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黒猫と銀竜  作者: 威剣朔也
0 黒猫と銀竜 -旅立ちの前-
2/7

黒猫は洞窟で銀竜を見つける


 見知らぬ異世界のとある町へと飛ばされ早一か月が立とうとした頃、町が不穏な空気とざわつきに満ちはじめた。


 パン屋に来る客は皆ため息交じりでチラチラと外の方を窺い、パン屋の店主も何時もの軽快さは無い。それになにより、私が日課としている散歩について来ていた子供たちも姿を見せないのだ。


「はぁ、やれやれ。町から少し離れた場所にある洞窟に銀竜が逃げ込んできたと思ったら、今度はその銀竜を討伐する部隊がぞろぞろとやってくるとはなぁ」


 客足も一旦途絶えているお昼過ぎの時間帯。店のカウンターにある椅子に座る店主が、足元で寝そべっている私を見つめながら一人愚痴をこぼしている。


「あんまり大きな声で言って聞かれでもしたら俺の首が飛ぶから、下手なことたぁ言えねぇんだがな……国保有の討伐隊はいけすかねぇンだよなぁ……。村や町を襲う魔族を倒してくれるのはありがてぇが、アイツら我が物顔でこの町を歩きやがるし、なにより武器を見せつけ碌に金も払わねぇ。だからみんな怖がって買い物もできやしねえし、親は子供も出さねえ。嗚呼。あんな奴ら、盗賊どもと一緒だ。っと、……この愚痴は、秘密にしといてくれよ。まあ、お前さんは猫だから、告げ口とかできねぇけどな」


 ガハハ! と大きく笑った店主は自身の膝を勢いよく叩き、立ち上がる。


「おっと、そんなこたぁしねぇとは思うが、興味本位で銀竜を観に行ったりするんじゃねえぞ? お前みたいな猫、ぱっくり喰われておしまいだからな!」


 再度ガハハと笑い、カウンターの奥にある調理場へ向かっていく店主。その大きな背中を見つめながら、私は寝そべっていた身体を起こした。


 正直言って、銀竜。めっちゃ見たい。


 だって、竜だよ? いわば、ドラゴンだよ? しかも銀色で、名前から察するにものすごく綺麗で、眼福にあずかれそうな感じするじゃん? それに、私が居た世界では架空とされた生き物だよ? めっちゃ見て見たくない? っていうか、この機会を逃したら、絶対見れる機会無いでしょ!?


 そう思い立ったが吉日。私はパン屋からすぐさま出て、その銀竜を討伐する隊の荷台に隠れ潜む。


 パン屋の店主曰く、町から少し離れた場所にある洞窟にその銀竜は隠れているらしいが、此処へ来てから碌に町の外へ出て行っていない私にその洞窟の場所が分かるはずがない。


 となれば、討伐隊にくっついて行くのが最も手早く、安全な作だ。


 そうこうしているうちに、私が乗っている荷台が動きはじめ、町を出て、森の中を走りはじめる。


 パカパカと響く馬の足音に合うせて進む荷台。そんな荷台から見える外の風景を眺めながら、見えることの出来るだろう銀竜とやらの存在に胸を高鳴らせる。


 翼は在るのか? その身体はどれほどの大きさか? 爪はどんな感じで、鳴き声もどんな感じなのか――?


 はやる期待に胸を膨らませていれば、見ていた風景が徐々に木々の緑から、瓦礫や岩の目だったモノに様変わりしていく。おそらくもうじき、その銀竜が逃げ込んだという洞窟につくのだろう。


「おい、止まれ! 此処を野営の基地にするぞ!」

「おー!」


 乗っていた荷台が止まり、次々と討伐隊の男たちが集まり、木々を伐採し、その一帯を開けた地へと変貌させてゆく。


「ニー(oh.結構野蛮なことしてないですかこれ? というか、こういうことをするから魔物とかに村や町を襲われるのでは……?)」


 環境破壊待ったなし! という感じで木々を伐採しはじめた討伐軍。彼らの姿をしり目に、荷台から降りた私は銀竜が居るだろう洞窟の出入り口を探す。だが見つけ出すのに、それほど時間はかからなかった。


 何故なら人間だったころよりはるかに高性能になった猫体の私の鼻に、強い血の香りが伝わってきたからだ。


「二ィ……」


 確か、パン屋の店主は「洞窟に銀竜が逃げ込んできた」と言っていた。ならば何故銀竜は「逃げて」来たのだ? 何から、何のために、どうして、銀竜は洞窟へ逃げ込まねばならなかったのか?


 ――その答えが、恐らくこの血の匂いだろう。


「ニニ……」


 パン屋の店主から教えられた討伐隊の野蛮さ。そして今も尚伐採される木々たちの有様。さらには、負傷した銀竜を寄ってたかって討伐しようとするその魂胆。うーん! どう考えても好きにはなれなさそうだ。


 たとえ銀竜が悪逆非道なことをしていたとしても、私は見過ごせない。


 そもそも私、多勢に無勢のイジメ的関係って、見るの大嫌いなんだよね。やるなら一対一のタイマンで、正々堂々ぶつかって来てほしいし、ぶつかりたい。


 でもまあ、猫になってしまっている私が竜と人間の諍いに首に突っ込んでも何一つ変わるわけがないので、此処は当初の目的通り、銀竜の姿を見に行こうと思う。


 洞窟の入り口から内部へと入り、血が濃く匂う方向を辿り、駆け抜ける。


 だがそんな洞窟内には魔物だとか、獣の姿は見られない。おそらく食物連鎖の頂点に立っているであろう銀竜が逃げ込んできているため、洞窟の外へと逃げているのだろう。


 行く手を阻むものが居ないことを幸運と判断し、洞窟の内部を足早に駆け抜ける。そして、最も血の匂いの濃い場所へと辿り着いた私の目の前にいたのは、一匹の巨大な竜だった。


 おそらく銀竜が逃げ込んだ際開けられたのだろう洞窟の天井部から入ってくる光の下、とぐろを巻くようにして眠っている銀竜。


 大きな翼が特徴的なその身体は私の居た現代におけるショベルカーをはるかに上回る二階建ての家一軒分ほど大きく、銀竜の名が示す通りの綺麗な白銀の鱗をたたえている。


 だがその銀竜の身体は血で汚れ、ところどころ赤黒い色となってしまっていた。


「ニニニ……」


 しかもその銀竜から漂ってくる匂いと荒い呼吸の音から察するに、今もなお傷口は開きっぱなしで血が出続けているうえ、毒の類もその身体に付与されているのだろう。以前子供たちが町の散歩がてらに教えてくれた毒草に似た香りを感じながら、私は思案する。


 うーん、このままだと確実にあの野蛮な討伐隊にこの竜、殺されてしまうよね……それは、ちょっと、やだなぁ。とはいえ、私が今この竜にしてやれることと言えばちょっとした治癒魔法と、状態異常回復魔法が使えるぐらいだ。


 ちらり、と洞窟の岩陰から眠る銀竜の痛ましい姿を確認した私は息を吐く。


「ニニ、ニ(とりあえず、やるだけやってみよう)」


 だがいきなり眠っている銀竜に治癒魔法などをかけ、驚かせてしまっては大変だ。とりあえず、私の存在を銀竜に知せるべく大きく「ニニ―――ッ!」と鳴いてみた。


 だがその声は洞窟の中を短く木霊しただけで、眠る銀竜の耳には入らなかったらしい。


 それに、出来るだけ足音を立てて近付いてみても――そう、それこそ私が竜の手元に近付いても、その銀竜は目を覚まさない。


 「フーッ、フーッ」と興奮状態にあるような荒い鼻息を放ち、呼吸をしている銀竜の顔はどこか苦しそうだ。


「ニニ、ニーニニ(今から回復魔法、かけてみるね)」


 私の存在に気づいてはいないし、言葉も通じてはいないだろう。だが一応、体裁としてその銀竜に一声かけた私は、傷ついた銀竜の手に鼻さきをつける。


「ニニニ、ニニニ!(傷よ、治れ!)」


 ぽぅ、と私の鼻さきから銀竜の身体へ、小さな光が伝わってゆく。だがその光は蛍の光程度のささやかさでしかなく目に見えた効果は全く見られない。


「ニニ、ニニ!(じゃあ、次!) ニーニーニニーニ、ニニニッ!(状態異常よ、治れっ!)」


 再び私の鼻さきから銀竜の身体へ、蛍のようなささやかな光が伝わって行く。だがやはり、私程度の魔法では効果はあまりないらしい。銀竜の呼吸は、荒いままだ。


 しかし、私のした行動により、銀竜は私の存在に気付いたらしい。


 銀竜の手に鼻さきを着けていた黒猫たる私の方を見たが、見ただけで何の反応も示さない。むしろ「猫ごときが何の用だ」と言わんばかりに冷めた目でこちらを見ている。


「ニニ、ニニニーニニ、ニ、ンニッ!?」


 ねえ此処から逃げないと、人間たちが来ちゃうよ! そう伝える目的で鳴いてみるが、銀竜にとって私の鳴き声がうるさかったのだろう。銀竜はフンッと荒い呼気を私に吹き付け、竜と比べればアリとネズミ……いやそれ以上の体格差があるだろう私の身体を、鼻息だけで転がしてしまった。


「ンニニーッ!」


 なにすんの! と威嚇の声を上げるも、銀竜は素知らぬ素振りをするばかり。


 そんな最中、洞窟の中にガヤガヤとした人の囁き声と、鈍い金属音が重なり合う音が響き始めた。


 おそらく洞窟の外に居た討伐隊の連中が、野営の支度を終え、洞窟内の探索に――ひいてはこの銀竜の討伐に乗り出しはじめたのだろう。


 明確にこの場所を目指してきているわけではないだろうが、着実に近づいてきているその音は銀竜にも届いたのだろう。


 とぐろを巻き、身体を休める体勢で居た銀竜は起き上がり、いつでも人間たちを出迎えれるよう、その場に鎮座する。


 一方、私といえば徐々に近づいている人間たちの音に、焦りが募る一方だ。


 このままでは、目の前の銀竜が殺されてしまう。しかも今この銀竜は逃げるつもりがないらしく、真っ向から人間たちを出迎える気でいる。だが、この怪我の状況から察するに、たとえこの銀竜が強くとも最終的にはその綺麗な首を、人間たちにとられてしまうことは目に見える。


 そんなことは、させない。少なくとも、私の目の前で、そんなことは起きてほしくない。


 でも私の魔法は、治癒も、状態異常も、ほとんど効果がない。であるならば――私が魔法でできる、最後の一つをするしかない。


 とりあえず、もう一回、もう一回だけ貴方の身体に魔法をかけたい! と伝えきることは難しいだろう。だが、一応、言葉が通じないなりにもどうにか「私がなにか行動をするよ! っていうか、したいよ!」という意思を伝えるべく、私は起き上がり、今か今かと人間の来訪を待っている銀竜の前に躍り出る、そして、黒猫姿の私を怪訝そうに見下ろすその銀竜の前で、「ニーニ!」と大きく鳴き声を上げ、自身の鼻さきを突きだした。


 するとその銀竜は「グォオオオ!」と激しい咆哮を私に浴びせ、私の前に威嚇したその巨大な顔を向け近付けてくる。


 「お前ごときの手なぞ、借りる物か!」と言いたいのか、ただただ「私の存在が邪魔だ」と言いたいのかは分からない。だが巨大な顔を近付けて、威嚇してくるばかりで、小さな私をぱっくりと食べたりしてこない。――おそらくこの銀竜は――ちゃんと思考する知能が在って、私を食べないと、判断している。


 で、あるならば!


 とんっ、と近付いている銀竜の鼻さき目がけて私は駆け、その鼻さきに自分の鼻さきをくっつけた。


「ニーニニ、ニーニ!(ちいさく、なあれ!)」


 私たる黒猫の鼻さきから、銀竜の鼻さきへ。


 微々たる力が流れ込み、一回りほど、銀竜のサイズが小さなモノへと変わった。


 私の前で魔法を披露してくれた子供たちが、皮膚同士をくっつけたりしたら効果が上がる、とのことを言っていたから、今回は私の鼻さきを銀竜の手でなく、銀竜の鱗が薄そうな鼻先つけて魔法をかけてみたのだが、……どうやら、それなりに効果があったらしい。


 とりあえずこのままこの銀竜を私が咥えて運べる程度の大きさに出来れば、あの人間たちから逃げられる! それに、そのぐらいの小ささであれば、微々たる私の回復魔法や状態異常回復の魔法もまだ恩恵があるはず!


 そんな淡い私の期待に反し、自分の身体を勝手に小さくされた銀竜本人は驚いたようで、今一度私に威嚇の声を発するが、やはり今回も私を食い殺そうとはしてこない。


 おそらく抵抗するための体力がほとんどないせいだろうが、どことなく甘い対応を示してくる銀竜。その甘さに付け入り、私はその銀竜の鼻さき目がけ突進し、何度も何度もその銀竜に「ニーニニ、ニーニ!(ちいさく、なあれ!)」と小さくなる魔法をかけ続ける。


 そうしていくうちに、銀竜としても「このサイズでは人間に太刀打ちできない」と諦めがついたのだろう。私が運べる程度の大きさ――それこそイモリ程度のサイズへと変貌した頃には、私にすべてを委ねると言わんばかりにぐったりと伏せてしまっていた。


 ガヤガヤという人間の話し声と、金属音が確実に近づいてきている中、私はぐったりとした様子の小さな銀竜を咥え、洞窟の隅へと運ぶ。そして改めてその鼻先に自身の鼻さきをくっつけて回復魔法と、状態異常回復の魔法をかけてみる。


 そうすれば、対面積の大きさが先程までとは大きく違うからだろう。最初に魔法をかけた時からは考えられない程目に見えて、銀竜の傷が治ってゆく。


 だがやはり、というべきか。私程度の魔法では竜の怪我や状態異常を完全に治癒しきることはできないらしい。


 近付いてくる討伐隊の音を耳に、流石に此処を離れないとマズイ。と判断した私は、傷ついている銀竜を更に傷つけることの無いよう、けれど間違っても落としたりしてしまわないようしっかりと口に咥えた。


 その瞬間、武器を持った人間たちがこの開けた場所へとなだれ込んでくる。


「おい! 広間に出たぞ!」

「しかし此処にも銀竜の姿はないな……」

「だが血の跡はしっかり此処にある。おそらく俺たちの気配を察知して、奥へと逃げたのだろう。数人は此処に残っている手がかりがないか、探せ! 俺達は奥へ行くぞ!」


 おう! と大きな声を上げ再びがやがやと話しながら奥へと向かっていく討伐隊。


 うーん。討伐隊と言うなら、もうちょっと静かに、それこそ気配を殺して動いたりしないの? 途中で会話もしたりしてるし、統率あんまり取れてないんじゃない……? それとも私が勝手にこういう討伐隊は冷静沈着で、相手を絶対取り逃がさないマンだと思い込んでるだけなのだろうか?


 この人達が銀竜討伐を舐め腐っているのか、あるいはそもそも彼は「狩り」の仕方を知らないのか、定かではない。だが、やはり。多勢に無勢の状況や、木々の伐採、そして討伐隊のこの態度を鑑みても、私は彼らの事は好きになれそうにないし、銀竜を彼らに打ち取られないように出来たことは本当に良かったと思う。


 だが最後の最後で気を抜いてはいけないだろう。


 この広間へやって来た討伐隊の内、多くの人間は奥へと突き進んでいったようだが、未だこの場所には銀竜の手掛かりを探すべく残っている人間が居る。


 そんな人間たちに見つからないよう、私はイモリサイズになった銀竜を咥えたまま、洞窟の外へ駆け出した。




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