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第63話 厨二時計職人トーマス・エジサン

 


 活気のある大通りを行く。


 魔術大学の入学式が近くなってきたからか、ここレトレシア区の人通りが一段と増えたような気がする。


 レトレシア魔術大学の新入生の数は、10歳から入学する子犬生は少なく平均して100人ほど。


 15歳からの入学する犬生を合わせても、新入生の数は500人くらいだろう。


 元いた世界の大学に比べれば大した人数ではない。


 だが、その子供たちの両親や親戚など、たくさんの人間が現在のレトレシア区には集まっている。


 人が動けば物が動く、物が動けば人が動く。


 この国を支える魔術大学の新学期開始にあわせてこの区画全体が動いているのだ。


 人が多い気がするのは気のせいではない。


「ここか」


 杖を見せ合って楽しんでいるちびっ子を横目に俺はある店の前に来ていた。


「『エジサンの時計工房』」


 大通りの脇道を一本入ったところにある店の看板を読み上げる。


 前々から時計が欲しいと考えていたのだが、修行に熱中してしまって買いに来るのを忘れていた。


 行動はすぐに起こさないと後に後にずれ込んでいってしまうので、気をつけないとな。


「おじゃましまーす」


 返事は帰ってこない。


 これは呼びベル方式か、とベルを破壊する右手をコキコキ鳴らしながら、ガラス製のドアを開けて足を踏み出す。


 店内はこじんまりとしていて、華美な装飾は一切ない。

 店主が職人気質なのがよくわかった。


 壁際に家庭用の大きな置き時計がいくつも置いてあるので、異世界でもちゃんと時計を扱ってる店があることに俺は胸をなでおろした。


 比較的小さな時計の置いてある陳列棚に近づき、商品を吟味する。


 陳列棚に並んでいる時計はこれまでの人生で見てきた中でもトップクラスに小さい物ばかりだ。


 木製の枠に金属の歯車が細かく組み合わさっているのが、ガラス越しに見えるようになっているデザインのもの。


 半円のような不思議な形状の時計。


 筒のように垂直に長く細かくメモリのついた時計。


 どいつもこいつもアンティークな香りをプンプンさせていて、最高に楽しい。


 俺はこういったアンティークが大好きなのだ。


 だが、まだ大きい。


「おや、こんにちは。小さい時計をお探しかな?」


 カウンターから声をかけられて振り返る。


「とびっきり小さいのを探しています」


 親指と人差し指でつまむようなジェスチャーをしながら言った。


「ほほう、携帯用の物が欲しいのかな?」

「そうです、あるんですか?」


 店の時計のラインナップを見た感じ携帯用時計というもの自体が無い可能性まであったので、このじいさんが携帯用という概念を知ってることに安心する。


「あぁあるけれど、すこしぼうやには高いかもしれないよ?」


 優しそうなじいさんモノクルの位置を直しながらいった。


 時計自体きっと高いだろうということで、一応全財産持ってきてはいる。


 さすがに金貨36枚を越えてくることはないだろう。


 俺は金貨の入った革袋わしづかみにして取り出した。


「おや、貴族の子だったかい。オーラが庶民だったから気がつかなかったよ」

「えぇ、まぁよく言われます」


 本当に俺が貴族だったらタダじゃすまないセリフを吐きながら、じいさんは奥に引っ込んでいった。


 モノクルじいさんはすぐに戻ってきた。

 両手にひとつずづ小さな正方形の箱を持っている。


 じいさんはカウンターに箱を置き、片方の箱を開封した。


「ほら、これが最新式の機械式時計だよ」

「ほほう」


 じいさんは箱から銀色のメダルにチェーンのついたものを取り出した。


 ボタンのようなものを押し、メダルがパカッと音を立てて開く。


「どうだい、カッコいいだろう?」


 なんていい顔するじいさんだ。


 この歳になってなおまだロマンを追い求める少年の心を失っていないと見えるな。


「えぇ、これは最高の品ですね」

「ふはは、ぼうやはその若さでロマンの何たるかがわかっているようだ」


 じいさんは手に持った懐中時計を演技くさいしぐさで閉じて、こちらに流し目を送ってきた。


 やっぱりこのじいさんこの歳になってまだ厨二が抜けてないな。

 俺と一緒じゃねーか。


 モノクルを必要以上に直しながら、じいさんは上機嫌にもうひとつの箱を開封した。


「さきほどの機械式時計は最新といったがね、あれは嘘だよ」

「っ、な、なにっ!? まだ先があるとでも言うのかっ!?」


 そんな手間どらないだろ、とツッコミたくなるスピードで箱をゆっくりと開封するじいさんに全力で乗っかる。


「これが超最新式の機械式魔導時計『トール・デ・ビョーン』じゃ!」

「おぉ! ……お?」


 圧倒的な演出とじいさんの役者っぷりに押されておどろいてしまったが、よく見たら先ほどの懐中時計と大して見た目は変わらない。


 ちょっと艶がなくなった分、むしろこっちのほうが安っぽく見える。


「ふふ、動揺しておるな? 『いや、変わらんのかい!』っと思っておるな?」


 じいさんはこちらの心を見透かしたような鋭い視線。


「このトール・デ・ビョーンは、さっき見せたタダの時間を見るだけのものとは違うぞ?」

「ほう、それは?」

「ぼうやが本当のロマンを知る者と見越して、特別にこのトール・デ・ビョーンの隠された機能を教えてやろう」

「か、隠された機能だって!?」


 じいさんは迂遠なセリフまわしを選びながらトール・デ・ビョーンを開いてこちらに見せてきた。


「何か、はまってますね」


 コインのような物がトール・デ・ビョーンのフタ部分にはまっているのを発見。


 じいさんは先ほどまでの無邪気な雰囲気を潜ませ急にまじめな顔になった。


「ぼうやはこれが何かわかるかね?」


 じいさんはモノクルを直しながら懐中時計のフタを指差す。


「いえ、何なんですか?」

「これは『魔導硬貨』じゃ」

「魔導硬貨?」

「かぁー! 最近のナケイストじゃ魔導硬貨も教えんのか!」


 じいさんは手で顔を覆い天を仰ぐオーバーリアクションをする。


「いや、僕まだ学生じゃありませんしそっちじゃないです。レトレシアです」

「おや? そうじゃったか。貴族ならてっきりナケイカスト魔法うんこ学校だと思ったが」

「凄まじい言い様っすね」


 じいさんのあまりに低俗な悪口にちょっと面白くなってしまう。

 あんたアディと同レベルじゃねーか。


「そりゃな、あの学校は……っといかんな、ぼんぼん学校の悪口を始めたら止まらなくなってしまうんじゃ。ぼうやはレトレシアの新入生かね? 出身は?」

「クルクマっていう南のほうの町から来ました」

「ふむふむクルクマか」


 モノクルを直しながらじいさんはあごに手を当て、思案顔をする。


「1ミリも聞いたことのない田舎町だ。国外かな?」

「ッ、えぇえぇどうせクルクマは田舎ですよッ!」


 ーーチイィイィンンン


 カウンターの呼びベルを一撃で粉砕。


「なんでだ! 呼びベルに罪はないだろうに!」

「すみませんね手が滑ってしまいました。もしかしたらまた滑るかもしれないしれないので、呼びベルは避難させたほうがいいですよ」


 呼びベルの残骸を両手で介抱するモノクルじいさんに残酷な脅迫をして迫る。


「それで魔導硬貨って何なんですか?」

「くッ! もう呼びベルを傷つけないって約束できるかね?」


 じいさんは残骸を大切そうに抱えながら、ゴミ箱へポイッと投げ捨てた。


「えぇもう傷つけませんよ」

「ふふ、そうかならばぼうやに知識を授けよう。大学で入学して速攻でならう知識をな」


 後半部分を聞いたせいで知識の価値が急落していく。


「魔導硬貨とはな、魔法を行使できる道具の1つじゃ」

「ふむ、それじゃあ、この時計を手で持ってれば魔法使えるってことですか?」

「その通りだよ」


 凝り固まった魔法に関する固定観念が崩れ去っていく。


 まさかコインで魔法を唱えられるとは。

 ちょっと興味が湧いてきた。


「ただね、魔導硬貨はとても珍しいんだ」

「ほう、それはなぜ?」

「製法がわかっていないからね。世の中に出回っている魔導硬貨はすべて遺跡から発掘されたものなんだ」

「古代の技術で作られたって事ですか?」

「飲み込みが早い。君はきっと優れた魔術師になれるよ」


 モノクルじいさんは愉快に笑って肩を叩いてくる。


「いやはや、古代の遺跡から発掘される未知の技術で作られた魔道具ですか」

「あぁそうだ。ワクワクするだろう……?」

「えぇとっても!」


 モノクルじいさんはシワの深い顔の口角を釣り上げて野獣のように笑う。


「ところで、そんな貴重なもん時計にはめ込んで売っちゃっていいんですか?」


 トール・デ・ビョーンを指差す。

 話を聞く限り、魔導硬貨は相当レアなアーティファクト的な魔道具のはずだ。


 それなのにこんな訳の分からない売り方をしていいんだろうか?


「あぁ別に構わないんだよ。さっき珍しいっていったが、実のところ魔導硬貨って特に使い道がある訳じゃないんじゃ。

 魔法を使うことは出来るが、別に杖を使えば良いだけの話だし、そもそも魔導硬貨じゃ魔法を行使しづらいし、能力もオズワール指数でランク1、2程度しかない。実質ただのコレクターアイテムじゃよ」

「そういうもんなんですか」

「そういうもんなんじゃな、これが」


 モノクルじいさんは指を立ててうんうん、と頷いている。


 魔導硬貨はただ単に珍しいだけであって、魔法を使うために作られた杖より性能が劣るようだ。


 きっと「やろうと思えば魔法使えなくはないよ?」くらいのノリなんだろう。


 一般的に杖があるのに、わざわざ魔導硬貨を使うメリットはない。


 ただそれでも俺にはこのトール・デ・ビョーンを買う理由としては十分だった。

 だって珍しいんだから。


「じいさん、それじゃこの時計くだーー」

「毎度! 包んでおくよ!」

「ぁ、お願いしーー」

「はいよ!」

「……ありがとうございます」


 注文するよりも早く商品を包まれ、お願いするよりも早く商品が出てきた。


 どんだけこの時計売りつけたかったんだ?


「いやぁ助かるわい。トール・デ・ビョーンに下手に魔導硬貨なんかはめちゃったから、それ売れなくて売れなくて困ってたんだよ」

「在庫処分、か」


 じいさんはサムズアップしながら、歯を光らせてニコリと笑う。


「まぁ魔導硬貨自体本物だし、機械式時計としての性能は間違いなく王都一だと自負しとる!」」


 在庫処分で売りつけられて信用を失っていたが、妙なところで謙虚なのが完全に信用を失わせない。

 小癪なじいさんだぜ。


「で、おいくらなんです? この懐中時計」

「そうだね、魔導硬貨使ってるし金貨6枚に銀貨2枚ってところだね」

「なんだ安っちい」

「ぅう! 流石貴族! よ! ローレシアいち!」


 モノクルじじいに金貨を投げつける。


「あ、痛っ!?」


 最近あまりにも大金を持ち過ぎているため、金銭感覚が狂ってきている。


 王都に来たころは金貨4枚の杖にヒィヒィ言っていたのに、今じゃ金貨一桁なんて小銭に感じてしまう。


 これが庶民から成り上がった成金の気分か。


 悪くない感じだ。



 機械式魔導時計「トール・デ・ビョーン」を購入し、モノクルじいさんことトーマス・エジサンから懐中時計時計の説明を受ける。


「毎日決まった時間にゼンマイを巻いてあげるんじゃよ? そうじゃないと拗ねて動かなくなってしまうからね」

「おぉ手巻きだ」


 はじめての手巻き時計に期待が膨らむ。


 毎日決まった時間に巻いてあげて面倒を見てやらないといけないなんて、可愛いし愛着が湧くな。


 なんか金魚みたいじゃないか。手巻き時計って。


「あと巻きにくくなってきたらうちの店にもってくるか、あるいは今から整備の仕方を説明ーー」



 その後、流れで1時間にも渡る機械式時計講座を受ける羽目になった俺は、時計屋を出る頃には自分で分解して組み立てられる程に時計に詳しくなるのであった。



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