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黒猫と銀竜  作者: 威剣朔也
0 黒猫と銀竜 -旅立ちの前-
1/7

異世界召喚されたもののどうやら自分は不要だったらしく、猫化されたので町で穏やかに暮らしています。




 吾輩は猫である。名前は琴子で、人間の女であった。


 日本生まれの田舎育ち。大学進学と共に都心へ出て友達である雪乃とルームシェアをして暮らし、その後就職してからもだらだらと女二人のルームシェア生活を続けていた。が、そんな気ままで日和に満ちた生活は唐突に終わりを迎えた――。


 とういうのも、事のはじまりとしては雪乃と会社帰りに駅で落ち合い、共に家へ在る途中。通称「ぶつかりおじさん」が階段部分で私に勢いよくぶつかって来たことが発端だ。


 階段ではない場所では良くやられたが、さすがに階段部でぶつかられるとは思わず、私は階段から転げ落ちた。しかもそんな私を助けようと私に手を伸ばしてきた雪乃も巻き込んで。


 ああ、これは大事故になりそう。いやでもこれは私にぶつかって来た「ぶつかりおじさん」を処せる良いきっかけになるのでは……と思いながらおそるおそる目を開けたらそこは全くの見知らぬ場所だった。


 しかも恐ろしいことに、大勢の人達が私と雪乃を取り囲んでいるのだ。


 顔の皺が目立つ初老と思しき男性たちや、ゲームや漫画でよく見かける神官や魔術師のようなローブを着た人たち。果ては、その頂点に立つと思しき冠を被って玉座に座る男まで。女性の数はあまり多くはないが、少なくとも居る女性の服が某夢の国プリンセスが着るようなふんわりとしたドレスであることから察するに、此処が日本でないことは明らかだろう。


 そんな中、私の巻き添えで階段を転げ落ちた雪乃が目覚めた瞬間、周りの人達が、「わっ!」と歓声を上げ、あれよあれよと言う間に私を雪乃から引き離した。


 「いったいどういうつもり!? っていうか、何するの!?」と喚き叫び、暴れても「うるさい黙れ!」としか返されぬまま強制的に地下室と思われる場所へ連行され、何の了承も得られぬまま勝手に猫へと変化させられたのだ。


 私を猫に変えた魔術師には「いや~急に召喚しちゃってごめんね~! 王様たちとかその辺りの人達が求めてるのって、君みたいな黒髪の地味で貧乳な子じゃなくて、煌びやかな、それこそカリスマ性のある子だったんだよね~。うん? まあ君が『はぁ!? ふざけないでよ!』みたいな顔するのも頷けるけど、そこらへんはほら、上司に逆らえない末端だからしかたないんだ~。ごめんね~。

 で、本題なんだけど王様たちからは君の事を殺せ、処分しておけ! って言われてるんだけど。ぼく、殺しって嫌いなんだよね~。血なまぐさいし、何より痛そうじゃん? だからこうやって毎度毎度人を獣化して逃がして、そして残った服を血染めしてるんだ~。いやね、バレたらそりゃぼくの首、吹っ飛ぶだろうけど、バレなきゃ問題ないし! それにバレたらバレたで僕も獣化してトンずらしちゃえば問題ないだろうし!

 あ~もう、せっかちさんが扉叩いて君を殺したのか!? って迫って来てる! じゃあ、急ぎになるけどそうだね。うん、そうだね。もし、もう一度ぼくに出会うことがあったら、君を元の姿に戻してあげるよ~! それじゃあ、がんばってね、ネコチャン!」と笑顔で言わ、そのまま別場所へと転送されたのだが、今思い返しても理不尽極まりなさすぎるだろ!! と突っ込みたくなる。



 そんな顛末を経て。猫化した私が寝起きしているのは、都心部から離れた町のパン屋の裏。おそらく私を猫化させ、送り出した術者が配慮して人里に私を転送したのだろうが、正直ひどく助かっている。


 まず第一にサバイバル生活をしなくても良いということ。


 パン屋の店主はかなり気前が良く、「お前さんが居るだけで小麦などを狙ってやってくるネズミが居なくなって大助かりだ!」とパン屋の裏に私用の居住スペースを作ってくれたし、ご飯や水を不自由なく与えてくれる。


 そして第二に、場所が人里ということもあり鳥類や他の大型の獣に襲われることがないということ。


 襲われる危険がない、ということはそれだけ十分に気や身体を休められるし、考え事だって出来る。


 さらに第三として、人里に暮らすということはその世界の文化をある程度見聞できるということだ。


 この世界に飛ばされてきて、西も東も北も南も、それどころかお天道様が一つなのか、二つあるのかさえよくわかっていない状態だった私には、この環境はひどくありがたい。


 それにどこの世界でもそうなのか、パン屋の店番をしている猫たる私に対していろいろ愚痴を言って来たり、ちょっとした噂話なども言ってくる人が多いため、無知だった状態から、ちょっとした情報通にもなっていたりする。


 私が飛ばされてきたこの国の名前は「人間国『メベリア』」で、現在隣国……というか人間国と大陸を二分している「竜魔国『エレシュリド』」という竜王や魔物が暮らす国と敵対関係にあるらしい。


 というのも、パン屋にやって来た人たちや、町の住人曰く、人間国に居る魔物が度々町や村を襲ったり、水源の管理を水龍が行っていたりすることが事の発端らしい。


 完全にこの国どころか、この世界と何ら関係のない場所から勝手に飛ばされてきた私としては「いや多分それ、人間が魔物とかのすみかだった場所に進出してきてるだけなんじゃ……。というか多分理由、ソレが発端では多分ないと思う!」と言いたいところなのだが、声になるのは「ニー」という、なんともまあ。自分で言うのもアレかもしれないが、かわいい鳴き声だけなのである。


「ンニー!」


 ぐぐぐーっと、伸ばしがいのある身体を、指先から尻尾の先までしっかりと伸ばした私は日課である散歩に出かけるべく、寝心地の良いパン屋の裏から出て、町へと繰り出す。


 真っ黒な体毛に、ヘーゼル色の瞳。毛並みはパン屋の店主に「ンッフー!すばらしい!」とべた褒めされ、自分でも自分に思ってしまうほどふわっふわで、いつまでも自分の毛並みを味わっていたいほどだ。


「あ、パン屋のねこちゃん! 今日もみまわり?」

「なあ、おれたちもついてって良いぁ?」

「うわー! 今日もすっごいふわふわ!」


 水色の空から降り注ぐあたたかな陽の光の下、自由きままに町の中を闊歩していれば見慣れた顔の子供たちが私の元へと集ってきた。


 そんな子供たちに挨拶も兼ねて「ニッ!」と鳴けば、「くろねこたんけんたいだー!」「今日もみまわりがんばるぞー!」と彼らは短い腕を高らかに振り上げはじめた。どうやら今日も、子供たちは私と一緒に町の見回りをするらしい。


 すたすたと歩く私を先頭に、子供たちが後ろからついてくる。


 時々足を止める子供たちの様子を見に行ったり、不安全な行動をしようとしているのを止めに行ったりと、余計な手間は多いが、時間にしばれれているわけではない私には特に何の苦痛でもない。むしろここへ来たばかりである私にとって、子供たちの発見するものはだいたいが目新しいものばかりだ。


 それに互いに互いの知識を誇示したい年頃なのか、詳しいウンチクも離してくれるため私としては非常に助かっている程だ。


 この草には毒けしの効果が、この花には麻痺の効果が。あの動物は一匹だけだと安全だけど、三匹以上見かけたら要注意。だとか。サバイバル生活をするつもりはないが、する可能性がゼロでもない私にとって、聴いておくべきことばかりだ。


 そんな子供たちとの探索、ならぬ町の散歩を終えれば……ここからが私と、彼らのお楽しみタイムだ。


「よーし! じゃあ昨日教えてもらった魔法、くろねこたいちょうに、披露しようぜ!」

「ニッ!(やったー!)」


 パン屋の店先に集う彼らの前で、タタン。と小気味よい音を立て、木箱の上に乗る私。


 そんな私を確認した子供たちは、各々昨日教えてもらったらしい魔法を私の前で披露してくれる。


 風を操る魔法。水を操る魔法。モノの大きさを変える魔法。人間などの生き物の傷を治癒させたり、状態異常を直したりする魔法。そのどれもが、木の葉一枚を動かす微量さだったり、コップ一杯文程の水程度の量だったり、アリをダンゴ虫程度の大きさに変えたり、ちょっとしたささくれを治す程度だったりする程度の細やか。


 はじめてそれらを披露された時は「え!? 魔法ってこの程度なの!?」とびっくりしたが、まあ子供であるし仕方がないことだとは思う。それに、子供たちと交流を深め、彼らの会話に聞耳を立てたからこそ知ってはいることなのだが、そもそも「魔法」は魔族や竜が使用する者であり、人間にはあまり使えない代物らしい。使う場合も魔族や竜の遺物を使用して、やっとまともに使えるようだ。


 ちなみに、そうやって私の前で魔術を披露してくれる子供たちのおかげで、私も微力ながら……本当に、微力ながら、魔法を使えるようになっている。流石に子供たちの前で披露するような真似はしないが、誰もが寝静まった夜、パン屋の屋根で捕まえたネズミの大きさをちょっと小さくしてみたり、ネズミ取りに失敗して出来た傷を治してみたり、うっかり熱い状態で出されてしまったホットミルクを舐めて火傷をした舌を治せる。


 一通り私の前で魔法を見せた後、互いに魔法を教え合いはじめた子供たち。そんな子供たちを眺めながら私は大きく欠伸をする。


 ううん。散歩をしたのと、陽射しが温かなのも相まって、眠い。


 ぐるるる、と喉を鳴らし、私は座っていた代の上で丸くなる。そうすればソレに気付いた子供たちが声を潜め、「あ、ねこちゃんおやすみ?」「たいちょう、今日もおつとめがんばったもんな!」「なら私たちは、また新しい魔法おしえてもらいに行こう」と、私の傍から足早に離れていく。


 本当はもうちょっと彼らの軽快な声を聴いていたかったのだけれど、と思うが、ここは彼らの配慮心を尊ぼう。


 パン屋煙突から立ち上るパンの芳しい香りを嗅ぎながら、私はゆっくりと意識を微睡の中へと横たえた。




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