ファンタジーの住人が羨ましくなっちゃう嫉妬深い系の乙女ちゃん(今は男子)
落ち着け、相原慶太。
前を歩く水嶋のケツを凝視し、茶封筒を奪うタイミングを見計らっている。
おっと? なに……? リュックにしまいやがった! 諭吉への殺気に気付かれたか!?
いや当たり前か、なんせ10万だもんな。 無造作にケツポッケへ突っ込んでおくのは水嶋的にも不安だろう。
さて、10万円だ。 10万円は、1円玉に換算すると……。 ふむ、10万枚だ! 10万枚も1円玉があれば……。 まさか風呂桶に溜めれば、浸かれる?
たったあれだけの会話で、10万。 1時間も話していない、弁護士でもそこまで稼げないだろうよ。 なんてこった。
いや、落ち着くんだ相原慶太。 10万円は、おにぎりに換算すると……ふむ、10万個!
飽食の時代とはいえ、一生かけても食い切れないほどのおにぎりが手に入る!?
待て、落ち着けよ、冷静に考えろ。 おにぎりが10万個だとすれば、からあげなら……?
「なぁ水嶋、おにぎりって一つにつき何粒のお米が使われるんだろう? 10万円で、何粒のお米が手に入る? 」
「はい? 」
「10万円あったら……世界中のからあげを手中に収められる? 」
「10万程度で精神破壊されて悲しくならないの? 」
「落ち着け水嶋! 」
「凪いだ春の海の如く落ち着いてるけど」
「いいか? 俺はな、何も10万円そのものに驚いているんじゃない……! 貧乏人を舐めるなよ? 見たことだってある。 ただな……。 たったあれだけの会話で国から10万を引っ張り出せる事実に驚愕してるんだっ! 」
水嶋はスマホを弄りながら歩き出してしまった。 慌ててそれを追う。
「なぁ水嶋。 俺はこのまま警察の犬として幽体離脱での事件を嗅ぎまわり、国からとことん金を引っ張って……都内に家を建てようと思うんだ」
「はい即BAN」
「そして……。 そうだな、財産を守る為に庭でドーベルマンを20匹放し飼いにする。 最新の人工知能が搭載されたメイドロボットを購入し……。 自分の息子たちだけでラグビーチームを作る。 そして、息子たちはワールドカップへ。 俺はお前と二人、月面へ……」
「10万でそこまで飛翔できるの羨ましいよ。 早く月から帰って来なさい」
「とにかくだ水嶋、まずはひと気のない場所に行こう。 そこで金額の確認だ。 万札をこう……。 1枚ずつ机に並べて、どの福沢諭吉が1番いい表情で笑っているか、比べてみよう。 そうだな……あっ、ラブホだ! ラブホに入ろう! あそこなら誰にも邪魔されないっ。 ついでに子作りだってっ……! 」
「そろそろ帰ってこないとラブホで椅子に縛り付けてから1枚ずつシュレッダーにかけますからね」
——我に返る。 そうだ、今の身体では物理的な力の差は明確で、諭吉の命は水嶋が握っているようなもの。 無理に奪おうとすればヘッドロックで落とされる可能性も否めない。 今は優しい水嶋も、金が絡めば変わるんだ。
ここはひとまず穏やかに……。
「あ、そう言えば水嶋。 さっき死神と話したんだけどさ、俺が刑事になったらどう思う? 」
「世紀末だなって思う」
いつにも増して辛辣でキレがある。 さては10万を手にして気がデカくなってやがんなコイツ。 まぁいい、時間はたっぷりあるんだ。
……前を向くと、水嶋が立ち止まっていた。
「どうした? 」
「ねぇ慶ちゃん……このお金でさぁ、京都旅行、行っちゃう? 」
なんで頬を赤らめてんだコイツ。 俺の顔で……気持ち悪いな。
「いや、そういうのは自分たちでコツコツ貯めたお金で行った方が楽しいんじゃないか? 」
「急に月から帰ってくるんじゃないよバカ! 」
駅に向かって歩いていると、スマホにメッセージが入った。 紫苑さんがトークルームを開設して、そこへ招待された、という表示がある。 すぐに『参加』をタップ。
そのまましばらく眺めていると、メッセージが飛んできた。
アイカ☆【つーかさぁ、警察ってなんであんなに高圧的なわけ? 】
紫苑【くじ運悪いな。 変なの来たんか? 】
アイカ☆【すんごい取り繕ってんだけどぉ、めっちゃ滲み出てんだよね! こっちを見下してる感じが! 身体に染み付いちゃってんだろうね? 俺は刑事だぜ! みたいなプライドがさ! ウザいわーガチで】
紫苑【荒れてんなぁ。 なんか話してやったの?】
アイカ☆【話すわけないじゃん! 老舗の天ざる奢らせてポイーよ】
しらす【www】
紫苑【ボブは? 】
Bob【日本語、ワカラナイ、言ったら、英語でしたね。ナメテました】
紫苑【そりゃ英語いけるヤツ当ててくるだろ】
しらす【www】
……なんか盛り上がってる。 警察が情報の開示を要求してくる、という非日常体験に浮ついているご様子だ。 アイカは特に、西上がプロファイリングしていた未成年の反応を見事に体現していた。
慶太【ども。 紫苑さんて警察が嫌いなんですか? 】
アイカ☆【おっ、ケータくん来たじゃん】
Bob【ケイタさんです(ワラ】
慶太【あ、リアルではお初です】
紫苑【なんで? 別に? 私に絡んでくる刑事がみんな鬱陶しいヤツらだからあしらってるだけ】
慶太【そうなんですか】
紫苑【大抵が体育会系で、ちょっとでも好意を見せるとすぐプライベートの話に持ち込んでくる】
しらす【くじ運www】
紫苑【慶太んとこ、どんなん来た? 】
慶太【ガイコツみたいな死神系でしたね】
紫苑【あー。 もしかして西上? 珍しいね】
慶太【みんなは何を聞かれた? 】
アイカ☆【昨日、祥雲寺エリアで起きた変な事件。 幽体離脱で変わったことなかったか。 あとケータくんとの関係w】
Bob【私も、アイカと、同じです(ワラ】
しらす【僕も、アイカと、同じです(バクワラ】
紫苑【何しろリアルでの繋がりと幽体離脱の情報くれって感じだったな、いつも通り】
慶太【そうですか。 どうも。 自分落ちます】
アイカ☆【つかケータくんリアルでも冷めすぎじゃねw】
トークルームを開設したということは、紫苑さんはみんなの連絡先を知ってたのか?
でも大した会話は期待できそうにないので通知をオフにしてポッケに突っ込んでおいた。
水嶋もずっとスマホを見ていたが、これはとても珍しい。 二人でいる時、スマホに夢中になるような事はなかったはず。
「慶ちゃん、今スマホでなに見てたの」
水嶋もスマホを眺めていた俺に対し、同じ印象を持ったみたいだ。
「あ、いや……。 紫苑さんが祥雲寺のメンバーでトークルーム作ってたから、ちょっと参加しただけ」
「はっ!? ……あっそ」
「自分から聞いといてなんだよそれ。 水嶋はさっきから何見てんだ? 」
「クラスのトークルームとツイだけど」
「クラストーク面白い話ある? 俺、通知オフにしてるけど」
実際、俺のクラストークルームは未読が320通ほど溜まっている。
「普段は私も通知切ってるよ。 ちょっと参加しろって個人的なメッセージが飛んできたから見に行った」
「へぇ。 どんな? 」
「……え? わたしはなんでもかんでも慶ちゃんに報告しなきゃいけないんですか? 自分で見たらいいんじゃないですか? 」
「まだ俺がチヤホヤされたの怒ってんのか? 可愛いな」
「うるさい! あっちいけっ! 」
水嶋に突っぱねられてしまったので、クラスのトークルームをタップしてみる。
未読320件を軽快なスクロールで飛ばすと、リアルタイムで最新のメッセージがポツポツと入ってきた。 訳が分からないので、少し遡ると、SNSサイトの呟きを撮った一枚のスクリーンショットが貼られていた。
「……おい水嶋。 さすがにこれは即報告の義務があるだろ」
「てへ」
◇
【拡散希望!】
昨日の夜、清涼高校みたいに思われる女子高生と、その彼氏みたいな陰キャに、公園で、大量の生卵を、投げつけられた! 悪質なイタズラだった。 その場の全員、ガチギレ。 追いかけていて、一度は捕まえたが、逃げられてます。 画像の女子高生に、見覚えのある方、マヂでDMください!
#清涼高校#女子高生#クソ陰キャ#こいつらの情報求む
◇
……DQN、こう来たか!
呟きには写真が4枚添付されている。
1枚目はあの時、路地裏で俺が撮られた動画のキャプチャー。 伏し目がちにワイシャツのボタンに手をかけた、水嶋の画像だ。
それから生卵を被弾した黒いバイク、卵がべったり乗ってカピカピになった茶髪の頭。 複数の卵が破裂して飛散した公園の地面。
その投稿に付けられた一発目のリプライは、女の子のイラストがアイコンの人から送られた『草』という一文字だった。
何故か水嶋が笑いをこらている。 俺の顔を覗き込んでくる。
「……さすがに草」
「生えねぇよバカ。 俺の心はサハラ砂漠だ」
「なんか呟きの日本語が怪しくない? 」
「こういう人たちは伝わればOKなんだよ。 フィーリングで生きてるから、細かいことは気にしない」
「読点は細かく打つのに? 」
まさかDQNがこの手法で俺たちを追ってくるとは……足を使えよ、足を。 バイク持ってんだろうが。
「ねぇ慶ちゃん、『清涼高校みたいに思われる女子高生』って評されてるけど……私の身体ってそんな巨大な建造物みたいに見える? 」
「水嶋、俺が『いいよ』って言うまで黙っててくれる? 」
「いいよ」
にやにやしながらスマホを操作して、俺に見せてきた。 表示されていたのは、当該の呟きに様々なアカウントから寄せられた、リプライの一覧だ。 DQNの目論見通り、かなり拡散されている。
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【女子高生がクソ可愛い】
【警察には届けましたか? 私刑はよろしくないかと】
【女子高生勇者、生卵で魔物を成敗】
【これバズってから未成年喫煙してるツイ慌てて消しましたね。スクショ撮ってますよw】
【いや可愛いけどさすがに食いもんを粗末にすんなよ】
【※スタッフが美味しく頂きました】
【えー、別に可愛くない。 そこらにいる顔に見える。 本当にやったならクズだしバカですね。 見つかるといいですね】
【もろにヘッドショット食らってるやん】
【クソワロタ】
【本当にやられたなら同情しますけど、写真に目線くらい入れてあげるべきでは】
【女子高生の「生卵当てちゃった…」みたいな迫真の表情ジワる】
【ぐう可愛い。ソフトボール部のエースかな? 】
【これ、卵を投げたのは彼氏なのでは】
【バイクもお前らも洗えば済む話だろ? 可愛い方が正義だから。】
【この女子高生がDQNに生卵投げまくってる姿を想像したら草生えた】
【リプ欄ロリコンばっかりでウンザリする。 悪いことして人に被害を与えてるんだから、特定されても文句は言えませんし、ちゃんと指導を受けるべきです】
【女子高生はロリじゃないから。 嫉妬ですか?】
【ざまぁwつうか日本語勉強してから出直してくれば?】
【本当ならどういう状況なんですか。 前後の流れとか、詳細を知りたいところ】
【生卵爆撃は斬新すぎるwww】
【ちょっと調べたら清涼高校偏差値70あるのか…そりゃ生卵爆撃の発想に至りますわなぁ(呆れ)】
【偏差値にしてはレベルの低い争いっすね(笑)しかも彼氏持ち? これは両方炎上の流れでしょ】
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ネット上では若干の追い風が吹いてんな。 水嶋が可愛いお陰で、ほんのりだけど。
確かに上がっている写真はシュールで面白いけど、『生卵爆撃、DQN、美少女』の構成はそこまで盛り上がるような事だろうか?
投稿したDQNはリプライにほとんど反応してない。 煽るような発言だけに喧嘩腰のリプを返していた。
「慶ちゃん、どうする? 美少女だってよ? ねぇどうする? わたし可愛いんだってさぁ。 なぁなぁ、どうするよ〜? 狙われちゃうよ〜」
「……え? うん、狙われるしお前は美少女だよ。 それは俺が一番よく知ってる。 そこに疑いの余地は微塵もない」
「なっ……! な……? あ……? 」
「それに、こっちをぶっ叩いてる勢力もかなり存在するみたいだからな。 気を付けないと……。 俺ほどの美少女になると、美少女というだけで敵を作ってしまう。 やれやれだぜ」
「それ私の顔なんですけど」
俺が成敗したDQNは、なんらかの方法で接触してくるだろうとは思っていた。 まさかこんな手法を使ってくるとは……。
それに、このアカウントを見る限り、あのボンレスハム太郎ではない。 あいつはもう少し賢い感じの奴だった。
「ねぇ慶ちゃん、思わぬ方向から来たけど、予定通りこっちから宣戦布告しよう」
「そんな予定を組んだ覚えはないぞ」
「え。 幽体離脱してる時に話したじゃん」
「うん……? そんな話したっけ? 」
「あちゃあ……。 痴呆が始まってしまったかぁ」
幽体時に話した……? 思い出せない。 考えてみると、いつもより昨夜の記憶だけ曖昧な気がする。 もしかして、これがBANの前兆なのだろうか?
「さて、新アカウントを立ち上げよう。 私、もうすでに二つ持ってるんだけど……三つ目のアカウントを」
水嶋がスマホにぐっと顔を近づけて、両手の指を高速で動かしている。 ブツブツと呟く声が聞こえてきた。
「アカウント名は……。 『祥雲寺レムバスターズ・ケータ&ユリエル』 アイコンは……。 さっき、しらすちゃん家の庭で撮った写真。 固定ツイは、『いつでもかかって来い、DQNども』……ハハッ! パーティーの始まりだぁ……! 」




