気付けば世界は色を増し、急いで形を変えていく
——前回までのあらすじ——
入れ替わり初日、公園にたむろしていたDQN集団を追い払うために大量の生卵で遠距離爆撃を決行した水嶋優羽凛と相原慶太。それによって甚大な被害と屈辱を受けたDQN集団は、二人が遊園地に行ったり幽体離脱したりしてイチャイチャしてる間、SNSのネットワークを駆使して情報収集、実行犯の特定に乗り出していた。
その二日後。 DQN軍が生卵爆撃事件には無関係のネットユーザーや、高校の同級生達を巻き込んだ『プチ炎上』にまで特定作業を発展させていることが二人の耳に届く。
事態を重く見た水嶋優羽凛はすぐさま対DQN軍特別迎撃組織『祥雲寺レムバスターズ』を結成。即席アカウントを開設し、ダイレクトにDQN軍を煽り散らすという大胆な作戦に打って出た。
こうして、みんなのアイドル優羽凛ちゃんと冴えない慶太くんが起こした一連の珍事件に一部のSNSユーザーとクラスのグループラインは大盛り上がり。着々とさまざまな思惑が混じり合い、水面下でうねり始めている。
もう一方の側面では、日頃から真面目に幽体離脱してバケモノ退治に没頭していた相原慶太が、その働きを国家警察に(文字通り)買われ、茶封筒に入った推定10万円以上の賄賂を堂々と受け取ってしまう。その結果、彼の小さな脳はどっぷり諭吉漬けに。
とりあえず誰にも邪魔されず、身の安全を保証できる場所で万札に頬擦りをしたり作戦を立てたかった慶太は、どうしても一度行ってみたかったラブホテルへの潜伏を選択する……!
『確実に両想いで互いの気持ちは筒抜けだけれど、身体が入れ替わってるから今はそれどころじゃない』
そんなトキメキのかけらも無い下ネタ満載の入れ替わり青春ラブコメ最終章、開幕。
二人の運命やいかに!
「あー、もしもし。 あと十分くらいで着くと思うんですけどぉ、スイートプリンセスルームって空いてますか? 」
こんな真昼間からラブホに予約なんて要らないだろう、と主張した俺を振り切り、水嶋は数パターンある部屋の中から最もガーリーなタイプの部屋をチョイスした。 これは客室の中で二番目にグレードの高い部屋で、たった二時間の滞在で諭吉隊長と野口四名からなる小隊が玉砕し天に召される額だ。 高校生の感覚からすれば観光地の自販機よりもイカレた料金設定である。
「じゃ、それでおねがしますぅ。 はい? 名前ですか? 相原と水嶋ですが。 ……えっ? あーそうか、相原でお願いします。 はい失礼しますぅ」
電話を切り、「よし」と何事もなかったかのように地図アプリを立ち上げてホテルの位置を確認している。 笑いが込み上げてきたので、先に進もうとする水嶋の腕を掴んで食い止めた。
「どうしてホテル側に二人の苗字を発表したんだ? 」
「え? なにが? 」
「しらばっくれんなよ……。 どんな予約でも普通は代表者だけじゃないか? 」
「……っせーな」
「くくっ! いいタイミングでド天然発揮しちゃったねぇ。 それとも実はテンパってたのかな? 今頃『あと十分で相原と水嶋が来る』ってバカにされてるぞ」
「……ねぇ。 ドスケベ妖怪えっち丸、って知ってる?」
「……え? 」
「昼間からエロいことしようとしてるカップルの前に現れて、しつこく名前を尋ねてくる妖怪。 そこでね、偽名を使ったり、自分の名前だけを名乗ると……使用する予定のコンドームにこっそり穴を開けられてしまうの。 さっきの私みたいに、ちゃんと二人の苗字を正確に答えると、えっち丸は満足して小豆を洗う作業に戻る」
「そいつ異常性癖の小豆洗いだろ」
「小豆洗いとは全然違う。 食べちゃうからね」
「小豆を? 」
「小豆洗いを」
「小豆洗いを!? ってことはあれか、エッチ丸は小豆洗いを油断させて捕食する為に川で小豆洗ってるのか? 」
「理解してくれたかな? えっち丸の恐ろしさを」
「一番やらせちゃいけない妖怪に電話番させてんな。 あのホテル」
「ちなみに右頬に卍字型の傷があるのがえっち丸。 照れると両肩を脱臼させる癖があるのは弟のワキフェチ丸だからね」
「うん、わかった。 間違えないように気をつける」
「ワキフェチ丸が照れ隠しに脱臼させた両腕をブラブラさせてるところ見たい? 」
「いや、平気」
「YouTubeに上がってるよ。 検索ワード知りたい? 」
「ううん、大丈夫。 早く行こう」
「…………………。 」
「…………………。 」
ネタに走り出したバカにあえて乗っかり華麗に流す完璧な技「ノリツッコマズ」を決め込みつつ、不思議な緊張感に包まれたまま一歩ずつ先へ進んでいく。 水嶋の事を茶化したが、変に緊張しているのは俺も同じで、決して他人事ではない。 少し先には寂れたタバコ屋が見えた。 あの角を曲がれば目的のラブホがある通りに出れるはずだ。
「ちょっと待って慶ちゃん! さっきの電話の声はもしかしたら春画奉行・卑猥談十郎かも……」
「その線もあるな」
「ねぇ飽きてきてる? 私との会話飽きてきてる? おうこっち見ろや怒涛のボケ畳み掛けて意地でもツッコませたろかコラ」
「あーぁ。 自分の身体だったらイチモツの方を突っ込んでやるんだけ……ハッ」
いけない。 俺らしからぬ低俗なだけの下ネタを返てしまうところだった……。 やはり自分は初めてのホテルを目前にかなり動揺しているのだろう。 きっとそれを悟られたはず。
水嶋はやはり俺の顔を覗き込んできて、何か言いたげな表情をしている。 ここは咎められても仕方がないな……。 甘んじて受け入れるしかない。
「むむむ〜っ! 唐突に低俗な下ネタァーっ!? お、おぬし〜っ! さては変態皇帝・マタグラペロリーヌ四世でござるなぁー!? 」
「うるせぇーっ!! 」
うるせぇーっ……うるせぇーっ……。
俺が操る水嶋優羽凛の声帯、そこから放たれた透き通るようなハイトーン・ヴォイスが薄暗いビルの谷間で反響した。
このバカは放っておくとしても、目的地が近付くにつれて周囲の空気感が変わっていく錯覚を覚えている。 美少女というビジュアル、尻ポケットにある大金、DQNと一触即発という人生初の緊張感、これからラブホテルという異界へ突入する非日常的な背徳感。 これらの仄暗い感情が渾然一体となって、アンダーグラウンドな世界に足を突っ込んでいるような感覚に陥っているのだろう。
「おい、どうしたんだよペロリーヌ。 急に難しい顔をして。 また変なことでも考えてるのか」
「ちっ! 嫌な風が吹きやがるな……」
「ん? 心地よい風じゃないか」
俺は風に舞い上がった前髪を乱暴に撫でつけた。 吹き抜ける、というより、表通りの淀んだ空気が逃げ場を失って、ビルの間から押し出されてきたような嫌らしい風だ。
ゴミ置き場の段ボールがバタバタと音を立てる。 カラスが二羽、忙しなく首を動かしているのは俺たちを監視しているのか、あるいは何かを企んでいるのか。 ふと誰かに尾行られてやしないかと疑念が胸に影を落とし、さりげなく周囲を見渡したりなんかしてみた。
——古びたマンションのベランダに若い女がいる。 スマホを耳に当て、片手に缶ビールらしきものを持って何やら喋っている。 今、笑った? まさか俺たちのことを何者かに密告している……?
「ったく、んなわけねぇだろうが。 考え過ぎだぜ俺ってばよ」
「一体どうしたというのだペロリーヌ」
ふと生き物の気配を感じて視線を上げると、ただの小さなレムの幼生が電線の上を伝って這っているだけだった。 カラスはアホみたいにカァ、とひと鳴きして飛び去ったし、ベランダの派手な女はヤクザ風のおっさんに呼ばれて楽しそうに部屋へ戻っていった。
なるほど。 普段なら気にも留めない、ただそこにあるだけの事柄がすべて自分に意識を向けているかのように錯覚される。 つまり、これが法を犯す者のスリルであり、追われる人間の心理なのだ。 こんな感覚は生まれて初めてだし、これがクセになってしまうような人間もこの世には居るのだろう。
「慶ちゃんどうした? 」
……しかし、ふむ。 世界は観測者の心情に合わせて表情を変えてしまうということか。
「なぁ水嶋。 世界は観測者の心情次第でガラリと表情を変えちまう……。 お前から見たこの世界は今、笑っているか? 」
「え? なんでいきなりカッコつけ始めたの……? 」
「大丈夫だ。 さぁ行くぞ」
件の時代錯誤なタバコ屋に差し掛かる。 この店が社会の歯車として機能しているとは思えなかったが、ちらりと中を覗いてみると、店内から皺だらけのお婆さんが鈍く光る瞳をこちらに向けていた。
「大声出してたのはあんたらかい? まったく騒がしいね。 何をそんなに楽しいことがあるんだ」
か、絡んできた……? ときどき無意識に殺気を放つタイプの老婆がいるが、このババアは間違いなくそのタイプだ。 誰が放った刺客だろうか? 手元の台に年季の入った杖が立て掛けられているが、仕込み刀の線も捨てきれないので警戒はしておくべきだろう。 かなりやり手っぽい雰囲気を漂わせているので、最悪俺の手でトドメを刺すパターンも想定しておかなくてはならない。
「あっ、おばあちゃん気をつけて。 この女にはマタグラ・ペロリーヌ四世の霊が憑依してるの」
絡みに行った……? まさかこいつ、ババアとグルか。
「なんだい、その股ぐらペロリがなんとかっての」
『股ぐらペロリ』まで聞き取れるとは、やはりなかなか出来る。 全国で五本の指に入るババアと見積もっても不足はないだろう。
「ダメだ慶ちゃん、このお婆ちゃん冗談が通じないタイプだ」
「お前の冗談が通じるタイプのお婆ちゃんはいねぇよ。 どいてな水嶋、俺が殺る」
「やる? 」
「あ、違うわなんでもない。 間違えた」
「お嬢ちゃんはどうしてスーパーの荷車押してんだい」
「え? あぁ……。 すっかり忘れてた、ほぼ体の一部に成り果ててたな」
「どういうことだい」
本当に自分が買い物カートを押して歩いている女子高生だという事を忘れてしまっていた。 ハンドルが自転車みたいなのも一因だろうし、イレギュラーな事が多すぎて、ボサッとしてると自分を取り巻く環境に呑まれてしまいそうになる。
「えっと、これは婆ちゃんにとっては買い物カートかもしれないけど、俺たちにとっては超重要アイテムなんだよ」
「どういうことだい」
「あー、つまり相棒が真昼間から幽体離脱しちゃった時にね、抜け殻になった肉体を運搬するのに便利なんだ」
「どういうことだい」
なんだこのババアは……。 異常に物分かりの悪い飼い主に育てられた奇形のオウムかなんかなのか? あるいは理解できない言葉に「どういうことだい」と返すようプログラムされたババア型ロボットなのか。
救いを求めて隣を見ると、水嶋は俺の顔をじっと見つめて腕を組み、右手の人差し指を眉間に置いた。 『推理中です』と頭上に表示されそうなポーズだ。
「タバコください。 その水色のパッケージのやつ」
オウム返し専用ババア型ロボに向き直り、何故かタバコを注文した。
「んー、シリウスね。 8ミリ」
ちゃんとしたタバコ屋のババアだったらしい。 五百円玉を取り出してトレイに置いた水嶋と、鋭い眼光のババアが睨み合う。 ババアは棚から取ったタバコの箱を王手、と言わんばかりに台の上に置いたが、そのまま手を離さなかった。
「……あんたいくつだい」
「夢の数か? 両手じゃ数え切れないね」
水嶋の返し刀に一瞬、頬を痙攣らせる。 二秒間の沈黙の末、ゆっくりと俺に視線を移した。
「……悪いこと言わんからこんなバカな男やめときなお嬢ちゃん」
「あ、はいもちろんです。 おら行くぞバカ 」
水嶋は動かない。
「やっぱりバレるかぁ。 おい婆ちゃん、僕はいくつに見える」
「孫が18だからね。 同じくらいだろ」
「なるほどねぇ。 さすがに二十歳以上には見えないか」
「子供がタバコなんて吸うんじゃないよ。 それに今時流行らんだろう、こんなもの」
「売ってる人が言うんだ」
「惰性だこんな商売は。 辞める方が面倒だからやってるだけさ」
会話が止まるとババアが渋い顔をしながら百円ライターとタバコを取り出し、慣れた手つきで火をつける。 俺たちに気を遣っている訳ではないだろうけど、下顎をくいっと突き出して、煙を真上に吐き出した。
「お嬢ちゃんあんたもね、別れるのが面倒になる前にさっさと別れちまうんだよォ。 じゃないとね、私みたいになっちまうからね」
顔を俺に向けて喋っているけど、おそらくは水嶋へ向けた皮肉だろう。 考えてみたら、このたばこ屋で俺たちくらいのガキが積極的に声をかけてくる事など殆どないはずで、俺の身体を操っている水嶋の絡みは新鮮で愉快なのかもしれない。
「おうババア、そのタバコも辞める方が面倒ってか? 自分の身体も労われないババアが若者に労ってもらえると思うなよ」
新鮮で愉快なはずはなかった。 二人は鼻同士を擦り合わせる勢いの間合いになっている。
「……お? 余計なお世話だよ。 タバコも吸えないクソガキに労って貰うほど老いぼれちゃいないよ。 帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
応戦したババアはヒェッ、ヒェッ、と魔女のように笑い、笑った形のままの口からもくもくと大量の煙を吐いた。 一瞬ショートしてしまって動かなくなるのかと思ったが、タバコの余韻を楽しんでいるのだろう、水嶋を嘲笑うかのように口をモゴモゴさせている。
「こんのババァ……。 ケツの穴から悪玉菌ぶち込んで腸内環境ガタガタ言わせたろかコラ」
互いに身体が暖まってきたらしい。 このままディスりあいが加速していきそうな表情を向け合っている。
「水嶋、そこらへんにしておかないと仕込み刀で一閃されるぞ」
「仕込み刀で一閃される程の圧感じる? 」
「お前は感じないのか? 仕込み刀で一閃される圧を」
「訳のわからない事言ってないで早く失せなガキども」
ババアのセリフから仕込み刀で一閃される確かな圧を感じ、水嶋の袖を引っ張って離脱を促した。
「じゃあなババア。 次会う時まで生きとけよ」
「けっ、次会うとしたら天国だね」
水嶋の放った捨て台詞に、ババアは少しだけ寂しそうな表情を見せる。
「まーだ天国に行けるつもりでいやがんのかい! まいったねどうも」
まだ絡む水嶋。
「余計なお世話だよ。 あんたも向こうで私に会いたかったら今から徳を積んどくんだね。 もう間に合わんだろうがさ」
なんなんだこいつら。
「かーっ! ったく口の減らねえババアだぜ。 死ぬまでにタバコを咥えたがる悪い口だけは減らしておけよな。 天国はヤニ臭えババアなんぞ門前払いだぜ」
あばよ、と言わんばかりに挙げた手をポケットに突っ込んで踵を返す。 ババアはどこか眩しそうにその背中を眺めながら「ったく生意気なガキだね」と独りごちた。
「おい慶子! 何をぼーっとしてやがんでい。 いくぞ」
「えっ。 あ、はい! 」
水嶋は街路樹の傍から生えた細長い雑草を引き抜いて口に咥え、朗らかな表情を作って、やたらガニ股で先を歩いていく。
「えっと、水嶋、今のどこから台本? 」
「おめぇよ、人生に台本なんてあるわきゃねぇだろう」
「その言い回しも台本くせぇな。 どこに居るんだ? 監督的な奴」
「さァて、これからどうなるもんか。 昨日とおんなじ風は吹いちゃくれねェぜ? 相棒」
ホテルの入り口が見えてくる。
周囲の無機質なビルとは次元の違う高級感に気圧されているのか、突然自分の周りだけ重力が増したかのように足が重くなり、ちらりと隣の水嶋を見ると、喉仏がぐりーんと上下したところだった。
「まるで異世界へのゲートだぜ……」
頭の悪そうなセリフがうっすらと聞こえたと同時に、三メートルまで迫った異世界へのゲートから一組、中年の男女が現れた。 なんと驚いた事に双方スーツ姿である。 俺は瞬時に身体をターンさせて本日の空模様を再確認。 よし、文句なしの晴天だっ。
「おっとぉ? 仕事サボって昼パコ不倫か〜っ? ちゃんとえっち丸に名乗らないとコンドームに穴開けられちまうぞォ〜? 」
「どっせぇーーーいっ! 」
水嶋の股ぐらに後ろから手を突っ込んでイチモツを鷲掴みする。 破裂させない程度の力を加え、もげるかもげないかの絶妙な塩梅でひねりを加えつつ、手前にくっと引き寄せる。 この間、僅か0.25秒。 水嶋の絶叫、そして、中年の男女が小走りで遠ざかっていくのを確認してから、我がものとばかりに引き寄せていた玉袋を一気に突き放す。
やりきった。 さっきまで元気すぎる男子高校生だったモノがアスファルトの上で悶えている。 こんな生物どこかで見たな、とぼんやり頭に浮かんだのはカブトムシの幼虫だった。
「ぐぉ……! ヒィ、ヒィ〜。 ……オェッ」
「ハァ、ハァ……よし、行こうか。 大丈夫か? まぁ大丈夫なわけ無いよな」
アスファルトに打ち上げられたカブトムシの幼虫が、憎たらしい顔で俺を睨みつけてくる。
「お、女の子のキンタマを捻りあげるなんて……。 貴様それでも人間かァ……! 」
「人に迷惑をかけたり初対面の人に無礼な態度を取るならこれで行く。 女には体験できない痛みで躾してやる」
「な、なんだぁ? 私はただ、昼パコ不倫に鉄槌を……」
「なんだ昼パコ不倫て。 不倫ならあんなに堂々と出てくる訳ないだろうが」
「うるさいっ! いきなり女の子に暴力振るうなんて最低だぞバカヤロォー! 」
「都合の良い時だけ女ヅラをするなよ。 それに俺の鉄拳制裁の前では男も女も関係ない。 今、お前の金玉を握った瞬間に吹っ切れたぜ……。 俺は悪魔と契約したのさ」
「かよわい女の子を封じるためにそこまでするか……この鬼! 外道! 」
「なんとでも言えよ。 もうお前をか弱い女の子としては扱わない」
「この貧乏人が……! 」
「貧乏は関係ねぇだろ! いいか水嶋。 ただでさえ俺たちの周りには身動き取れないほどのマキビシが散らばってるんだ」
「……えっと。 マキビシ? まきびし……あ、あれか。 手裏剣みたいな……トゲのやつ」
「そう、つまりトラブルだ。 地雷といってもいい。 誰が大量に撒いたかわかるな」
「……抜け忍? 」
「お前だよ」
一本外れた大通りの方から、救急車のサイレンが聞こえてきた。 「あ、迎えに来たよ」と言われたのでもう一度「お前だよ」と返してやる。 すると水嶋はふふんっ、と吹き出してから、跳び上がるように立った。
「これ以上自らマキビシ……という名のトラブルの種? を撒いて、えっと、まるで地雷原のように身動きが取れない状況にするのはやめよう」
「例えにマキビシ使っちゃったせいでゴチャッとしちゃったね? 」
「必死なのは伝わるだろ。 その辺りは察せよ」
「わかったわかった。 そうだよね、もう大人しくするよ慶ちゃん。 さぁ、気を取り直してホテルにチェックインしようか〜。 絶対今日中に孕ませてやるからな」
「今サラッと過激な発言しなかったか? 」
「してないけど」
「じゃあお前が一瞬エロ漫画の主人公に見えたのは気のせいか」




