第129話 天翔ける激流
揺れる蒼き激流。
徐々に高くなっていく視線。
上がって、昇って大きなり続ける龍の上から、唖然の表情で見上げてくる皆を見下ろしていく。
なんたる爽快、なんたる愉悦なんだ。
「アーク、基盤は整えたわ! そのまま大量の水を生成し続けて迎撃用の水を用意して!」
「量だけなら任せとけ、サティ」
要請に従い、とぐろを巻いた龍となった水の化け物の上で、とにかく水を魔力生成しまくる。
「サテリィぃぃいい!?」
「ウワァァァァァァーーーッ!?」
「アーカムくぅぅぅうん!」
「シャァァァァァああああ!」
「アルドレアぁああ、許さんぞぉぉぉおお!」
足下から聞こえるクレーム。
サティの≪天翔ける激流≫によって、水の中に巻き上げられたサークルメンバーから苦情が殺到している……が、
今はそれに構っている暇はない。彼らにはしばらく耐えてもらう。
第1種目開始から5秒。
スタート付近、他サークルの生徒たちが驚愕を顔に貼り付けて瞠目する中で、サティは余剰分の大量の水を操作しておののく競技者を攻撃しはじめた。
「ヒィィいい!?」
「≪風d、あ、ァァァァァあ!」
「≪水操ぉお、お、おおお、おがぁぁああーー!」
「無理だって、ちょ、まって、あぁああ!」
「え、エルトレットっ、た、頼む、たの、お助けもぉぉぉす、ぅぅあァァアぁあ!」
悲鳴、悲鳴、まさに阿鼻叫喚の地獄。
周りの生徒たちが無慈悲にも水の大流にかっさらわれて遥か遠くへ吹き飛ばされたり、
水の龍の体内を無限ループさせられたりしていく様を、地獄と形容せずしてなんという。
それぞれ工夫して何とかどうにか、大流を凌ごうとしてるようだが、とても≪水操≫や水流操≫ごときの水操作系魔法で、この質量を、そしてサティから魔法の主導権を奪うことなどできるはずがない。
やがて果敢にも戦おうとしていた生徒たちは、手のつけられなくなった水の巨龍に抗うことを諦め、トラックを一刻も早く一周する事を選び始めた。
「っ、サティまずいんじゃないか? 誰も俺たちと戦わなくなったぞ。みんな10秒で諦めてゴールを目指し始めやがった」
「ふふ、アークはわかってないわね。これでいいのよ、これで。第1種目は上位100人に入れば問題ないんだから、先行する奴らに存分に魔法の罠を踏んでもらって誘発してもらうのよ」
おお、なるほど。
そんなゲスいことを思いつくとは。
やはりうちの部長は根っからの腹黒魔女だな。
「1つ目の罠は古典式、地面から生える泥の手! 2つ目も古典式、単純結界ね! ふっふ、それじゃ出発進行! ほらほらぉあー! 道を開けなさい!」
進み始める水龍。
「罠対策は?」
「そんなの押し通るまでよ!」
デカ水龍が怖くてスタートから動けなくなった生徒を牽制しつつ、サティは脳筋にも40メートル先で罠で発動し始めた第3集団の後を追いはじめた。
「ん、あれそういえばカティヤさんどこ行った?」
「え? どうせ水龍の中にいるんで……いないわね」
水龍の体内に搭乗させたエルトレット魔術師団の中に、カティヤさんがいないことに気がつく。
効率よくみんなまとめて運ぼうとしてたわけだが……。
はて、彼女はどこに行ったのだろうか。
「ッ、ぷはっ! けほ、けほっ!」
「おぉゲンゼも上がってきたか」
水龍の体内から少しずつ登ってきたゲンゼの手を引っ張り、水龍頭部の愉悦ゾーンに迎え入れる。
「けほけほ、アーク! それよりあれ見てよ!」
「ん? あれってなんだよ」
俺たちの水龍が、楽々魔法の罠を踏み越えていく中、ゲンゼが前方の先頭集団を指差した。
魔法の罠をいち早く克服し、己の身ひとつ、あるいはチームの力で乗り越えていく、悪く言えばバカ真面目な、よく言えばめっぽう優秀な魔術師の一団。
よく見ると先頭集団は先頭集団内でトラックを走りながら魔法を掛けたり、撃ちあったりしている様だった。
100位以内に入れば第1関門突破だというのに、エリート達はどうしても上位が欲しいらしい。
「やれやれ真面目な奴らだな。リスクを負う必要もないのに」
「いや、違うって、ほら、あそこカティヤさん!」
「へ?」
ゲンゼに言われてもう一度先頭集団をよく見てみる。
するとどうやら1人だけ同じ魔法ばかりを連射しまくってる、俺みたいな害悪魔術師がいる事を発見。
毛先だけ金銀の藍色の髪。
30秒前とは違い、いつのまにか髪型をポニーテールに束ねてるが見間違うはずがない。
間違いなくカティヤさんだ。
カティヤさんが周りの生徒たちを、得意の≪魔弾≫連射で、バッタバッタと倒しまくって、害悪遅延プレイを働いているのだ。
「……なんであの人あんな所にいるんだ」
「さ、さぁ、でも、流石の強さだよね。最近はアークに連敗してたから調子悪いのかと思ってたけど、あの様子だと今日は絶好調みたいだよ!」
「ふん、まぁ私でもあんくらいできるけどねッ!」
サティが口をへの字に曲げて、スタート付近で固まっていた生徒を津波でかっさらう。
完全なる八つ当たりに被害者たちに同情せざる負えない。合掌。
「ちょっと俺も行ってこようかな。サティ、みんなを頼んだ」
「え、ちょっと! アークは別に行かなくてもいいでしょう!?」
水龍の頭部から飛び降り、俺は自身の足でトラックをジョギングし始める。
せっかくのレトレシア杯なんだ。
どうせなら楽しまなくては損だろう。
先頭集団は初見で魔法の罠を克服する必要があるため厳しいが、第2集団くらいならば俺でもなんとかなるはずだ。
水龍の追う第3集団が手こずっているマネキンゴーレム地帯に、サティ率いる水龍より一足先に到達。
魔法を使うまでもない。
タックルしてマネキンを吹き飛ばし突破する。
「はは! 無双ゲーも楽しいけどやっぱこうでなくちゃな!」
俺はジョギングで前の第2集団に追いついた。
「≪ルビテクト≫!」
「ッ!」
≪魔撃≫。
ーーほわっ
第2集団に追いつくや否や、撃ち込まれた魔法。
レジストして発射地点、右少し手前に視線を向ける。
「へぇー! すごーい! この僕の魔法をレジストできるなんて本当にすごいよ! へへへ!」
無邪気に笑いながらもう一度魔法を掛けてくる軍服を着た少年。
「ドラゴンクランかッ!」
ーーほわっ
やはり≪魔撃≫でレジスト。
「へへ! なんだやっぱり噂は本当なんだね!」
「なんのことだよ、おら≪喪神≫!」
ムカつく少年にこっちも一発プレゼント。
「効かないよ! ≪反撃効果≫!」
「っ!?」
あ、その魔法ってーー。
有無を言わさず撃ち返されてくる魔法。
その魔法の尋常じゃない速さは、俺の≪喪神≫でさえノロマに見えてしまうほどだ。