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S.O.S!  作者: 如月 望深
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セイレーンが聴こえる 4

 黒いドレスに身を包み、長い茶色い髪には黒い帽子が飾られている。帽子についた黒いレースのヴェールが顔を半分隠している。だが、化粧を施されたその顔は、美しさを隠し切れてはいなかった。

 演劇部の衣装とかつらを借り、演劇部員の協力でメイクをされ、すっかり舞台仕様になった凪は、合唱部員たちから賞賛の嵐を受けた。

「すごい、綺麗!」

「本当に愛音先輩みたい!」

 姫音祭の合唱部のステージは、ソロを歌う人だけは演劇部の協力のもと綺麗に飾り立てられる。きっと、誰もが憧れるポジションだ。それを、愛音の代わりというだけで、合唱部員でも何でもない自分に譲ってくれる合唱部の人たちの、愛音への思いがひしひしと感じられた。

 衣装はもちろん「セイレーンが聴こえる」という歌に合わせて選ばれたものだが、顔に掛かるヴェールは、顔を見えにくくするためだった。あくまでステージに立つのは愛音なのだ。そのために茶髪のかつらも着けた。

「準備できた?」

 英知は、音響係ということで、合唱部の部長である理子の依頼で来ていることになっていた。女子高に男子大学生が入ることに教師たちはあまりいい顔をしなかったが、どうしても彼でなければ困るのだと合唱部員たちに懇願されると、渋々認めた。

「…綺麗だね、佐原さん」

 微笑んでさらりと褒め言葉を口にする英知に、思わず凪は赤面した。

「凪も準備できたね」

 部長の理子の声にステージ裏にいた合唱部員たちが集合した。

「先輩たちとの最後の舞台よ。愛音先輩とも、一緒に歌える最後のステージ。みんな、悔いのないよう頑張ろう」

「はいっ!」

 理子の声に応えて部員たちは頷いた。

 部員たちはステージに向かい、ステージ上のバルコニーに向かう凪はその輪を抜ける。

「佐原さん」

 凪を呼び止め、英知はその両手を取った。引き寄せて額を合わせる。凪はうつむいて目を閉じた。周りの部員たちが照れるくらいの近い距離だと自覚しているが、英知の行動の意味をわかっているので、恥ずかしいが抵抗はしない。

 こうして英知は凪に自分の『感覚』を溜めて、それを媒体にして愛音の声をみんなに届けるのだ。

 自分の感覚を媒体にして声を届けるだけなら英知自身の体でもできそうなものだが、それでは「愛音」にならない。男の喉で女の声を出すことに少し無理があるし、できたとしても見た目と声が違いすぎて気持ちが悪い。

 だから、愛音役は凪でなければならなかった。英知の「力」を知っていて、それに理解を示し、協力できる体質を持つ凪でなければ。


 合唱部のステージは姫音祭のラストだ。クラス対抗の合唱が終わったあと、トリを飾る一大イベントだ。ステージに合唱部員たちが並ぶと、全校生徒が静かに歌が始まるのを待つ。

 ピアノ伴奏が始まり、とうとう合唱部の舞台が始まった。

 その様子を、英知は愛音の歌声の入った音源を再生するためと入室を許可されたステージ袖の音響室で見ていた。むろん、英知が音響機器に触ることはない。


   セイレーン

   人々は その風を

   セイレーンと呼ぶ


   恋に破れた 哀れな娘

   風になり この地を守る

   麗しき歌姫


 幾重にも重なるハーモニーが荘厳な歌を紡ぎあげていく。

 『セイレーンが聴こえる』は、身分違いの恋に破れ命を落とした歌姫が、命尽きたあとも風になり愛する男を守り続ける悲恋の歌だ。

 美しい歌姫はその美声と美貌を王子に見染められ、恋に落ちる。だが、王子には婚約者がおり、王子は国のためその婚約者と政略結婚をする。身分低い歌姫は王子の側にいることも叶わず、絶望のあまり命を絶ってしまう。歌姫の死を知り、嘆き悲しむ王子の姿を見た歌姫は王子が自分を深く愛していたのだと知る。そして歌姫は、風となり、王子の側で彼を守り続けると誓う。

 愛音の歌うソロパートは、風になった歌姫のアリアである。

 やがて、そのソロパートがやってきた。ステージ上のバルコニーに凪は進み出る。きっと愛音も一緒にいるはずだ。


   たとえ 季節が通り過ぎても

   わたしは変わらずにおりましょう


   あなたに降る雨を運ぶ

   不吉なエウロスから守りましょう


   あなたの傘となって わたしが

   すべての災厄から守りましょう


 高らかに静かに歌いあげられるソプラノに、講堂はしんと静まり返った。合唱部員の視線も、客席の生徒の視線も、教師たちの視線も、すべてステージのバルコニーに向けられている。

 ソロと一緒に奏でられていたピアノの音が止み、アカペラでソロが続く。


   アネモイたちを敵に回しても

   わたしの心はあなたに寄り添う


   だから お願い

   どうかわたしを 忘れないで


 そこにいたのは、間違いなく、愛音だった。情感深く切なく歌いあげるその歌姫は、誰の目にも愛音に見えた。

 再びピアノの音が入り、合唱部員たちのコーラスも加わっていく。何層にも重ねられた声に、歌はクライマックスへと駆け上がる。


   たとえ この命果てても

   わたしは風になりましょう


   あなたに向かってこの歌を

   届けるゼピュロスになりましょう


   だから どうか この歌を聞いたら

   わたしを思い出してください



   お願い、どうかわたしを 忘れないで

2009年初出

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