだと思います」

 セレナは姉の手紙に従い、小峰の写真が入った箱を戸棚の引き出しから持ち出した。

「でも、そのままでは、姉は自殺ということで片づけられてしまうかもしれない。だから、わざと不審に思われるように薬とコップを片づけておいたんです」

「小峰の写真は?」

 井上が身を乗り出して尋ねた。

「姉は捨ててくれと頼みましたが、姉が一緒に写っている写真ばかりだったので、捨てられずにとってあります」

 薬の瓶も一緒に保管してあるとセレナが言うと、井上は安堵したように頷いた。これで物証がある程度は揃ったことになる。


 小峰のもとへ向かう井上に、セレナは同行を志願した。井上は、後輩にいくつかの調べ物を指示し、自分は英知とセレナを伴って小峰のもとへ向かった。

 小夜子が勤務していた病院にまだいた小峰を捕まえて、井上は中庭へ連れ出した。

「どうしたんですか、刑事さん?」

 愛想良く尋ねる小峰に、井上は重々しい口調で語り出す。

「あなたの勤務する会社に問い合わせたところ、最近、堕胎誘発剤を開発したそうですね。そのサンプルを、産婦人科のある病院に試供しているとか」

 会社の担当者が言うには、安全な人工妊娠中絶のための薬剤ということだ。病院での試供を通して副作用などを検証していたらしい。

「あなたは、それを手に入れられる立場にいた」

「…だとしたら、何だというんです?」

 小峰は落ち着いた様子で対応した。

「小峰さんは、もうすぐ大山医師の娘さんとご結婚の予定だとか」

 これらのことは、英知に頼まれて井上が調べたことだ。多くは後輩に調べさせたのだが。

「そうですが、それが何か?」

 相変わらず、小峰は動揺する素振りを見せない。

「大山医師の娘さんとの結婚が決まっているのに、小夜子さんが妊娠したと知った時には、さぞ困ったでしょうね」

「言っていることの意味がわかりません。なぜ水戸さんが妊娠して僕が困るんですか?」

「彼女が身ごもったのが、あなたの子だからですよ」

 井上は決めつけた。

「だからあなたは、堕胎誘発剤を彼女に飲ませた。副作用があるのを知っていて」

「そんなのは、憶測の域を出ない」

 小峰の言うことは間違いではなかった。井上の手元にあるのは、小峰と小夜子が付き合っていたであろうと推測できる写真と、小峰の指紋が付いた睡眠薬の瓶だけだ。

 ふう、と英知が深い溜息をついた。

「確かに、現段階では、小峰さんが怪しいのは、小夜子さんと親しくなかったと嘘をついている点だけですからね」

 嘘などついていないと言い張る小峰に、英知は写真の話をして黙らせた。

「ねえ、小夜子さん、本当にこんな人のことをかばったままでいいの? この人、あなたが死んだことに何の責任も感じてないみたいだけど」

 英知が見つめるのは、小峰の後方、何もない空間だった。思わず井上もその方向に目を遣る。英知は小峰を小突き、井上、セレナと順に肩を叩く。すると彼らの目の前に、小夜子の姿が現れた。

「……小…夜子…」

 怯えるような目で、小峰は小夜子を呆然と見つめた。

「…ゆ…許してくれ、俺は…」

「あなたが、私の妊娠を喜んでいないことはわかっていたわ」

 妊娠を告げた時、小峰はひきつった笑顔を見せたのだ。それで小夜子は悟った。自分が病院内で聞いた、小峰が大山医師の娘と結婚するという噂が嘘ではないと。だから、「妊婦にいい」と小峰に勧められた薬を飲んだ直後に流産した時、小峰を疑った。

「でも、あなたが私を心配して、体調が回復するようにとビタミン剤をくれた時は、すごく嬉しかったの」

 自宅にビタミン剤を持ってきた小峰は、小夜子にそれを勧めた。そしてそれを飲んだ小夜子は、意識を失った。

 小峰は小夜子を残し、小夜子の家を去った。

 実はその時、小夜子はまだ死んでいなかった。小峰が帰ったあと、小夜子は一時意識を取り戻した。だが、自分の症状から、もう助からないと判断して、妹に手紙を残し、彼女を電話で呼び寄せた。手紙が他の誰かに先に見つかっては困るからだ。

「小峰さんが小夜子さんにビタミン剤だと偽って飲ませたのは、睡眠薬でした。当然小峰さんは、堕胎誘発剤の副作用が、睡眠薬に影響すると知っていたんですよね?」

 新薬に副作用はつきものだ。その薬は、睡眠薬の効きをよくしてしまう、つまり、致死量以下の睡眠薬でも死に至らしめてしまうという副作用があった。

「し…知らない!」

「おかしいですね、MR──医療情報担当者というのは、薬の知識だけでなく、副作用についても情報を集めるのが仕事だと聞きましたが」

 英知の鋭い視線を受けて、小峰は蒼白な顔で小刻みに震えていた。

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