〝レム駆除隊・祥雲寺支部の異常性〟
特盛のライスに塩を少々ふりかける。
ソースをたっぷり乗せたステーキの端をフォークで刺し、ナイフを入れ、一口大に切ったそれを純白のライスに軽くワンバウンドさせてから口に放り込む。
……たまらん。 もう一度だっ。
切り分けたステーキを白米にワンバン。 口に放り込むっ! 切り分けたステーキを白米にワンバン。 口に放り込む! そして……。
ここまでの執拗なワンバンは、ライスのポテンシャルを極限まで高める為の布石。
牛肉の旨味とソースがじんわり染み込んだ白米を下品に掻き込むっ。 こりゃたまらんっ!
「男子の食べ方だなぁ……おいしそう」
「食べる? 」
「うん。 ちょっとだけ」
ステーキを一切れ水嶋の口に運んでやった。
「あれ? 思ったより美味しくはない」
なんだこいつ。 調理場のベテランパートさんに謝ってこいよ。
「なぁ、相原クン。 君はどう思う? 祥雲寺エリアで起きたポルターガイストについて」
俺はここまでの話を聞いて、目の前の死神みたいな刑事が何を考えているか、なんとなくその真意を読み取れた気がしていた。
「え? どうって聞かれてもねぇ。 田中くんがポルターガイスト現象に襲われた、としか」
水嶋が淡々ととぼける。
きっと、この人たちは相原慶太を疑っているのだ。 祥雲寺エリアの管轄内で起きた事件、被害者の田中くんと唯一現実で接点がある事実を踏まえて。
「西上さんは慶太を疑っているんですね? 田中を襲ったポルターガイストは、幽体離脱者がなんらかの方法で起こした現象だと」
「正直に言うと、それも一つ浮かんでいた。 ただ、相原クンが個人的な恨みで起こした事件なら、あまりにもやり方が稚拙で不自然だ。 もし現実と干渉できるなら……部屋なんか荒らさなくても、田中に効果的なダメージを与える方法がいくらでもあるからね」
「私なら直接ぶん殴りますねぇ、寝てる田中を。 無抵抗の田中をボッコボコに。 完全犯罪が成立しますよ」
そう言った水嶋が俺に視線を送ってきたので、『65点』と呟いて彼女の発言に評価を下しておいた。
「さて。祥雲寺エリアで起きた二つ目の事件……時系列で言うと一つ目だが。 大騒ぎになっているけど、ニュースは見た? 」
なんだろう。 ずっとニュースなんか見る余裕がなかったのでわからない。
「子供二人が誘拐され、その一人が遺体で見つかった。 今日の深夜三時頃、犯人は逮捕されている」
……あ、そんなのあったわ!
昨晩、テーマパークからの帰り、紫苑さんと車で打ち合わせをした時に話を聞いたのだ。
その事件を受けて祥雲寺は警戒区域を設定した。 警戒区域はアイカとくーさんが担当し、他所からヘルプを呼んで、紫苑さんもそのフォローへ向かっていたはず。
「その後、誘拐された子供の一人は、マンションの一室で監禁されていた。 ドアや窓は完璧に施錠されていて、いわゆる密室だね。 警察が踏み込んだ時、室内には両手両足を縛られた子供と……」
死神は胸ポケットからボールペンを取り出し、テーブルをコツン、と叩く。
「瀕死の犯人が倒れていた。 部屋は荒らされ、腹部に包丁が突き刺さり、全身に裂傷が認められた。 まるで……包丁を持った何かと戦ったあとみたいにね」
おぅ……ハード。 こいつらの言う『ポルターガイスト』の真実と照らし合わせると、あのメタル田中に起きたような珍事が誘拐された子供にも起こったってことだろうか?
監禁されている子供がレムのような質感で幽体離脱して、レムの幼生を喰らい、メタルキッズとなって犯人を半殺しにした。 ……いやぁ、まさかな。
「被害者の子供が『不思議な夢を見ていた』と証言している。 これは田中くんにも共通する事だ」
おぅ……ビンゴなのでは……?
死神は、『現実に干渉する方法を知った幽体』あるいは『そのようなレム』が現れた可能性も捨てきれない、と続けた。
事実を知っている俺からすれば、そのどちらの可能性も、当たらずとも遠からずって感じだ。
「だが、もっとしっくり来るのは……被害者の子供が『現実に干渉できる幽体』として突発的に身体から抜け、自ら危機的状況を脱しようとした可能性」
……おっ!?
「田中くんの件に関しては、同じように身体から抜け、八つ当たりのような形で自室を荒らし……ストレスの発散を行ったのではないか、と私は考えている」
ほぇー……この死神すごいな。
ほぼほぼビンゴだぞ、それ。
「困ったことに、どちらも祥雲寺エリアでの出来事だ。 相原クン、最近の幽体離脱時に、何か不自然さを感じたり、変わったことは起きなかったかい? 些細な事でもいいんだ。 教えてくれると助かる」
さて、どう出るか。 別に全部話してもいいけど……ちょっと紫苑さんやシラス側の意見も聞いてみたい。
隣のテープルに座っていた私服の男が、急に立ち上がって柏木に歩み寄ると、彼女に耳打ちを始めた。 左耳にイヤホンが付いているのがちらりと見える。
「有部咲、柊木、コーフィの三名から有力な情報は得られなかったそうです。 相原さん、貴方だけが頼りです」
柏木が水嶋に向き直り、テーブルにデコを付けるレベルで頭を下げる。 これは……テーブルとの一体化を図っているのかもしれない。 テーブルになりたい女を見たのは初めてだ。
「えぇ。 事情はわかりました。 頭を上げなさい、柏木君」
「はいっ! 」
……おっとぉ? 水嶋に動きがあった!
「今晩の幽体離脱から、警察関係者の幽体を祥雲寺に送り込んで。 もちろんあなたもよ、柏木君」
「ですが、それは……」
「いい?こうして現実からいくら探っても、あなた方の問いに答えは出ない。 祥雲寺メンバーも総出で原因の究明に当たるの。 幽体の指揮は……私が取るわ」
存分に遊んでんなぁ。 姿勢が完全に指揮官のそれだ。
「相原クン、それは当然考えていた。 ただ……有部咲紫苑は大の警察嫌いでね、協力する姿勢を一切示さない。 他の幽体も全く相手にしてくれないんだ。 きっと、BANされるリスクがあるからだろう」
「ったくあのババアめ……本当に生意気な女だよ。 協力しないならブタ箱に放り込めばいいのに」
「あの、西上さんって紫苑さんと接触した事があるんですか? 」
「あぁ。 実は自殺や事件事故、報道規制が敷かれている情報なんかを、警察から親方連中に流す事がある。 幽体離脱者が迅速に警戒区域を設定できるのはその為だ」
「へぇ〜! 」
感心して間抜けな声を上げてしまった。
そうか、紫苑さんは警察から情報を受けて警戒区域を設定してたのか。 ニュースやネットで情報を集めているのだとばかり思っていた。
……しかし面白いな。 レムの駆除は犯罪抑止の効果があるから、警察としてもありがたい事なんだろう。
「しかし相原クン、君が友好的で、私達に協力してくれる姿勢を見せてくれたのは大きい。 ありがとう、百人力だ」
「ふん。 なぁに、気にしなくていい。 私はいつだって楽しそうな方の味方につく。 それだけさ」
なんでウインク飛ばしてきた? 俺の貴重なレム殺しタイムを警察なんぞにやらんぞ。 やばいレムが出たら殺す、俺に出来るのはそれだけさ。
向こうじゃ俺のファンたちが待ってっしよ……。
「それから、このエリアマップを見てわかる通り、祥雲寺の担当するエリアは都内最大規模だ。 有部咲紫苑が親方を張り、君が加入してからの祥雲寺は、異常なスピードでその勢力と影響力を拡大させた。 来年にはもっとエリアが拡がるだろう」
「……うむ」
水嶋がソファの背もたれに腕をかけ、身体を斜めにして足を組んだ。 口元に指を添えてクソほどスカしている。
……こいつ入ったな。 警察が頭を下げる程の幽体、祥雲寺の若頭・相原慶太モードに。
「昨年の年間駆除数が、有部咲と相原さんを除いた隊長格だけでも200体を超えています。 この数字は……はっきり言って異常です。 そもそもレムが発生する数からして、他のエリアよりも多過ぎる」
「何が言いたいんだね? 柏木君 」
「はい。 つまり、何かが起こる土壌になっても不思議じゃないということです。 祥雲寺支部は、集まった幽体の質の高さも含め、他と比べて異質な場所と言って差し支えありません。 我々は本部の幽体ともパイプを持っていますが、彼らもその異常性に疑問を抱いている」
本部……紫苑さんが時々愚痴を漏らしていた気がするが、あまり興味がないので認識が浅い。
というか警察ガチだな。 俺自身も相当なガチ勢だと思っていたけど、まさか別角度からとんでもないガチ勢が現れるとは。
「ちぇっ、柏木君。 ぼかぁ『本部』の人間ってのは大嫌いでね。 頭デッカチの唐変木ばっかしでさ。 現場の苦悩をちっとも考えようとしない」
コイツいい加減にキャラを固めろよ、さっきからいろいろ試してやがんな? そんで本部とかいう俺でもよく知らん存在に楯突くな。
「とにかく、僕は人型のレムとか幼いレムを食べちゃうレムとか現実に干渉できるメタリックの田中くんとか、そんな不思議なものは見ていないんだよ」
綺麗に全部言ったなおい!
多分めんどくさくなって、ツッコミか俺の絡み待ちしてんだろ。 あ、やっぱめっちゃこっち見てる。
「要するに慶太を、警察と祥雲寺を繋ぐパイプ……相互公認の『もぐら』にして、動かしたいという訳ですね」
「回りくどく話を進めてすまなかったね。 水嶋クン、君の言う通りだ。 もちろん情報提供料や……こちらの依頼を受けてくれれば報酬も出す」
「えぇっ!? まじですか!?」
「こら、ゆーり。 また貧乏人の悪い癖が出たぞ」
「すまねぇ、取り乱した」
「相原さん、有部咲紫苑から祥雲寺の実権を奪い、祥雲寺を我々に協力させる方向に進めて頂けませんか。 幽体たちを説得して……」
「いや、親方を挿げ替えたって何も変わりませんよ。 みんな、紫苑さんに従って方針を決めている訳じゃないですから」
あなたには聞いてない、という視線を送られた。 まさにその通りだが、俺の言葉は間違いなく正論だ。
「水嶋さん。 貴女はこの話をどんなスタンスで聞いてますか? 漫画やアニメの世界のような、ファンタジーとして捉えて軽はずみに発言していませんか? それなら、冷やかしているのと変わりありません」
仕事モードの柏木は多分強い。
きっと普通の刑事としては相当優秀な人材なのだろう。
「現実だと捉えましたよ。 その上で感じたことを口にしているだけです。 お二人が俺たちの前に現れた事で、ちゃんと現実の延長として捉える事が出来ました。 それを踏まえての発言です」
「……わかりました。 ではなぜ、祥雲寺の幽体たちが我々に協力しないと断言できるの?」
「そりゃあ死神さんも言ってましたけど、『BAN』の明確な基準がわからないからです。 みんな幽体での仕事を楽しんでいるし、絶対に仕事から弾かれたくない。 だから、BANの可能性を含む行動は絶対に取りません」
柏木は唇をすぼめて何度か小さく頷いた。
「それは、そうだけど」と呟き、西上を見る。
「ねぇしにがみん、捻くれ者ばかりの幽体なんか囲い込まなくてもさ、普通に警察関係者でチームを作って捜査すれば? 」
「ウン、当然それは試しているよ。レムの駆除を無視して、現実に起きた事件の捜査に幽体離脱を利用するチームを作った事もある」
「だよねぇ。 難事件も解決出来そう」
「結成した翌日に、一斉BANだ」
「うわぉ。 ……あ。 でもそれなら、幽体で悪さする人たちもBAN対象なのでは? 」
「それが、悪さをしてBANを喰らう幽体と、喰らわない幽体がいる。 その基準が全くわからない」
「ほぉ〜。 それは難儀だなぁ」
「そう。 警察関係者も何度か幽体での捜査を試しているが、弾かれないのは十人に一人もいないだろう。 殆どがBANされる。 これは『悪さ』をする奴らよりも、弾かれる率が異常に高い」
水嶋はテーブルに手をついて、前髪をかき上げている。 何か考えているみたいに見えた。
——なぜだろう? レムについて詮索したり、「レムの駆除」という仕事を放棄したら弾かれる。これはなんとなく理解できる。
でも……現実の正義に準ずる行動は弾かれるのに、悪さをする幽体が、ある意味優遇されてるように思えた。
——幽体の世界は、悪を推奨している?
「まぁ実際問題、有部咲紫苑が親方に立ってからは、祥雲寺エリア周辺の犯罪発生率が劇的に下がった。 私たちはどれだけつっけんどんにされても、幽体離脱者達に頭が上がらない立場ではある」
「犯罪発生率……そうなんですか? 全然知らなかった」
「ウン。 これは、完全体の排泄に起因する犯罪の激減が、そのまま犯罪発生率に反映されていると見て、まず間違いない」
完全体は人間に悪さをする。
溜め込んだドス黒い感情を特定の人間の側で排泄して、取り込ませ、人間の犯罪を助長するかのような行動をとる。
「幽体離脱の秩序や法則が乱れる事は、私たちにとっても無視できない問題なんだ」
なるほどねぇ。 本当はガッツリ連携したくて仕方ないんだろうな。 それと多分、この人たちは相原慶太を完全に信用した訳ではないだろう。 友好的な姿勢の中に、監視・牽制的な意味も含まれている気がする。
「ねぇ、柏木君」
「はいっ、なんでしょう? 」
「柏木君はレムの駆除をしてて楽しい? 」
水嶋が柏木に謎の質問を投げかけた。
「え……と。 まぁ、楽しいですね。 BANという言葉使っている事からも分かる通り、オンラインゲームをやっているような感覚で……。 痛覚があるのは、ちょっと嫌ですけれど」
「ふぅん」
「なぜですか? 相原さんも楽しいでしょう? 私はあなたがレムを瞬く間に〆る姿を見て……とっても楽しそうで、活力に満ち溢れていて、その、とても魅力的に映ったのです……」
「柏木、お前いい加減にしろ。 相原クンは女の子だし、十以上も歳が離れてる。 上手くいっても逮捕だ。 自重しろ」
「……すみません」
思わず笑いそうになった。
西上は狙っているのか? ……そういうタイプには見えないな。
「幽体での、警察としての仕事は? 」
「えと、主に幽体離脱者の特定です。 積極的にヘルプに出たり、コミュニケーションを取ったりして、情報を集めます。 現実で西上さんらと連携して、実体を特定したり……BANされないよう細心の注意を払いながら」
「へぇ〜。 すっごい楽しそう」
「どうした、相原クン。 何かあるのか? 」
「えっと……もしかしてなんだけど、悪い人がBANされないのは、『純粋に楽しんでいるから』 なのでは? 」
全員の視線が水嶋に集中する。
「……それは、どういう意味だい? 」
「警察がやろうとしてるのは『現実の仕事の延長』だもんね? そこには実際の犯罪が絡んでいて、現実のしがらみも幽体に持ち込む事になるし……。 楽しいと思って捜査に臨む人ってそんなに多くないんじゃ? 」
西上と柏木が目を合わせる。
俺は、次に水嶋の口から放たれる言葉が楽しみで楽しみで仕方なかった。
「『悪さ』って、不謹慎だけど、楽しさを伴うと思いません? 例えば、幽体離脱なら……覗きとか。 みんな楽しいから悪いことするんでしょう? 」
「……まぁ、一理ある。 犯罪というのは一部、程度の差はあれど、欲望が罪の意識を超える事で起こる訳だからね」
「嫌いな人の弱みを握って脅したり、楽にお金を稼いだり…… 。 悪い人ってモラルを無視して『楽しさ』に突っ走っていけるような人が多いし……」
「……相原クン。 それはつまり、幽体離脱に『楽しさ』を感じていない幽体は、弾かれる可能性が高い……と? 」
「わからんけど、ちょっと閃いただけ」
西上は眉間に皺を寄せて腕を組み、下を向いた。
すぐに顔を上げ、俺たちを見る。
「ウン、その発想は……全くなかった」
——あぁ、面白いなぁ。
この意見が見当違いでも、的外れでも、なんでもいい。 そんな事はどうでもいい。
やっぱり俺は、水嶋が好きだなぁ。




