白い毛玉が現れた!
銀竜を住処であるエレシュリドへと返すため、琴子が銀竜と共に町を出て早数日。
麦畑やその他の作物を育てている畑に隣接する水路の脇を歩き、そして時折在る農具をしまうための納屋で夜を明かしたりしていたこと事銀竜は今、人気のない納屋の中で大量の白い毛に埋め尽くされていた。
「ニウ……」
「ギゥルルル……」
白い毛に埋もれながら、ものすごく迷惑そうな目で琴子を見ている銀竜。だがそんな銀竜に見られている琴子としても、どうして今こんなことになっているのか正直良く分かっていない。
「ンニゥウ?」
はて、私は昨日何かをしただろうか?
うーん、と首をかしげながら、琴子は昨日の出来事を思い出してみる。
昨日はとてもいい天気で、旅日和の日だった。心地よい太陽の光を浴びながら緑の麦穂や色鮮やかな実りを見せる畑を過ぎ、時にはネズミや水路に居る小魚を捕って食べた。そして――数匹の烏に襲われている汚れた毛玉を見つけた。
私自身としては烏の獲物を横取りするつもりはないし、自然の摂理に反するような行いをするつもりもない。いや、無かった、のだが……烏に襲われながらも動いていたその毛玉をまだ生きている子猫――あるいは、それらの類だと認識してしまった私は烏からその毛玉を奪ったのだ。
だが烏から奪ったその毛玉は、正真正銘の「毛玉」だった。肉も骨もない、ただの毛玉。
子猫やその類だと思い、烏からソレを奪った私としては「なーんだ」という落胆の気持ちと、「まあ、ただの毛玉でよかったよね」という思いの中でその毛玉をその場に放置した。
そしてその後、日暮れが近くなってきたので近くに在った納屋へ銀竜と共に入り、互いに身を寄せ合って眠った。
――それが琴子の思い出した昨日の出来事であり、思い返した当人としても割といつもと大差のない日だ。
別段目立ったなにかが在ったわけではなかった。……が、今。琴子と銀竜は大量の白い毛に包まれていた。
とりあえずその毛の中から抜け出すため。琴子がぎゅむり、と白の毛を押しやればその内の毛がポワン、と勝手に丸みを帯び、一つの「毛玉」になった。
「……ンニ?」
これは、まさか……昨日烏から奪ったあの「毛玉」?
昨日見たばかりのその白い毛玉をぽむぽむと猫の手で触ってみれば、その毛玉が震え、その身からぴょこんぴょこんとウサギのような長い耳、そして丸いしっぽが生えてきた。しかも他の生き物同様二つあるつぶらな瞳さえも表し、琴子を見つめている。
「ニ、ニウゥウ……!」
(こ、これは……もしや私の世界では未確認生物UMAとして分類されている「ケサランパサラン」なるモノではないだろうか!)
琴子の元居た世界ではケサランパサランは、動物の毛や花の冠毛が集まったものだと理論づけられていたが……少なくともこの世界は魔法の使える世界であるし、竜も居るのだから、ケサランパサラン、あるいはその類の物が生息していたとしてもおかしくはないだろう。
町を出てこの方、どころか、この世界へやってきてこの方。銀竜以外の幻想生物を目にしていないせいで、此処が自身の居た世界と同じ世界なのではないかと誤認するほどだった琴子だったが――改めてここが私の知る場所ではないのだと知らしめさせられる。
だがそんな彼女の気持ちを知らないケサランパサランと思しき「毛玉」は、琴子の黒い身体に自身のふわふわの毛を摺り寄せてきた。
「ンニ……?」
(……というか、改めて考えれば私と銀竜を埋め尽くしているこの白い毛は、全てケサランパサラン? だとしたら、いつの間に集まったのだろう? この納屋以外の所から漂い、集ったのなら私か銀竜が気付くはずなのだけれども。)
すりすり、と琴子の身体に自身の白い体毛を摺り寄せているケサランパサランが気に入らなかったらしい。琴子に対して迷惑そうな視線を向けていた銀竜が、自身の身体を埋めているケサランパサランを翼や尾などを使い、蹴散らし、尚且つ琴子の身体に体毛を摺り寄せていたケサランパサランまでをも蹴散らした。
「ギァッ、グルルルル!」
琴子と銀竜を埋め尽くすどころか納屋を埋め尽くす程居たらしいケサランパサラン。そんな白の毛玉たちに対し、威嚇の声を発する銀竜。
流石に狭い納屋の中で火を吐きこそしないが、今にもその毛玉たちを襲い、燃やしつくさんと威嚇してくる銀竜を前にケサランパサランたちもおののいたのだろう。その白い毛玉たちはわらわらと群れを成し、一斉に納屋の外へと出て行った。
「ニ、ニウ……(一体、何だったんだろう……)」
凡然と白い毛玉たちが朝日と共に空へ浮かび、飛散してゆくのを納屋の中で見送った後、琴子が納屋の奥に視線を向ければ未だに一つ、白い毛玉が在った。
おそらく群れの波に乗り遅れたのだろう。空へと飛散したケサランパサランたちを未だ見送りながら「グルルルル」と怒ったように喉を鳴らしている銀竜の横を通りすぎ、琴子は納屋の奥に居るケサランパサランの元へ向かう。するとその個体がぴょん、と跳ねて近付いた琴子の身体に自身の身体をすり寄せて来た。
「ニ……(あ……)」
(おそらくこのケサランパサラン。先程私にすり寄り、銀竜に蹴散らされた個体だ。)
ウサギのような長い耳に丸いしっぽを生やしているそのケサランパサランを一旦手で押さえつけた琴子は、ソレを口に咥え、今度は納屋の外へと出るために銀竜の脇を通り過ぎた。
「ギゥ?」
いきなり納屋を出て、一体どうしたんだ? と言うように琴子の側へとやって来た銀竜。そんな銀竜の前で咥えていた白い毛玉を地面へと下ろせば、怪訝そうな目で銀竜がソレを見下ろした。
「ニウ」
ぽむ、とケサランパサランの旅立ちを急かすように耳の生えた白い毛玉を手で転がす琴子。一見すれば黒猫が白い毛玉で遊んでいるようにしか見えないだろうが、転がしている彼女としては大まじめだ。
なにしろそれは、空に飛散してしまったとはいえ、仲間が遠く離れていかないうちに早く旅立ってほしいという気持ちが故の行いなのだから。
しかし黒猫である琴子に転がされているケサランパサランには仲間を追う気はさらさらないらしい。彼女の手が離れた瞬間、ケサランパサランは黒猫の身体に向かってぴょん、と飛び、その身を摺り寄せたのだから。
ケサランパサランに好かれている琴子としては、空かれる理由など思い当たる節はほとんどない。確かに、昨日烏に襲われているところを助けたかもしれないが、それでも私や銀竜を覆い尽くすどころか納屋一杯ほどを助けた覚えはない。
琴子の身体にその身を摺り寄せているケサランパサランと、それを離れさせようと威嚇声を上げている銀竜。その両者の姿を交互に見やっていれば、いつの間にか私に身をすり寄せているケサランパサランが二つに増えていた。
「ニ、ニッ!?」
見間違いかと思い、ぽむ、ぽむ、とその二つの個体を順番に手で転がす琴子。、だが、間違いなく一つであったケサランパサランが二つに増えていた。
(嗚呼……これはもしかしなくても、ケサランパサランってアメーバの如く増えるの? ……というか、そうなれば。私について来ていた、あるいは私を追いかけて来ていた一個体が一晩で大量に増えているのも説明がつけられるし、――この個体をこのまま置いておいても勝手に自生して、増え、そして早い段階で群れを成し空へと飛散するんじゃないだろうか)
「ニウ、ンニゥ!」
(なら別に、私が今すぐこの個体をどうにかする必要は無いね! うん!)
誰に伝わることもない独り言を放ち、納屋とケサランパサラン、そしてケサランパサランに威嚇をしている銀竜から距離を取った琴子は、銀竜に対し「ニー(行くよ)」と鳴き声を掛ける。
そうすれば二つに増えた白の毛玉に対して威嚇をしていた銀竜が足早に琴子の元へと駆け寄ってくる。だが、いつの間に着いていたのだろう。銀竜の尾にはちゃっかり白い毛玉が一つ、くっついてきていた。
「ニゥ……」
「ギァウウウ!」
銀竜としてもまさか自分にケサランパサランが引っ付いて来ているとは思わなかったのだろう。琴子の何とも言えない視線によって毛玉の存在に気付いた銀竜は、ビタン! と勢いよく地面に自身の尾を叩きつける。
しかし尾を振り上げた際の反動で尾から離れてしまったケサランパサランが地面へ叩きつけられることはなかった。むしろ、銀竜の傍にいた琴子の頭へと不時着する。
「……ニゥ」
(うーん。このケサランパサランの様子だと、気が済むまで私から離れくれそうにはない。だとしたらもう、ここはこの個体を振り払うことは諦めて、行動を共にするしかなさそうかな。うん。それに、私と銀竜の旅に飽きたら勝手に浮遊するだろうし)
そう判断し、毛玉が着いてくることを認めた琴子。だが銀竜としてはこのケサランパサランが着いてくることは認めたくないらしい。
白の毛玉が琴子にくっついているため、炎を吐いたりはしないが、ブツブツ文句を言うように「ギッ……ギッ」と小さく威嚇の声を発している。
(まあ、旅は道ずれ世は情けともいうし。黒猫と銀竜の旅にケサランパサランが増えただけで、何かが変わるわけでもないよね。)
自分の背で跳ねているケサランパサランに対し、「ギッ」と小言を言う銀竜、その鳴き声を耳にしながら、日の出の太陽を見上げた黒猫はその日を背にし、今日もまたエレシュリドを目指して歩きはじめた。
三人称視点にしてみたもののかなり不安定なので、主人公がいない時のみ三人称視点にするか悩むところ。