表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/101

ラブホテルは子作りの場ではない。


 「慰謝料を請求してきたか……。 やっぱり強請(ゆす)ろうとしてるんだなDQNさんたちは。 水嶋、なんて返信した? 」


 「『おっけー、どこで待ち合わせる? 』って返したよ」


 「ははっ! 休日のJKかお前は」


 「いや休日のJKだ私は」


 会う場所、タイミングは慎重に決めないといけない。 こちらも戦力が揃っている時じゃないと圧倒的な武力で制圧されてしまう。そうなれば警察も動いてくれるだろうけどやられてからじゃ遅い。 俺たちはあくまで合法的に、はたから見たら友好的に、この諍いを解決しなくてはいけないのだ。

 もちろん、ケータ&ユリエル軍の勝利という形で。


 「あー、なんか緊張してきたなぁ。 すごい強そうな人たちを大勢連れて来たらどうしよう。ちびっちゃうかも 」


 「うーん。向こうは最初から脅しをかけてきてるし……。 インパクトある奴を引き連れて現れるだろうな。 真のボスを連れてくる可能性も……」


 「うわぁ熱いねぇ、不良漫画みたい。 地元で有名な先輩連れてきそう。 ねぇどうする? 鼻ピアスしてる男なんか連れて来たら」


 「え、鼻ピアス? 」


 「うん、なんだかんだ言って鼻ピアスしてるような男が一番ヤバいタイプでしょう」


 「……なんだそのセンスは。 鼻ピアスしてるような男はそこまで脅威じゃないだろ。 不良漫画でも大抵モブだし」


 「いやいや、鼻ピアスが一番ヤバいよ。 鼻ピアスって『ぼくは牛さんと同じくらい強いぞっ』っていうアピールだしね」


 「たぶん俺がイメージしてる鼻ピアスと違うな。 水嶋が言ってるのって右の穴と左の穴を輪っかで繋げるタイプの鼻ピアスだろ? このご時世にそんな奇抜なピアスしてる人間は居ないし、現実的に言うなら刺青(タトゥー)とかしてる男の方がよっぽどヤバい」


 「タトゥーなんてただの絵じゃん。 皮膚という名のキャンパスに描いてあるだけで」


 「鼻ピアスもただの金属だろ。 皮膚という名のキャンパスに刺さってるだけで」


 俺はのんびりと空のカートを押し、水嶋は両手で忙しなくスマホを操作している。 何をしているのかと尋ねたら、ケータ&ユリエルのアカウントがお祭り騒ぎで対応に追われているようだ。

 俺が『過度な挑発はするなよ』と(とが)めたところ、『挑発は角を立てる為にするんだから過度じゃないと意味がない』という返答がきたので、座布団を一枚揚げて口の中に詰め込んでやりたい気持ちになった。

 頭の片隅ではずっと法則の乱れた祥雲寺エリアやDQNとのバトルについて考えていたけど、思考が散ってしまって収拾がつく気配はない。 なんだか現実逃避したくなったので、このままの勢いでとことん水嶋に絡んでいくことにした。

 現実から目を背けたくなった時は楽観的なアホと会話を交わすのが一番だ。 意外と関係のない話の中から突破口が見つかったりするかもしれない。


 「なぁ水嶋。 鼻ピアスが『牛さんくらい強いぞ』って証明なら、左腕にドラゴンのタトゥーを入れてる男はドラゴンくらい強いって事になるぞ」


 俺が言うと、隣を歩いていた水嶋は軽快なステップで五歩くらい俺の先に進み、くるりと振り返ってきた。


 「違うよ。 タトゥーはスーパー銭湯との決別をアピールするものでしかないんだよ。 あれは生涯を賭けてスーパー銭湯への入場を拒絶させていただきます、っていう誓いみたいなものだから」


 タトゥーの男がスーパー銭湯へのアンチテーゼで左腕にドラゴンを彫っているとでも思っているのか。

 たしかに左腕にドラゴンを宿らせた者はスーパー銭湯やプールなど『脱ぐ系』の公共施設の利用を一生禁じられる事になる。 しかしあくまでスーパー銭湯の運営側から禁じられるのであって、タトゥーの男がスーパー銭湯へ拒絶の意思を示すためにドラゴンと契約する訳ではない。

 彼はドラゴンと契約がしたいばかりに、自らの意思でスーパー銭湯という重要娯楽施設を人生から弾き出したのだ。


 「水嶋、逆だぞ? 彼はスーパー銭湯を拒絶するためにドラゴンと契約したわけじゃない。 ドラゴンとの契約で得られる力とスーパー銭湯を天秤にかけて……。 『力』を選んだんだ」


 「スーパー銭湯を捨ててまで左腕にドラゴン飼うメリットある? それによって得られる『力』ってなに」


 「そこだ。 左腕にドラゴンが入っていたら周囲に与える威圧感がすごいだろ。 その圧倒的な威圧感を得る代償に彼はスーパー銭湯を捨てた……。 大いなる力には大いなる代償が伴うからな。 つまりタトゥーってのはな、悪魔との契約みたいなもんなんだ。 そんな契約をする奴は絶対イカれてるだろ? そのぶっ飛び具合がタトゥーの男のヤバさなんだよ」


 「出た早口、ちょっと落ち着いて。 どちらにせよ私が召喚した鼻ピアスの男は銭湯、温泉、プール、全ての施設に入場が可能ですから。 それだけであなたが召喚したタトゥーの男に大きなアドバンテージを取れる」


 あれ……。 なんのバトルだこれ。

 水嶋が鼻ピアスの男、俺がタトゥーの男を召喚して戦わせるタイプのバトルがいつのまにか始まっていた。


 「おい、本題を忘れるなよ。 鼻ピアスとタトゥーどちらが怖いかって話からスタートしてるんだからな」


 「うん。 私の鼻ピアスVS慶ちゃんの左腕ドラゴンの一騎打ちでしょ」


 「そうか。 うん、そうだったな。 じゃあもっとわかりやすく解説してやる。 あのな、鼻ピアスなんか穴開ける時にちょっと痛みを伴う程度で、いつでも穴は塞がるしTPOに合わせて着脱可能だ。 その上スーパー銭湯を捨てる覚悟なんか微塵もない。 鼻ピアス程度の薄っぺらな覚悟じゃタトゥーほど深みのある『怖さ』は出せないんだよ」


 「感情的にならないで。 タトゥーの男に入れ込み過ぎると……。 戻ってこれなくなるよ」


 「だまれ。 お前の鼻ピアス男は貧弱な覚悟で鼻についた金属をピロピロやってるだけだが、俺の左肩龍(レフトショルダー・ドラゴン)は人生のレールからスーパー銭湯を弾き出し、左肩で不老不死のドラゴンを一生飼い続けなくてはいけない。 鼻ピアスとは業の深さ、覚悟の大きさが段違いだってわかるだろう? 」


 「……ふぅん。 まさかそれで勝ったつもり? 」


 「当たり前だろ。 誰が見ても俺の左肩龍(レフトショルダー・ドラゴン)の圧勝だ。 ……言ってなかったけど右肩には虎を飼ってるしな」


 「えっ。 後出しの右肩虎(ライトショルダー・タイガー)は反則じゃないの 」


 「左肩でドラゴン飼ってるような男が右肩をフリーにするとでも思ったか? ちなみに背中には弥勒菩薩(みろくぼさつ)が鎮座してるからな。 お前は認識が甘過ぎるんだよ」


 「チッ! ……わかったよ、左肩龍(レフトショルダー・ドラゴン)の覚悟は認める。 息子が銭湯とかプールに連れてっなんて言い出したら言い訳も大変そうだし……。 鼻ピアスより圧倒的にリスクは大きいよね」


 「あぁ、俺の左肩龍(レフトショルダー・ドラゴン)は二児の父だからな。 そんなシュチュエーションもあっただろう」


 「覚悟の大きさかぁ……」


 「勝負は俺の勝ちでいいな? 一番怖いのはタトゥーの男だ」


 「……だけど慶ちゃん、考えてみ? 鼻ピアスの男が鎖鎌(くさりがま)を振り回しながら近づいて来たら怖いよね。 震え上がるでしょ」


 「それはもう鼻ピアスの男じゃなくて鎖鎌の男になってくるだろ」


 「左肩龍(レフトショルダードラゴン)なんか冬場は長袖に隠れるんだから全然怖くないよ。 威圧感ゼロです。 怖いのは半袖シーズンだけ」


 「待て待て。 それなら俺の左肩龍(レフトショルダードラゴン)にも鎖鎌を装備させろよ。 お前が繰り出した鎖鎌の男と比較にならないだろ」


 「あ、ばかだなぁ! 左肩にドラゴン彫ってるようなゴロツキに誰が鎖鎌なんか売りますか 」


 「鼻ピアスの男に売った馬鹿がいるらしいぞ」


 唐突にふっかけられた謎のバトルはこのままぐだぐだした感じで閉幕するだろう。 途中で何度かカートをどこかの店にしれっと紛れ込ませて処理しようかと思ったが、俺にそんな度胸はなかった。

 水嶋はご機嫌な足取りで俺の前を歩いている。 駅近くの高架下をくぐると、頭上を急行電車が走り去っていく轟音が響いた。


 「ねぇ鎖鎌って現物見たことある? まさか市販はされてないよね。 いつの時代の武器なのあれ」


 「うわ、自分から振ってきたくせに鎖鎌の基礎知識も購入方法も知らないのか? ダッサ」


 「……は? じゃあいつの時代の武器なの? どうやって買うの? 」


 「まず時代は室町時代後期だ。 農民が野盗から畑を守るために、草刈りに使う鎌をアレンジして創作した武器が鎖鎌の始まりだと言われてる」


 「……ググったら答えあわせ出来るんだからね」


 「最初は草刈り鎌に稲で編んだ縄を垂らして、その先に拳くらいの石を括り付けてたらしい。 嘘だと思うならググってみな」


 俺の説は完全にデタラメだが、ここで水嶋がググって本当の答えを出してきても構わない。 『俺の鎖鎌がお前のググっている時間を刈り取った』というセリフが刺さるからだ。


 「まぁいいや。 じゃあどこで買えるの? 」


 「はぁ、お前は本っ当に無知だな。 教えてやるよ。 高校から駅に向かう道に老舗の文房具屋があるの知ってるか? 」


 「あー……。 名前忘れたけど、趣味でやってるみたいなとこだ。 えっと、前に台風で看板が落ちたお店でしょ」


 「そうそう! よく知ってるな。 日没後にあの文房具屋に行って、店主の丸眼鏡かけた爺さんに『一番柔らかい筆ペンをください』って言うんだ」


 「一番柔らかい筆ペン……? 」


 「そう。 そしたら爺さんが『インクの色は? 』って聞いてくるから、『絶望よりも深い黒』って答えてみな」


 「どうなるの 」


 「地下8Fの鎖鎌売り場に通される」


 「………………。 」


 水嶋は斜め上に顔を向け、鼻をつまんで肩を震わせている。 多分笑いを堪えているのだろう。

 俺はこのしょーもないやり取りの間に今後の方針を固めていた。まずはタクシーを呼ぶか紫苑さんを待つかして、法則の乱れた祥雲寺エリアに戻る。 あえて水嶋を俺の肉体から引き剥がし、さっきまでのようにパンツ一丁の幽体と行動を共にするのだ。


 抜け殻になった相原慶太の肉体は自宅にぶち込んでもいいが、起きる気配のない慶太は家族の手で病院行きになってしまう可能性が高い。 事情を話して了承してもらえるなら紫苑さんの家に匿ってもらう方が得策だ。

 いつDQN軍団と接触することになるかわからない状況。 どれだけ綿密な打ち合わせをしてプランを立てても、水嶋は俺の身体で必ず暴走する。 ならば現実に干渉出来ない幽体でふわふわ浮いていてもらった方が安心だし、状況によってはかなり使えそうでもある。

 

 「……でもどうする? DQNが本物の牛連れてきたら」


 牛さんくらい強い鼻ピアスの敗北を受けて、今度は本物の牛を召喚してきたようだ。


 「もうそういうのいいから。 さっきから何を吹っかけられてんだ俺は」


 「どうすんの? 奴らがマジもんの闘牛を連れてきたら」


 「水嶋に真っ赤なTシャツを着せて囮にするよ」


 「闘牛の牛さんって赤い色に興奮してる訳じゃないらしいよ。 布がヒラヒラしてるのに興奮してるんだって」


 「え、本当に? 俺もヒラヒラの付いた下着に興奮するからシンパシーを感じるな」


 喋りながらも脇道を選んで人通りから離れていく。 俺はスマホを取り出し、とある検索ワードで付近のマップを確認した。絶妙なタイミングで「どこに向かってるの」と問われたので、ちょうど開いていたページをみせてやる。


 「プランはあるんだけど、まずはここに行ってみないか。 現状もっとも安全かつ、ある意味スリリングな場所だ」


 「何これ」


 「ラブホテルだ。 落ち着いて封筒の中にいる諭吉連合の点呼も取れる。 安全だし、ここで一旦作戦会議をしよう」


 「え。 これってラブホテルなの? なんかリゾートホテルみたい」


 一番近くのラブホテルではなかったけど、ネットに上がっている写真を見たら外観、内装共に引くほど凝っていて、リッチな南の島リゾート風のエキゾチックなラブホテルだった。 客室も豪華で安っぽさやしみったれた雰囲気を一切感じさせず、カラオケやダーツなどのアミューズメントも豊富で、アメニティも充実している。


 少々値が張るものの、現在俺の財布の中に佇む「諭吉・樋口・野口」の少数精鋭を召喚し、消し飛ばされても俺にダイレクトアタックは入らない。 警視庁のバカどもから戴いた封筒にはそのくらいの夢と諭吉が詰まっているのだ。

 ……そして何より、一度入ってみたかった。 『ラブホテルに入った事がある』という事実だけで他の童貞高校生に差を付ける事ができるからだ。


 「うわぁ〜行きたい行きたい! 楽しそう〜。 お風呂でっかい! へぇ〜、ラブホってこんなに綺麗なんだぁ。 おいブス、ドヤってないでマスク買ってきなよぉ。 年齢確認されたら入れないぞ! 」


 想像してたリアクションの6倍くらい上がってんなこいつ。 俺はラブホ選びの達人だったのか。

 

 「さすがにこの格好じゃキツイかな……。 お揃いのTシャツはマズイだろ。 ちょっと大人っぽい服でも買いにいくか……? 」


 「逆にこの格好で堂々としてたらいけるんじゃない? だって高校生がこんな格好でラブホの検問を突破するなんて誰も思わないでしょ。 裏をかいてペアルックのまま堂々と『ラブホ常連でぇ〜す』みたいな感じでいこ? ほら、私たちがヘタに大人っぽい服とかに着替えたら『あ、こいつら検問突破するために背伸びしてる18歳未満だな』ってなっちゃうから。 その背伸びがバレたら『運転免許かなんか提示して貰えますか』で門前払いだよ」


 入れ替わってから一番の早口でまくし立てられた。


 「説得力あるな。 俺はマスクして黙ってるから上手くやれよ? 」


 「任せて。 絶対いける。 ラブホの性質上、未成年だからシャットアウトみたいな空気は薄い気がするんだよね」


 水嶋は自分のスマホでラブホのWebサイトを表示させて目を輝かせている。 特にジャグジー付きの風呂に食いついていて、入浴からの昼寝一時間で英気を養うつもりのようだ。


 「慶ちゃんもお風呂入る? 」


 「うーん、どうしよう。 化粧落ちちゃいそうだし」


 「女子か」


 「せっかくだし入ろうかなぁ」


 「せっかくだし子作りもしとく? 」


 「……ちょっと想像して背筋に悪寒が走ったぞ。 俺は俺自身に押し倒されてエロいことされて俺の子供を産まされるのか? エロスを超越してもはや哲学の域に入るだろ」


 「研ぎ澄まされた混沌(カオス)の中で宇宙的一体感を得られる体験になりそうでしょ」


 「恐怖を煽る鋭角な言語(ワード)チョイスをやめろ」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ