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第18話 人間の敵たち

 


 笑顔の師匠に剣を突きつけられる。

 なんでこんな事になったのか。

 俺に殺されるほど悪い事をした覚えはない。


「ほっほっほっ」


 そもそも抜剣したことに全く気づけなかった。

 まるで元からそこにあったかのように見えるほど自然であまりにも速すぎた。


「ぁ、あの、し、師匠?」


 不思議と殺気の様なものは感じられない。

 かと言って安心なんか微塵もできないが。


「ん? おやおや、これはいけないねぇ。何か勘違いしてるかもしれないが、私か剣を突きつけてるのは、君が動くことを阻止することだけが目的だよぉ?」

「ぼ、僕動いちゃダメなんですか?」


 率直な疑問を師匠へ投げかける。


「アーカム、君はその規格外の剣気圧をコントロールできていないのだろう? 無意識に、肉塊にされてはこちらもたまらんからねぇ。しばらく動かないでいて欲しいんだ」

「ぁ、そういうことですか」


 師匠はニッコリ笑いながら言った。

 ビビって損してしまったな。


「なるほど! もちろんわかっていましたよ? ちょっと抜剣が本気過ぎて怖かったですけどね」

「ほっほっ、もっと速く抜くこともできるんだけどねぇ」


 あれ以上速く抜いたらどうなっちゃうの? ねぇ?


「それにしても、あんな状況で覚醒かぁ。これはすごいねぇ」

「え、はは、ありがとうございます、はは……ぁ、あれ?」


 動かないように心掛けていると、突然、師匠がフリーズしたことに気がついた。

 この人は色々急すぎるところがあるが、このフリーズはその最たる例だ。

 何か考え混む時、師匠はよくこの状態になるのだが、今度はどうしたと言うのだろうか。


「あのー師匠? 大丈夫ですか?」

「……おや、ぼうっとしてしまったみたいだねぇ。なに、問題はないさ。きにしなくていいよぉ」

「本当に大丈夫ですか?」

「ぁあ、もう大丈夫さ」


 俺は師匠の顔に陰りが出来たのを見逃さない。

 何かあったんだろうか……?


「おや、圧が消えていく……」


 小さな声で師匠は呟く。

 途端、俺は全身にどっと疲れがのしかかってくるのを感じた。


「あ、なんか力が抜けていくような……なんだろう、これ」

「ふむ」


 だんだんと空気が抜けていき、最後には力なく萎んでしまいそうなイメージが脳裏をよぎる。

 未知の感覚と恐怖にたまらず師匠に助けを求める。


「し、師匠! こ、これ! 大丈夫ですかね!? なんかやばくないですか!?」

「ふむふむ」

「師匠ぉぉおおー!?」


 こちらが必死になっているのに師匠は顎ヒゲをしごきながら「ふむふむ」言っているだけだ。


 師匠、頼むから師匠してください!

 お願いですから、安心する言葉をかけてください!


「し、師匠ぉぉ!」

「ほっほっ、大丈夫だよアーカム。安心しなさい」

「あん、安心できないですよ!」

「……」

「ぇぇ」


 師匠はそれだけ言うと再び黙ってしまった。

 またしてもフリーズだ。


 少しして体の力の抜けが収まると、そこには萎んだ俺の死体があるーーわけではなかった。

 師匠の言う通り体が鉛のように重くなっただけで別段なんのことはないみたいだ。


「……本当に平気だった。よかった、本当によかった」

「だから平気だと言っただろうに。ところでアーカム、さっきの力の件だが」


 話題は今しがた起こった事態に移る。


「あれ、なんだったんでしょう?」

「君自身はやはり自覚もないし、心当たりもない、と」


 何だ少し意味深だな。

 何か知ってるんだったら教えてほしいのだが。


「心当たりってーー」

「おや、トドメを刺してないじゃないか」

「へ?」


 師匠は俺の喉元に向けていた剣先を離し、くるりと回って歩き出した。

 もう動いても良いものだと判断して何気なく師匠の背中を追う。

 ちょっと歩いたところで、師匠が何を言っていたのか俺にも理解することが出来た。


「ぁ、テゴラックスだ」

「ヴェ……ァ……」


 胸部に剣を突き刺して無力化しておいた個体だ。

 ぐったりしてるものの呼吸をしている。

 完全に存在を忘れていたよ、ごめん。


「魔物の生命力は高い。戦闘が終わったらしっかりトドメを刺しておかなければいけないよ」


 師匠は剣を逆手に持ち替えた。

 そして黒銀の剣先を真下に、ゆっくり突き刺していく。勢いは乗っていない。

 ただゆっくりと確実に命の火を吹き消すように刺していくだけだ。


「べぁぁ……ぁぁ……ッ」


 か細い鳴き声が途切れ途切れに最後の命を主張する。

 師匠は深く突き刺した剣をひねりそれをトドメとすると巨大な魔物は完全に動かなくなった。

 テゴラックスは絶命したのだ。


「うっ」


 痛みに苦しむテゴラックスは命の灯火が消えるその瞬間まで、ずっとこちらをみつめていた。

 俺のことを呪わんとばかりの形相だ。


 目の前でトドメを刺されたテゴラックスを見て俺の中にモヤモヤした気持ちがこみ上げて来ていた。


 なんか、可哀想なことしたな……。

 よくよく考えたら、剣の修行だ! とかいって、何の罪もない野生動物を殺しただけだし。


 俺は許されざる大罪を犯したのではないかーー。

 罪の意識は確実に俺の中に沈殿していた。


「気負うことはない。必要なことだったよ」


 師匠は剣を引き抜き、抑揚のない声で言った。


 本当に必要な事だったのか?

 気にしなくていい事なのか?


 これがもし兵士としての訓練のためとか、ギルドの依頼とかなら、正当性は……まぁ、あるだろう。


 だが、俺のは半ば趣味みたいなもんだ。

 誰にやれといわれているわけでもなく、ファンタジーな剣の修行のついでに魔物を殺したんだ。

 なんか冒険みたいで楽しいとさえ考えていた。


 あの熊たち……テゴラックスたちは大きかった。

 記憶が正しければ、あれほ成獣、つまり親の立場のテゴラックスだったんだ。


 もしかしたら、ちいさい子テゴラックスがどこかで父テゴラックスと母テゴラックスの帰りを待ってるんじゃないか?

 もう帰ってこないと知らずにずっと……。


 思考的負のスパイラルは止まらない。


「うーん……」

「悩んでいるねぇ」


 生殺与奪(せいさつよだつ)について考えたことなど一度もなかった。

 平和な日本から来た俺にとって、生き物を殺すということはあまりにも非日常のことだったからだ。


 自分ならこんな事に悩まないと今まだ思って生きてきたが、いざ直接命を奪ったと実感すると……途端に何か恐ろしいことをしでかしたんじゃないかという罪の意識をどうしても感じてしまう。


「アーカム、存分に悩みたまえよ」


 師匠が剣についた血糊(ちのり)を斬りはらいながら、こちらへ歩いてくる。


「師匠は可哀想、かなって思ったり……しません?」


 甘ったれるなと怒られるかもしれない。

 冒険者がたくさんいるような世界だ。


 帯剣してる人間だってそこらじゅうにいる。

 元の世界とは比べ物にならないくらい、命の危険は身の回りに転がっている。


 この世界では根本的に元の世界と生殺与奪の考えが大きく違う可能性だって十分にあった。

 この世界に長く生きた師匠の感覚を知り、理解しなければ俺はきっとこの先の人生で剣を振ることができなくなってしまう。


「人間は弱い」


 師匠は噛みしめるような口調で言葉を紡いだ。


「我々人間が、この大陸で、国で、町で、自分たちの安寧を築き上げることができたのは、一概に他種族を滅ぼしてきたからだ」

「……はい」


 空のを覆い隠し青々と生い茂るの深緑の天井にこの老人がなにを見ているのか。

 未熟な俺にはまだ理解できそうにない。

 師匠は俺に構わずどこか遠くを見るような目で続ける。


「安寧を守るためにもこうして戦いに身を投じなければいけない者は……必ず存在する。森の魔物の数を減らすことは立派に人々を守ることにつながる……いいや、森の魔物だけではないねぇ。草原に洞窟に、砂漠に海に湖に川、人の住めない、あるいは()()()()()()呪われた土地にいたるまで。

 さまざまな場所で魔物を()らなければ、奴らはその数を増やし、すぐに牙を向いて逆に人が狩られてしまうさ。アーカム、覚えておきたまえよ……人間は弱い、だからこそ国を築く。ギルドを設立し魔物を殺し続ける。これは種にとって必要なことだ。今回はギルドの依頼じゃなく、無償でボランティアをしてしまった……そのくらいに思っておくといい」

「......はい」


 納得することはできる。


 だが、何というか……生々しい? 残酷? とにかく平和な国でぬくぬくと生活していた頃とは大分違った環境に生きているのだと実感した事に衝撃は禁じ得ない。


 異様に気疲れしてしまい地面にへたり込む。


「ん? ぅ、ぁれ?」


 地面に座り込んだ瞬間、目眩がした。

 視界が歪み、だんだんと映像が不鮮明になる。


 異常はそれだけじゃなかった。

 視界ばかりに気を取られていたが、気づけば体全体がものすごいダルさに襲われているではないか。


「思い直すと、本当に人間には敵が多いねぇ……ほっほっほっ全く嫌になるねぇ。まぁだからこそ我々がいるのだがーー」

「ぁ、ぁ、し、しょ」


 師匠はこちらの異常事態に気がついていない。

 まだ語りかけるように木々の天井に話をしている。


 猛烈なだるさに抗えず、倒れこむ。


「わふっ!」

「ぁ、シ……ヴァ……」


 聞き慣れた愛犬の鳴き声が聞こえる。


 俺が倒れそうになる所に、シヴァは滑り込み、地面と背中の間に頭をねじ込んでくれたらしい。

 背中がふわふわだ。


「おや、ずいぶんお疲れのようだねぇ」


 師匠はこちらに気がついたらしく、微笑みながら見下ろしてきていた。


「ぁー、ちょっとやばいで、す……」

「わふっ」

「ふむ、どうやらこれ以上の狩猟は行えそうにない」

「すみ、ま……せん.……」


 だんだん、意識が遠のいていくのを感じる。

 なるほど、これが気絶していく感覚か。


「かなり消耗しているようだ。森を出るまでは起きててほしかったが……仕方ないか」

「は、はは……」

「わふわふっ!」


 師匠が笑っているのはわかったが、それだけだ。


 視界はだんだんとぼやけていき、ついに俺は意識を手放してしまう。


「今は、安心してお休みーー」

「ぁ……ーー」

「ーーーー」


 最後にそれだけ聞こえ、俺は遠慮なく寝させてもらうことにした。



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