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S.O.S!  作者: 如月 望深
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Brotherhood 4

 大学を出たところで、「桜沢くん」と声を掛けられた。名乗った覚えはなかったが、相手が昨日の刑事であることを考えれば、調べたのだろうと容易に推測できた。身に覚えは、ある。昨日の英知の言動は、明らかに不自然だ。

 英知が素直に後をついて行くと、刑事は身分証明書を提示した。井上いのうえ 貴信たかのぶ、と書かれていた。

「どうして俺が来たか、わかるね?」

「昨日のことでしょう?」

 答えながら英知は、今日も病院へ行けそうにないと諦めた。

 井上刑事は、英知を喫茶店へ誘い、席を勧めた。コーヒーでいいかな、と確認してからウェイトレスにコーヒーを二つ注文した。

「昨日のボタン、調べたよ」

 ウェイトレスがコーヒーを置いて去ってから、井上刑事は口を開いた。

「君の言うとおり、二つの指紋と、日本では流通していない麻薬の成分が検出された」

 指紋の一つは鏑木、もう一つは銀次だ。銀次の血液は検出されなかったが、ボタンに残った皮膚片は、銀次のDNAと一致したそうだ。そして、まだ日本では流通していないとされる麻薬成分。

 それを材料に鏑木を拘束した。鏑木は最初容疑を否認していたが、一緒に拘束した鏑木の舎弟が「証拠はあがっているんだ」という脅しにビビって白状してしまったため、鏑木は銀次殺しの犯人として逮捕された。

 鏑木も諦めたのか、今は容疑を認めている。

 もともと鏑木は、麻薬売買のテリトリーが重なっている銀次を疎ましく思っていた。そこで、仲間割れに見せかけて銀次を殺し、ヤスに罪をかぶせようと、組の事務所でヤスに会った時に、ヤクザならこれくらい触ったことがないと、と言って銃を握らせた。その時右手に直接渡してしまったのが誤算だった。両手で受け取らせるべきだったのだ。

 麻薬取引で組を裏切っていたのが銀次にばれたのは突発的な出来事だったが、鏑木はこれをチャンスと考えた。鏑木は銀次が断るだろうことをわかっていて仲間になるよう誘い、銀次がそれを断ると、持っていた拳銃で銀次を撃った。無論、指紋が付かないように手袋をして。

 そして、ヤスの指紋だけが付いた銃を置いて去った。銀次がシャブ取引の場面にヤスを連れて行かないことを、鏑木は知っていた。そしてヤスが廃ビルで銀次を待っていることも。だから、ヤスにはアリバイはないはずだった…。

「一つ確認しておきたいんだけど」

 井上刑事はコーヒーを一口飲んで英知を見た。

「君は、何者なのかな?」

 刑事の勘と言えば、根拠は何もないのだが、英知が銀次たちの仲間のようには思えない。だが、それにしては英知は事件に詳しすぎた。ヤスが左利きだと突然言い出したのも、まるで、凶器から見つかった指紋が右手のみだったと知っていたようだ。鏑木を逮捕する証拠となったボタンを、この青年が見つけたのも、考えれば不自然だ。

「…何者って、…ただの大学生です」

「その君が、何でヤクザ者と知り合いなんだ?」

「それは、前にあの辺で道に迷った時に道を教えてもらって、二人とも親切だったんで、覚えていたんです。それで、先日偶然ヤスくんと再会して…」

「面識があるとはいえ、自分の兄貴分が殺された事件のことを、そう簡単に関係のない君に話すかな?」

 昨日苦しい言い訳をしたことを英知は後悔した。あの時は、この刑事の意識が鏑木に向けばよかっただけなので、適当なことを言ったのだ。

 英知は沈黙した。風邪気味で朦朧とする頭では、いい言い訳も思いつかない。

「……っ!?」

 咄嗟に英知は顔を腕でガードしながら、向けられた拳を掌で受け止めた。

「何ですか、急に?」

「本当にただの大学生か? ずいぶん反応がいいな」

 英知に掴まれた手を引っ込めながら井上刑事は口元を歪めた。ケンカ慣れしている、とでも言いたいのだろうか。

「…子どもの頃から、空手を習ってましたから。祖父に合気道も教えられたし」

 もともと英知は人の気配を読む能力に優れている。だから、相手の気配を読んで防御し、相手の動きを読んで攻撃を仕掛けることは、難しいことではなかった。

「君は事件には無関係なんだね?」

「はい」

「じゃあ、どうして事件の経緯を知ったのか、教えてくれ」

 英知はヤスから聞いたと言っている。それなのに、あえて訊くのは、その言い分を信用していないということだ。

「つべこべうるせえな! こいつは俺のために動いてくれただけなんだよ!」

 不意に英知の後ろで銀次が怒鳴った。相手が自分を見えないと知っていても、刑事はイケ好かない、と英知から少し離れて様子を伺っていた銀次が、いつの間にか背後に来ていたようだ。

「こいつがいなけりゃ、事件の真相に辿りつけなかったくせに、何を偉そうに言ってやがる!? だから俺は、刑事なんて嫌いなんだよ!」

 ケンカ腰でまくしたてる銀次を、井上刑事は呆然と見つめていた。その視線に気付いて、英知はもしや、と思う。

「もしかして刑事さん、銀次さんのこと、見えてます?」

 放心するように銀次を見つめていた井上刑事は、英知の声に我に返ったようだった。

「あ、ああ…。驚いたな、姿も声も、こんなに鮮明なのは初めてだ」

 ということは、

「鮮明じゃないけど、普段から『見えている』、と」

「いつもじゃないけどね。現場で、時々、見かけるかなって程度だけど」

 英知は納得した。普段から『見える』体質なら、英知に触ったことで『感覚』を受け取ってしまったのだろう。ヤスの時と同じだ。今の英知は、『感覚』を分けることをコントロールできない。

「もしかして君にも、見えてるのかな? というより、君は常に『見えている』ってことかな?」

「…そういうことです」

 諦めて、英知は頷いた。

「すみません、嘘をついて。でも、こんなこと言っても現実的じゃないし、信じてもらえないと思ったんで。銀次さんの幽霊に脅されて事件解決に協力したなんて」

「別に脅してねーだろ!」

 すかさず銀次はツッコんだが、英知はそれを聞こえないふりをした。



 井上刑事から解放されると、英知は真っすぐ家に帰った。体調は、最悪だった。熱も出ているだろう。いっそのこと、大学も無理して行かずに休めばよかった、と今さら言っても遅いのだが。

「ただいま」

 力なく言って玄関を上がると、ちょうど大智が通りかかった。

「英兄? 大丈夫?」

 英知の蒼白な顔を見て、心配した大智が寄って来た。

「触るな、大智」

 伸ばしかけていた手をピタリと止めて、大智は静かに手を下ろした。体調が悪い時に英知が触られるのを拒むのは、今に始まったことではない。

「部屋に、誰も入れないで。それから、夕飯いらないって言っといて」

 重い体を引きずるように英知は部屋に入って行き、接触を拒絶するようにドアを閉めた。それを見送って、大智は暫く立ちつくしていたが、思い出して携帯電話を取り出した。

 数回のコールで相手が出る。

開兄かいにい? 英兄が、何かヤバいことになってるんだけど、帰って来れる?」

 英知が部屋に籠った時、部屋に入ることを許されるのは、長兄の開智かいちだけだ。

 大智が心配気に視線を向けたドアの向こうで、英知は乱暴に床に荷物を落とすと、ベッドに体を投げ出した。体のすべてが重くて、だるい。朦朧とする頭は、理性を奪う。

「あ──まずい、発作…」

 決壊したダムのように、無遠慮に流れ込んでくるそれを、防ぐ手立てはない。皮膚のすべてが敏感に気配を感じ取り、押し寄せる声が波のように渦を巻いて襲う。

 耳鳴りのように消えない声が、いつまでも耳の奥にこびりついて離れない、あの日の蝉時雨のように感覚を侵す。


 その声の中に、探してしまう。───彼女の声を。

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