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S.O.S!  作者: 如月 望深
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黄昏のミラージュ 2

 藤瀬ふじせ高校は、正門を入ると桜の植わった庭があり、そこを抜けると第一校舎の正面玄関に出た。通常、生徒達は第一校舎の脇を抜けて第二校舎の玄関を使用する。生徒達が使う教室があるのは第二校舎なのだ。第一校舎の正面玄関は教師たちや来客用である。

 去年までは第二校舎から出入りしていた英知も、今となっては第一校舎の正面玄関から入ることになる。

 英知は見慣れた校舎の中を通って職員室に向かった。途中、すれ違う高校生が英知を振り返った。数ヶ月前まで自分も通っていた学校なのに何だか懐かしい気がした。

 第一校舎二階にある職員室のドアを開けて英知は小林に声をかけた。

「小林先生、来たよー」

 小林は英知を手招きして職員室に招きいれた。職員室には見知った教師の姿がいくつかあった。教師たちは英知の来訪を喜んだ。いろんな意味で。

「例の場所だがな」

 言いかけた小林に英知は言った。

「生物室でしょ。俺のいた頃から噂があったよ」

「そうか」

 小林は英知を見上げた。

「じゃあ、行くか」

 小林は椅子から立ち上がった。小林に案内してもらわなくても英知は一人で生物室に行けたが、道すがら話を聞きたかったので小林と共に生物室に向かった。生物室は第二校舎の四階にあった。

 小林によると、生物室の幽霊の噂は教師の間でも数年前から囁かれていたという。それが最近になって生徒の間で頻繁に話されるようになり、中には生物室を怖がって掃除をしたがらない生徒も出てきたというのだ。英知は、それは幽霊が怖いんじゃなくて単に掃除がしたくないだけなのでは、と思ったが口にはしなかった。

「最初は物が勝手に動いているとか、締めておいたはずの扉が開いているとか、そういう程度の話だったんだが、どうも噂に尾ヒレが付いたみたいなんだよ。一人で生物室に居ると取り憑かれるとか…」

「実際そういうことがあったわけ?」

「まさか」

 英知の質問を即座に小林は否定した。

「だろうね。噂ってのは大ゲサな尾ヒレが付くから」

 英知は小林の否定を素直に受け入れた。

「ああ、だけど、生物室で幽霊と喋ってる生徒がいるって噂はあったなぁ。誰もいないのに誰かと話してるみたいだって」

 ギクリ、と英知はした。それが自分である可能性が高かったからだ。もしかしたら幽霊騒ぎの原因は自分かもしれなかった。

 生物室に着くと小林はそのドアを開けた。小林の後から教室に入った英知は、窓際に佇むその人物に声をかけた。

「待ち人はまだ来たらず、ってわけ?」

 声をかけられた人物は英知の姿を見て少し驚いたようだった。

「英知くんじゃないか! どうしたんだ?」

 駆け寄る一色に英知は言った。

「先生、噂になってるよ、思いっきり」

 小林から見れば、英知は何もない空間に向かって話しかけている。見えない誰かと話をしている英知に小林は訊いた。

「…そこにいるのか?」

 英知は頷いた。

「見えるのか?」

 英知は微笑して告白した。

「実はね、小林先生、俺ずっと見えてたんだ。高校生の時から。多分、喋ってたっていう噂の生徒も俺」

 見えない人間に、そこに霊がいると言っても無駄であることを英知は知っていた。だからあえて誰にも話さなかったのである。いたずらに人を怖がらせる必要もない。

「一色先生は害のあるような霊じゃないよ」

「一色先生…?」

 小林は記憶の糸を手繰った。

「…あれか? 六年前、事故で亡くなったっていう先生か?」

 小林は四年前に赴任してきたので一色と面識はなかったが、噂は聞いていた。

「そう、それ」

 英知は小林の推測を認めた。それから小林には見えない一色に向かって言った。

「六年か。先生も長いこと居るよね」

「もうそんなに経つかな」

 一色は微笑した。

「…先生、いつまで待ってるつもり?」

「僕はいつまでだって待つつもりだよ」

 そう言う一色に英知は現実をぶつけた。

生物室(ここ)が取り壊されても?」

「……」

 英知の言葉に一色は沈黙した。

「夏休みに校舎の一部を改築するんだって。それで生物室は移動するんだよ」

 一色は黙って目線を落としたままだった。その沈黙の中に、英知はある可能性を見出した。

「もしかして、一色先生、そのこと知ってた?」

 一色は黙ったまま小さく頷いた。

「ここ最近幽霊の噂が大きくなったのって、まさか…」

 英知の視線を受けて、一色は申し訳なさそうに話し出した。

「…わざと噂が立つようにしむけたんだ。人目につくように物を動かしておいたり…」

 英知は溜め息をついた。

「取り壊し阻止の手段に出た訳ね」

 幽霊騒ぎが原因で取り壊しが遅れたり中止になったりした事例もある。幽霊話が非科学的であったとしても、呪いや祟りを恐れる文化が日本にはあるのだ。

「申し訳ない」

「まぁ、気持ちは解らないでもないけど、いたずらに人を怖がらせるのはどうかと思うよ」

「反省してる」

 教師と生徒の立場が逆転したような会話だった。

 少し考えた後、英知は言った。

「先生は待ち人が来て約束が果たせれば成仏できるんだよね?」

「多分…」

 英知の言葉に一色は頷いた。

「てことは、ここが取り壊される前にその待ち人が来ればいいんでしょ?」

 一色は黙って英知を見つめた。



 職員室で七年前の卒業アルバムを繰って、英知はその人物を探した。その人物は、卒業アルバムの中で一色の隣で微笑んでいた。

「連絡先がわかったぞ」

 小林が職員室の奥にある書庫から同窓会名簿を持ってきた。そこに記された連絡先をメモすると英知は立ち上がった。

「ありがと、小林先生」

 卒業アルバムを小林に返し、英知は職員室を出て行った。

2007年初稿、2019年改稿

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