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第126話 夜更けの作戦会議

 

 エースカロリ邸で101回目の敗北を味わった翌日。

 俺は今日も早朝からエースカロリ邸へやって来ていた。

 今はちょうど朝から行なっていた体術の修行を終えたところである。


 3年前の事件以来、俺は週末のほとんどをエースカロリ邸での修行に当ててきた。

 友達からの遊びの誘いも断って、「最近付き合いが悪くなった」と揶揄されながらもひたすらに研鑽に研鑽を重ね続けた。


「ぎゃは!」


「剣圧」を纏わせていない黒銀の刀で少女をぶった斬る。


「はい、終わり。俺の勝ちな」

「やーだー、スーザ負けてないもんー!」

「今斬っただろ。ほらここからこうやって袈裟懸けに」

「スーザの『鎧圧』なら楽々防御できてたよー!」

「だーめ。それを言い出したらキリがない」


 鎌を振り回して駄々をこねるスーザへチョップをお見舞いする。

 柔らかい梅色の髪の毛が優しく手刀を受け止めてくれた。


 基本的に狩人が高度な技術を身につけた敵と戦う事はないので、そんなに意地にならなくても狩人同士の対戦戦績は実際の狩猟能力とイコールにはならない。


 俺は今のところスーザには負けた事がないが、かと言ってスーザが弱いわけではない。

 狩人になれるかと聞かれれば、多分なれると思えるほどにスーザは卓越した戦闘技術を持っている。


「スーザが手抜いてあげてるのに、お兄さん本気で来るんだもん。まったく困っちゃうよねー」

「お兄ちゃんスーザに優しくしてあげないとダメだよ!」

「兄様はいつでも全力なんだよ!」


 肩をすくめたスーザは隣で先に敗北して観戦モードに入っていた妹たちに愚痴り始めた。

 三姉妹の真ん中のエルゼは眉間にしわを寄せて、手合わせに本気になった俺をたしなめ始め、末っ子ローザは俺の援護射撃に入ってくれている。


 確かに俺の中身30歳に対して、15歳のスーザにちょっと本気になり過ぎていた感はある。

 が、それは仕方ない。

 そうでもしないと勝てないんだから。

 このちびっ子ーー実年齢は全員俺より年上ーーは俺のことを兄貴と慕ってくれているので、彼らには格好悪いところは見せたくないのだ。


「まぁ、そもそも『怪物』相手用の鎌と、がっつり対人用の刀じゃ部が悪いよねー」

「あ、そうかも! お兄ちゃんやっぱずるいよ!」

「兄様は素手でだってスーザに勝ったじゃん!」

「あれはスーザが手加減してたからーー」


 白熱するスーザの不満の矛先はいつしか末っ子のローザへ向けられて、果敢に姉の暴挙に対応するローザと駄々をこねるスーザをエルゼがたしなめる構図が出来上がっていた。

 こうなった場合、俺が口出しして物事が好転した試しがないので放っておくことにする。


「アーカム」


 背後から聞き慣れた同僚の声が聞こえてきた。

 狼姫刀を鞘に収めつつ振り返る。

 そこには梅色の髪をしっとりと濡らしたエレナが立っていた。


「呼び出し」

「今から?」

「そう」

「オーケー」


 エレナは浅く微笑んで踵を返して家の中へ戻っていった。


 どうやらギルド第四本部のお偉方かアビゲイルから召集がかかったらしい。

 具体的にはどちらかわからないが、エレナについて行けば間違いないので問題はない。

 エレナが次に出てきた時すぐ出発できる様にこちらも準備をしておこう。


「兄様〜、助けてぇ〜!」

「よしよし、ローザは良い子だなー」


 俺は庭で揉める梅色たちを鎮めておくことにした。



 ー



 冒険者ギルド第四本部。


 アビゲイルに召集されてギルド地下へやってきた。

 俺とエレナが地下室へ到着した後、すぐさまアヴォンとアンナがやってきたタイミングでお話が始められた。

 今回の集まりの理由を説明されたのだ。

 召集の目的は単純。

 狩人が狩らなければいけない「怪物」が現れたのだ。


「ふむ。『肉の仮面』ですか」


 重苦しい雰囲気の中俺は呟いた。


 つい今しがたその所在が明らかになったという新しい怪物の名前は「肉の仮面」というらしい。

 なかなかエグい怪物を想像してしまう名称に内心で絶対に剣か魔法で戦おうと決心する

 触るのは最終手段だろう。


「討伐には今から行って貰いたい」

「ふむ。了解した」

「夜更かしはお肌に悪いんだけど、仕方ないね」


 アビゲイルの言葉にアヴォンはいつも通りに、アンナは渋々と言った様子で伸びをして返事をした。


 ーーカチッ


 時刻は22時30分。


 明日は祝日で学校は休みだが、お昼からドラゴン退治の功労者として王城へ行かなくてはいけない。

 徹夜で行ってもいいが、出来るだけいつもどおりのコンディションがいいだろう。

 なんせ王様に謁見するのだ。

 可愛いお姫様にだって会う事になるやもしれない。

 本物のお姫様に会える日なのだから、最高のコンディションを用意するのは必須だ。



 昔会った小さいお姫様の事は忘れ、俺は早めに仕事を終わらせるために気合いを入れた。


「了解です」

「仕方なし」


 懐中時計トール・デ・ビョーンを音を立てて閉めつつキリッとアビゲイルへ向き直る。

 エレナもこちらをちらっと見てから肩をすくめて了解の意を示した。


「それで『怪物』の情報はどれほどわかっているんだ?」


 アヴォンは胸の前で腕を組み直してアビゲイルに尋ねた。


「情報はそんなに多くはないらしいが......まぁ、後は専門家から説明してもらおうか」

「専門家?」


 アビゲイルはニコっとひとつ微笑んだ。

 そして扉の外でちょうど立ち止まった気配へ向かって呼びかける。


「入っていいぞ」

「失礼するよ」


 そう言って扉を開けて入ってきたのは灰色に染まったふわふわの髪の毛を持つババアだった。

 日に焼けた肌が活発な印象を与えてくるそのババアは、歯抜けのない健康的な白い歯を光らせて微笑み、部屋の中に集まった面々を見渡した。


 俺はそんなババアの姿を見てどことなく既視感を味わいながらも、どこで見たのかを思い出せずモヤモヤとした気持ちを抱く。


「あ、ぼうや〜! 久しぶりだねぇ〜!」

「......僕ですか?」


 俺は一応アビゲイルとアヴォンへ視線を向けて、目の前のババアが俺に向けて放った言葉であることを確認しておく。


「この中でぼうやはお前だけだろう」

「ですよね。すみません」


 アヴォンに怒られた。


 やっぱり俺はどこかでこのババアに会っていたらしい。


「おや、忘れちまったのかい? 地下で会ったじゃないか。あの時はもう少し小さかったけどねぇ」

「地下、小さかった......あぁもしかして」


 かつて地下遺跡を爆走していた頃、冒険家を名乗る不審なババアに会ったことがあったのを思い出した。


 言われてみれば確かにこのババアはあの時のババアだ。

 当時はわけも分からず逃げ出してしまったので、結局あの時のババアがなんだったのかわからなかったのだが、この様子だとどうやら彼女もかなり裏世界に繋がってた存在らしい。


「こほん。どうやら顔見知りもいるみたいだな」


 アビゲイルは咳払いで部屋の注意を自分へ引きつけつつ、よく剃られたあごひげをしごいて話し始めた。


「紹介しよう。彼女の名はランナ・アルカディア。うちのギルドエージェントで、ローレシア地下に広がる遺跡の発掘・調査を一手に引き受けている凄い婆さんだ」

「凄い婆さんだよ。よろしくねぇ」


 アビゲイルと地下遺跡ババアーーランナはお互いに顔を見合わせて豪快に笑った。

 なんだかとっても仲が良さそうだ。


 ババアとジジイのじゃれあいを半眼で眺めつつ、傍のアヴォンと共に冷たい視線を送る。


「がははは、ぁ、あー、そうだな。えぇと......よし、ランナ頼んだ」


 アビゲイルはこちらの視線に気がついたらしく、気まずそうに何もない机の上に視線を走らせて最終的にランナへ丸投げした。


「あーはは、わかったよ。それじゃ始めようか」


 ランナはニコリと笑い懐から何やら古めかしい羊皮紙を取り出した。


「ここからは真面目な話だ。真剣に聞いておくれよ」


 こっちは始めから真剣だ、とツッコミたくなったがここは我慢。


「本当は今すぐにでも討伐作戦を開始したいところなんだけど、まずは理解を促すために実物を召喚させてもらうよ。もしもの時はよろしくね」

「む、何をする気ーー」


 ランナの怪しい発言にアヴォンがいち早く反応した瞬間、ババアは素早い手つきで羊皮紙を机の上に広げた。

 その瞬間、木製の机は発火しだし強烈なスパークが卓上に出現しだす、


 ーーバギンッ


 青白いスパークの勢いが収まり始めた途端に机の四脚がへし折れて部屋の中に()()()()()()


 部屋の中にいた者たちは皆突然の出来事に警戒して中央で壊れた机から離れるように、壁を背に腰を落としている。


 一連の動作が一瞬で行われ、スパークが完全に収まる。

 俺は少し高まった室温を肌で感じつつそこに現れた謎の物体を眉根を寄せて訝しんだ。


「これが肉の仮面、その被害者だ」


 ランナはそう言って、壊れた机の上に横たわる光る楔の打ち込まれた人型生物を指し示した。


「こ、これは......!」


 俺は現れた物体を足の先から頭のてっぺんまで舐めるように見渡した。


 体は俺よりも大きくおよそ身長にして180センチ。

 健康的な肉質のソフトマッチョな姿をした茶髪の若い成人男性だ。

 一見すれば全裸なこと以外は何にもおかしなところはない一般人に見える。

 が、それは徹底的に否定されるべき評価だろう。


 何故なら普通なのは()()()()()()だからだ。

 茶髪の男性顔なのは顔の右半分だけであり、顔面の左半分はスキンヘッドの真っ黒な瞳をした違う人間の顔なのだ。

 肌の色も真っ白で青ざめておりとても健康的な人間の肌色ではない。

 顔を含めた体の右半身と左半身のつなぎ目部分は粘土でつなぎ合わせたように、ぐねぐねとしていて通常の肌質ではありえないような奇怪な印象を与えてきた。


「肉の仮面は人間を捕食してその外見を模倣する能力を有しているんだ」


 ランナは眉間にしわをよせて真面目な顔で言った。


「ふむ。それは厄介だな」

「悪趣味な怪物だね」


 アヴォンとエレナは部屋の中央で蠢く異形の姿を見てなお平然とした様子で呟いた。

 エレナは肉の仮面を見下ろしながら顔をしかめている。


「だが、ランナ。こいつが肉の仮面なら、もう既に捕獲出来ているじゃないか」

「肉の仮面。それは個体名じゃない、種族名さね」

「なるほど」


 ランナは首を振りつつアヴォンへ向けて言った。


「肉の仮面は私が地下遺跡で見つけた干からびた個体が第1号でね。その時はあたしでも殺せた。が、この成長した個体はめちゃくちゃやっかいでね。

 ある協力者の助けがなかったら今頃あたしはコイツの皮にされてただろうねぇ」


 ランナは身震いしながらかつての記憶を思い出しているのか遠い目をして言った。


「今回は冬眠から目覚め、先ほど街へ逃げ込んだ事が確認されたこの肉の仮面をたちを皆殺しにして欲しいんだ」

「成長する前に掃討しろと言うことだな」

「その通りさ」


 アヴォンの言葉で狩人たちは素早く作戦の趣旨を理解した様子である。


「でも、肉の仮面たちって目で見てわかるもん何ですか?」


 俺はこれまでの会話の流れから予想される当然の疑問を口にした。

 この怪物を今すぐに殺さなければいけない理由はよくわかる。

 単純に「怪物」という脅威が市井の中に紛れ込んでいるのは危険すぎるし、この能力は非常に危険だ。

 それに放っておけば手のつけられないレベルに成長してしまうかもしれない。

 故に一刻も早い対処が要求されているのだ。


「そこは安心しておくれ。およそ奴らの出てくるであろう入り口に純製魔力阻害剤を巻いておいたんだ。効果は12時間だけだが、その間は肉の仮面たちはまともな人体変態が出来ないだろうさ」


 ランナは得意げにそう言って、机を崩して倒れている肉の仮面を踏みつけた。


「こんな風にね」

「あぁ、だからこれを」


 どうやら既に第一手は打たれていたようだ。

 顔の半分だけ変身するなんて異形の姿では人々の中に紛れ込むのは不可能だろう。

 ランナはその場で出来る最善の対策を施して、有意な戦場を整えておいてくれたという訳だ。

 なかなか優秀なババアである。


「街中で騒ぎになってない事を考えればおそらく潜伏しているはずだ。だが、安心しな。奴らは何も『剣気圧』の使い手ってわけじゃない。気配は異質。狩人にとっちゃただの目立つ的だろうよ」


 ランナは部屋の中に集った超越者たちを見渡してなにかを確信するように頷く。

 傍のエレナを見やれば、向こうもちょうどこちらを見ていたらしく目があった。


「それじゃ頼んだよ、狩人。軽く街を救ってきておくれよ」


 真夜中の仮面狩りが始まった。



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