銀竜は観念する
ある程度書いたら、一人称を三人称へと改稿したい考え。
あまりにも主人公の名前が出なさすぎる。。。
イモリサイズと化した銀竜を咥え洞窟を抜けきった私は、銀竜を討伐しに来ている討伐隊の荷台が野営地点から出立しようとしているのを見かけ、即座にその上に飛び乗った。
討伐隊の大多数が銀竜の居た洞窟の探索をしてこそいるが、恐らくまだその準備は万全ではないのだろう。木々を切り倒し、此処を野営地点にしても尚彼らは町とこの場所を往復し、様々な物資の調達を行っているようだ。
なんていうか、ガバガバな統率というか、下準備というか……。人間側の驕り具合にため息を吐きそうになりながらも、私はあまり物の乗っていない荷台の上に、咥えていた銀竜を下ろしてみる。
「ギァッ! ギァッ!」
小さくなり、私の微弱な治癒魔法でも体力を回復したのだろう。私の口から落とされた銀竜は、イモリほどに小さくなってしまったにもかかわらず翼を広げ、「なにしてくれてんだ!」「よけいなことしやがって!」と言わんばかりに私へ威嚇をしてきた。
いや、好きにしてくれ、と言わんばかりにぐったり伏せてみせたのは貴方じゃないですか……。その怒りは理不尽では……。とは思いもしたが、威嚇してくるだけの体力が戻ってきたのだと、ここは銀竜の回復を喜ぶべきだろう。
傷はあらかた癒えた様子ではあるものの、白銀の身体を染めていている赤黒い血の跡は未だ健在。そんな痛ましい姿となっている銀竜の周りをぐるりと一回りし、「ギァッ!ギァッ!」と小さくなっても一丁前に威嚇をしてくるその竜を自身の腹部へと納めた。そしてそのまま銀竜を抱きかかえるようにして、ごろりと寝そべる。
パン屋の店主やこどもたちからのお墨付きもばっちりな黒猫の温かく、ふわふわのやわらかな腹部。その中に埋もれるような形で無理やり納められた銀竜は少し驚いたらしく、一旦は威嚇を止めたが、すぐにそこからはい出そうと、再び威嚇を開始しはじめた。
「ニーニニーニ(あーもう、うるさいなぁ……)」
そんなに威嚇ばかりしていたらこの荷台の手綱を取る御者の人間に気付かれてしまうじゃない。
そんな意図を込めながら、私は地で汚れてしまっている銀竜の身体をべろりと舐めた。
「ギァッ!?」
毛並みを整えるのと骨から肉を削ぎ落すのに特化した、ざらざらの猫舌に驚いたのだろうか。あるいは、自身よりはるかに大きな存在となっている猫の顔が自分に近付いてきたのに驚いたのだろうか。
銀竜との意思疎通も儘ならない私にとっては、予測の範囲でしかないが、それでもぺろぺろと銀竜についている血の汚れを舐め取りはじめたら、先程まで威嚇していた銀竜が驚くほどに大人しくなったので、万事オッケーということにしておく。
私としては汚れている銀竜を綺麗にできるし、威嚇声も無くなって良いことづくめなのだから。
ぺろぺろと念入りに銀竜を舐めつくし、赤黒い色味を帯びていた銀竜の身体が元の白銀へと様変わりした頃合いで、どうやら荷台は町へと入ったらしい。
猫姿の私の腹部に埋まり、私にされるがままになっていた銀竜を傷つけないよう。改めて口に咥え、私は荷台から飛び降り、町の人間がまばらに行き交う町の中を走りはじめる。
だが銀竜としては人間の多いこんな場所には来たくなかったのだろう。
人の居ない裏路地に差し掛かったところで、口に咥えていた銀竜が唐突にもがき、暴れはじめた。
「ギァッ! ギァアアッ!」
「ニッ!?」
小さくなっても竜は竜。しっかりとした爪が生えている銀竜の爪が顎をひっかき、私は痛みから銀竜を取り落としてしまう。
そして私から取り落とされ、自由の身となった銀竜は私から一定の距離を保ったところで「ギァッ! ギァッ!」と威嚇をする。
私としては単純に、私の中で最も安全な場所であるパン屋の裏へ銀竜を隠し、銀竜の体力や体調が万全になるのを待つつもりだったのだが……流石に言葉が通じないどころか意思の疎通も出来ていない相手。それも、おそらく人間に攻撃されたが故に傷ついていた銀竜を人の多い此処へ連れてくるべきではなかったのかもしれない。
だがそれでも、人間時代であっても放浪生活などしたこともない私としては、銀竜を連れてのサバイバル生活は共倒れになる確率が高すぎるため、避けたかったのだ。
それに私に居住スペースを与えてくれたあのパン屋の店主は、私に与えたその場所へはあまり立ち入ってこない。であるならば、上手にこの小さな銀竜を隠せばパン屋の亭主にも銀竜の存在が露見することは無い。
――しかし、それらの一つでさえ私は目の前の銀竜に教えてやれない。
「ニニ、ニィ……(せめて言葉の一つでも、通じたなら)」
それでも態度だとか、しぐさ、体勢などをどうにか工夫すれば、私が敵意を抱いてないことぐらいは示せるだろう。
私から一定の距離を保ち、威嚇し続けている銀竜。その前でごろりと伏せた私は腹を銀竜の方へと向ける。犬で言うなれば服従のポーズであり、他の動物にとっても自身の急所たる腹部を晒すことは敵意のないことの表れだ。
流石に銀竜にも、私が敵意を持っていないことが伝わったのだろうか。
「ギァッ!」と威嚇越えを上げていた銀竜は、腹を見せてごろごろとしている私を黙って見定めはじめた。
だがそんな最中、まるで狙っていたかのように私たちの頭上へ、大きな影が降ってくる。
「カァーッ」
盛大な鳴き声と共に、翼を広げる黒い烏。
それが私の姿を見定めていた銀竜をガシリと脚で掴み、地面へと押し付けている。
おそらくピカピカと光を反射する銀竜の身体に目を引かれたのだろうが、黒猫である私には目もくれず、私と対峙している銀竜を襲おうとは……余程良い根性をしているとみた。
烏に身体を抑え込まれている銀竜の方は、自分に襲いかかってきた烏に対してゴォッと、炎を吐いている。
ついぞ私にみせることの無かった威嚇行為。いや、攻撃ではあるが、それでも大きさの差が物を申しているのだろう。銀竜の小さすぎるその身体では火を吐こうとも、あまり効果はないようだ。
「ニーッ!(銀竜を離せこのカラス!)」
烏相手に果敢にも炎を吐き、抵抗する銀竜。そのせいで銀竜を掴み、地面に押さえつけはしたものの、未だ飛び立つことができないでいる烏。そんな奴目がけて猫たる私が威嚇し突進していけば、烏も流石におののいたのだろう。地面に押さえつけていた銀竜から脚を離し、屋根の上へと飛び立ってしまう。
しかし、烏の方としても、まだあきらめがつかないのだろう。
屋根上から未だ銀竜の様子を窺ってくる烏の視線に銀竜が晒されることの無いよう、銀竜を隠すような場所へと――それこそ自分の足元に銀竜が居る形へ自身の立ち位置を改めた私は、私としても珍しく「フシャーッ!」と本気の威嚇越えを上げた。
そうすれば屋根上の烏の方も、焦れるような様子は在ったが、それでも銀竜を諦めたのだろう。負け惜しみのように「カァッ」と鳴いた烏は屋根の上から飛び去った。
そんな烏の姿が見えなくなるや否や、私は自身の足元に居る銀竜の様子を確かにかかる。
烏との葛藤に、ほぼ負けの状態となっていた銀竜の身体。そこに傷こそ在りはしないが、それでおも私が先程綺麗にしてやったばかりのその身体は土で汚れてしまっている。
「ニァ」
心配するように、一声鳴き、私は土で汚れてしまった銀竜の身体をぺろりと舐めた。
だが一舐めした後に、あ、もしかして炎を吐かれるのでは? と気付いた私は、僅かに銀竜から顔を離す。だが銀竜の方はぶすーとしたような、不機嫌気な態度を示してはいるが、烏にみせていたような炎を吐くまでの抵抗は示してこない。
それどころか私にもみせていた威嚇声も上げすらしない。
うーん、これはもしかして。銀竜からそれなりに信頼だったり信用だったりをされたのだろうか……? それとも、烏程度の存在に太刀打ちできなかった自分に、絶望している……?
まあ、なにはともあれ銀竜が抵抗してこない今のうちに事を運んでおくべきだろう。ある程度銀竜の身体を舐めつくし、綺麗にした私は再び銀竜を傷つけないよう、口にその小さな身体を咥える。
そして抵抗を示してこない銀竜を、私はなじみのパン屋の裏へと運んだ。